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【エピソード1:青い小星・その3】

『いってらっしゃいませ! お嬢様!』


メイド畑が声を揃えて挨拶をする。


「あの……、私のときは無視して下さって結構ですから……」


その相手は申し訳なさそうに深々とお辞儀を返すと、足早に門の外に出た。


腰まで届く艶やかなストレートの黒髪。優しさを醸し出す目と黒い瞳。

芯の強そうな表情をしている。

繞崎雫は何度いっても挨拶を止めないメイド達が苦手だった。

門から出ると一旦とまり、溜息を空気に泳がせ心を落ち着ける。

そして歩きだす。

土下座をしながら固まっている門番は視界にも入らない。

青葉が茂る初夏の季節。

暖かい日差しが、薄着の制服から露出した雫の肌を優しく包む。


「今日もいい天気」


雫は顔の前に手をかざし、澄んだ青空を眺める。

すると少し遅れて後方からメイドのお決まりショート合唱が響く。


「行ってくるぜ。癒しのマイハニー達!」


黄色い声を背に受けて、男が決めポーズで門から飛び出す。


「今日こそは、どうか、どうか、ご慈悲――」


「拳聖繞崎流・防衛奥義!网・砕・辺流!(ぼうさいベル)」


どごっ!ばきっ!


「すまん! 遅くなった」

雫の双子の兄――繞崎槞牙は覇気のない表情で言った。


    ◆


二人は、かれこれ二ヵ月になるいつもの通い慣れた登校ルートを歩く。

体の落ち着いた槞牙はおもむろに鞄に携帯していた食料を取出した。

袋を切り、棒状のチョコレート菓子にぱくりと食いつく。


「んんっ、うめーーーっ!やっぱり、お腹が空いたらス――」


「お兄ちゃんっ!」


雫が声を張り上げ、言葉を間断させる。


「何だよ急に……。ってか、お前はこの小説の危機管理でも任されてるのか? 素晴らしいタイミングだったぞ」


「なに言ってるの? ……それより歩きながら物を食べないでっ! 行儀が悪いから」


「なるほど……。じゃあ、食べながら歩く。これでいいだ――」


槞牙は喋りながら横を一瞥すると、思わず出掛かかった言葉を飲み込む。

怪訝顔から説教顔、そして阿修羅に変貌を遂げようとしている雫の顔があったからだ。


「そ、それはともかく……。俺は朝飯を食ってないから腹が減ってるんだ。見逃してくれ。崇高で寛容なマイシスター!」


「お兄ちゃんが起きるのが遅いからでしょ」


見え透いた世辞を軽く流す雫。


「いやー、俺の夢はリアル過ぎて、つい現実だと思ってしまうのだ」


非常に無駄な主張をする槞牙。


「いかがわしい夢を見てる暇があるなら早起きをしなさい」


雫が説教口調のなり始めを口にした瞬間、槞牙の瞳に一筋の光が走った。


「おい、雫。俺は夢の内容については触れてないぞ。何でいかがわしいと決め付ける?」


「そ、それはお兄ちゃんの見る夢なんてその程度だから……」


雫は一瞬ハッとした表情となり語尾を口籠もると、目線を下に逸らし赭顔する。槞牙の瞳が更に妖しく光る。


「墓穴を掘ったな雫。一体どんな妄想がお前の頭の中で繰り広げられているのやら! この兄に素直に全部いってみろ!」


「そんな……。妄想なんて――」


「この答え次第で、お前の人気アップに繋がるかもしれないぞ!」


槞牙は反論すら許さず一気に捲くし立て、脂下がる。

「さあ、さあ、さあっ!」

雫の俯き加減が増し、耳まで真っ赤に染めて肩を小刻みに震わす。

そこで突如、雫の身体から得体の知れない赤いオーラが溢れだし、殺気が収束していった。


「うわっ! ちょっ……、タンマ! 冗談だよ。冗談。雫さ〜ん?」


またもや身に危険を感じた槞牙は狼狽しながら宥めに入る。

しかし時すでに遅し。


「お、お兄ちゃんの……、バカァアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


ドシュっ!


雫の右アッパーが炸裂し、槞牙は宙に身を投げだされる。


ズドドドドドドドドッ!


