【エピソード5:夏だ! 祭りだ! コスプレ喫茶だ!?・その4】
小森に指示を受け、衣裳を更衣室に置いた槞牙は、皆の許に帰還した。
いいねぇ。皆さんから送られる、この猜疑的な眼差し。あ、菻音だけは期待に溢れてる。
そんな視線を、やや胸を張って威張りな態度で跳ねとばす。
「大丈夫だって。衣裳はこの俺様が意匠を懲らしたから、いいっしょーぅ?」
「くだらない駄洒落はともかく、どう工夫したのか楽しみね」
「こいつがそんなこと言う時は、決まってエロが絡んでるからな」
ソラと柚菜が全く違う反応で通路の奥へ。
次に忌々しそう目で瑠凪。尚も期待のみが詰まった瞳で菻音。怪訝顔の雫。
全員が奥へと姿を消す。
槞牙は店員に誘導され席に着き、着替えを待つ間にコーヒーを頼む。
改めて店内を見てみると、やはり内装はごく一般の茶店やファミレス風だ。
店員のコスプレを除いては。
こういう場所に来ると、つい頬に弛緩剤を打たれたようになる。
店員のコスプレを覗いては。
なんといってもリアルさを追求するため、制服などのスカートが極限の短さとなっている。
しかし最近のアニメは不自然に映像の視点から見えないのは何故か? そこまで不自然にするなら、いっそのこと長くあれ。
まあ、見える作風は深夜組に回される可能性が高いが。
話の角度を修正。
先程から忙しく動くウェイトレスの格好の女性。
彼女はなんとも豊満なバストをしている。シャツは体格よりも微妙に小さく、歩くたびに生じる身体の揺れがシャツにも伝わる。しかも盛り上がった部分からは、チラチラと山脈の肌を隠す白い雲が。黒いスカートを押し上げる、あの扇状しまくる尻も絶品。
他に目を移す。
今度は白と紫を基調としたレオタード風のドレス。某ロボットアニメに登場する偽物の歌姫の衣裳と類似。上方は、二つの形良い丸みを持つ隔壁からなる出撃口。先端の突起が、その奥に秘めるのが幽玄だと物語る。
下方は主力ビーム口。緩やかな上がった半円形のカーブの中、縦の窪みから僅かな隙間を覗かせていた。
残念ながら描写の意味が判ってしまった方は、口にチャックを。
槞牙は全神経をフルで活動させ鑑賞する。
暫くすると、もはやどうでもいい、注文したコーヒーが机上に置かれた。反射的に直近の店員に目を向ける。
だが、その瞬間に槞牙は目撃した。
青い布に支えられた扇状玉を。それも二つ。まさに、青い巨星。
その正体は、際どいデザインの忍び服? を着た女性、小森だ。
「なあ、あんたは確か衣裳を決める時の専用係員じゃなかったか?」
「変わってもらいましたー。ウェイトレス時の出力は三倍ほど落ちますけどー、楽しそうなんでー」
「ふーん。専用の時は赤色のが判り易いぞ。……っで、本名は小森何さん?」
「言えませーん。『あるていしあ』ぐらいに恥ずかしいですー」
「いきなり問題発言すなっ!」
大きく息を吐き、コーヒーを口に運ぶ。苦みが強く効いた液体は、喉に飛び込むなり内部に冷気を張る。消えると再び濃い味わいの余韻。
僅かにリラックスした槞牙の横。なぜか小森も椅子に座り、寛いでいる。
弾けてしまいそうな胸――もとい、潤いの固まりとなる唇が言葉を生む。
「それでー、どの娘が本命なんですかー?」
「は? 本命って?」
疑問系で返すと、小森の目は拡大し、両手で口の周りを覆った。
「あらあらあらあらー、ド外道ー」
「……さっきは敢えて無視したが、この見るからに紳士な俺様のどこが外道だ」
発生源不明の自信を誇るアホ男の意見を無視し、小森の顔が朱に。
意味深な流し目で、
「だってー、それは全員の美味しい所を頂いて――」
「だぁーーー! 言うな、紡ぐな、繋げるなー! 事実無根だ! 潔白だー!」
「ああーん。カタルシス!」
「意味、判らんわ!」
迫撃砲の連続放射の如き叫び。それは他の客や店員の冷たい視線を集める。
店内では、お静かに。
そうこうしている内に、本隊が合流。モチのロンで、コスプレ済み女性陣の皆さん。
「何なの、これー!」
五人の中で最初に声を上げたのは雫。正確には、ウサ耳しずくちゃーん。
復讐鬼は、実の妹にバニーガール姿を強制したのだ。その他にも色々な非難やら罵声が飛んでくる。
しかし槞牙は思った。
着替えの最中や終わりの時点で気付かないなんて。そこんとこの端折りはどうよ?
