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少年猶予  作者: 佐山落葉
1/7

ギャラギャラギャラ、と携帯のアラームがひどくけたたましい。

「ん……んん」

 僕は枕に顔を突っ伏したまま携帯のボタンを適当に触って、その叫びを消す。

 毎朝恒例の動作だった。

 おそらく、時刻は午前六時四十分。

 いや、正確に午前六時四十分だろう。何たって、昨晩、アラームにそう命じて眠ったのだ。

 しかしながら、ここから十分ばかり睡眠を延長。

 冬のくそ寒い空気に慣れるまでは時間がかかる。これは冬という季節には恒例の寒さなのに、どうしても体は慣れてくれないからだ。決して二度寝などという愚行ではない。

 うん。何とも幸せ。

 そして、二度寝……否、寒さに慣れる毎朝行事の十分間が過ぎたら、そろそろベッドから出て着替えなくてはならない。

 起き上って布団を適当に畳んでカーテンを開くと、太陽が空を薄く赤色に染めていた。

「う……冷たぁ」

 クローゼットから制服を取り出し、なるべく肌が冷たい空気に触れないように素早く着替える。あぁ、シャツのボタンが留めにくい。ちなみに制服はブレザーだ。ネクタイも締めないと。

 着替えが済んだら鞄を持って部屋を出、リビングへ。その途中、洗面台に寄って顔を洗う。

 水は冷たかったけど、少しだけ眠気が取れた気がした。

「はぁ……うぅ」

 鏡に移るのは、僕の顔。

 髪は男子にしては長い方。しかも、長いくせに碌に手入れもしていないからボサボサしていて些かだらしなく見える。今度切りに行こうか。

 ボケェ、としている表情は眠気がまだ残っているからとかいう理由ではなくて、これでデフォルトらしい。おかげで少しばかり熱血の嫌いのある人物からは『もっと元気を出せ』とか『やる気あるのか』なんてニュアンスのことを言われる。人のことを見かけで判断するのは良くないことだ、と思う。けどまぁ、だからと言って僕がやる気に満ち満ちた絶賛青春満喫中の十七才かと問われたら、その答えは当然、ノーなワケで。とどのつまり、僕は彼等の寸評どおりに元気とかやる気とかいう類の精神的エネルギーは欠片も持ち合わせがないのだった。

「アホらし」

 ネガティブ思考に区切りをつけて、僕は朝食を取りにリビングへ。

 スライド式のドアを開けて中に入る。暖房がきいていて温かい。

すると、

「はぁーい、おはようぅ」

 と、元気いっぱいの、けれど、どこか怠そうな声が飛んできた。つーか、何で外国人風?

 とりあえずスルーして、椅子に着く。テーブルには至極日本風な朝ごはんが並んでいた。

「って、挨拶ぐらい返しなさいよー。そんなんじゃあ、お友達できないわよー」

 へらへらと意地の悪そうな笑みを浮かべて僕の前に座っているのは姉の鏡子。長い黒の髪を後ろでポニーテイルにした大学二年生である。

「アンタ、今日から一定期間は転校生なんだから。明るくしないと。クラスに溶け込めるかどうかでその期間って変わってくるよー? 一時間かもしれないし、二週間かもしんないし、卒業までかもしれないねぇ」

「うるせぇ」

 朝から饒舌な奴だ。僕は焼き魚を口に入れ、白米も放り込んだ。

「また、そんなつっけんどんな態度して。もっと、こーニコニコできないかね、陽真クン」

 言って、その顔に大げさな笑みを張りつける姉貴。くそ、なんか腹が立ってきた。けれど、朝っぱらから怒る気力もないので僕は黙々と朝食をかっこむ。

「目つきワルー。冴えない顔してる上に感じ悪しとか最悪よ? 転校生は爽やかにいかないと」

「こんなくそ寒い、極寒の真冬に爽やかな奴がいるか。んなハワイアンな気分の馬鹿は姉貴ぐらいだ」

「ふふーん。言うじゃない。ところで……」

「ああ、悪いけどそろそろ行かないと拙そうなんで、お先」

 遮るように言って、さっさと朝食を片付けた僕はテーブルを立った。

「なんで? まだ七時ちょっと過ぎよ?」

「まだ慣れてない通学路を使うんだから余裕がないといかんだろ」

「あ、そう。珍しく真面目だね」

「そうそう。今日の僕は珍しく真面目なの。じゃあ、そいことで」

 そして、僕は家を出た。

 飛び出した外の空気はやはり、凍えるように寒かった。




 通学路には何というかまぁ、究極的な田舎でも最先端の都会でもない、至極普通のパノラマが続いていた。マンションのある駅前の住宅街を抜ければ、高校へと続く一本道。その両脇には本屋や喫茶店、ゲームセンターなどの高校生が集まりそうな店が並んでいた。勿論、コンビニもある。

