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【エピソード6:兄として……。妹として……】

槞牙は自分の部屋の前まで来ていた。ボロボロの状態で。

身体からは灰色の煙を上げっている。

くそー、と呟き、

ソラの野郎……。機会があれば、この俺様の恐ろしさを、お尻ペンペンで思い知らせてやるからな。

ドス黒くも半端な復讐に燃えた。

ややあってから、それを心の隅に仕舞い込むと一息。


「今は少し休むか……」


ドアノブに手を掛け、開こうとする。

そこで気付いた。既に部屋の中に、誰かがいることに。

槞牙ほどの訓練を積んだ人間ともなると、他人が発する気を肌で感じ取ることができるのだ。例え、ドアの向こう側でもだ。

相手が熟練者で気配を消していれば別だが、今回は素人のようだ。

さてどうするか? 普通はドアを開け誰何する場面であるが……。

しかし相手が巧妙な奴らだったら?

それこそ悩殺セクシーボディな女性を使って暗殺を測るかもしれない。しかも解ってても逆らえない。

何故かって? それは本能だからさ。

素人かという以前に知り合いの可能性もある。いや、一般の生活をしているなら、そちらのが高確率だ。

だが槞牙の表情から緊の一文字が外れない。警戒を怠る時に限って、危険は付いてくるものだ。

かといって、このままでは埒が明かない。

結局、最大限の警戒しつつドアを開ける、線に落ち着く。

実行。

空気の流れを悟られないよう、ゆっくりと。絞り出された緊張感を押し殺し、室内を見た。

同時に安堵の息を吐く。

内部にいた人物。それは槞牙の妹である、雫だった。背を向け、奥にある窓から、外の景色を眺望している。

槞牙は警戒心を一瞬にしてどこかに飛ばす。

いつもの軽やかな足取りで部屋に入り、


「今日は早いな、雫」


雫は振り向き、表情を柔和にする。


「あ、お兄ちゃん。……早起きしたから」


ふーん、と適当に返事をしながら座る槞牙に続けて、


「それにしてもお兄ちゃん、今日は遅くない? あとなんか妙にボロボロのような気が……」


「いやいや、そんなこたーないだろ? 気のせいだよ。気のせい。ははは」


槞牙は僅かに身を震わせるも、すぐに不自然な笑みで答える。

しかし雫の視線は訝るものに変化しようとしていた。


「でも――」


「だーーー! ほら、あれだ。かのイムラシウス二世の遺跡を掘り返そうとしたら、その手下に襲われ、異文化交流を迫られて、民族大移動だったんだ」


「そんな人いたっけ? それに手下って何千年前の人なの? しかも最後の方は支離滅裂のような気が……」


「雫……。それでも歴史は動くんだ。深く考えちゃーいけねぇ」


凄まじい誤魔化しである。そんなことは槞牙にも解っていた。だが誤魔化さなければならない。英語ならマストだ。マスト。

雫はこちらを真っすぐ見つめ、何かを問い質したいとの意思表示。そんな顔だ。唇が動きを見せた。


「うん。そうだよね!」


プラスで一笑。

