三
転校してきたからといって、僕が高校生であることには変わりない。
そういうことなので高校生らしく学校に登校し、午前中の授業を終えた僕は喧噪が溢れる教室で、宇木さんが買ってきてくれた購買のお弁当をありがたくいただいているのだった。
パシリのようで非常に心苦しいのだけれど、宇木さんが一人で先行してしまうから僕は大人しく自分の席で待っているしかないのだ。勿論、代金は僕が出している。
「そだそだ、笹村くん、昨日の『ザ・不思議スペシャル』見た?」
「『ザ・不思議スペシャル』?」
宇木さんの質問に僕は首を傾げる。
「都市伝説とかUFOとか宇宙人とかをテーマにした番組だよっ!」
ああ、そういや昨日そんな番組やってたんだっけ。
「見てない」
「ええー⁉ 笹村くんなら不思議なことに興味津々だと思ってたのに」
何故か、僕がその番組を見ていないことに大きなリアクションで落胆する宇木さん。実際、僕はそういう都市伝説系統の事柄に興味が多少あるのだけれど、いかんせん昨日はヤンキーと色々あった上、くだらないことに頭を占拠されていたので、テレビを見る余裕なんてなかったんだよなぁ、精神的に。
「宇木、笹村君は不思議なことには興味ないぞ」
「え、何で?」
つい先ほどまで黙々と焼きそばパンを口に運んでいた桐生さんの言葉に、宇木さんが真剣な顔をして食いつく。
「笹村君だって、外見こそこんなだが、中身は健全な十七才の男の子だ。不思議なことよりも、もっと興味の湧くものに勤しんでいたのさ」
『外見こそこんなだが』は余計だ。
「もっと興味のあること?」
と、疑問符を浮かべた宇木さんが僕を見る。
一方、桐生さんはニタニタ、と悪そうな笑みを浮かべている。
ったく、いちいち口にすることが面倒だな、アンタ。僕は昨日、危うく三万取られそうになっただけでなく、殴る蹴るの暴行を受けた後、それを助けてくれたヤンキーと雑談をしていたんだぞ。
「さぁ、笹村君、宇木に教えてやったらどうだ?」
「なになに?」
何って、何と答えればいいのか。まず、桐生さんが言わんとしていることは言うべきではないことは確実。きっと、桐生さんも僕がそんなことを言うのを期待はしていないはずだ。それを口にしたらマジで引かれるに違いない。
「……」
ザワザワ、と揺れる教室の空気に耳を傾けながら答えを模索していたのだけど、突然、フッ、と教室の喧噪が嘘のように消えてなくなった。
「あ」
と、クラスの誰かが言った。
その声で僕の視線は自然と教室前方のドアに向かった。
そこには。
金メッシュの前髪にところどころピンクが混じった短髪の男子生徒が立っていた。
その人物は。
紛れもなく、鈴城修輔。
どうやら、クラスが一気に静まり返ったのは鈴城の登校(とんでもない遅刻だが)に起因しているらしかった。っていうか、本当にここの生徒だったのかよ。しかも同じクラス。
鈴城は教室を適当に見回して、僕と視線が合うと、
「よう、同じクラスなのか」
とだけ言って、廊下側の前から三番目の席についた。そういえば、あの席昨日も空いていたっけ。
鈴城が席に着いてから数秒して、教室は再び喧噪に包まれた。そうすると、当然僕は桐生さんのふざけたフリと宇木さんの疑問符を処理しないといけないのだけれど、二人はそんなことは最初からなかったかのように、小声で僕に訊く。
「さ、笹村くん、鈴城くんとお知り合いだったの?」
「どういった関係なんだ?」
小声なのは鈴城に聞こえないためだろう。
気を配っているつもりなのだろうが、角度を変えれば陰口に近い行為でもある気がする。
「……えーっと」
鈴城との関係……か。
それは何というか、まぁ、
「諭吉の救世主」
とでも言ったところか。
「諭吉? 何を言っているんだ、君は」
「どういうこと?」
「だよね、わかんないよね」
どうやら、二人には通じなかったようなので、僕は昨日のコンビニでの出来事を話した。格好悪い話だったけれど、作り話も思い浮かばなかったし、変な嘘をつて後でバレるのも憚られるし、それに一晩眠ったらプライド云々の問題も然程気にならなくなっていたから。
「うわぁー、だから笹村くんのほっぺ、ちょこっと腫れてるんだね」
「アタシが昨日忠告してあげたというのに、それでもカラまれるとは愚か者だな」
