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【エピソード5:夏だ! 祭りだ! コスプレ喫茶だ!?・その3】

はい、到着。

一同の目下。目的地の建物があった。

槞牙は口をあんぐりと開けたまま、呆然としていた。他の五人も同様。

その建物。意外に普通なのだ。いや、普通の店とは比較にならない、この規模。五、六階建てのビルに匹敵する高さに、百メートル四方の敷居。

正面は全ガラス張りになっていて、中も瀟洒な造り。一方ではオタクの心を掴む意匠を、やり過ぎない程度に行なっている。

槞牙を含む全員は、もっとフルーティーなのを想像していたのだが。これは、やはり意外だ。


「い、意外と普通の店ね……」


瑠凪が本文と同じ感想を言う。

菻音は槞牙の傍に寄り、服をちょこっと摘んで口を開いた。


「獣男さんや、目からレーザーの人がいません」


「いるかっ、んなもん!」


すると菻音は衝撃を受けた顔になり、よよよと地面に泣き崩れた。

いったい菻音の脳内妄想では、どんな店だったのか。まさか、アルファベットの二十四文字目に男を足した名称の集団ではあるまいな?


「お兄ちゃん! 白石を泣かせないの!」


「うわー。お兄ちゃんはツッコミを入れただけだぞ?」


「それでも駄目」


理不尽な叱責を食らった槞牙は、仕方なく菻音を慰めることにした。

肩に手を回し、


「泣くなよ、菻音。踞ってると、その立派な美巨乳が……ぐはぁ!」


会心のシャイニング・ウィザードを雫から貰い、槞牙は昏倒した。


「どうして、そういう事を口にするの! ……大丈夫? 白石さん」


「ひっく……。うっ……大丈夫です。少しショックだっただけですぅ」


その様子を地面から眺める愚か者。両方とも膝を曲げた体勢なので、正面で水平の角度だと見えている。

雫……。今日はちょっと派手だな。

――などと思考していると、陰影が身体に覆いかぶさった。

見ると、無表情のソラが静かな殺気を放っている。


「あのー、ソラさん? どうかしまし――」


言い終わる前に鉄拳が降り注いだ。

槞牙は仮借ない威力だと察し、転がって逃走。繰り返し十メートルほど進んだ所で、拳を受け止める。


「お前は俺を殺す気かっ!?」


「それもいいかもしれないわ」


慌てた口調で叫ぶ槞牙に対し、ソラは危険な意志を覗かせる微笑。

恐い、恐い。

だが数瞬してからその微笑は崩れ、真顔になる。


「感付いてきてるわね。君の妹さん」


「何に?」


「〈パステル〉によ」


その短い返答に、槞牙の表情に緊が生じる。

険しさすら加えた視線同士を当てながら、ソラが僅かに空気を震わす。唇から出た言葉で。


「ここまで来る間に、ボクたちに疑惑を傾ける思考が垣間見えたのよ。一応、強引な方法で止めさせたけど……」


「……分かった。後で俺の家まで来てくれ。今は普通に振る舞おう」


頷いたソラは、先程の微笑に戻り、


「それにしても、随分と本心を隠すのが上手くなったのね。残念ながら君の欲望に塗れた思考を読めないわ」


ソラの視線は訝りビームを照射中。


「な、なんのことかな? 俺はただ皆との交友で仲を深めたいだけだよ……健全に。ははははは」


誤魔化し防護服に身を包む槞牙。ぎこちない笑みを浮かべ、立ち上がる。


「おーい、何してんだ? 早く入るぞ」


柚菜の声に、磁石に引かれいるような勢いで歩き始めた。



中に入ると早速コスプレガールたちがお出迎え。

普通のウェイトレスやメイド姿。スチュワーデスに、某格闘ゲームに登場する、お団子を頭に二つの青いチャイナ服を着た女性キャラまで。

しかも全員が美人。スタイルも抜群。

女性陣は物珍しそうに店員を眺め、槞牙は左見右見。こりゃー、サービスショット全開の予感。最近の不足を解消か?