槞牙はオーバーに頭を地面に打ち付けた。その場で土下座な姿勢。


「どうしたの?」


「いや……最近、俺の身内は知らぬ間にアバウトになってきたなーって思ってな」


それを聞き、更に『?』を増加させた雫。

顎に指を当て、頻りに首を傾げていたが、少ししてから急に停止した。

次に何かを思い出したような仕草をする。そして重い雰囲気を醸し出してから、話を切り出した。


「あのね……。その……、お兄ちゃんは……お屋敷に戻るつもりはないの?」


話題の移り変りが激しい。槞牙はさして急がずに雫の話を吟味する。それから所思することを告げた。


「戻る必要性も感じないしな。髭と会うこともなくて清々するよ。……んで、それがどうかしたか?」


「うん……。そのお爺ちゃんのことなんだけど……」


「何だ?」


明らかに言葉を選んでいる雫に、答えを急かす。

雫は口籠もっていたが、やがて黙考を解いた。


「実は……お爺ちゃんね。お兄ちゃんが居なくなってから体調が良くないみたい……」


「何だって!?」


「…………。な、何も劇画調の陰影まではいらないと思うけど……」


恐いリアル顔となった槞牙は、現状を勘案し始める。髭の体調が悪いというのだあの髭が、だ。

容貌魁偉で美髯という、何とも元ネタが丸分かりな危険域キャラ。並外れた肉体を持ち、おそらく馬鹿なので風邪も引かない男だ。

その膳邇が? 馬鹿な。

縦んば体調が悪いのだとしたら、選択の余地はない。戻らなければ、半端屋敷へ。今すぐにでも。

槞牙は右手で軽く膝を叩き、よし、と一声。スッと立ち上がり、


「戻ろう……。止めを刺しに」


「お兄ちゃん!」


雫が叱責の声を上げると、槞牙は萎縮した。

……本気で怒るなよ。

槞牙とて、馬鹿ではない。膳邇にそんなことする前に、超合金機兵シズクに八つ裂きにされてしまうことくらい容易に想像できる。

ここは怒りボルテージを確認しつつ、慎重に。


「……にしても、いい気味だな、髭の奴も」


「もう……、そういうこと言っちゃダメだよ?」


頬を膨らまして、軽く怒る雫。

へいへい、と適当な返事での間もそこそこに、


「でも戻ったら女の子も呼べなくなる。あんな家だしな」


ついに本音を吐露する。

何も無いこの部屋が、果して呼べる場所なのかは捨て置き。


「女の子って……、隣のクラスの真歩ちゃん?」


「いやー、真歩ちゃんはこれからオトすとこ。その前に一学年上の絵里ちゃんを……」


そこまで言って、槞牙は固まった。

長く深い沈黙。

槞牙は二の句を継ごうとしない。否、敢えて継がずに、このまま流す戦法か。

だが雫は甘くなかった。沈黙が破られる。


「携帯のメモリー、女の子の名前でいーーーっぱいだよね? それなのに何故か霧島さんたちの番号だけないし……」


「いや女の子たちがどうしても番号を知りたいって、ほら俺って頼まれると断れない主義で、そんでもって柚菜たちの番号は聞けてないだけで決して聞く意志がない訳ではないぞ……って、ちょっと待てー!」