それより何を差し置いても、まず描写だ。一人ずつ行こう。
まず、柚菜。
彼女はメイド服以外を希望したので、ここはスクール水着とエプロンの組み合わせで勝負。
色は王道の紺。エプロンは白で、無駄にフリルが多いデザイン。一見、何の変哲もない容姿ではないかと、思った諸君。甘いね。
エプロンからはみ出すのは、華奢な白皙の四肢のみ。しかも性格はともかくとして、見た目は超ロリ。
普通は見えて当然の布地を隠すことにより、慣れぬイメージに神秘的な要素がプラスされる。しかも紺色がギリギリの線で見えないように立ちはだかるエプロンが、『もしや、その下は……』な妄想を余計に膨らませる。ありえないが、勝手にしてしまうのだ。
これは人類が新たな感性に目醒めた一歩であり、萌えを全面に押し出す原動力。背後を確認してしまえば最後。日常では決して共存しないパーツのギャップに、心は砕かれる。
これぞ人類の至宝。禁断の兵器。人の心で数多に在する欲望の発端。
次、瑠凪。
こちらは本人の希望もあり、エロくはない。しかしマニアックだ。
彼女の衣裳は赤いパイロットスーツ。気密性が高く、その端麗な身体を描く線が普段よりも目立つ。曲線の部分が急激にアップする胸囲。下方に降りると、一番の括れ。そこから再び緩やかな曲線で締める。
本人は衣裳の意味が分からず怪訝な表情。しかし赤髪と赤いパイロットスーツの組み合わせは、語らずとも想像は早し。
さあ、呼ぼうか。ルナたーん。カタカナなのは打ち間違いだ。
次、菻音。
正直な話、ヒーローものでは勿体なかった。実は、お色気キャラの彼女。今回はナース服に挑戦だ。
もともと彼女自身が純和風の楚々とした美人なので、白衣姿が似合いすぎ。槞牙の機知から小さいのを選んだ為、胸の膨らみがネームプレートを押し上げる。
ちょこんと乗った帽子の下。抜群のスタイルとのギャップがある、やや幼い顔。純朴で無垢そうな印象が、男のハートを鷲掴み。
更にスカートから薄らと浮き出た下着のラインで、リビドーぐらぐら来ています。
次はソラ。
その締まった表情とのギャップを強調するため、露出の多いゴスロリファッションで。
黒を基調とし、白のフリルが所々で勢力を現している。細い首を囲んだ生地は、気持ち起伏を見せる胸の付近で広がり、過ぎると二つに別れていた。二本の細い布は臍を避け、行き着く先はミニスカート。
臍と腹部と腰の辺りは完全に露出ている。腕と足にはワンポイントでリストバンドぐらいの大きさの布が皮膚を隠す。
素晴らしいのは服装だけではなく、その複雑な感情を出す面差し。
呆れているのか、冷然としながら鋭くある目。だが、逆にそれがそそるのだ。
ゴスロリなのに冷徹な眼差し。ゴスロリなのに冷徹な眼差し。敢えて繰り返す。ジェネレーション・サンクチュアリ。
意味不明だが、それでも許される。全てはソラの魅惑な雰囲気がそうさせる。
最後は雫。
彼女は最大の被害者だろう。要望は無視――どころか正反対。そのまんまバニーガールだ。
文字通り、顔から日が噴き出していた。両の腕はどこを隠せばいいやらと彷徨う。体付きが著しく露呈したのは当然のこと、彼女の魅力を膨張させていく。
艶めかしく鮮麗な四肢に思わず目が魅かれる。特に足は編みタイツとの激しい色合いから、更にきめ細かい肌を引き立たす。
頭からピョコンと飛び出たウサ耳も可愛らしい。
何とも妖しいまでに艶やかな姿。周囲の視線を奪うこと、疑う余地も無し。
そんな雫は赧々然。まだ、あたふたと腕を動かし無駄な活動を。
やがて矛先は衣裳を選んだ張本人に向け、
「お兄ちゃんっ! あれほど……、あれほどエッチじゃなくて目立たない恰好にしてって言ったのに!」
目の幅一杯に涙を溜め、抗議。
対する槞牙はワザとらしく思案顔を作る。
「あれ? そうだっけなぁー。一遍に言うから、ごっちゃになったかな?」
「もう知らないんだから!」
「わりぃ、わりぃ。そんなに怒るなよ」
両手を前に出して宥める。しかし内心ではドス黒い感情と共に、その様子を嘲笑う。