……もう桐生さんの発言には極力、拘らないことにしよう。いちいち気にしていると疲れる。疲労困憊もいいところだ。
「しかし、鈴城君も存外良い所があるんだな」
「まぁ、本人は僕と話してみたかったから、助けたらしいんだけどね」
「なるほど、似たもの同士、いや同属だと思ったんだな」
桐生さんは腕を組んで、言った。
同属? そういえば、鈴城も『俺と似ている』みたいなこと言ってたような、言っていなかったような。
「どういうこと? 似てるって意味でいいの?」
「鈴城くんも転校生なんだよ」
僕の桐生さんへの質問に宇木さんが答えた。
「今年の夏休み前かな。その時はまだ黒髪で雰囲気もあんな怖くなくって、大人しそうな子だったんだけど……」
「だんだん、登校する日も減って、髪は金になって、ピンクが混じって、ピアスが光るようになったんだ」
「ふぅん」
でも。
「だからといって、同属って言葉を使うのは大袈裟じゃない? ただの転校生でしょ」
まぁ、僕と鈴城、お互いに勉強意欲を持っていないという点では共通しているのだけれど、そんなことは宇木さんと桐生さんに言うほどのものじゃあないだろう。
なので、ちょっと意地悪に訊いてみたのだ。半分、桐生さんへいつものお返しも込めて。
「だから、『同族だと思ったんだな』といっただろう、笹村君。勘違いだよ。笹村君がイジメられて転校してきた、と勘違いしたんだろうね。何といっても、鈴城君は苛められてしまった人間だったのだから」
「有紀、聞こちゃうよ。それにそういうことは言わない方がいいよ」
「なぁに、大丈夫さ」
宇木さんが不安そうな顔で言うのに対して、桐生さんは呑気に構えている。つーか、相変わらず好き放題言うな、桐生さん。歯に衣着せぬとはこういうことを言うのだろうか。それに本当に聞こえたら、どうするつもりなんだ。
にしても、意外な話だ。
鈴城がイジメらていた?
何故?
まぁ、僕が考えても意味なんてないことだろうから、話の方向を少し変えよう。
「ということは、僕がイジメられていたってみんなが思い込んでいたのは、鈴城のことがあったからなの?」
僕の問いかけに、桐生さんは小さく頷いて、
「その通りだよ、笹村君。皆、鈴城君の傷を少しでも和らげてあげようとして、失敗したからね。笹村君にも同じことをしようとしていたんだよ。けれど、今考えてみれば迷惑だっただけなのだろうね。鈴城君にも君にも」
おっしゃる通り。
迷惑千万だ。
「誰かのために何かをしてあげたいって思うのは、所詮全部自分のためなのかもしれない。募金しかり、ボランティアしかり。結局は他人様のためなんかじゃあない。アタシたちの行為も同様だったってワケだ。鈴城君の失敗のリベンジが君だった。笑っちゃうだろう?」
「笑えないよ、やられる側としちゃあね」
「だろうね」
まぁ、僕は何もされてないけれど。
何だか、シリアスな雰囲気になってしまった。
ワイワイ、と騒がしい教室の中で、僕と宇木さんと桐生さんの作るデルタ地帯にだけ奇妙な空気が対流していた。宇木さんは黙ってしまっているし。
僕はしばらく口を開いていない宇木さんの方を向く。
すると、
「うへ」
ニヤ、と不気味な笑みを浮かべ、僕のお弁当を手にした宇木さんが僕を見ていた。いや、ロックオンしていた。軍事兵器並みの精度の高さで僕に照準を合わせている⁉
「笹村君、柄にもなくシリアスな雰囲気を醸し出してしまったので、ここで空気を元に戻しますか」
そう言って、桐生さんは午後ティーを手に取って、席から立ち上がる。
そして、僕の背後に回って、ガッチリ、と僕の両腕を掴んで、僕を固定。
ちょっと、待て。いや、待ってください。まだ昼休みは……!
「うぐっ⁉」
「はい、あーん」
宇木さんが笑顔で僕に箸を差し出す。
うわぁ、こんな状況なんかじゃなきゃ、最高なのに!
しかし、現状は最高ではなく、最悪。
桐生さんに固定されて身動きが取れなくなった僕に、宇木さんが満面の笑みでお弁当を僕の口にぶち込む。
魚のフライも、白米も、漬物も、黒豆も関係なく。
「ぐううぅっ」
く、苦しい。
「頑張れー、笹村くん!」
「昨日よりも咀嚼のペースがいいな。よし、この調子だ」
てめぇら、ふざけんな! 食べ物を大切にしろ!