「んー、やっぱ早かったな」

携帯を開けば、『7:27』という液晶の表示。ボンヤリと歩いたのだが、僕の新しい学校はすぐ目の前だった。寒さ故にペースが上がったのかもしれない。思えば、体がじんわりと熱っているのがわかる。

「そもそも、一回来た場所なんだから迷うワケもないんだよな」

 記憶力にはある程度、自信がある。この記憶力が勉強面に発揮されないのは困りものなのだけれど。

 昇降口から校内に入って鞄から取り出した上履きを履く。向かうは職員室。まさか、このまま教室に行くわけにはいかないだろう。きっとそんなことをしたら、そのクラスの人たちが『え、誰これ?』的な感じで戸惑うだろうから。ていうか、僕にそんな勇気はないし。

「おーう、笹村、早いな。ホームルームまではまだ時間があるから、そこら辺に座っていてくれ」

 職員室を窺った僕はそんなことを言われた。相手は転入の手続きの時に会った、それでこれから僕の担任の中垣という中年の男性教師だった。温和そうな人で、特に嫌な印象はない。

 ということでホームルームまでの約一時間、僕は職員室で時間を潰すことになってしまった。教師ばっかりの空間で、しかも名前も顔も知らない人たちの空間で、一時間も過ごすというのはなかなか気まずい。なかなかというよりも、むしろ非常に気まずい。

 とりあえず僕は寝ることにした。職員室で居眠りってどうなんだろうって思ったけれど、別にすることもないし、まぁ、熟睡するわけじゃないのだから許容範囲だろう。軽く考え事でもしながら目を閉じるぐらいなら。

 ウトウト。

「ん、どれだ?」、「ほら、あの子だよ」、「あの職員室の中で堂々と眠ってるヤツか?」、「多分ね」

 不覚にも熟睡度九十パーセントだった僕が意識を取り戻した時、コショコショと声を潜めた話し声が聞こえてきた。どうやら僕が話題になっているようだった。転校生だからか? そもそも誰と誰の間で話題になっているのだろう?

「じゃあ、笹村、寝起きのようだけど行くぞ」

 あれ、何時の間に。

 目を擦って、頭を起こす。

「え、あ、はい」

 どうやら僕が起きるのを待っていれくれたらしい中垣に僕は戸惑いがちに返事。見れば、職員室の時計は、もう八時半ちょっと前をさしていた。

中垣の後について職員室を出て、階段を使って二階へ。二年三組の前で一時停止。

「あいつら笹村が来るのを楽しみにしていたようだからな。まぁ、緊張しないで気楽にやればいい。悪い奴等じゃないから、すぐに仲良くなれるさ」

「そうですか、安心しました」

 て言っても、緊張とか心配とかはしてないのだけど。

「じゃあ、転校生紹介になったら呼ぶから、しばらくそこにいてくれ」

 そう言うと中垣は教室に入っていった。

 中から聞こえてくるのは歓声のような生徒たちの声。歓迎されている、と思って良いのだろうか。

 赤崎高校。ここが今日から僕の通う学校だ。レベル的には県下トップクラス。大学進学率も良く、現役合格が多いことで有名になっている。

 しかしよくもまぁ、こんなところに転入できたもんだ。僥倖。

 そして、宣言通りにしばらくしてから、

「じゃあ、転校生入って」

 中垣が教室の中から呼びかけてきた。むむ、なんか微妙に芝居がかってないか?

 ドアをほんの少し開いただけで、再び歓声めいた声があがった。

そんなに転校生が珍しいですか?