焦りまくって息巻いた槞牙は、言葉を自ら区切った。やたらと、無駄に忙しい男である。


「雫……、お兄ちゃんの携帯を覗くなんてやり過ぎだと思うぞ? しかも、それは可愛くない。断じて妹として可愛い行為ではない! 人気が下がるぞ?」


例に倣って無駄に力説。

雫は、うんうん、と笑顔で頷いてから、


「いいから、そこに正座しなさい」


「穏やかに逆ギレ!?」


指示に従わないのが災いしてか、雫の仮面が剥がれた。


「正座しなさい!」


「はひっ!」


こうなると、手が付けられない。

槞牙は恐怖のあまり呂律が回らない。それでも身体は、動作一つで正座へ。

これから遅刻になりそうだと気付くまで説教が始まる。登校が遅い場合は、大抵このパターンなのだ。

学習すりゃ、いいのに。



朝の校舎。

どれも同じ構造をした教室は、人々の賑わう声で溢れていた。

そんな中、こってりと絞られた槞牙は机に突っ伏し動かない。

背中の小荷物が、ガオー、と吠えながら暴けているが気にしない。真横の青髪が、何かしろ、とせがむのも気にしない。

小荷物の方は虹野ソラ。

ライトグリーンの髪。弓なりの目と紅ほっぺという容貌である。現在はビースト脳無き子、形体だ。

真横の青髪は霧島柚菜。

映えるブルーのショート。四方に幅広い目の中には暗碧の瞳。形体はないが、勇み肌なのが特徴だ。

二人とも体格は至って小柄。未発達な部分が多々あり、性を匂わす体付きではない。砕いて言えばチビペチャだ。

二人は悪意ある攻撃を仕掛けてくる。

ソラは髪を引っ張り、後頭部を連打する。柚菜は腕を引いたり、空いてる脇腹を拳で連打する。

攻撃は続く。ひたすら続く。これでもか、というくらいに続く。


「うおーーー! 人がおとなしくしてりゃ、調子に乗りやがって!」


やはり爆発した。

頭上に手を伸ばしソラを捕まえようとするも、寸での所で逃げられる。

ソラは着地と同時に飛び上がり、右のハンマーパンチを繰り出す。これは槞牙を一発でノックダウンさせた攻撃である。

一歩を退いて躱す。

すると右腕に違和感を感じた。

柚菜の仕業だ。右腕を身体の内側に巻き込み、肩の間接を狙う体勢でいる。

そこまで確認すると、下方への重圧が肩に加わった。地面に倒して動きを封じる腹だろう。

槞牙は咄嗟に身を捩り、柚菜のスカートを左手で掴み、それを捲り上げた。

ひゃ、という短い悲鳴。腕の束縛が弛む。


「こ、この変態!」


「変態ではないぞ、柚菜。俺としては青系のパンツは爽やかでいいと思うけどな」


「あ、ありがと……って、違う! やっぱ変態じゃねえか! このバカ変態、変態バカ!」


「喧しい!」


あっさりと逆ギレした。

反対側でソラのラッシュを片手で防ぎながら、


「毎度の事とはいえ、妙に息のあった連携を取りやがって……。今日こそは俺の偉大さを教えてやるぜ。……菻音の胸にっ!」


急に出てきた名前を持つ少女は、最前列の席から騒音を立て、


「な、何で私なんですかぁー!」


反射的に叫ぶ。

セミロングの黒髪に白のリボン。楚々として可憐な面差しと肢体。そして体付きとは均整でないも、巨大な秘宝を胸部に抱えている。その白石菻音は、周囲の視線が自分に届いたのに気が付き、頬を赤らめ縮こまって着席した。

小規模の乱闘も終了した。原因は雫の放った鉄拳による、槞牙の戦闘不能。

槞牙は地面を這いずって行き、何とか席まで戻った。念のために言うが、主人公である。

更なる疲労が押し寄せ、ぐったりとスライムの体になる。

思うのは、一つ。

ダメだ。このままじゃ体力が持たん。早退して病院に行くか。

病院の風景を思い浮べる。やたらと大きい店舗に、コスプレした、お姉さま方。そこには知り合いの小森という名の爆乳美女もいる。……ああ、素晴らしきかな。病院。

妄想していると、腹部付近から低音が響く。重傷患者の腹が鳴った音だ。

雫から説教を受けていた為、朝飯を食べ損ねていたのだ。

その事にいち早く気付いたのは柚菜であった。


「腹減ってるのか? だったら――」


鞄の中身を漁り、小型のバスケットを取り出した。

蓋を開けると、ハンカチのような布が敷いてあり、その下には円盤型の菓子が数十枚ある。


「――食っていいぞ? ただのクッキーだけど……」


「おおっ。済まんな、柚菜」


「気にするなって。昨日のパンの礼だから」


そうか、と言い、槞牙はクッキーを摘む。

ソラも涎を垂らす必死のアピールで了承を得ると、一枚だけ掴み、槞牙の肩の上に登る。

同時に口を開き、クッキーを運ぶ。

だが、不意に槞牙がその動きを止めた。

口を開いたまま、思考する。そして状況をよく観察してみる。

クッキーはバスケットに入っていた。しかもハンカチか何かに包まれた形で、だ。市販の物なら、普通はビニール袋で包装されている筈だ。

ならば導きだされる答えは一つ。もしや、このクッキーはっ!


