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【エピソード6:兄として……。妹として……・その4】

 そこは夕方の海岸だった。

 寄せと返りのコンビネーションにより体裁を保つ海。その海にも劣らない色彩を持つ空。海では少ない命数を豪邸のみで過ごす魚。空を泳ぐは鴎の群れ。

 槞牙はその景色を見ていた。主な視線の先は、波打ち際ではしゃぐ女子だ。

 白のビキニが良く似合う少女である。

 彼女は真由。前に菻音の邪魔が入らなければ、デートする予定だった娘だ。

 真由は海を埋め尽くす赤い陽射しに包まれ、ただ燦然と存在感を持っていた。 足を浸からせると一瞬だけ身を縮め、水の冷たさを一興としている。無邪気に足を振り抜けば、舞い上がった細やかな飛沫が、確かな輝きを放った。

 次に両手で掬い上げ、虚空に投げる動作をする。散らされた海水は、やはり粒ての飛沫となり、朱の色を吸い込む。

 情景の美しさは、真由の魅力を引き立たせる役割を十二分に発揮していた。


「繞崎先輩っ。先輩もこっちに来て遊びましょうよ」


 純粋とまで装飾されそうな笑顔が眩しい。

 槞牙は呼び掛けには応えず、微笑み返すだけに留めた。今はただ、彼女を眺めていたかったからだ。

 しかし、そんな思いは真由にとっては不機嫌の種で、


「もうー、何してるんですか? 早く」


 走って近寄り、腕を引いてくる。両手で一生懸命に。眉尻を下げ、困った、と主張する笑みで。

 槞牙も最後は根負けし、立ち上がった。

 だが思いの外、真由からの引力が強かった為、再び膝が折れた。

 前方に倒れる。

 気付くと、身体を支えた腕の間には真由の顔があった。戸惑いつつも、頬を赤らめての上目遣い。

 槞牙は、真由を押し倒す形でいたのだ。

 早く身を起こせと身体に命令するも、言うことを利かない。

 なぜなら、下では既に瞼を閉じた真由がいた。瑞々しい唇を、僅かに前に出し、何かを待っている様子である。拒否反応など微塵も窺えない。

 だから槞牙は一つの行動を取った。

 それは真由と唇を重ねること。柔らかい感触が、重なった場所から広がるようにして、快いこと伝えてきた。

 一度、塞ぎ合うのを止めると、小さな吐息が漏れる。微かだか、甘い微粒子の混ざったもの。

 槞牙は透かさず、再び唇を重ねた。今度はただのキスではない。お互いを確認するキスだ。

 口内に行き届く甘美な熱は、自制心を崩し始める。 兆候として顕れたのは、手の動き。真由の腹部を撫でてから、一際、高い丘陵を昇る。

 真由は身体を強張らせた。おそらく、緊張からくる防衛本能だろう。

 普段の彼女からは計り得ない無垢な感情。それすら、今の槞牙の心を擽り、求めさせる。

 二人は凄まじい熱を帯び、愛し合った。

 世界中の誰よりも、どこよりも、熱く。ひたすら熱く。



「今頃はこうなってたんだろうなー。こいつらと一緒に下校してなければ……」


 槞牙は盛大な溜息を吐いた。現実とのギャップに耐え切れずに。

 現在いる場所は建物が櫛比する商店街。

主に大型のビルがあり、その中がショップや飲食店の様相となっている。幅の広い歩道が、通行人に不備を与えない。

 そんな道路の前方を歩いているのは、柚菜とソラのロリッ子コンビ。下駄箱で一緒に下校をせがまれて絶望。その上、ソラはビーストモードのまま。いつ吠え出して暴走するかも解らない、危険な状態だ。

 それと敢えて説明すると、先程のは毎度お得意の妄想である。百五行も使用した、高級リゾートホテル並に贅沢な妄想だ。

 鬱と名の付く足枷を引きずる脚は、ひたすら重い。歩は低速を極める。

 そんなこちらに音が来た。柚菜の、


「遅いぞ、槞牙」


 振り向き様の一声が、妄想を薄らげていく。

 仕方なく並んで歩くと、柚菜は両手を後頭部に組みながら言った。


「なに考えてたんだ?」


「ふふふ、難しい大人の事情ってやつだよ」


 ニヤつく槞牙。柚菜は視線を反対側に向け唇を尖らせる。


「ふーん……、どーせスケベなことだろ」


「な、何を馬鹿な事を言うんだ! このどこからどう見ても紳士オーラの漂う男に対して」


「ま、別にお前がどんな妄想してようと、オレには関係……ないけど……」


 なぜか段々と沈んでいく語調を、槞牙は聞き逃さなかった。まだ浅い付き合いだが、このテンションの柚菜には覚えがある。

 それは戸惑い。不機嫌な自分でいる意味が解らないことから生じる、微小な混乱が引き起こす感情。

 ……何を拗ねてるんだ、こいつは。

 思っている間に、柚菜は黙り込んでしまった。いつの間にか肩車していたソラの表情も暗い。こっちのソラは無邪気な反面、場の空気に鋭敏なところがあるようだ。

 ……しょうがねえなぁ。ここは一発、揄ってやるか。

 槞牙は俯いている柚菜の頭に手を乗せ、


「なーに、だんまりマイシスターみたいになってんだよ。可愛い顔が台無しだぞ?」


 くしゃくしゃに撫で回してから、いつもの気抜けた表情で続け様に口を開く。


「まあ可愛いと言っても……あれだ。主にマニア受け。『ゆずたん』と呼ばれる道程は決して遠くはないぞ〜」


「…………」


 無反応。

 ……うわ、スベった!

