【エピソード1:青い小星・その4】
「なんつーか、もう『お約束』ってやつだな」
機能性に優れない簡易な椅子に腰掛けた槞牙は、目の前の現実を見据えていた。何とクラスの輪が確立しない内に転校生がやってきた。
その名は霧島柚菜。
「せんせー! ここは高校ですよ?」
槞牙は実にわざとらしく茶化す。
「では本人からも挨拶だ」
だが、先生はまるで槞牙の声を音と認識しなかったかのように先に進む。
しかもクラスの全員も無反応。
雫など、槞牙と目を合わせないために『あさっての方向』を見ていた。
槞牙は不思議と孤独感を味わった。
やがて柚菜が口を開き、声を出す。可愛いのに男口調のあの声が――
「初めましてぇ! あたしぃ、『ゆずな』っていいますぅ! 皆さん、よろしくね〜! きゃは☆」
室内に喧騒が発生する。特に男子はお祭り騒ぎ。
途端、槞牙の身の回りの物が激しい勢いで四散した。槞牙も仰向けに倒れ、天を仰いだ。
「騒がしいぞぉ。ローガァ」
気の抜けた炭酸水のような先生の一言。
槞牙は上体を起こし、頭の中を整理し出した。
何でだ?あいつはさっきの奴だろ?
誰だ、あのブリッ子。
しかし咄嗟のことで情報が埋まらない。
現場に立ち合った三人は『柚菜ちゃんか〜。可愛いな〜』っという顔で前を見ていた。
もはや脳の機能が正常に作動してない。
――思考を重ねる槞牙を尻目に、先生は淡々と槞牙の隣を指差し、
「空いてる席はそこだけか……。霧島の席は槞牙の隣な?」
「はぁ〜い!」
柚菜は屈託のない笑みで、その席に近づく。
「異議ありっ!」
それを阻止すべく、槞牙は今までにない精悍な動きで挙手する。
「理由は何だ?」
「青い髪の女の子は危険なんですよ? 先生! 巨大ロボに核爆弾などを持たせて突っ込んだりして」
教室内の温度が一瞬で低下する。
「却下」
当然の処置が下され、転校生こと霧島柚菜は槞牙の隣の席に『ちょこん』と座った。
その後、すでに精神的に憔悴している槞牙を余所に、授業が始まってしまった。柚菜は足をブラブラとさせ、両手で頬杖を付いて窓の外を見ていた。
授業を受ける気は、これっぽっちもないようだ。
槞牙は耐え切れなくなり、意を決して声を掛けた。
「なあ、お前さっきの奴だよな? 何で性格が違うんだ? 転校デビューか?」
柚菜は問い掛けに全く反応を示さない。
「おい……」
槞牙が柚菜の肩に手を掛けた、その直後――
「触るんじゃねえよ。クソが。ぶっ殺すぞ」
首を振り向けて手を跳ね退け、ドスの利いた低い声で囁く。
あまりの迫力に、槞牙は空気に手を置いたまま固まった。
授業が終わり、休み時間に入っても不穏な空気が続いた。
クラスの皆も、その雰囲気に気付いて入りにくい様子だった。
槞牙は一度ため息を吐き、再び柚菜に話し掛ける。
「えーと……、霧島?」
名を口にした瞬間、柚菜は凶悪な目付きで槞牙を睨み付ける。
「ん?」
「どっちが本当の霧島なんだ?」
「そんなこと、お前に関係あるのかよ?」
と言いつつも本性を表した柚菜に、槞牙は少し残念に思いながらも話を続ける。
「何で男みたいな言葉遣いなんだ?」
「関係ないだろ」
にべもない言い方。
「じゃあさ、性格は男勝りなのに、やけに女の子っぽい服装だよな」
柚菜は眉をピクッと動かす。
今の柚菜の格好は、おそらく中学生時代のものと思われる茶色のスカート、白いブラウスに腰回りだけを覆うベストような布だった。スカートは戦闘シーン時にサービスショットが満載になりそうな短さだ。
この学校は制服はあるが私服での登校が認められているので、各々が好きな格好をしている。
雫は制服なのだが。
「それには理由があるのか?」
「可愛く見えるだろ?」
聞くやいなや、柚菜は間髪入れずに少し軟らいだ表情と声で返した。
◆
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◆
「は? いや、確かに可愛く見えるけど……」
「その微妙な間は何だ?」
柚菜は再びブスッとした表情に戻る。
チャイムが校内に鳴り響き、室内の喧噪の音量が衰えた。
「とにかく、朝のことは俺が悪かったことにしとくから。仲直りってことで……」
槞牙が緩慢に言うと、柚菜は僅かながらも、初めて槞牙の前で微笑んで見せた。不覚にも、槞牙は心が少し弾んだ。
美少女の転校生と楽しい学園生活も悪くないと本気で思っていた。
だが――
◆
「いったい俺のどこに不満がある!?」
槞牙は、声の調子を大きく崩した高い音程で叫ぶ。
その声が向かった先は、掃除用具で執拗に槞牙を突いていた柚菜であった。