「あのー、柚菜さん? 付かぬ事をお聞きしますが……、このクッキーはお手製で……?」


槞牙の言葉に、ソラの動作がピタッと止まった。それから無邪気の笑顔がどこへやら、暗く重い表情に一変する。

柚菜は軽く首を傾げ、


「そうだよ。手作りだけど……それがどうかしたのか?」


一拍の間を置き、槞牙は頭上を見上げ、ソラと目線を合わす。

ソラもまだ、クッキーを食べていない。

それを確認した上で、その顔やだなー、と思いつつ視線を柚菜へ。


「……柚菜。俺、急にお腹一杯、胸一杯。ついでに菻音のバストは超いっぱいなんだ……」


またも最前列から音がした。しかし今度は叫びは来ず、震えた背中は着席後に自然鎮圧した。

さすがは優等生。学習能力あり。

槞牙は妙な享楽を覚えた。顔が綻ぶ。

反対に柚菜はぶすっとした顔で、槞牙から奪ったクッキーを、むりやり口に押し込もうとする。


「なんだよ、このやろー! 男らしくないぞ? さっさと食えっ!」


「落ち着け! まずはそれが作られるまでの過程をだな……」


避けようと首を逸らす槞牙。

だが次の瞬間には、その行動が出来なくなる。ソラによって。

ソラは馬鹿力で頭を押さえ、ダークな笑みを浮かべている。


「汚ねえぞ、ソラ! 毒味させる気だな!?」


「ほら、観念して食え!」


逃げの方策を思案する猶予もなく、クッキーが口内に侵入する。

……もう逃げられん。こうなったら食うか。まあ、さすがに死にはしないだろう。

槞牙は恐る恐るクッキーを噛み砕く。すると、程よく、しつこくない甘味が口内に広がった。


「う、美味い……」


意外な味に、一瞬だけ呆然としたが、すぐさま感想を述べる。


「本当か?」


柚菜は眉尻を下げ、控えめに訊く。


「ああ、本当だよ。その辺で売ってるのより美味いよ」


「そ、そうか……。なら、もっと食え」


何やら嬉しそうにバスケットを差し出す。

槞牙は柚菜の笑顔を見ながらクッキーを食べる。既にソラも食べては嬉々とした声を上げていた。

調子のいい奴め……。

苦笑で見届けると、またクッキーを摘む。

先程からこちらの様子を窺う柚菜を見てから、

……にしても、意外な才能だな。

そんな感想を胸襟で浮かべる。


「まさに美味! さすがは柚菜くん。そうは思わないかね? 我が友、繞崎槞牙」


「……相変わらず、不親切な登場だな」


突如として現れた男。

優雅に横流れする薄紫の髪。狐目。下方のみフレームがある四角い横長な眼鏡。怜悧な風貌で、今では一般人とは違うオーラが出ている。沁銘院真一だ。

真一は大袈裟に感嘆の唸りを連発している。

槞牙は、どこか胡散臭いその様子を眺めてから口を開いた。


「なあ、真一。今日は何か良いことがあったか?」


「あったとも。青は爽やかだな。我が友、繞崎槞牙」


「おい、待て! 俺が味見をさせられるまで気配を消してやがったな!」


一つ間違うと惨状となったあの場面で、飄々と拱手傍観していたとは、恐ろしい男だ。


「……ははは、まさか。我輩はクッキーを愛しているよ……世界中の誰よりも」


「それ、二度ネタ! しかも会話が繋がっとらんわ!」


