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【エピソード1:青い小星・その6】

突然、どこからか女の声が割り込んできた。

辺りを見回していた槞牙は、上空を睨み付けている柚菜に気付き、そちらに目をやる。

体育館の屋根の上。両腕を組んで二人を見下ろす大人びた女がいた。

女は躊躇なく屋根から飛び降り、音もなく地面に着地する。

格好は白を基調としたチャイナ服のようなものだった。その服が、ボディーラインを強調している。

大人びたというより、妖艶な雰囲気を漂わせている。


「〈パステル〉を使用したのは貴女だったのね。柚菜」


冷たい印象を受ける口調。女はどうやら柚菜の知り合いらしい。

柚菜は困惑顔をしていたが、やがて口を開く。


「姉貴……。久しぶりだな……」


「まだそんな言葉遣いをしてるのね。そこだけでも女の子らしくしたらどうかしら?」


一瞬で傍観者に格下げされた槞牙は首肯する。

だが、少頃してから槞牙は何かに気付いた反応を見せ、


「なにっ!? この人がお前の姉さんなのか?」


と、遥かに遅いタイミングで驚いた。

柚菜はため息を吐く。女は珍獣を見るような顔を槞牙に向け、首を傾げる。

それから改めて界隈を見回し、柚菜に言った。


「それにしても、こんな場所で何をしてたの? ……もしかして、お邪魔だった?」


目を細めて意味深な笑みを浮かべる。


「こ、こいつとはそんなんじゃないっ!」


「ふふふ……。分かってるわよ。そういう行為をしたとしても、〈パステル〉は必要ないでしょ?」


姉妹の仲睦まじい会話が繰り広げられる。

呆然と話を聞いていた槞牙は、先程から霧島(姉)が言っている単語の意味が気になり、問い掛けた。


「なあ、霧島の姉さん。さっきから出てくる〈パステル〉って何だ?」


麗華レイカよ。霧島麗華。〈パステル〉については知る必要はないわ。あなたには無縁のものよ。」


社長専属の秘書のような名前の人物は、あっさりと質問を切り捨てる。


「油断するなよ、槞牙。姉貴は戦いに来たんだ」


打って変わって真剣な表情になる柚菜。


「戦うって、誰と? 何の為にだよ?」


怪訝顔の槞牙。


「だから姉貴はパ――」


「油断したのは貴女の方よ」


その瞬間、空気が変わった。

四、五メートル離れていたはずの麗華は、すでに柚菜の目の前で手刀を放つ体勢に入っていた。

内側に捻り込んだ右腕を、勢いを付けて水平に薙ぐ。手刀は柚菜の首元に迫り、柚菜には回避する暇すらなかった。

そして骨が軋むような鈍い音が辺りに響き渡る。

しかし、その手刀を食らったのは槞牙だった。

麗華の手刀は槞牙の右腕に直撃し、そのまま槞牙の身体を横に吹き飛ばす。

槞牙は右腕を押さえながら地面に着地した。


「くっ……! てめぇ、何しやがる!」


本気で柚菜を殺そうとしたことに、怒りが込み上げる。

麗華は表情一つ変えずに、こう言い放った。


「あと少しで苦労なく殺れたのに、余計なことを……」


槞牙の中で何かが音を立てて切れた。

次の瞬間には、左手に赤い光を集め麗華に向かって突進。

無意識の内に、喋らせないように顔面を狙って発光する拳を突き出していた。

直後に衝撃音。だが人間に命中したにしては不自然に大きい。

――拳は麗華に命中する一歩手前で、薄い緑の壁に行く手を阻まれていた。

壁と拳の間からは、電磁波のような細かい閃光が出ている。

突然のバリアにも退かず、槞牙は拳を押し続ける。

麗華は舌打ちをしてから、右手を指の開いた状態で前に出した。

するとバリアが強力になり、槞牙は再び吹っ飛ばされた。


「ろ、槞牙ぁっ!」


柚菜の悲鳴に近い声が瞬時に広がっていく。

槞牙は背後に迫る木に両足を着け、蹴った反動で投げ出された距離を返して麗華に突っ込む。

今度は左手に微弱な電気を帯びた黄色の光を集めて、バリアとぶつかり合わせる。

その途端、雷に似た光芒が壁と拳の間に発生して飛散する。雷は木や地面を裂き、天にまで昇り吠える。

やがて壁に無数の罅が入り始める。


「なっ……!?」


麗華は目を丸くした。

次にはそんな反応を伺う暇もなく壁が粉砕する。

槞牙も勢いを失い地面に着地。


「ど、どうだ……! 思い知ったか」


強気な語勢だが、息が荒く、辛そうでもあった。

右腕は肩から垂れ下がるだけで力が入っていない。

麗華の慧眼が瞬時に状況を読取り、口の端を吊り上げさせる。

そして槞牙の右側から接近。

身体が密着したと同時に、槞牙の両足が地面から離れ、方向も逆向きになった。逆向きの槞牙の目の前には麗華の姿。

麗華は右手で槞牙の腹部を殴り、顎に掌低を突き刺し、その場に烈風を巻き起こした。

槞牙の身体は浮き上がり、体育館の屋根の上を通り過ぎて、遠くに飛ばされる。不自然な強い風は周囲に拡散して溶け込んだ。


「今日はもう退けよ」


バリアを砕かれ若干の焦りの色が消せない麗華に、柚菜は怒気の籠もった声を浴びせる。

彼女の両手は、既に青い光を纏っていた。


「あと一回ならフルパワーで出せる。シールドは張るのに時間が掛かるだろ? それとも、生身で受けるか?」


麗華は怒りで美しい顔を歪ましながらも、踵を返して学校の敷地から飛び出した。






「うーん……。こ、ここは?」


麗華にやられ、どこかに飛ばされた槞牙は上体を起こした。

そこは幾練も連なる部室の中の一つだった。

甘い香りが鼻腔を突く。

これは異性の匂いだと、槞牙は刹那の内に判断した。左右を確認する。

なんとそこには、着替え中の女子がわんさといるではないか。

普段は服で隠された部分も顕となり、秘密の楽園の開門時間。

アメリカ国防総省なんて何のその。敬意を込めても『ペンちゃん』に早変わり。右側の女の子の中では、ポニーテイルの子が一押し。結わかれた髪の先端が腰まで伸びて背中はよく見えないものの、とにかく細くて白い。