心の中でいくら叫んでも、その行為は無意味。僕はモゴモゴ、と口を動かしながら苦しむことしかできない。
「うぐぐ」
「笹村君、午後ティーはいるかね?」
うるせぇ…………え、午後ティー? 水分? いるいる。めっちゃいる! いります!
ブンブン、と僕は首肯。頷きすぎて口の中のものを吹きそうになったけど、何とか持ちこたえた僕は桐生さんの午後ティーを掴もうとするが、その手は華麗に躱された。ちくしょう、僕の手では飲ませないつもりか!
「よーし、いくぞ、笹村君」
そして、桐生さんは僕の口に午後ティーを注ぐ。
容赦なく。
節度なく。
重力に従って午後ティーが落下するままに、注ぐ。
「うごっおおおおっ」
「ガンバ、ガンバ!」
「ん、まだ午後ティーが必要か?」
遊ばれてる。これ、完全に遊ばれてるよね。
アイツがSで、アイツもSで、コイツはM……。傍からはそんな風に見られてんだろうな。
馬鹿なことではしゃぐ宇木さんと桐生さん。
窒息の危機を逃れるために必死な僕。
そんな三人をよそに予鈴のチャイムは鳴り響いた。
はっきり言って、僕は古典が嫌いである。
正直言って、僕は古典が苦手である。
下二段活用って何ですか?
そんな具合とそんなレベルで、僕は古典が嫌いで苦手だ。
物事において、特に勉強において好き嫌いが決まるのは、単に直感的な感覚よって古典が嫌いになり古典が苦手になるのか、それとも古典が出来ないから嫌いになるのか、果たしてどちらだろう。
僕の場合はおそらく前述のどちらでもない。
きっと、僕は古典という分野に出会ったその瞬間に古典が嫌いで苦手になったのだ。
苦手で嫌いになったともいう。
まぁ、こんな取るに足らないことを思考しながらの六限目なのだった。
僕の机の上には教科書とノートが拡げられているけれど、形だけ。
古典の授業が目に視覚情報として送られてくるけれど、ただの光で景色に過ぎない。
授業の説明が耳の鼓膜を震わせるけれど、肝心の内容は右から左の筒抜け状態。
古典は退屈。
授業も退屈。
おまけに窓際の僕に午後の陽が射していて、眠たい。
「はぁ……」
周りに聞こえないようにため息をついて、僕は鈴城を見てみた。
学習意欲皆無のヤンキーはどのようにして、この時間を過ごしているのだろう。
そう言う疑問を持って、チラ見。
そこには予想通り、僕と同じく授業を聞き流しているだけの怠慢な生徒がいた。いや、僕と同じなんて次元じゃあない。ここから見る限り、鈴城の机の上には教科書はおろか筆記用具すら置かれていないようだった。
僕よりも一枚も二枚も、きっと三枚以上も上手だ。
「(やるな)」
校則ガン無視ヤンキーから視線を外して、僕はクラスメイトを見回す。みんな真剣にノートを取ったり、先生の言ったことをメモったりしている。
真面目だな、と思う。
別に僕は自分が不真面目であることを誇りに思っているわけではない。そんな幼稚で愚かな思考回路は所有していないつもりだ。
何のために、と思うことが、真面目だな、という感想に直結しているのだと思う。
これこそ、幼稚で愚かかもしれないが。
とはいっても、この教室のみんながみんな真面目に授業を聞いているとも限らないのだろう。ノートを取ってはいても、頭の中では考えていることがまるっきり違っていたりしていても不思議ではない。
それでも僕よりはマシだ。
それでも鈴城よりはマシだ。
もう一度、ため息。
何してんだろ、僕は。
「笹村、帰ろうぜ」
古典が終わって、ホームルームも終了した直後、僕のもとにやってきた鈴城はそう言った。
言葉の上では軽い誘いだったが、しかしその表情は不機嫌そうな色を呈していた。そんな顔色のヤンキーさんとは一緒に帰りたくなかったのだけれど、昨日のようにノーとは言えない僕なのだった。
帰宅部(とはいってもただくっちゃべって、ブラブラと帰るだけの集団)の宇木さんと桐生さんもその場にいたのだけど、
「……笹村くん、鈴城くんと帰るんだ。それなら、私たちはこれで。じゃ、また明日」
「笹村君、明日は帰宅部の欠席は許さないからな」