「まあ、良いではないか。……それよりも、親友。例の物は?」


早速、本題を持ち掛ける真一。ふふ、と興奮気味である怪しい笑い声を加えて。槞牙はズボンのポケットから、小型のカメラを抜いた。掌に隠し、慎重に周りを見る。

雫は現在、槞牙の横に居ない。席を移動し、柚菜のクッキーに舌鼓を打っている。

そして雑談も兼て、クッキーの作り方について話している。

柚菜もそれに対応。

ソラはいつの間にやら、その輪に加わっている。

今が好機。

静かに席を立ち、女性陣から背を向けた。

真一にカメラを手渡し、代わりにビデオカメラの記録を消去する。

それを、満足そうな真一に返してから、


「そのカメラ、撮るの難しいかったから視点がズレてるかもしれないけど……まあ、それについては許せ」


小声の耳打ち。


「問題はない。少々のズレならパソコンでなんとかなる。よくやった。我が永遠の友、繞崎槞牙」


真一も同じ音量で返答する。何だかグレードアップしているが、言及はしない。ややあってから、真一は珍しく微笑となる。


「それにしても、現像が楽しみだ。……早くも生唾ごっくんであるな! これぞ、ザ・変態!」


「……次に似た台詞を言う時は、警告の後、半径十メートルは離れてくれ」


真一の声は思いの外、大きく、周囲が反応を見せた。


「何が『生唾ごっくん』で『変態』なの?」


それも選りに選って雫に聞こえてしまっていたのだ。最大のピンチ。バレたら私刑になって、屋上から三日間くらいロープで吊される。

槞牙は必死に思考を働かす。だが咄嗟の言い訳が出てこない。言い訳の対象となるなるものが、難しすぎる。

内心で懊悩。苦悶の表情を浮かべる。

そこで隣の男が言葉を発した。冷静で、教室内でもよく透き通る声で。


「なあに、大したことではないよ。我輩がクッキーフェチであると激白しただけのことっ!」


室内の空気が固まった。

槞牙の思考回路は焦りを帯びた。自分の悪業が露呈することよりも、真一を心配してだ。

……いいのか!? いいのか、それで!? お前、確実に変態だぞ。訂正するなら今の内だって。ほら、女子どころか男子まで引いてるぞ。

槞牙の思いとは裏腹に、真一はこれまでにない程、胸を張ってふんぞり返っている。


「そ、そうなんだ……」


雫が引きつった笑みで何とか言葉を返す。それ以上は何も続く言葉はない。

雫だけではなく、他の皆もだ。

お前は凄い男だよ……。

槞牙は驚恐しつつ、真一を何度となく賛嘆した。



槞牙たちの背後の席。黙然と座っていた瑠凪は溜息を吐いた。

その容姿。内巻きの赤い髪。同色の双眸。整った相好は、艶麗さを醸し出している。また均整の取れた身体であり、色香を充分に感じさせる。

そんな進藤瑠凪が溜息を吐いた理由。これは周囲が原因だ。

昨日、あのような事態が起こったというのに、誰もが普段と変わらない。

緊張感のないバカ騒ぎをしているし、止まる気配も全くない。

正直、落胆していた。

瑠凪は槞牙を見る。僅かな険を含んだ眼差しで。

……特に、こいつ。本当に事の重大さを理解しているのだろうか?