それを追撃した雫は、超絶コンボを放つ。

槞牙は血を吐いて地面に昏倒した。

雫は背中を向けて着地し、兄の死骸から顔を背ける。その姿は凛々しく、その背中には文字でも浮かび上がりそうな勢いだった。


「もう、知らない!」


歩く伝説はセクハラ野郎から離れ、尚も闊歩していった。


    ◆


その後、意識を取り戻した槞牙は、偶然にも通り掛かった級友の三人と合流し学校に向かっていた。

さすがの槞牙も足取りが覚束ない様子だ。

その様子に三人は口々に感想を述べる。


「お前らも飽きないね〜」

と、痩せ形。


「ここまで酷いと、本気で仲が悪いとさえ思えるぞ」

と、ふとっちょ。


「つーか、よく生きてるな」

と、普通型。


槞牙は普通型の言葉に反応し、擦れる声を振り絞り、

「ふっ、ダテにあの世は見てねえよ」


意味不明なことを口走る。

「こ、壊れた……」


普通型はその尋常ではない様子に戦慄を覚える。


「誰も壊れてねえ!」


一語一句を強調して否定した。

槞牙達の談笑は、いつの間にか道行く太鼓隊のように賑やかになっていた。


「もうすぐ時間じゃないか?」


「少し急いだ方がいいな」

「賛成」


最初と同順に三人が言い、足のテンポを早める。


「雫のやつ、本当に兄を置いて行くとは……」


今までの経験上、ここまで怒った雫は珍しかった。

いつもなら少し進んだ場所で待っているのに、今日は一人で行ったようだ。それが普段よりも怒っている証左となっている。

僅かに胸に閊えるものを感じながら、槞牙も三人の後に続いて走った。

『五つ』の影が素早く学校へと移動を始めた。

遠くで何重にも重なる抑揚の小さい音が鳴る前に。


「学校はこっちでいいのか?」


何の前触れもなく、誰かが口を開く。


「お前、何いってんだよ。入学式からもう二ヵ月だろ? 小学生じゃあるまいし、いい加減に道くらい覚えろ。」


槞牙は隣を走っていた痩せ形に目線をやり、若干あきれた口調で送った。


「今の、俺じゃないぞ」


しかし痩せ形は怪訝な顔で頭を振る。


「はぁ?」


槞牙と痩せ型は同時に首だけ振り向き、後ろの二人を見る。


普通とふとっちょも否定し終えたとこで再び、


「どこ見てんだよ。さっきのはオレだよ」


と先程は気付かなかったが、綺麗なアルトの声がした。

だが、発信もとが今だに特定できない。

槞牙達は顔を見合わせ頭上に『?』マークを作った。

「ここだって、言ってんだろっ!」


怒声と同時に、槞牙は左側から急に気配を感じた。

そちらに振り向き視線を下ろす。

その先には小学校の三、四年生ぐらいの背丈をした美少女が並走していた。

槞牙が気付かなかったのも無理はない。槞牙の腰辺りまでの高さが、少女の身長なのだ。

四人は立ち止まり、少女を無遠慮に眺める。

肌は白く、髪は輝いているように綺麗な青。

不自然なほどに大きい目に、その中を占拠している暗碧の瞳。

美しいよりも九割は可愛さに寄ってしまう顔と、相応に整う鼻と唇。

四割が美しさに寄れば『絶世の美女』である。

しかし所詮は小学生。止まってからの開口一番。


『小学校は反対側』


揃えてそちらの方角を指差した。

すると少女は顔をしかめて槍声を発す。


「オレは歴とした高校生だ! あんまり舐めてるとぶっ飛ばすぞ!」


昔の学園もの漫画のように横柄で在り来たりな決め台詞。


「あー、分かった。分かった。お家はどこかな? お嬢ちゃん」


槞牙はいい加減にあえしらい、少女の肩にポンッと手を乗せた。

その瞬間、少女の目付きが険しくなり、瞳に戦意が宿る。

少女は右肩に置かれた槞牙の手を小さな両手で掴み、地面を音も無く蹴って飛び上がり、槞牙の腕を捻り上げる。


「なっ……!」


突然のことに唖然とする槞牙の首元を、とてつもない重量を持った物体が押し潰した。

槞牙は顔から地面に激突し、這いつくばった状態となった。

少女は槞牙の腕を捻りながら首元を膝で押し潰し、馬乗りの態勢で不適に口元を吊り上げる。


「どうだ? これで信じたか?」


勝ち誇った語調。


「何を信じるんだ? お前はどう見てもガキだぜ」


少女はムッとして、腕と膝に力を加える。

槞牙の身体に痛みが伝わる。


「ぐっ……」


「ごめんなさいって言えば解放してやってもいいぜ」

「誰が言うかよ」


膝と腕に更に力が加わる。

「ぐあっ!」


身体が軋むような激痛が槞牙に襲い掛かる。

少女は無言になり、腕を手元に引き寄せ続ける。

このままでは確実に肩の骨が外される。

槞牙は、おそらく蔑んだ目でこちらを見下してるであろう背中の少女の想像し、奮激した。

捻られている腕を強引に戻していき、左手を地面に着き、伸し掛かる少女ごと身体を持ち上げる。


「うおおおおーーーーっ! ふっ……ざけんじゃねえぇぇ!」


ついに自力で右腕を解放し、一気に立ち上がる。

少女は驚駭し虚空を舞って飛び退さる。


「へえ〜。中々やるな」


短いスカートを手で押さえて着地し、僅かに感嘆する。


「ったりめえだ。このくらいは朝飯前なんだよ」


槞牙の言ったことは本当だった。

朝練では想像を絶する扱きを受ける時があるのだ。確実に虐待級の。

槞牙は息を整えると、自分を自らを親指で指した。


「この俺こそが第三十七代、拳聖繞崎流派の後継者! 繞崎槞牙様だ!」


言い終えると瞼を閉じ、ひとり満足そうな笑みを造る。


「おい、槞牙」


突然のインパクトのあるシーンに存在を掻き消された級友たちが、不意に声を掛ける。


「何だよ? いいとこだから黙ってろよ」


瞼を開けて界隈を見渡す。

そこは級友が三人に、普通の道路があるだけだった。

「あの娘なら、もう学校に行ったぜ」


槞牙はその場で、ノンアクションでずっこけた。

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