と、僕を置いて帰ってしまったのだった。まぁ、無理もない。こんな外見で不機嫌オーラ全開の不良少年と共に帰路に着こうなどと考える女子高生はそうそういないだろう。実に賢明な判断といえよう。
ということで、鈴城と並んで歩く僕。
鈴城の家がこの方向なのか、周囲には古びた工場と入り組んだ路地が続く道をノロノロ、と行進していく。
……気まずい。
だって、鈴城が一言も発しないから。
僕の方から話しかけてもいいのだろうけれど、鈴城の不機嫌さを見ると、とても口を開けない。
気まずい、というよりも怖い。
「おい、笹村」
僕が一人で怯えていると、鈴城が低い声で小さく呟くように言った。
「何?」
ビクビク、と僕は聞き返した。まさか、ボコされるんじゃ……いや、まさかね。
「昼休み、俺のことあの女たちと話してただろ?」
え……聞こえてたの。
「小声で俺にゃ聞こえねぇように話していたつもりらしいが、一から十まで全部聞こえてたぜ」
ってことは桐生さんの発言も聞こえてた……それで気分を害した鈴城は『女ぁ殴るわけにはいかねぇからな』とかいう男らしい理由で、代わりに僕を殴るつもりじゃ⁉
「ごめん、いやすいませんでした」
とりあえず謝ろう。骨が折られない程度に加減してもらえるように、あわよくばボコされるのを回避できるように。
「本当にすいませんでした。陰で鈴城さんのことを話して」
「チッ」
謝る僕を見て、舌打ちの鈴城。ヤバい。ますます機嫌を悪くさせちまったか。
しかし、鈴城は僕の心配を他所に小さく笑って、
「タメなんだから『さん』つけんじゃねぇって言っただろ。それに『です』、『ます』も気持ち悪いからやめろ」
あり、怒ってない?
「鈴城?」
「別に怒ってねぇよ。過去の事実は事実だ。それをコソコソ、と話の肴にされたぐらいで俺ぁ腹は立てねぇ」
ただ、と鈴城は一拍置いて。
「俺がイジメで酷く傷ついてると勘違いしたバカどもが、俺に色々とウザかったのには怒り心頭だったがな。まぁ、イジメられたヤツに優しくしてやろうと考えんのは悪いことじゃねぇんだろうけど、やり方ってもんがある」
「イジメって本当だったのか、意外だな」
「意外って、宇木がてめぇに言ってたじゃねぇかよ、ここに来た頃の俺はまだ普通の高校生だったんだぜ。髪も黒かったし、耳にピアス穴なんざ開いてなかったしな。ってことはここに来る前の俺も普通の高校生だったわけだ。いや……」
「いや?」
「普通の高校生なんかじゃあなかったのかもな、俺は。だからアイツらは俺に色々と嫌がらせしてきたんだろうよ。普通じゃねぇから、異物だったからな」
「豪く自虐的だな」
「そりゃ、自虐的にもなるさ。どうして俺がイジメなんて目に遭ったと思う?」
そんなこと聞かれても。
「ヤンキーだったからか?」
「てめぇは馬鹿か?」
そう言って、鈴城は僕の頭を叩いた。う、痛い。
「俺がこんなんになったのは、こっち来てからだ」
そうだった。
「わかんないな。鈴城は自分を異物って言ってたけど、特に変な所なく、普通だったんだろ?」
「俺はそのつもりだったんだが、どうも周りにはそうは映らなかったらしい。だから異物だ。いくら俺が『俺は普通だ』って思っていても、周りが『アイツは変だ。普通じゃない』って感じたら、俺は自分の意志に関わらず『普通じゃない』にならざるを得ない。多数決の原理と同じだよ」
鈴城は自虐的な笑みを浮かべ、空を見上げる。今にも泣きだしそうな空模様にひどく似合う笑みだった。
「今考えてみれば、当然だったのかもな。勉強しない、そんな気が微塵もない俺は、バリバリの勉強家たちからすれば鬱陶しい存在以外の何物でもなかったんだろうよ」
「それだからって、イジメはないだろう」
どんな理由があれ、やっていいことと悪いことがある。
何事にも。
「確かに。だけどな、異物を排除しようってのは自然なことだ。何たって俺たちの体の免疫システムがそうなってんだからな」
「白血球か」
「マクロファージでも正解だ」
鈴城は。
勉強する気がないから、排除された。
周囲にとってそれが、異物だったから。抗原だったから。
もしも、僕の周りにバリバリの勉強家が揃っていたら、僕は排除されるのか?
