プロローグのエピローグ
そうだ。思い出した。
昨日、変な女の人に出会ったんだ。
そして、「変わりたいか?」って聞かれて・・・。
俺は、『梨花に元気になって欲しい』と願った。
それなのに、どうしてこんなことになってるんだ?
あの、女の人の変われるって言葉を信じた訳じゃない。だけど、今のこの状況。あの出来事以外、説明がつかない。
俺が・・・。俺が・・・女の子に・・・なってしまっているなんて・・・どうやったら、説明できるんだよ・・・。
もう、認めざるを得なかった。
鏡の中も、服の中も、髪も、手も、足も、声も、何もかも・・・。同じところなんて、思考回路だけ。
堪えていた涙が、溢れ、零れる。
外の雨の様に、涙が流れる。
ボヤけた視界のまま見た鏡には、泣いている、か弱い小さな少女。
俺の欠片も何もない、ただの少女。
その事実が、さらに俺を苦しめる。
これから、俺はどうすればいいんだろうか・・・。
だって、家族が認めてくれるわけが、
「兄貴!朝だ・・・ぞ?」
認めてくれるわけがない。
そう、思おうとしていた矢先、駆が俺の部屋に入ってきた。
俺を見下ろす駆は、驚きに染まっていて、昨日までの県大会出場の喜びが、一気に冷めたような顔をしていた。
俺は、慌てて弁解に入る。
「えっ、と・・・。かけ、る・・・」
泣き声で、鼻声で、途切れ途切れな声で、俺は言葉を繋げる。
「お、れは・・・れん、だ」
「ど、どうして、兄貴の部屋にいるんだ?」
動揺は隠せていないが、子供をあやす様に、俺に接する駆。
「だっ、から、おれ、が・・・」
なかなか落ち着かない俺に見兼ねたのか、駆は「ちょっと、待っててくれ」とだけ言って、扉を閉めて何処かに行ってしまった。
部屋に、俺の泣き声と啜り声だけが響く。
情けない。何が、変わりたいだよ。弟一人にも言いたいことを言えずに、何が駆に相応しい兄になる。だよ・・・。
俺は、兄とも見られて無いじゃないかよ・・・。
涙が、止まらない。
女の子になるなんて言う事態があったにしても、俺はここまで泣かなかったはずだ。
・・・。やっぱり、女の子になったんだな。と、俺は自分で自分を苦しめていく。
「く、く・・・そ」
恐らく、駆は母さんか、父さんに伝えに行ったんだと思う。
もし、母さんを呼ばれていたら、俺は弁解する間もなくこの家を追い出されてしまうだろう。
だけど、父さんはすぐに人を信じる、分かりやすい性格だ。きっと、父さんなら俺を信じてくれる・・・。
俺はそう考えて、少しでも落ち着こうとした。その甲斐があってか、ようやく涙は止まり始めた。駆が戻って来るのが遅くて助かった。
無意識にしていた、ペタンとする女の子座りから、立ち上がる。
顎のところに、鏡の頂点がきているところを見て、また俺が女の子になったと再確認してしまう。
部屋を見回しても、狭く感じていた部屋が大きく見える。何もかもが、俺には大きく見えてしまう。
駆が部屋に入ってきてから、五分くらいが過ぎた頃。ようやく、扉が開かれた。
俺の希望通り、そこには父さんがいた。後ろに駆もいた。
「おれが、れん、なんだ!しんじてく、れ!」
「・・・お嬢ちゃん。どうして、ここにいるのかな?」
「っ・・・!」
そうだ、父さんは、子供が嫌いだ。
自分の子供は大丈夫だが、他人の子となると父さんは途端に無愛想になる。
つまり、俺の言葉は信じられていない。
父さんの顔は、まるでゴミを見る様な目で、俺を二重の意味で見下していた。
「だから!おれがれんなんだっ、て!」
部屋に甲高い声が響く。
「・・・何を言ってるんだ?」
やっぱり、信じていない。
「おれは、みやのれん!このへやにおれはいないだろ!」
父さんの目は、やはり家族を見る目ではなかった。
俺の言葉など、完全に聞き流されていた。
「・・・。今なら、許してあげよう。出て行きなさい」
父さんの言葉が、胸に刺さる。
「そうしないと、力尽くで追い出すぞ?」
その言葉が言われた瞬間。俺は、あの泥棒の事を思い出した。
そして、
俺は逃げ出した。
◇ ◇ ◇
家から、出て何分たったんだろう・・・?
俺は雨の中、裸足で歩いていた。
濡れた髪とジャージが重い。寒気がしてきた。
端から見れば、俺は変な子供だろう。
雨の日に傘もささずに、上だけ大きなジャージを着て、裸足で歩く少女。
近寄り難いに決まってる。
案の定、何人か人とすれ違ったが、俺に話しかけた人は誰もいなかった。みんな、哀れんだ目を向けていただけだった。
擦り切れた足が痛い・・・。水にしみる・・・。
雨は、止む気配がない。むしろ、どんどん強くなっている。
俺の今の心の様に、空は真っ黒だ。
朝起きたら女になっていて、家族に見捨てられて・・・。
何もかも、最悪だ・・・。
そう悔やんでいると、
「こんにちは」
「・・・!」
目の前に、傘をさしたあの女がいた。
俺に、黄色い飴玉を渡した、あの女。おれを、こんな目にあわせたあの女。
「お前!」
俺は、思わず叫ぶ。
「その様子を見ると、変われたようだね」
「ふざけるな!何が変われただよ!俺は、梨花が元気になって欲しい。って願ったんだよ!」
幼い少女の声が雨の音にのまれる。
だが、一応あの女は聞き取れていたようだった。
「梨花の病弱体質は治った」
「なに、言ってるんだよ・・・?」
梨花は、体が弱かったんだ。
病気じゃない。治るはずがないもの何だぞ?
「後は、君の行動次第。梨花を元気に出来るかどうかは、ね」
「ま、待て!」
女は、家と家の路地に入って行った。
後を追う為、路地を見たが誰もいなかった。あの女の姿は無かった。
もちろん、通路の先まで俺は進んだ。
狭く、暗く、足場が悪い通路に、俺の足は限界がきていた。元々、風邪気味なのもある。そして、体力が落ちているのもある。
俺は、既にフラフラになっていた。
「はあっ・・・はぁっ・・・」
だけど、あの女は何処にもいない。
諦めるわけにはいかない。俺は、あいつに絶対元に戻させるんだ。
そう、奮い立たせたのも虚しく、
俺は数度目の転倒で、意識を失った。
◇ ◇ ◇ 次回予告 ◇ ◇ ◇
蓮「う、うわぁっ!?女になってる!」
駆「・・・。誰?」
蓮「だから、おれが・・・」
駆「そうか、君は『れん』って名前なのか。俺の兄貴と一緒だな」
蓮「そうじゃなくて・・・」
二人「次回、二年生の俺」
蓮「そっか、君は二年生だったのか」
蓮「・・・」