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【エピソード5:夏だ! 祭りだ! コスプレ喫茶だ!?・その5】

ソラは今の状況から逃れる方法を思考していた。

先程の出来事は、この状況に持ち込むための罠だったのだ。

――小森と柚菜に追い付いた瞬間には、既に事が起こっていた。小柄な方の男の攻撃によって、柚菜が倒されていた。

そして小森は人が変わったように、その男を追い始めた。

ソラは深追いは危険だと感じた。しかし小森を放ってはおけない。加えて一人なら何とかなると、甘い判断を下してしまった。

相手に誘われているとも知らずに――

脳はフル回転している。だが一向に良い策が出てこない。

逃走が不可能なら撃退。短絡的に結論を出すと、これがベストに思えてくる。今なら人数上では有利。

おそらく小森は〈パステル〉使い。そうでなければ、異様な光景を見た砌からの咄嗟の対応は説明が付かない。

近くにいても〈パステル〉が感じられなかったのは、隠す技術があるからだ。ならば、相当な使い手と考えていい。

槞牙も普段はどうしようもなく破廉恥な男だが、いざ戦闘となると頼りになる。一度、戦っただけでも、器量の高さや〈パステル〉への応用力は、目を見張るものがある。

そしてソラには、小柄な方なら一人で何とかする自信がある。

ソラは戦闘を優位に進める手立てを思案し始める。

その筈だったが、すぐに自らを厳しく戒めた。

早計だ。

仮に一人を倒しても、もう一人はどうする? あの大男には、三人が束になっても勝てるかどうか。

やはりここは、自分が囮となって二人を押えている間に、槞牙と小森を逃がすこと。

策はあるが、問題は二人が素直に逃げるかどうか。

槞牙には既に否定の形で状況を教えてしまった。彼の性格からして、あの二人に拳を食らわせてやる、とも言いかねない。それ以前に無言で飛び掛かることだって考えられる。

小森はどうか?

彼女は少なからず、望んでこの場所に足を運んだ。ならば相応の意志や覚悟があるだろう。他人に指摘されて退くとは考えにくい。

ソラは舌打ち一つで思考の編成に入る。

すると向こう側に動きがあるのを確認した。



怪しい二人組はフードを脱ぎ捨てた。頭の頂点から胸に掛けてを覆っていた茶色のフードが、地面に落ちる。

全容を現した二人組。

まずは小柄な方の男の容姿。

顎のラインが鋭い面長の顔。黒の短髪に吊り気味の細い目。印象的な深紅の双眸。全体的に技術者か何かの知識人的な風付きである。もう一人は筋骨隆々な初老の男。

彫りが深く、威厳ある顔つき。深緑の瞳。腰まで届く白髪をオールバックにしている。身体は無駄な肉が一切なく、筋肉だけを纏っている。光に反射するそれは、まさに鋼の肉体。異常なまでに鍛え上げられている。