逆に、勉強家がまるで学門というものに興味関心のない人々の中に混じったら、彼は排除されるのか?
いや、それは百パーセントあることではないだろう。
異物だからといって、そのコミュニティから排除されてしまうのは、排除の対象のみに問題があるのではなく、コミュニティ自体に、その構成員にこそ問題があるはずだ。
コミュニティ内では多数決の原理同様に多数派が本流で正しくなってしまうが、第三者的観点であるコミュニティの外から見れば、排除の対象は正しくないにしても、間違ってはいない。それに対して、コミュニティは正しくないし、間違っているということになる。
しかし、そんな理屈は問題が起きてしまってからでは屁理屈もいいところだ。
結局、鈴城は運が悪かっただけなのだろう。
不運だっただけ。
「まぁ、辛気臭い話はこの辺にして」
鈴城は今までの調子から、いくらか明るい声で、
「どうだい、転校生、学校の方は?」
「普通だよ。今のところ僕は異物じゃないみたい」
「って、俺の過去引きずり回して、楽しむ気か?」
「そういう意味じゃなかったんだけど……」
ギロり、と光るヤンキーの双眸。
過去がどうであれ、今のスタイルの鈴城は怖い。
「ふん。まぁ、安心しろ。多分、あのクラスの連中は大丈夫だよ」
「何で?」
「雰囲気でわかる。三回も同じ目に遭っている俺が言うんだから、間違いねぇ」
「さ、三回……」
本当に大変な過去を背負っているんだな、鈴城。
「だから、もう俺の話は仕舞いだっつっただろ」
「そうだな。悪い、悪い」
あまり鈴城の昔話には突っ込まない方がよさそうだ。
「宇木と桐生とは打ち解けてるみたいだけど、印象の方はどんな感じだ?」
打ち解けてるっていうのか、あれ。昼休みは玩具みたいにされてんだけど。軽く拷問なんだけど。
それでも、まぁ、
「良い人たちなんじゃない」
「だよな。俺もこっち来た時に世話になった。帰宅部とやらにも入れてもらったしな」
「なら、何でそんなんになっちまったんだ?」
宇木さんと桐生さんと一緒に過ごしてれば、道を踏み外すこともなかっただろうに。
「まぁ、そこんところは秘密だ」
そう言った鈴城は前方を睨みつけた。
「どうかしたの?」
僕も鈴城の視線の先を追う。
そこには。
五つの人影。
だらしない服装で髪が茶色だったり、金色だったりする少年たち。
見るからにヤンキーだった。
しかも、全員こっちにガンを飛ばすようにして近づいてくる。そして、その五人の集団の先頭にいるヤンキーが大声で言った。
「おおー、てめぇ、赤崎だったのかよ。こいつぁ驚いた」
何かいい感じの雰囲気じゃない。
「あの、鈴城? これって……」
「ああ、確かアイツは……昨日、オマエと別れた後に軽くボコしてやった野郎だ」
ええ⁉
サラッ、と言う鈴城。
待って。これって確実に殴り合いの喧嘩が始まるじゃん。あの五人組み確実に鈴城狙いじゃん。報復しに来てんじゃん!
「その軟弱そうな連れはてめぇのダチか、クククっ」
僕らの約三メートル前方で足を止め、僕を見てニタニタ、と唇を歪めるヤンキー。ザコに見えてんだろうな。どう高く見積もっても平均には届かないだろう。
「貧相な単品じゃあこの俺に敵わないから、細々とザコ引きつれて登場か? 笑わせんな。セットになったところで何も変わんねぇぞ」
昨夜ボコしたというヤンキーに鈴城は挑発するように言う。
「さらに俺には強力な味方がいるしな」
は?
「その弱そうなヤツがか? 強いなんてお世辞にもいえねぇ外見と雰囲気だぜぇ」
「そうだ。見た目こそ軟弱そうだが、コイツぁ馬鹿みたいに強いぜ。疑うってんならやりあってみりゃいい」
ふざけんな! 何で俺を巻き込むんだよ⁉
僕は必死に目でリーダー格のヤンキーに訴えかける。
僕は無関係です。マジでザコですから、鈴城だけを相手してください。いや、マジで。
「ははぁん。なかなかイカれたガンを飛ばすじゃねぇかよ」
ガンなんて飛ばしてねぇよ! つーか、イカれたガンって何だよ⁉ ヤバい人じゃねぇかそんなモン!