 さすがの槞牙でもばつが悪い。人差し指で頬を掻きながら、次の言葉を選ぼうと焦る。


「ん?」


 そこで気付いた。柚菜が無反応ではなかったことに。

 彼女はただ呆然としていた。何か信じられない出来事に見舞われたかのように、固まっている。

 槞牙が眼前で手を振ると、瞳に焦点が戻る。

 その瞬間、柚菜は大きくて一歩だけ後退し、身体を引き気味に仰け反らせた。


「え? ええええ!? な、なな、ななななななに言ってんだ、お前!」


「へ?」


 突然に動揺ボルテージが振り切れた『茹柚菜』は、髪と顔の面積がこの上なく解りやすくなる。

 槞牙も、つい間抜けな返事。

 柚菜は両手を胸の前でもじもじさせ、


「だから、その……か、可愛いって……」


「遅っ! ……ってか、後半部の俺のギャグを聞いていやがらねえな」


「間違いなく聞いたぞ! 可愛いなんて……ど、どういうつもりだ?」


「人の話しを聞けー!」


 しかし無視され、柚菜は再び俯いた。今度は顔を赤くし、何か色々と呟いている。

 ……訳わからね。

 槞牙は呆れ顔で溜息を吐く。

 それから目線を上へ。あまり意味のない行為だと知りつつ、頭上の生物に助けを求めてみる。


「あれ? ソラ?」


 これまたいつの間にか、居なくなっていた。重量さえ感じさせぬ隠密性は、野性児の為せる技か。

 周囲を見ると、すぐにソラを確認できた。着ぐるみ姿なのは時に便利である。

 ソラは、アイスを販売している車両のカウンターの近くに居た。カウンターに手を衝き、背伸びをしながら中を見ようとしている。 その背後に近付いた槞牙は、両手でソラの腰を掴んで抱え上げた。


「どれを食いたいんだ?」


「んー、んー」


 小さい手から伸びた細い指は、図解された商品の欄を差す。


「ドでかシャーベットだな?」


 疑問には、紅ほっぺも揺れるソラの頷きが返る。  槞牙はソラを降ろし、ズボンのポケットから財布を取り出す。


「んじゃ、それ一つと……あとは――」


 背後に振り返り、


「おい、柚菜。お前は何にするんだ?」


 呼ぶと、柚菜は我に返ったばかりのような面差しを向けた。


「オレもいいのか……?」


 隣に立ち、上目遣いと遠慮がちな声。


「遠慮なんかすんなよ。らしくねえぞ?」


 頷いた柚菜は、じゃあ、と口にし、商品欄の先頭を指差した。

 最も大きくコマ当てされたその場所には、五つの色で彩られたソフトクリーム。豪華であり、アイスにしては値も張る。

 槞牙は唇を吊り上げ、笑みを作る。


「遠慮してた割には、いいとこいくじゃんか」


「駄目か?」


「いや、それでこそ奢り甲斐があるってもんだよ」


 店員に注文をし、代金を支払う。数秒の間を取ってから、品物を手渡された。それをバトン・パスのようにする様は、この二人ならではの手間だろう。

 二人は近くに設置されたベンチに腰掛け、欣然としてアイスを舐め始めた。

 槞牙は二人の喜びように、釣られて一笑。正面に立ち、その様子を眺める。

 向かって右側にはソラ。名前通りの太く長いシャーベットのアイスを口に含んでいる。形状は円柱で、色はオレンジ。色から推測される味は蜜柑といったところだ。

 ソラは含んでいる『モノ』に口内で舌を絡ませ、吸い付くようにして味わっていく。

 最初は先端。徐々に胴回り。舌と口が『モノ』を溶かそうと連動する。

 一度、口から出すと、溶け始めて汁物になった成分を下から舐め取り、そのまま上部へと舌を這わす。同じ事を四方から繰り返し、再び口の中へ。

『モノ』の味を確かめる行為は激しくなる。出し入れの速度が頻繁となり、舌の行動も滑らかだ。

 押し込む動作に対しては舌は待機。この時は『モノ』は擦れて勝手に味を引き出す。

 引く場合には自らの舌は逆流していく意志を持たせ、強い刺激を与える。こうすることで、内壁にある旨味を溜めた液体を口内に放出させていく。

 次は柚菜。ソラとは反対側に座り、ソフトクリームを食べている。

 既に原型を崩され、円柱系統に属しそうな型になっている。色も混じり合っていて、中でもチャコレートの焦げ茶色が強い。

 念入りに外側を舌で攻めていくと、先端が楕円となる。それを先から大胆に口に含むと、舌を絡めながらモナカの部分を前後に動かす。口の周りに付いてしまった白い液体は舌で丁寧に拭い、味わってから飲み込んだ。