槞牙は既に、二人の正体に気付いた。

白昼堂々、フードを被って素顔を隠す変な知り合いは少ない。

間違いなく〈プテイレイン〉。それも幹部クラス。

槞牙はソラを見る。

彼女は表情を緊に保ったまま。両足を肩幅に開き、上体を僅かに前へ傾けている。いつでも戦闘に突入できる姿勢だ。

それは話し合いをするのは無理と、彼女の中で判断した証左。

槞牙もその気は無かったが、事実確認はしなくては。無意に沈黙する中、口を開こうとした、その時――


「キョウ!」


大声を発したのは、意外にも小森だった。

小森は悲愴な面持ちで空気を仕切った第一声を継ぐ。


「キョウなんでしょ!? どうしてあなたが……、こんなこと……!」


声はどうやら赤い目の男に向けられているようだ。

その男はただ冷然とした視線を放ち、唇から動きは生まれない。


「答えてよ! キョウ!」


最後のは悲鳴に近い。悲憤な叫びが空を突いて耳を通過する。

小森の様子は明らかに普通ではない。

キョウと呼ばれた男は一歩を踏み、無表情で開口した。


「よく聴け女。私の名はロッソ。キョウではない。そして――」


ロッソは半身だけ振り返り、右腕を振り上げて大男を指す。


「この御方こそ〈プテイレイン〉の党首、ノワール様だ!」


大音声となって告げられた言葉に、槞牙は息を呑んだ。

……早々とラスボスの登場か。だが『ツキ』が回ってきたかもな。

そして、続けてこう思う。ここで決着を付けてやる。槞牙は拳の中に〈パステル〉を解放し、身構えた。

それと同時に、沈黙を保っていたノワールが言葉を発す。


「愚かな〈パステル〉使いどもよ。我は地上の統率者となる責務を担う者。無駄な抵抗はせず、死して我らの糧となれ」


恐ろしいほど、淀みのない冷厳な言葉。

槞牙は身体の周囲に張りつく嫌な空気を振り払い、悠然と鼻で嘲笑した。


「訳の分からんこと言ってねえで、代表者として、さっさと柚菜に謝って貰おうか」


「拒否するば、どうする?」


「そんときゃ、俺の拳が勝手にテメエをボコボコにするだけだ」


正面に拳を向けると、ノワールは冷笑し、歪に声を空気中に揺らした。


「やってみるがいい」


「そうかよっ!」


嚇怒して叫ぶと、槞牙は両の拳に赤い光を発生させ、高速で地面を駆けた。

一秒足らずで十メートルほど距離を詰め、残り五メートル弱。

そこで突然、足を止めた。眼前にロッソが迫って来ていたからである。

ロッソは手刀に赤い光を纏い、横薙ぎにしようとする。

しかし、その動きも止まった。

直後、細長い緑色の光が両者の間に打ち込まれる。それから地面を穿つ光線がロッソ側に移動。

ロッソは左斜め後ろへの大跳躍。避けた――が、まだ終わらない。

彼の周囲の虚空から突如として緑色の光が出現。囲うようにして飛来する。

ロッソは赤い円形の障壁を発生させ、光線を防ぐ。

その光景を目の当りにしていた槞牙の背後から、人影が高翔していった。

小森だ。その顔は、悲壮感で詰め切っている。


「キョウ!」


小森は一直線にロッソに突貫し、右ストレート。

その腕を外に弾いて避けたロッソはノワールを一瞥をくれた。

ノワールが浅く頷くのを確認し、


「申し訳ありません。すぐに片付けます」


そう言い残し、木々の間を遁走していった。

小森は槞牙たちに何も言わず、ロッソの背中を追っていく。二人の姿が見えなくなる。

そして、槞牙の初期の目的が実行された。

両の掌を打ち、赤い光を一つの大きな球体に変える。それをノワールに向って投擲。

片腕を前に出して構えるノワールへ衝突寸前。槞牙は両腕を勢い良く開く。

すると赤い光が拡散し、ノワールの界隈の虚空に常駐する。

動きを止めない槞牙は中に突っ込み、赤に光を踏み台にノワールの全方位を高速飛翔。


「拳凰繞崎流、奥義!広陣連翔撃っ!(こうじんれんしょうげき)」


背後から首への手刀。

反対側に着地し、即座に跳躍。右足で脇腹を蹴り飛ばす。

更に攻撃は続く。

バックステップ一つで次には球体を踏み、鉄砲玉のように相手の右側から肉迫。身体を数回転させ左側まで抜けた瞬間、首元に蹴撃。まだ終わらない。疾く、重い連撃がノワールの身体を仮借なく襲う。