くくく……、兄の偉大さを思い知ったか。
偉大にエロいのが分かったところで。
「どうでもいいけど、オレのコスプレって何か意味あるのか?」
「ふふふ、柚菜よ。お前に理解できなくとも、俺には判る。聴こえてくる。この俺を称賛する槞牙様コールがな」
柚菜が可愛そうな生物を見る目をするが、槞牙はそれを無視。
「槞牙さーん。私の衣裳についてですが……」
テンションが急降下した口調で菻音。
「ああ、それな。要望通りでなくて、ごめんな? ……でも、ナース服の菻音って、なんかこう……グッとくるよ。好みだなぁ!」
大袈裟に褒める。
すると菻音の顔がパアーッと明るく、日に照らされた一輪の花の様相に早変わり。仄かな朱色を帯びた頬が、俯き加減とマッチして可愛い。
今だに怪訝顔の瑠凪は放って置く。
誰に焦点を絞るか考えていると、ライトグリーンの髪と瞳が特徴のソラが近寄って来た。
「やってくれたわね」
冷静に言葉を口にするが、その調子が重い。
「貴重な体験だろ? もしそういうのが気に入ったなら、うちの屋敷から強奪してきてやろうか?」
犯罪予告をする槞牙。
ソラは無言で背を見せた。いつもより素気無い態度である。実は静かに憤慨しているのか。
銘々が違う反応で待機する中、恥ずかしさに身を震わせていた雫が叫ぶ。
「もう、いいでしょ!? 早く着替えようよ!」
抱いた身を、更に深く縮こませた。
槞牙は、これからが楽しみなのに、という台詞を飲み込んだ。
これ以上は危険だと察したからである。
雫は素早く、その他は普通の足取りで更衣室に戻っていった。
全員が着替えを終えて席に着くと、槞牙が締め括りの言葉を告げた。
「どうだい、みんな。充分にコスプレを堪能したか?」
「堪能したのは、あんただけでしょ」
瑠凪以外は無言。
瑠凪の口調はこれといった刺々しいものは感じられない。
コスプレの意味が分からなかったことが幸いだったのもあるし、何より眼前にあるチョコレートパフェのお陰だろう。
スプーンを口に含む度に満足そうな笑みが零れる。
時折、柚菜にも食べさせてやる様子が、何とも閑かだ。
菻音はへらへらと表情を崩し、感懐している。
ソラは可もなく不可もなくな感じ。
雫だけは、槞牙と視線を合わそうとせず、頬を膨らませている。
不思議なのは隣の女。小森だ。
彼女はずっと居座り、槞牙と腕を組んでいる。
仕事に戻れよ、と注意したい槞牙であったが、いかんせん腕に当たる感触が気持ち良くて手放したくない。そんな槞牙の思いをつゆ知らず、小森が口を開く。
「皆さん、とっても可愛かったですよー」
素直な感想だろうが、部外者が言うと神経を逆撫でしそうだ。
案の定、柚菜が突っ掛かる。なにかと、最初に噛み付くのはこいつだよな。
「お前には関係ないだろ? 大体、サボってないで仕事に戻れよ」
槞牙を代弁した的確な意見。
「でもー、槞牙くんたちのグループって楽しそうですしー。……ねえ?」
最後のは何への疑問かは謎だが、そんなことは関係なしに槞牙の顔は弛む。
強く引き寄せられた腕に、この弾力。
柚菜は槞牙とは逆に険を帯びた顔になり、敵意を向け始める。
「理由になってないだろ。それと、そんなにベタベタするな」
小森は頬に手を当て、首を傾げて『?』と表す。
柚菜はその行動に苛立ちを発露させ、尖り声を出す。
「そのドスケベのバカから離れろって、言ってんだよ!」
それは言い過ぎだろ、と思い苦笑する槞牙。
その横で小森が微笑を浮かべ、
「うふふ、なるほどー。ヤキモチ焼いてるんですねー?」
「なっ……」
唖然とする柚菜に、大人の余裕を見せる笑みの小森。しかし、その発言は地雷を踏むようなものだ。
槞牙は慌てて柚菜の怒りを鎮めに掛かろうとする――が、手遅れ。
殺気を放った瞬間、柚菜はテーブルに全身を乗り出し、小森の顔面に向かい拳を突き出す。
槞牙が制止の手を伸ばすが、間に合わない。
一般人に暴力事件か。洒落にならん。
最悪の事態を頭に浮かべて諦念し、何とか柚菜の代わりに罪を被る方法を考えた。