 槞牙はえらく真剣な表情で黙考してから、


「あれ……、こんなヤバイ作風だったか?」


 どこか畏怖する片鱗を見え隠れする口調。

 その独り言に反応したのは柚菜。アイスを食べるのを止め、眉尻を落として、こちらの顔を覗き込む。


「やっぱ、まずかった……?」


「こらぁ。奢って貰っといて不味いとは何だ。不味いとは」


「いや、違っ――」


 慌てて訂正しようとした柚菜を止めたのは、槞牙のデコピンだった。


「解ってんよ。――そんな高級なものでもないんだし、気にするなよ。な?」


 安心させる為の笑顔を向けると、柚菜は俯いてしまう。そこで額を手で摩りつつ、うん、と小声で返事をした。

 これまた柚菜らしくない反応だ。いつもなら飛び掛かってくる場面だというのに。

 槞牙はそう思いながらも、それをおくびに出さずに喋り掛ける。


「それにしても俺の財力がそこまで低評価だとは思わなかったな。こう見えても夜とかバイトしてんだぜ?」


『えぇ!?』


 と口を揃えて驚くのは、もちろん柚菜とソラ。二人とも目を丸くして、口を開きっぱなしである。

 ……そんなに意外かよ。しかもソラのやつは、そんなまともな声で驚きやがって。ってか、バイトって言葉を知ってるんだな、一応。

 数秒の沈黙。ややあってから会話を繋いだのは、柚菜だった。


「へぇ、お前がバイトなんて正直ちょっと、見直した……じゃ、変か……。――とにかく偉いな!」


 本気で賛嘆するので、思わず胸を張ってしまう槞牙。

 隣のソラも遅れて首を捻りながら、


「違和感」


「……お前、よもやキャラ作りのために野性児を演じてやしねえだろうな?」


 無視してシャーベットの残りを食べるソラは置いとき。

 誉められ、得意満面の笑みとなった槞牙は、ひとりごちに頷いて言った。


「そうだろ、そうだろ? 俺はデートで忙しい身でもある分、金も必要なんだよなぁ、うん」


 それを聞いた柚菜は、は? と口にしてから、表情を変えた。眉を立て、半ば欽慕していた瞳は呆れ色に。


「なんだよ、それ。誉めて損した。バカは死ぬまでデートしてろ」


 いきなり不機嫌となり、辛辣な言葉。


「なにぃ? 随分な言いようじゃ――」


 槞牙は口を塞ぎ、真横に視線を送った。

 柚菜も釣られて顔を向けた。

 そこには、何も居なかった。正確には、この妙な緊張感を呼び込む程の物は、そこにはない。 柚菜が怪訝な表情を作ったところで、


「いただき」


 槞牙は素早い動作で柚菜のソフトクリームを奪うと、一気に口へと放り込んだ。上半分のクリームが無かったとはいえ、かなりの大きさである。しかし気にせず噛んでいく。


「んぐんぐ……ごくん。うん、これは美味いな!」


 感想を述べる口調も軽い。満足感を漂わせる笑顔もプラス。

 柚菜は顔を俯かせ、肩をわなわなとさせる。顔を上げれば、完全に憤怒の形相。


「この……バカァーーー!」


 叫ぶと同時に背後に組み付き、スリーパー・ホールドを執行する。


「お、落ち着け柚菜……首は危ねえって! ……おい、ソラ。助けてくれ!」


 呼ばれたソラは、暢気に残ったゴミを捨てていた。しかも、いつの間にか着ぐるみでない私服姿で。

 ソラはこちらを見ると薄く笑い、


「頑張りなさい」


 それだけ言い残すと、足速に去って行った。


「この恩知らず! がっ……息が。柚菜……俺が悪かった。だから腕を解いてくれ」


 必死で抵抗するも、技は見事に入っていて抜け出せない。

 地面に片膝を衝く。徐々に薄れる意識の中、声が聞こえた。僅かに悲しさを含む語感。

 それは間違いなく、柚菜の声だった。


「オレだったら……一緒にいるだけでいいのに……」


「は? 今なんか言ったか?」


「煩い、バカ! 死ね!」


 怒鳴り、本格的に絞め落しに入る柚菜。

 槞牙は、後頭部にほんの少しだけ当たる柔らかい感触を得ていた。酸欠地獄の攻めも受けつつ、

 ……こうでこそ普段の柚菜だな。

 落ち着き払い、ごめん、と静かな声調を背後に届けた。

更新が滞ってしまい申し訳ありませんm(__)mもう少し進まないとハンパになってしまうのですが、今回はここまでとさせてください……f^_^; それにしても編集が難しいと言いますか……色々と修正していましたら、1時間も……(T_T)さすがに鬱になりそうでした(笑)

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