 ザワザワした約三十の視線を全身に受けながら、僕は教卓の傍に立つ。

「まずは自己紹介を」

 僕が教卓にたどり着くのを待っていたかのような中垣のこの台詞を合図に教室のざわめきが、すうっ、と引いた。口を開くのには絶好のタイミング。

「ええと今日からお世話になる笹村陽真です」

 棒読みになってしまった。やっぱり緊張しているのか、心の何処かで。

「ゴホン」と咳払いをして立て直し。

「よろしくお願いします」

 立て直しと言っても、一言だけだったけど。

そして、この一言の後に大きな拍手が巻き起こった。うん、実にありがたい。いくら捻くれた僕でも、これは素直に嬉しかった。

拍手が鳴りやんでから、中垣が言う。

「笹村の席は窓際の一番後ろだ」

 僕の、転校生の席は窓際一番後ろというお決まりポジションだった。




 転校初日の昼休み。

 僕の机の上には購買のコロッケパンとメロンパンが置いてある。ちなみに僕が買って来たのではない。

「でで、笹村くんの趣味って何かな?」

 僕の昼食は今現在、目の前にいる宇木さんが買ってきてくれたのだった。転校生の僕には勝手がわからないだろう、という配慮らしい。宇木さんは、ショートカットのヘアースタイルをしていて、クリクリパッチリお目目の可愛らしい子だ。

「趣味?」

「そう趣味。広辞苑的に言うと、『専門としてでなく、楽しみとしてする事柄』」

 いや、趣味の意味ぐらい分かるから。疑問形だったのは、なんでそんなプライベートな事を語らなくちゃいけないのかってことだったんだけど。どうやら、察してくれなかったらしい。

「そうだな、笹村君の外見からして読書とか、そんな感じのインドアなものだろう? バリバリアウトドアなスポーツマンだったら、アタシの第一印象が台無しになる」

 こう至極真面目な調子で低く言ったのは、桐生さんというスレンダーな子だ。パッと見、清楚で大人しそうな感じだったけど、今この瞬間、そのイメージはきれいさっぱり崩壊した。つーか、僕を根暗な奴だと思ってるよね? まぁ、否定はできないんだけど。それと、第一印象が台無しになったのは僕の方です。

 心の中でブツブツ呟いていても仕方がないので、とりあえず何か返事をしないと。バリバリのテニスプレイヤーです、とか言ってみようか。

「外見からしての根っから読書家の根暗です、はい」

 やっぱ、嘘はつけなかった。テニスなんてできないし。

「ほほう、やはり。まぁ、それはそれで君のイメージに合っているから、アタシの言ったことは気にしないでくれ」

 どっちだよ。

「ふぅん、本好きなんだ。私ものね、本好きだよ。特に漫画!」

「そうなんだ」

 ってか、漫画って本なの? 漫画って漫画で固定されている気がするんだけど。紙で出来てるってことは同じか。

 そんなことを考えていたら、

「おーい、転校生! 部活とかってもう決めたか? どうだい、野球部とか」

「おい、原谷! 転校生はサッカー部に入るんだ。な、そうだろ?」

「いやいや、陸上部だ。ほら、見てみろ。こういう雰囲気の奴は案外、持久走とか強いんだぞ」

 僕の周囲が一気にムサくなった。

丸坊主の野球部員原谷君と今風サラサラヘアのサッカー部の磯部君と金フレームメガネの陸上部の石……いや、誰かが部活勧誘に寄ってきたようだ。

「こんな奴等の言うことは聞くな。野球部だ、野球部!」

 僕の肩に手を回して、原谷君が言う。野球部員であるせいか、声が必要以上にデカい。そんな大声で喋らなくても聞こえてますよ。

「いや、サッカー部だろ? 野球部なんか入ったら、丸坊主だぜ、転校生。入ったら最期、せっかくの自慢の黒髪がバリバリバリカンの餌食になっちまうぜ!」

 原谷君とか逆の向きから磯部君が僕の肩に手を回す。ムサさ倍増。別に自慢の髪ってわけでもないんだよ、これは。

「陸上は健康にも良いぞ! サッカーとか、野球とか、そんなチマチマした球技なんて君は苦手だろう?」

 そう言って、石井くん、そう石井という名前の陸上部員は僕の頭をポンポンと軽く叩く。って、おい。つーか、チマチマした球技が苦手そうなのは明らかに石井君、君の方がそのイメージがハマる気がするんだけど。