そう考えると、勝手に激憤してくるのが解る。

しかし、そうした感情は頂点に届きそうになると『あるもの』に押さえ付けられる。

それは自身の敗北だ。

自分は、あのロッソとかいう男に負けた。しかもダメージを与えることすら出来なかった。

あの時。ロッソがこちらに止めの一撃を放とうとした時だ。

自然と身体が震えた。怯えていた。泣いてしまうのではないかとも思った。

負けたのが悔しくて。

自分の身も守れないのが情けなくて。

死ぬのが恐くて。

だから決めた。もっと強くなるのだと。一から鍛え直して、誰にも負けない強さを手に入れると。

だと言うのに、周囲はこの体たらく。まるで意気込む自分が馬鹿みたいである。また槞牙を見る。相も変わらずバカ面。

……なに、考えてるのよ。まったく。

瑠凪は居心地の悪さを感じ、席を離れた。



槞牙は瑠凪が立ち上がるのを確認していた。否、動きを警戒していたとでも言うか。

予想はしていた。現在の状況に、誰かが責を感じて孤立してしまうのではないかと。

だから今まで以上に気を配ってはいたのだが、

……瑠凪か。まあ案外、思い詰めちまうタイプでもあるのかな。

これは己の強さに自信がある者こそが陥る心情だ。

柚菜、瑠凪辺りに注意していたが、見事に的中した。絞り込んだ理由は簡単。

菻音はその気質から除外されるし、ソラは自身をよく理解しているだろう。

小森の自信の有無は解らないが、私怨以外で思考したりはしないと確信している。冷めた考えだと思う反面、今はその方が良いとも思う。

消去法で残りは二人。

しかし柚菜は安心だと悟った。逆にクッキーなんて焼いてきて、全員との親睦を深めている。

影で努力はするだろうが、暴走はしない筈だ。

……まあ、あれだ。そのためにも俺が信頼される奴にならねえとな。

それは、さておき。

今は瑠凪をこの場に止める方法を考えないと。

槞牙は肩に重量を得たのに気付く。見ると、今やそこを定位置としたソラが乗っている。

閃いた。瑠凪を止める最善の策を。

まずは頭上のソラを腰を両手で掴む。次に前後に振って勢いを付ける。最後は瑠凪に向ってぶん投げる。

あとはソラのファインプレーに期待しよう。

他力本願が全開の方法。さりとて、槞牙が呼び止めるよりは効果的だろう。

ソラは宙を舞い、瑠凪に急接近。

驚いた瑠凪が身を躱そうとするも、上半身を捻り上手く接着する。

難易度の高い飛来戦法のために、高度は落ちたが上出来だ。腰の付近――スカートを掴んだ。

彼女は見事に期待に答えた。瑠凪の動きを止めることに成功したのだ。

一つ、問題を除けば。

やはり腰ではなく、スカートを掴んだのが失敗だった。

そのスカートは、現在では床まで落ちていた。

瑠凪の悲鳴が教室の空気を隅々まで独占していく。耳を塞ぎたくなる大音声だ。それは無理もない。先程まで隠されていた部分が露となったのだ。

それは、それは絶叫ものである。

瑠凪の下着はピンク。周りに白のフリル、正面にリボンの付いた、何とも可愛らしいものだった。

色的には華やかだが、装飾が控えめな所にグッとくる。また色んな意味でキャラとのギャップがあり、鮮度は抜群。

瑠凪自身にも注目だ。

彼女の顔は、絵の具で塗ったように赤い。髪と顔の区別が付かない程だと言っても過言ではない。

表現するなら、フルーティーな単語を連発もの。

両手は懸命に下着を隠しはいるが、もう面積的に間に合ってない。

とにかく、男子全員は感動に打ち震えております!

瑠凪はスカートを元の位置まで上げると、槞牙を睨み付けた。目の幅、一杯に涙を溜め。

槞牙に鉄拳が飛ぶ。

地面に倒れると、更に追討ちの踏み付け。


「なんてことするのよ! あんたは!」


「待て、瑠凪。これは嬉しい事故というか、ハプニングというか……イタタたたたたた!」


当然の猛抗議。

しかも攻撃してくる足は、四本も余分にあった。


「今日という今日は……、許さないんだから!」


「雫……。誤解だ! 俺はただ瑠凪のことを思って……ぐはぁ!」


「あの世に逝け! バカ槞牙!」


「柚菜も……、話し合えば……ぐぎゃ! お、俺たちは心から結ばれたチームじゃないか? そうだろ?」


「さっきの、お返しです!」


「何を言ってるんだ、菻音。あれは内気なお前との新しいコミュニケーションの……ごはぁ!」


「きゃははははは☆」


「こらぁ! ソラ! 同罪のくせに何でお前まで加勢……のはぁ!」


槞牙は四方八方から、蹴られ、踏み付けられる。

……あかん。こりゃ、死ぬよ。

絶命の窮地に立たされ、走馬灯まで見えてきた。

最後に手を伸ばし、全員に本心を伝えようと、口に開く。


「し、死ぬ前に……ま、真歩ちゃんと……デートを……」


『問答無用っ!』


馬鹿の希望は、全員で叫んだ一言に一蹴された。一人はただの雄叫びだったが。意識がシャットアウトする寸前、槞牙は思う。

今日は疲れたし、このまま気絶して授業はサボるか。ごめんな、瑠凪。……でもな、あまり思い詰めるなよ?

ホームルームの始まりを告げる、チャイムが鳴った。

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