光が消えると、槞牙は相手の正面に着地。直後に左へのサイドステップ。

見ると、ノワールは大木のような巨大な腕を薙ごうとしていた。

槞牙は攻撃の間もそれだけに気を取られずに、敵の動きも見定めることができる。もし反撃されても、隙は出来ない。

これは日々の訓練から来るもの。凡そ現代人から見れば頭の悪い虐待級の修業が役立った瞬間だ。

さすがは天才な俺様。慕い寄ってくる、女の子の誘いまで無視した甲斐もあったな。

ともあれ初めて決め技の後に反撃された攻撃も回避した。だが、槞牙は次の光景に身を強ばらせた。

ノワールが薙いだ腕から光が溢れ、弓形となったそれが地面を切り裂いたのだ。地面には、深さ五メートル程の大穴が生まれた。


「マジかよ」


震駭した時間は二秒足らず。しかし槞牙は自らに言い聞かす。

驚くなら戦闘後にしろ、と。

すでに二撃目の余裕を与えてしまった。回避行動の必要性を感じ、飛ぶ準備を完了させる。


「雷破閃っ!(らいはせん)」


ソラが叫ぶと同時に、黄色い光の波が地面を走りノワールに激突。

槞牙は瞬時に脳内を攻の体勢に戻す。背後へ跳躍しようとした力を前方に。

地面を蹴ると、土が背後で爆発。

怯んだノワールへ間合いを詰め、顔面に右拳を叩き込んだ。

ノワールは盛大な音を立て地面を逆方向に這いずり、やがて静止する。

槞牙の横に並んだソラが、鋭い眼を寄越す。


「死にたくなかったら、集中することね」


「裸のねーちゃんでも居りゃ、集中力は抜群なんだが」


「…………」


「ギャグだよ、ギャグ! その蔑む視線は止めれ!」


ソラは溜息を吐く。

嫌な溜息の吐き方だ、と思いながら槞牙は渋面を作る。

正面。すでにノワールは立ち上がっていた。

ソラの真剣な表情には更に深みが増す。それは恐れが見え隠れする、勇ましくもあり弱々しくもある顔だ。ノワールは喉をククッと鳴らし、口を開く。


「この程度か。何とも脆弱な。アイトラ……、二十年近く会っていなかった所為か、貴様を弱く感じるな」


急に出てきた単語に槞牙は疑問符を浮かべる。

しかしこちら側には反応があった。ソラの唇から、


「相変わらず悪趣味な呼び方ね。正確には十九年ぶりかしら」


「おい、小学生。生まれてねえぞ」


「後で話すわ」


会話に口を挟んだ槞牙は、何となく不満な態度を取る。

いったい、どれぐらい隠し事をしてるやら。


「油断しないで!」


張り上げられた声。身構えた少女の体中から、湯気のように〈パステル〉で出ている。

ノワールは酷薄な微笑を浮かべ、眼前の空気を怯えさせている。


「遊びは終わりだ」


刹那。ノワールが視覚から消え去った。跡形もなく、完全に。


「消え――」


言い終わる前に、身体に衝撃が駆け巡る。視界が暗転し、次には色が目まぐるしく移動し歪な線を描く。

槞牙は自分が殴り飛ばされたのだと気付くのに、数秒を要した。



走り抜けた先は、移動元と同じ広い空間だった。

小森は正面にロッソを見失う。左右を見渡す動作をする最中、背後に気配を感じた。

振り向くとロッソが右の手刀を水平に突き出し、迫ってくる。

小森は咄嗟に両手で右手首を掴み、狙いを内側に逸らす。着地を合図に放たれた上段蹴りを避けた。

身を屈めて内側に入り、空いた脇腹に左の肘を打ち込む。そして後退。

距離を取った小森の足元。僅かに遅れて赤い種のような小さな光が刺さる。

小森が飛び退くのと、ロッソが左腕を振ったのは同時。

地面から赤い長方形の光が突き出ると、土を膨らませて爆発した。

そこで二人の動きは止まり、今度は口が動作を得る。最初はロッソ。小森の格好に上下に流す目線を送ってから、


「君という人は、まだあのような仕事をしていたのか……」


唇を噛み、忌々しげに一語ずつ語調に怒りを含ませる。


「嫌いなのは知ってたわ。でも、あなたこそ何をしているの?」