「いや……その、部活とかは」

 思わずシドロモドロ。帰宅部志望です、なんて言いにくい。言ってしまった方が後々面倒ではないのだろうけど、言いにくい。頼まれると断れない性質なのです、僕。

 そんな僕に、

「もう、原谷くんも磯部くんも石井くんもやめなって。笹村くんが困ってるよ、怖がっちゃってるよ」

 宇木さんの助け舟。ありがたいんだけど、僕を怯えている小動物のように言うのはやめてほしかった。あぁ、情けない。

「そもそも笹村くんには先約があるんです」

 言って、胸を張る宇木さん。

「何だよ、宇木」

「先約?」

「どこの部だい?」

 スポーツマン三人が目を丸くして、宇木さんを見る。僕も同じように宇木さんを向く。先約?

「笹村くんは、既に我が帰宅部に入部しているのですぅ!」

 ビシィっと三人に向けて、人差し指を向ける宇木さん。ちょっと、待って。そんな約束した覚えはないんだけど。ていうか、帰宅部なんて存在するの? 生徒たちの間に帰宅部という概念はあっても、実在はしないだろ? 周りがそう言うか、自分で名乗らない限り。

「我らの桐生有紀が率いる帰宅部なのですぅ!」

あぁ、そうか宇木さんは後者か。それに桐生さんも。

「そうだな、読書家の笹村君にはピッタリの部だ」

 何だよ、ピッタリの部って。つーか、部じゃないよね。帰宅部って当然だけど部活じゃないよね。いやでも、帰宅することが部活動だとするのなら、この世の学生全てが帰宅部なんじゃね?

 なんて、アホなことに思考回路を回している僕はさて置いて、宇木さんバーサススポーツマンズのバトル勃発。

「何だよ、宇木、帰宅部って。そんなものは存在しねぇよ」

 肩をすくめる原谷君。

「存在するもん。楽しく帰宅するのが活動だもん」

 両手を握りしめて反論するのは、宇木さん。その仕草が可愛く見えたことは言うまでもない。

「その理屈でいくと、部活動帰りに楽しく帰宅している俺たちも帰宅部ってことになるよね」

 あれ、石井君と考えが被った。

「う」

 宇木さんが言葉に詰まる。

「そうだ。俺たちは帰宅部とかいうモンを掛け持ちしているわけだから、転校生がサッカー部に入るのは何の問題もないってことだ」

 畳み掛ける磯部君。

「うう」

 反撃できない宇木さん。そこで、

「つまり、もう既に部活に入っている笹村君には、今、ここで、掛け持つか、掛け持たないかを決めてもらう!」

 バン、と僕の机に両手をのせて、桐生さんが僕を覗きこむ。

 そして、原谷君と磯部君と石井くんと宇木さんも同様に僕を見る。真剣な表情が五つ、僕を捉える。

 いやいやいや。なんでこの場で決めろ的な感じになってんの? 帰宅部っていっても、僕一人だけの帰宅部を設立させる気でいたんだけど、そんな選択肢はなさそうだなぁ。

「どうなんだ」

 ゴツく、低い声で原谷君が訊いた。

 どうなんだ、ねぇ。

仕方ない、決めた、ってかもう決まっている。

「……帰宅部一本で」

 五人全員の顔を見回して、僕は言った。

 直後。

 ガックリうなだれるスポーツマンズ。

 対して、両手を合わせて喜ぶ帰宅部二人組。

「やったー、これでメンバーが増えたね」

「そうだな、なかなか良いものを持っているメンバーだ」

 良いものって何だよ。帰宅部の素質ですか? そんな素質存在するんですか?

「ちっ、負けたよ」

「まぁ、帰宅部で頑張れ」

「健闘を祈る」

 そう言ってトボトボと立ち去るスポーツマン。マジで落ち込まないでくれる? 何か僕が気まずいから。

「はは、我々の勝利なり!」

 勝利って、勝負だったの? 確かにバトルって表現したけども。まぁ、三人の落ち込み様を見れば真剣勝負だったのかもしれない。

 そこで、キーンコーンカーンコーン。

「あ、ヤバい。ほら、笹村くん、急いでパン平らげちゃわないと」

「そうだな……って、コロッケパンとメロンパンを同時に口に突っ込むな! ゲホゲホ。うごっ」

「このチャイムは予鈴だけどね。笹村くん、食べるの遅そうだから。えいっ!」

 えいっじゃねぇ!