それもただ細いだけではない。筋肉質にはならないように調整して鍛えられた、細身の中にも程よい肉付き。

つんと上がった丸みがあるヒップも可愛らしい。

極め付けは豊満なバストである。

重量感のあるそれは、正しく天然の要塞。

パー・エイトでもチップインバーディーを狙えるかどうか。

左側なら文句なしに一番右端の子。

スポーツ少女に定番のショートで爽やかな髪型に、似合ったかんばせ。

一人称に

「僕」

を期待してもよいキャラだ。

その彼女。

スラッとした長い足に、キュッと引き締まったボディが魅力的である。

肌は健康美が溢れる肌理細かな小麦色。

バストは小さいが、それでも好いと――否っ! それが好い。

云うならば、美しく整った至高のファーストフルーツ!

激しく間違った言葉の引用などは関係なし。捨て置け――


「やっべー。どうやら、天国に来ちまったみたいだ」


空気が固まる。女子たちが一斉に悲鳴を上げて槞牙を暴行し始める。


『キャアーーーッ! へんたぁぁぁああーーいっ!』


「誰が変態だっ! こんな二枚目を捕まえ……イテッ! イタタタタタタタッ! 踏み付けるなっ!」


「あんた、隣のクラスの繞崎槞牙!?」


「そうだ。この俺こそが、あの全国女子の憧れの的崎槞牙(なぜか繋げる)」


「あのスケベでお調子者で人間核弾頭の!? 充分に変態よ!」


「何だ、その三番目のつっこみ待ちの罵りは!」


当たり前だが、槞牙は容赦のない攻撃を受け続けた。そんな彼に変化が表れだした。


「お許してください! 王女さまぁぁぁぁ!」


その時、部室のドアを誰かが開いた。


「お兄ちゃんっ!」


入ると同時に天使降臨。

掃除を終えた雫が、異変に気付いて助けにきたのだ。


「た、助けてくれ! このままでは、俺は堕ちる……」


どこに?

――と、つっこみを入れられる冷静な人間は居なかった。


「ご、ごめんなさい! 兄には後で私からきつく叱って言い聞かせますから……」


雫はひたすら平身低頭。

徐々にヴァルキリー達の怒りが収まり出す。

そして天使の手が差し伸べられ、槞牙はその手を左手でがっしりと掴んだ。

心の中で『生きてるって素晴らしい』と三十七回目を唱えた時、


「お兄ちゃん……」


雫の声のトーンが下がる。


「ど、どした?」


雫は繋がった麗しき兄と妹の絆を指差す。

戦々恐々としつつも、手元を覗き込む。

そこには、いつの間にやら紛れ込んだ女生徒の下着があった。


「い、いや……。これはだな……。と、とにかく落ち着んだ、雫。兄は無罪だ」


「一度……、死んできなさぁぁぁぁーーーいっ!」


「ひぃ……っ!」




あの戦闘の後、陰鬱とした表情の柚菜が凄涼とした路地を歩いていた。

脳裏に浮かぶのは、姉の凶行とでも云うべき行為。

分かってはいた。だがそれが如実になってみると、やはり抑えがたい感情が心中を渦巻く。

まるで十重二十重の螺旋階段を彷徨う忘却の旅人。

やり場のない感情の行方を捉まえてくれるものは何もない。

突然に吹いた強い風は、彼女の眼から零れ落ちそうな水滴を拾う。

夕暮れの空に陣取る橙色のピースは、どこか物憂げな様子で地面を照らしていた。


     ◆


「すっかり日が暮れちまったな……」


地獄の片道切符、終点駅――雫からの凄絶な攻撃を受け昏絶していた槞牙は、誰に言うでもなく声を発す。いつもは雫と一緒に帰る道。

無駄に長く、街頭はあるが暗澹な道程は、一人だとやたらと寂しい。しかし今日に限って一人だったことに、槞牙は胸を撫で下ろしていた。

なぜなら彼の右腕は完全に動かせなくなっていたのだ。


「こいつは、早く医者に行かないと……。あの歩くフェロモンめ。覚えてろよ。いつかお仕置きしてやらぁ。ぐふふ……」


下卑た笑いの後、すぐに憂いを含んだ表情になる。


「くそっ!」


あの時の柚菜の顔を思い出す度に、唇を噛み締めた。深い悲しみに沈んでいく瞳だった。

槞牙にとって骨折など、本当はどうでも良かった。

ただ麗華が許せない。それ以上に、何もしてやれなかった自分が腹立たしい。

無力な男がスペシャルだなんて、胸を張って言えるのかよ。


(お調子者で)


不意に関係ない女子の声が思考に重なる。

否定することができない。本当に、情けない……。

――道の街頭が途切れ、槞牙は闇に消えた。

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