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【エピソード6:兄として……。妹として……・その3】

「あ……、お兄ちゃん」


 教室に戻ると、雫が待っていた。このタイミングは美少女ゲームか、学園系ラノベのイベントを彷彿とさせる。


「どうした? 帰らないのか?」


 槞牙は掃除に専念する、その他の生徒を眺めてから一言。

 雫は俯き、考える仕草を見せる。ややあってから、急に制服のスカートの手で軽く叩いた。どうやら、ゴミに気付いたらしい。

 それから顔を上げ、


「今日はお兄ちゃんと一緒に帰ろうかなって。話したいこともあるから……」


 そう言うと、なぜか周囲に目線を向けた。不思議なことに雫は、

 ……恥ずかしがることか?

 白い肌から、ほんのりと赤みが頬に広がっている。 槞牙はかつて、こんな表情をする雫を見たことが無かった。この妹系を超越した、一人の少女系の顔を。 ……まさか!

 そんな陳腐な前置きすらも不必要な結論が、形を成してくる。

 表現を純化すれば、こうなる。

 ……あの娘は実の妹だが、禁断ハートがドッキュラポン! ……すまん。流してくれ。

 表情と状況の関係から考慮しても、ただ事ではない。そして雫の『話がある』という言葉が推理の方向性を決めた。

 そう。これは正しく、


「雫……。実は俺達が血が繋がってない兄妹だったのは、ショックかもしれない。だがな……、俺も混乱しながら義理の妹への対応をだな……」


「え?」


「いや、そうじゃない。俺はこれからも雫を本当の妹だと思って接するよ。だから、お前も無理して萌え要素を増やそうとしなくていいぞ……な?」


「な、何いってるの?」


 頭から水滴マークを垂らす雫を見て、槞牙は沈思黙考。間違ったかな、と思い始めを契機、いきなり踵を返す。

 目を閉じ、雫の第一声を記憶から引き出す。


『あ……、お兄ちゃん』


 背後からきた声に気付き、槞牙は振り向いた。

 呼んだのは雫だ。このタイミングは美少女ゲームか、学園系ラノベのイベントを彷彿とさせる。


「どうした? 帰らないのか?」


「勝手に一人でやり直さないの!」


 雫は人目を憚らず、こちらにツッコミを入れる。

 ……やっと、いつも通りか。

 胸を撫で下ろしていると、雫は真剣な眼差しでこちらを注視していた。


「な、なんだ? 俺の顔に目鼻口毛、以外に何か付いてるのか?」


 耐え兼ねて問うと、雫はなんの前置きも無しにこう告げた。


「お兄ちゃん……、何かいいことでもあったの? なんだか嬉しそう」


「そうか?」


 首肯する雫に、槞牙は胸襟で険難した。いくら妹といえども、鋭すぎるからだ。

 雫が指摘しているのは、瑠凪との遣り取りで生じた微細な表情の残滓である。確かに、あれは嬉々とした出来事だった。最も彼女と親しかった時間でもあったと自負していた。だからこそ普段より入念に隠していた。

 しかし、それでもあっさり看破されると、誰だろうが驚異に思う。兄としては立つ瀬がない。

 ここは何とかして呉魔化さなければ。

 槞牙は返答に困り、こめかみに冷汗を垂らす。

 すると雫が、妹パワー付属の笑顔で言った。


「ねえ、何があったの?」


 しかも探り屋シズクちゃんの思考は、断定にまでこぎつけている。この笑顔の下に、いったいどれほどの推理力が隠されているのか。


「な、何でもないって。気のせいだよ、気のせい。ほら、あれだ――」


「それ嘘! お兄ちゃんって、嘘付くとき必ず変なこと言うんだよ? 気付いてた?」


「う……、ここでまさかの欠点晒し……。つーか、知らなかった……」


 尚も真剣な眼差しの雫。 槞牙は観念したように溜息を吐き、雫の両肩に手を乗せる。彼女の真摯な態度に合わせ、視線を重ねた。


「誰にも言うなよ?」


「うん……。約束する」


 重い語調が、雫の肯定サインを呼び込んだ。

 一息の溜めを作ってから、続けて、


「実は……水泳部の練習が体育館でやってんだよ。しかもブルマ! んで、絶好の覗きポジションを探していたわけよ」


「は……?」


 調子外れな雫の声を無視し、暴走した喋りはブレーキ知らずとなる。


「これがよぉ、身体を柔軟にする為とか言って、あからさまな跳躍とか開脚とかしちゃうんだぜ? セクハラ紛いだが、顧問に味方したくもなってさ! むふふ……! しかもさぁ! なんとだぜ? し――」