しかし眼前の光景は罪にすらなっていなかった。
柚菜が殴ったのは椅子の背もたれ。柔らかなクッションの部分。
目標だった小森は身を浮かせ、席から離れ悠然と地面に着地した。
誰もが目を疑った瞬間だ。数瞬の間が空き、再度、場を動かしたのは柚菜だった。
移動した目標に飛び掛かる。
「止めろ、柚菜! 相手は一般人だぞ!」
槞牙の言葉を聞かず、柚菜は攻撃を続ける。小森も以外と流麗な動きで拳を躱していく。
二人の位置が入り口に方向へと移動し、逃げ場を失い欠けた小森が外へと飛び出した。
既に槞牙は駆け出していた。呆然とする店員の横を飛翔し、入り口へ。
もと居た席に睥睨し、開口。
「雫っ! 代わりに支払っといてくれ!」
言うなり、その間にも先行していたソラを追い掛ける。後に瑠凪が続く。
突き刺す勢いの陽光を身体に浴びたが、それは無視。急いで界隈を探すが、小森と柚菜の姿はない。
道を挟んだ民家の向こう側。ソラが脇道に入って行くのだけが見えた。
急いで追跡。今、ソラを見失えば便は潰える。
脇道に飛び込み、前方の景色を目に留めてはソラの背に向って走る。
入り組んだ道を幾度か曲がった所で、槞牙は足を止めた。
視界の真下。柚菜が道路の中央でぐったりと横たわっていたのだ。
槞牙は柚菜の上体を抱き上げ、身体を軽く揺らす。
「柚菜。大丈夫か?」
柚菜は振動に答えるよう頻りに眉根を詰めるが、それ以上の反応はない。
瑠凪が追い付いたのを確認すると同時に、声を張り上げる。
「柚菜を頼む!」
「判った」
即答した赤い瞳を見て無言で感謝すると、ゆっくりと柚菜の上体を地面に戻す。それから両足に〈パステル〉を纏い、大跳躍。
眼下へと退く街並を眺め、二人の姿を捉えた。
公園に向かっている。
着地の直後、蹴る力を前方へと傾ける。地面を撓ませんばかりの勢いで道路を駆け抜けた。
障害物を跳躍で越え、大通りに突入。
軽快なステップで人の波を躱していく。集まる視線など、気にしない。
赤信号が堂々と停止を告げる中、それよりもっと堂々とした態度で突っ切る。
車のブレーキ音が響くのを聞けば、目前のボンネットに飛び乗り、また跳躍。
そしてソラたちが向った筈の大公園に辿り着いた。
鬱蒼とした樹木が、入り口以外からの侵入を拒む外壁となっている。外から見ると、天然の要塞
内部では草原が擦れた声を静かな曲として、蒼穹に流れる。中央には石造りの噴水が見え、跳ねる水滴が草間へと消える。
この一帯には、二人の姿が見えない。
槞牙は鼻に神経を集中させ、辺りの空気を鼻腔に取り込む。自然らしい葉の匂いに混じる、甘味の強い匂い。
槞牙は微かな残り香だけで人を捜し当てる、特異な体質の持ち主なのだ。女限定だが。
右側に目を向けると、奥へと抜けてそうな細い道を発見した。
「間違いねえ」
確信を持ち、人為的に作られた道を進む。
数十メートル走った先、豁然とした広場で鬼ごっごは終了した。
すぐ前には、ソラと小森が並んで立っている。
一息で呼吸を整えた槞牙は小森に睨み、一片の甘さも残らない声を発す。
「理由がどうだろうと関係ないぜ。柚菜に何かあったら覚悟しろよ?」
「…………」
聞こえている筈の小森は、こちらを無視。それどころか、ソラからの反応もない。
二人はただ、前を見据えている。
「てめえ。聞いて――」
「違うわ。前を見なさい」
激昂しそうな槞牙を言葉を、間断したのはソラ。緊迫とした堅い表情で。
槞牙も見た瞬間、息を呑んだ。
そこに居たのは、フードを被った怪しい二人組。
右側は二メートルを越す巨漢。左側も長躯なのだが、比べると差は歴然。
そして二人に共通するものがある。
感じた槞牙を、即座に身構えさせたもの。
身体中から溢れる禍々しい殺意。それも明確に槞牙たちを刺してくる。
いつの間にか周りの空気が澱み、息苦しい。
あの二人が何者なのかは分からない。しかし危険なことだけは、容易に察することができる。
だから、拳を強く握り締めた。