さらにギュウギュウと僕の口にパンを押し込む宇木さん。

「だから、急がなくても……うごぉぉぉ」

 モグモグと咀嚼。そこに、

「よし、水分が必要だろう、笹村君。特別にアタシの午後ティーを恵んでやろう」

「おお、有紀ナイス!」

 ナイスじゃねぇぇぇぇ! やめてくれ、口がパンクする。アマゾンの大河の如く氾濫するから。そんな行儀の悪い光景を君たちは見たくないだろ……⁉

「うごごごぉぉぉぉ……!」

 容赦ない、パンと午後ティーの怒涛のコンビネーション攻撃。

 僕は口の中のものを吐き出さないためにも、抗議の声はあげられなくて。

ただただ咀嚼、というより一気飲み。

「よーし、頑張れ、笹村君。あと少しだ」

「ファイトファイト!」

 えっーと……これって、拷問ですか?




 新手のイジメか、と疑問を抱いた強制一気飲みを何とか潜り抜け、その勢いで以て午後の授業も切り抜けた僕は宇木さんと桐生さんに連れられて街案内をしてもらっていた。

そんなに外に出歩くことってないんだけどな。だってほら、インドア派だから僕。

「どう美味しい?」

 本屋とかコンビニとかゲーセンとか、案内を受ける必要性もそんなに感じない場所を転々と巡ってきた僕らは、宇木さんと桐生さんが行きつけという喫茶店『ナナカマド』に来ていた。駅前の小さな喫茶店で、落ち着いた雰囲気の漂うお店だった。

 僕の前には紅茶(ホット)。とりあえず一口含んで、

「うん、温かくて、美味しいよ」

 率直な感想を述べてみた。

「へへ、良かった。ここは紅茶が名物なんだよ」

「とか言ってる宇木がコーラとチョコレートケーキでは説得力ゼロだろう。なぁ、笹村君」

「確かに。それにコーラ飲んでケーキなんか食ったら、ケーキの甘さゼロ。ただのスポンジ食べているようなモンだね」

「お、おう⁉ い、意外に言うね、笹村くん」

 口の横にクリームをつけた宇木さんがオーバーリアクションでのけぞる。

 何、僕がヘタレな無口少年だとでも思っていたのか?

「言うよ、意外に僕は。特に心の中で」

「最悪だな」

 唸るような桐生さん。

「そうかな?」

「うん実に」

 桐生さんは腕組みをしながら頷く。

「きっと今現在心の中で宇木よりもアタシの方がスタイルは良くて賢くて料理とかもできるんだろうけれど宇木の方が容姿は可愛くて性格も楽しくてうふふ両手に花だぜイエーイ僕ちゃんラッキー」