 馬鹿の話に熱が篭ってきた所で、雫の右フックが顔面に炸裂した。

 飛んだ身体が当たる先は、すぐ隣。廊下を遮る窓ガラスを盛大に突き破り、地面に倒れた。

 破片が固い地面を叩く。クラスメートたちのざわめきが、耳を通る。惨状となった場所、五メートル四方に散らばって、野次馬ども。

 最後は眉を立てた雫の尖り声。


「お兄ちゃん、最低っ!」


 槞牙は軽い脳震盪を起こしていた為、地面に臥したまま動けない。

 そこに一つの影が割り込んできた。

 秀麗な面差しに長い金髪。規格外の豊乳に見事なプロポーションを持ちながらも、怜悧な雰囲気もある女性だ。

 副担任の澤村朋香である。

 朋香はこちらを見るなり、解りやすく落胆の表情を濃くする。

 それから頭部の真横に座り、


「これで七度目の公共物破損ね、槞牙くぅん。先生、困っちゃうわん」


 脳内が年中無休でパラダイスな口調が特徴。


「朋香さんも解ってるだろ? 何も俺から好き好んで破壊してる訳じゃないって」


「んー、それはそうなんだけどぉ、修繕費だって理由を絞り出すのに苦労するのよ?」


「ほお……、例えば?」


「理由の欄に『理由なき反抗』って書いて提出したら、却下されちゃったのよぉ」


「そこはいつものあんたに戻って書けー!」


 無駄に疲れるツッコミ後、槞牙は無理に脳震盪に耐えて立ち上がる。

 朋香は小さく拍手をすると、一枚の紙を差し出した。紙面には文字が敷き詰められており、下方には名前の記入欄がある。典型的な契約書の類だ。

 彼女は槞牙の眼前にボールペンの尻を向け、屈託が見え隠れする笑顔で記入欄を指差した。


「そこで解決法があるの。ここに槞牙がサインしてくれればぁ、修繕費の問題は気にしなくて済むようになるのよん」


「なんだ。簡単な方法があるじゃん」


 ボールペンを受け取り、的確な指示に従い『糸』まで書き、不意にピタッとペンの走りを止めた。

 なにか不自然だ、と思い、書面をよく読んでみる。


「せ、先生、難しく考える子は嫌いよ?」


 動揺した声調の朋香。

 それを完全に無視し、視線は契約条件に辿り着く。なんとその内容は、


「なになに……拳凰繞崎流派の繞崎槞牙は、拳聖澤村流派からの資金援助と引き換えに……」


 口調は段々、呆れを含んでいき、


「拳聖澤村流派に麾下することを誓う、だと?」


 契約書をぐしゃぐしゃに丸め、細かく契り、床に投げ捨て踏み付ける。

 危うく拳凰繞崎流派が吸収される所だった。


「この巨乳腹黒参謀!」


 大仰な指差しを加えて叫ぶ。しかし、既に朋香の姿はそこには無かった。

 ……くっ、なんて逃げ足の早い乳だ。今度、会ったら搾乳してやる。こうだ。こうやって……!

 妄想して虚空を揉んでいると、周囲から人気が消えていった。

残っていたのは窓の向こう。掃除当番の生徒に、幻の右を持つ雫。

 雫は明らかに不機嫌。


「ち、違うぞ、雫! 兄は決して『巨乳教師、陰謀の代償』なんてタイトルは付けてないぞ!」


 そんなこと聞いていない。

 焦りまくる槞牙に、雫は無言で右腕を上げた。

 同時に槞牙は両腕で顔を隠し、防御の体勢に。もはや条件反射に近い。

 だがその危惧などに反し、雫は自分の髪を梳いてから溜息を吐いただけ。


「じゃあ私はお買い物して行くから、お兄ちゃんは先に帰っててね?」


「あ、ああ……」


 つい気の抜けた返事をしてしまう。

 雫にはそれが気に入らないらしく、ムッとさせてから、こちらの顔を覗き込む。


「返事はちゃんとしないとダメだよ?」


「へいへい、解ったよ」


 いつもの保護者目線で語り始めた雫に、適当に流す態度を取った。こういった場合には、この対処法が一番なのだ。

 それは槞牙が常日頃から体験してることで身に着いたスキルである。

 慣れた対応は、さておき。

 槞牙は僅かに不審の念を抱いていた。やはり思うのは、雫が変だと、いうことである。

 先程の怒りボルテージの不発は勿論のこと、パンチにもキレがなかった。普段通りなら気絶している。なによりも、少し元気がないように見える。

 兄妹だからこそ気付ける、細微な違い。

 ……何か、あったのか? そこで思考は間断された。理由は雫が教室から出て、笑顔で手を振ったこと。 それと、もう一つ。


「じゃあね、お兄ちゃん」


「気を付けて買物に行けよ?」


「うん」


 翻ると、艶やかな黒髪が腰を擦るように揺れた。

 その後ろ姿は長年見守ってきた雫であり、槞牙も一瞬だけ憂慮するのを止める。

 しかし槞牙には気付けていなかった。思考していた際、雫の佇まいに悲懐の成分が含まれていたことに。

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