一方の小森は眉尻が上がり切らず、口調にも憂慮の意が籠もる。

ロッソは鼻で笑い、質問を床に投げつけると、それを蹂躙する言葉で返す。


「決まっている。僕たちを冷酷に嘲笑ったクズどもを抹殺する手伝いだ」


「嘲笑った?」


「そうさ。愚民どもは僕と君を蔑んでいたのさ。奇妙な境遇なだけで、異端の者として扱われた。君は気にしていなかったかも知れないが、僕には我慢ならなかった」


小森は目を伏せた。

確かに、以前の生活は……。

小森とロッソは幼少の頃からの知り合いで、普通の人間とは特異な能力を持つ事を隠してきた。しかし度重なる〈スキアー〉の襲撃により、秘密は露呈された。出生地を離れ、この街に引っ越して来てからも襲撃は続き、近所や町内に悪い噂が流布した。人々は様々な憶測を立て、二人に白眼を向けた。

小森が今の仕事に就いてから数ヵ月が経過した、ある日。ロッソは告げた。今の仕事を止めて街を出よう、と。

小森には肯定することが出来なかった。逃げるのに嫌気がさしてしまったし、何より今の仕事が好きだった。

小森はロッソに、その想いを告げた。彼は無言のまま小森の許を去った。

それからの小森は仕事場の近くのアパートに住み、平和な日々を過ごした。不思議なことに〈スキアー〉は、あの日以来、姿を現すことはなかった。

ロッソ自身と、共有した思い出。それらと共に小森の前から消滅した。

――だから、貴方は。

小森は刃物の通った記憶の一端を思い出し、胸を痛めた。

震える声で、でも、と切り出し言葉を続ける。


「だからって、人を殺す手伝いなんてしないで!」


吐き出した想いを、ロッソは右手を振って排撃。


「それだけではない! 僕は今までよりも多くの人間を見てきた。そして個人の邪悪な行為を許せない。少し自分とは違うものが居れば迫害し、己の価値観で他者を計らい嘲笑う!」


「それでも――」


「暴力はいけないか? しかし見下したように嘲笑する行為も、他者の心を傷つける卑劣なものだと知れ! そんなことも解らない、気付けない人類など、自らの業でその身を滅ぼしてしまえー!」


ロッソは咆哮に近い叫びを上げ、右の手刀を地面に突き立てた。

穿つ後に膨張する土。むりやり上昇する力に耐え切れず、爆ぜては奔出する。

伏せた顔を上げた時には、無表情となっていた。


「……私たち〈プテイレイン〉こそが、その執行者だ」


ロッソの身体が跳ね上がる。

小森は〈パステル〉を右手に集中させ、光の弓を造り出した。

次いで、弧を引く真似をする。すると弓状の棒と手の間に白光の矢が姿を現す。小森は狙いを定めて放った。ロッソがそれを、手刀の赤い刃で切断し接近。

振り下ろした手刀を弓で受け止め、反対側を浮き上がらせる。

避けたロッソに、再び弓を放つ。

戦闘の流れに異変はない。だが小森の指から震えるが消えることは寸時もなかった。ロッソと会った瞬間から。

自分は迷っている。

自己に違和感を抱きつつも黙然と戦うが、内心は既に悲傷していた。

今すぐにでも此処から逃げ出したい。短時間で、そんな衝動に幾度なく駆られる。

動きは徐々に胡乱となり、追い詰められる。

首元へ突いてきた攻撃を躱して、後ろへ大跳躍。

着地してから息を大きく吸い、


「こんな大きな音がしたら、周りの人が気付くわ」


ロッソを注視し、咄嗟の状況判断から考えだした戦闘回避の事実を口にする。

対するロッソは薄ら笑いを浮かべた。


「その心配はない」


「え?」


「ここはもう、ノワール様が創りだした異空間だからだよ」


小森は目を丸くした。それからロッソの言葉を冷静に咀嚼する。

答えとのプラグを正常に繋ぐと、ハッとして空を仰いだ。

空の手前。陽光を遮断する薄暗い穹窿となっている膜が、奥を鉛色に見せていた。

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