「いくぞ、コラァ!」
耳障りな声で叫びながら、僕に向かってくるリーダーヤンキー。彼の突撃に合わせて、残りの四人も鈴城、または僕を目掛けて突っ込んでくる。
「ったく、ビビってんのかよ、笹村。情けねぇな」
情けなくって、結構! 情けなくって構わないからこの状況を何とかしろ、鈴城ぉ!
怖気づいて声も出せない僕が心の中でそう絶叫した、直後。
鈍い、それでいて軽やかな音がした。
これに似た音は昨日のカツアゲ金髪ヤンキーの鼻からも生じたものだ。
つまり、骨の折れる音。
見れば、鈴城がリーダーヤンキーの顔面にその拳を突き刺していた。
勢いよく後方に倒れるリーダーヤンキーと、それを見て動きを止める四人のヤンキー。
「っつ、てめぇ」
「まだ、続けるかい?」
冷たい声で鈴城は訊く。
まだ、続けるかい? と。
僕にはその言葉が、まだ骨ぇ折ってもいいのか、という意味に聞こえた気がした。
鈴城の言葉に五人のヤンキーは黙ったまま逃走していく。
無様というより、哀れだった。いや、むしろ同情したくなる。
「大丈夫なのか? 今のヤツ、絶対鼻の骨逝ってたぞ。それに昨日のコンビニのヤツも」
恐る恐る僕は訊いてみたが、鈴城は別に大したことではないといった感じで、
「あー、大丈夫、大丈夫。どうせ、アイツらも似たようなことしてんだ。それにカツアゲなんかもやっているわけだから、プラスマイナスゼロだろ」
俺はカツアゲはやってねぇよ、と笑顔で付け足す鈴城。
「鈴城がいいなら、僕は構わないんだけど」
「そうか」
鈴城はポンポン、と僕の肩を叩いて、
「んじゃあな。明日は多分、俺顔出さないから。まぁ、顔出した時はよろしく」
「ちょっと、待て。ここから僕はどう帰ればいいんだ?」
人を見知らぬ場所に連れてきて、一人で先に帰ろうとすんな。
「ああ、この道を真っ直ぐ行けば、昨日のコンビニに出るから、そうすれば帰れるだろ? そっち使わねぇんだよ、俺」
どうやら今日の帰宅ルートはあらかじめ鈴城がプランしていたもののようだった。用意周到だな。
「そうなのか、わかった。じゃ、鈴城。また二、三日後に」
二、三日に一回の頻度の登校で進級ってできるの? って疑問は飲み込む。
「俺は最大、一週間顔出さなかったことがあるぜ」
自慢することではありません。
「んな引き顔すんなよ。そうだな、笹村がいんなら二日に一遍ぐらい顔を出すよ」
そう言って、鈴城は淋しそうに笑った。
淋しそうで、何かを躊躇っているように見える。
何を躊躇しているのだろう。
何か言いたそうだ。
はて、何を言うつもりなのだろう。
「……あのさ」
気恥ずかしそうに頬を掻きながら鈴城は口を開く。
躊躇いを捨てて、言う。
「笹村……」
切り出す。
「俺と友達になってくれねぇか?」
「え」
友達になってくれねぇか?
鈴城はそう言った。
その言葉に一瞬、停止する僕の思考。
「嫌ならいいんだ。こんなヤンキーをアドレス帳に加えるわけにいかねぇってんなら、俺は大人しく退くよ。安心しろ、殴ったりはしねぇ」
いや、そうじゃなくて。
「友達になることは別にいいんだけど」
僕って友人少ないから大歓迎なのだけれど。
「『だけど』なんだよ?」
「鈴城がそんなこと言うのは意外だなぁって思ったんだよ」
友達になろうなんて言わなくても、一緒に過ごしていればそれだけでもう友達と認識しそうなタイプに思えたから。
「意外、意外って、笹村は外見だけ見て判断しすぎなんだよ。俺ぁ、昔はずっとチマチマとイジメられていて、今は野郎どもとの喧嘩の日々だ。友達なんかいねぇんだよ。できるワケねぇだろ。それくらい察しろ、阿呆が。俺の口から恥ずかしいこと言わせんじゃねぇよ」
けどまぁ、と鈴城は安心したように息を吐く。陽が暮れかかっているせいか、その吐息は空気に白く滲んだ。
「友達になってくれるなら、一安心だ。サンキューな」
嬉しそうな笑顔で小さく手を振りながら、鈴城は我が家に向けて歩いて行った。
それを見送る僕の胸には、何とも言い難い寂寥感が浮遊していた。