 棒読みで一気に言葉を吐いた後、桐生さんは親指を立てて僕にグッドのポーズ。

「なんてことを考えているのだろう、君は」

「考えてねぇよ! つーか、何が言いたいのか皆目見当がつかない」

「って、有紀ひどーい! 笹村くんはそんなこと考えてないよ。きっと、このまま私たち二人まとめてお持ち帰りしちゃおうと思っているんだよ!」

「思ってねぇ!」

 ああ、疲れる。

「とまぁ、こんな具合に声に出してものを言うのも時には最悪なことになるから、心の中でツイートする君の性格も別段最悪ではない、ということの実演でした」

 何がしたいのか、わからねぇよ。

「でー、話変わるんだけどさ、笹村くんどうして転校してきたの?」

「ん?」

「だって、東京にいたんでしょ。どうして、わざわざこんな地方の中途半端な街に来たのかなって思って」

 転校の理由ですか。あんまり気が進まなんだけどなぁ、そういうこと説明するのって。面倒じゃん。

「宇木、そんな無粋なことは訊くべきじゃあないとアタシは思うけどな。それに理由などは大体わかっているだろう?」

「え……ああ、そうだったね。ごめん、笹村くん。変なこと聞いて本当にごめん」

 桐生さんに言われて、本気で申し訳なさそうに謝る宇木さん。別に変なこと聞かれたわけでもないんだけど。

「笹村くん、気にしないでくれ。君の過去に何があっても、アタシたちは気にしない。君とアタシたちはもう友達だ」

「えっと、どういう意味?」

「だから、君が前の学校でイジメに遭って、こっちに転校してきても、過去の傷を引きずることはないということだ」

「ちょっと有紀!」

 宇木さんが桐生さんの腕を掴む。

 ええと、二人でシリアスな雰囲気を醸し出しているところ悪いんだけど。

「あの、何か勘違いしているようだから言っておくけど」

 プイ、と二人の視線が僕に向く。

「僕はただ親の都合でこっちに来ただけですよ?」

「「え?」」

 え、じゃねぇよ。何マジで驚いてんだ、豆鉄砲ぶち込まれたような顔すんな。

「いや、だからイジメとか、そんな大層な理由じゃないの、僕の転校は。親が二人とも仕事で海外に飛ばされたから、こっちの大学に通っている姉の所に来たんだよ」

 姉貴はめっちゃ嫌がっていたけど。勿論、僕もめちゃくちゃ嫌だったさ。

「僕はアパート借りて、あっちで暮らすって言ったんだけどね。いかんせん、母親が心配性で。『高校一年生で一人暮らしは危ないし、早すぎます』って却下された」

 一通り説明の終わった僕は肩をすくめてみせた。

 これが僕の転校の理由。

 ただの普通の転校。イジメられたわけでもなければ、大いなる野望を胸に抱いた特殊な能力を備えているミステリアスな転校生であるわけもない。

「ということは、笹村くんはイジメに遭って身も心もズタズタにされて、こちらに疎開してきたってわけではないのだな」

「そう。ていうか、疎開ってなんだよ」

 桐生さん、あんた、口にしていいことと悪いことの区別をつけた方が良いですよ? いや、この際だから区別なんて甘いモンじゃなくて、いっそ良し悪しを差別した方が。

 よくもまぁ、思ったことを、それがどんな内容であれ、こんなに素直に口にする奴が周りの人間とうまくやれているなぁ。

「なんだぁ、心配して損した」

「え、まさか僕ってそんな感じの転校生だと思われてたの?」

「そうだよ、クラスのみんながそんな風に思ってた」

「そして、笹村君を目撃した瞬間、皆確信したのさ」

 何だよ、それ。どんだけ可哀そうな奴に見えるんだ僕は。

「良かった。良かった。じゃあ、みんなで傷を癒してあげる必要はなかったんだね」

「大きなお世話だよ」

 全く本当に。




 二人の勘違いを解いた後は、至極普通の会話が続いた。

 宇木さんは四人家族で一つ下の妹がいることや、桐生さんにはミュージシャンの兄がいること。担任の中垣の化学のテストは難しいから授業中寝たら赤点になるとか。昼間勧誘を受けた野球部もサッカー部も陸上部も実は超絶の最弱で、一番強いのは全国大会にも出場する実力を持つ卓球部だとか。勧誘をしてきた三人のスポーツマンも宇木さんたちのような勘違いをしていて、僕に元気を出してもらおうと声をかけてきたこととか。こっちの冬は関東の比じゃないとか。

 そんな風にくっちゃべって時間を過ごしていたら当然日が暮れるわけで、やがて座談会はお開きになった。

「じゃあ、そろそろ帰りますか」

 それぞれが飲み物の代金を出して、お会計は桐生さんがまとめてしてくれた。

「あ、そうそう、笹村君」

 思い出したように桐生さんが言った。また、変なことを口にするんじゃあないだろうな。

「ここら辺はヤンキーが多いらしくてね、特に最近。君も気を付けたまえ。お財布の中に一万円以上は持ち歩かないこと。三万六千円+αなんて持っていたら奴らの格好のターゲットだよ」

 なるほど、ヤンキーが多いのか、やだなぁ……って、桐生さん何時の間に僕の財布の中身を見たんだ。

「ヤンキーで思い出したけど、この前二年生がボッコボコにされたらしいよ。気を付けてね、笹村くん。寄り道はしないで帰ること」

 君たちのせいで寄り道になったんだけど、まぁいいや。

「じゃあねー、笹村くん、また明日ぁー」

「じゃあな、また会おう」

「うん、じゃあね」

 手を振りながら宇木さんと桐生さんは駅に向かって歩いて行った。

 しばらくその背中を見送っていたけれど、肌寒くなってきたので僕も帰路に着いた。



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