本日の授業が終わり清掃の時間になった所で、槞牙は到頭キレた。
おとなしく歩み寄った槞牙の言葉を聞いてからというもの、柚菜は色々なちょっかいを出し始めた。
寝ていた槞牙の頭に教科書の角をぶつけたり、黒板の文字をノートに写すのを邪魔したり。
「毎時限、消しゴムの粕を投げやがって……! 小学生かお前はっ!」
怒る槞牙。しかし柚菜はすまし顔で、箒を正しく使いだす。
仕方なく無視すると、また突く。
槞牙は箒を跳ね退け、柚菜は大仰な動きで指差した。
「もう我慢ならん! 朝の続きをやってやるよ……! 今、この場でなっ!」
宣言してからが早かった。槞牙は高速で間合いまで接近し、躊躇なく右拳を突き出した。
拳が柚菜の顔面に迫る。
そして、その位置を確実に捉えた。
しかし不思議なことに、衝突の反動を少しも感じられなかった。
その代わりに腕に重量感が押し寄せる。
気付くと柚菜は蛇のように槞牙の右腕にしがみ付き、両足の靴底で左肩を踏んでいた。
そして天地が逆転。
槞牙は身体は宙を一回転し、背中から地面に叩きつけた。
柚菜は何事もなかったように槞牙の腕から離れ、
「オレはお前なんか嫌いだっ!」
辛辣な台詞を吐き捨て、教室を飛び出した。
「くっ……うっ……」
槞牙は倒れたまま呻き声を上げる。
朦朧とする意識の中に人影が射し込む。
「大丈夫……? お兄ちゃん」
だんまりだった雫ちゃんも、ようやく動き出したようだ。
「雫……」
「なぁに?」
倒れている槞牙の視界に入ったのは、短いスカートから出た白くて細い太股だった。
それと――
ナイスアングルだということだ。
「スカート短すぎねぇか? 見えてんぞ。し――」
言い終わる前に、簡素な椅子が槞牙の頭を目がけて落下した。
槞牙は間一髪の所で躱し、窮地を乗り越えると、凶器攻撃を仕掛けた張本人――無論のこと、雫に叫んだ。
「お前は兄を殺す気かぁあああああ! 背もたれの方から落としやがって!」
雫は顔を背け、再び黙りモードに入る。
槞牙は仕方なく怒鳴るのを止め、ため息を吐いた。
「そんなことより、今はあの蛇女だ。朝のこともあるし、決着を着けてお仕置きしてやらんとな。」
槞牙の戦いへの意志表示を聞いた雫は、今までないほど真剣な口調で話した。
「お兄ちゃん。あの娘の戦い方は『コマンドサンボ』だと思う」
「コマツナサンド?」
「コ・マ・ン・ド・サ・ン・ボ」
「何だそれ?」
雫は大きく溜息を吐いてから言った。
「『サンボ』って云うロシアの格闘技を、兵隊仕様の武術にしたものなの。主に投げ技と関節技で、戦争中に武器が無くなっても、敵を倒すことができるんだよ」
雫の声は嘆いているという感じだった。
雫は肉体派ではないが、体術の知識が豊富で、相手の弱点などをすぐさま見つけることができる。
言わば、頭脳派。直感型の槞牙とは反対の戦術だ。
そんな雫だからこそ柚菜の危険性に気付き、兄が怪我をするのを危惧せずにはいられないのだ。
「だから戦うを止めろってことか?」
雫は口を閉じたまま、控えめに俯く。
その顔を見て、いかにも剣難性の雫らしい、と槞牙は思った。
そして雫に近付き両肩に手を置き、フッと微笑んだ。
「大丈夫だ、雫。お兄ちゃんは絶対に負けない。……絶対にだ。それどころか、掠り傷一つ無く圧勝さ。」
陰鬱だった雫の表情が徐々に朗らかになっていく。
「それじゃ、行ってくるぜ!」
「あっ! 待って!」
槞牙が踵を返した瞬間、雫が口を開いた。
それからいつもの引き締まった表情で言葉を繋げた。
「あ、あのね……。あの柚菜って娘のこと――」
槞牙は後ろを向いた状態で右手を上げ、雫の口を止める。
「わーってるよ! まずは友達との接し方を教えて来てやるよ」
そう言うと、教室から飛び出した。
――今の雫には、槞牙の背中が昔に幾度となく見た、頼りになる時のものと重なっていた。
普段はいい加減で妄言を口走る男だが、『絶対』と言ったときには言葉通りにやり遂げる。
古臭いが、そう信頼させる兄だった。
(繞崎槞牙は、私の最高のお兄ちゃん!)
――雫は少し気恥ずかしそうな表情になりながら、掃除を再開した。
ガララララッ!
その直後、なぜか槞牙が教室に戻ってきた。
そして掃除の班の男子と、ひそひそ話をし始める。
「で、霧島のやつ、今日は何色だった? ……なぬっ!? 速すぎて見えなかった?」
「あんな速い動きが、槞牙以外に見える分けがないだろ」
「折角のチャンスを……。修業が足らんよ。馬鹿弟子が……」
雫の白眼が槞牙に突き刺さる。
「前思撤回……」