カウンターの前に立ち、真一から与えられた無料券を出す。そして、遂に修羅場への合い言葉。


「後ろの五人ね」


「はい。コスプレをなさるのは、そちらの五名様ですね?」


快活とした声で、爆弾投下するレジの店員。サッと両耳を塞ぐ槞牙。

その砌――


『えぇーーーっ!?』


爆音に近い四人の叫びが、店内に響き渡った。

ソラは一人だけ冷静な面持ちを保ちながら、槞牙につめたーい目を向ける。

柚菜は叫びはしたものの、すぐに落ち着き払い黙考。菻音はオドオドし、驚きメーター最大の雫は機能を停止している。

最後は瑠凪。これが問題。もはや予想通りにこちらの胸倉を掴み、尖り声を飛ばす。


「どういうつもりよ? あんた脳が腐ってるんじゃないの?」


「まあまあ、落ち着いて。怒ると美人が台無しだぞ。純粋に楽しむ精神でコスプレをしようじゃないか。……な?」


好き勝手に納得させようとする槞牙。そこへ雫が笑顔で前へ。


「そうだよね。折角の機会だし、純粋に楽しまないとね」


「分かってくれたか、雫。お兄ちゃんは嬉しいぞ」


「うん!」


その瞬間、槞牙の顔面を目がけ鉄拳が迫る。だが槞牙はすぐにその場から飛び退き、背後のカウンターの上に。


「はははっ! 二度ネタは通じんぞ。雫」


「もうっ! お兄ちゃんはどうして勝手なことするの!?」


「分からんかなぁ。みんなを楽しませようとする、この俺の粋な計らいが……。俺は悲しい」


しかし、それはエゴだ。

手を額に当て、沈痛そうな演技をしていると、後ろにいた三人が動いた。

菻音は雫の傍に立ち、


「そうですよ。槞牙さんだって悪意だけで誘って下さった訳じゃないと思いますし……。ここは、みんなで楽しみませんか?」


「え? ……う、うん。白石さんがそういうなら……」


兄以外には徹底的に弱い雫。菻音軍によって撃沈。

瑠凪の方には柚菜。


「折角、来たんだしさ。やってみようぜ? あのバカの反応なんて無視すりゃいいじゃん」


「柚菜……。まあ、今更とやかく言ってもしょうがないわね」


こちらも渋々だが了承。思わぬ助け船だ。

この二人を制したところで、槞牙は無言のソラに目線を送る。

受け取ったソラは腕を浅く組み、


「どちらでも構わないわ」


槞牙は胸襟で歓喜の雄叫びを上げて、勝利の祝杯に酔い痴れた。

話合いが終了すると、店員はスマイルと一言。


「では、殿方が衣裳をお決めになってください」


『え?』


これには槞牙でさえも、疑問符を加えて返した。

店員は、ここでの決まりですので、と言いスマイル継続。

女性陣は、やや複雑な表情の後、銘々に告げた。


「エッチなのは駄目だよ? お兄ちゃん。私はなるべく目立たないのにして」


これは説明しなくても分かると思うが一応。雫である。


「オレはメイド服以外」


指定したコスチュームは体験済みの柚菜。


「変なの選んだら、ぶっ飛ばすわよ!」


尚も槍声で瑠凪。


「槞牙さん! 私は、なるべくヒーローものがいいです」


なぜか意気込む菻音。


「……適当で」


口調にも仕草にも、年齢相応の可愛らしさの欠けらもないソラ。

全員の期待? を背負い、槞牙が戦場へと旅立つ。名付けて、第一次スーパーコスプレ大戦。

なんだか、某ロボットゲームのタイトルを連想させる。スーパーの意味も分からない。第二次があるのかも疑問だが、それは全て捨て置き。


「コスチューム選定の際に付き添う係員をお呼びします。……小森さーん!」


つまりは専用? ここは本当に、ただの喫茶店なのだろうか? はっ! まさか沁銘院コンツェルンでは、あるまいな!?


「はーい」


様々な疑問や憶測を黙考していると、奥から間延びした声が返ってきた。

同時に出てきた声の主に、槞牙は驚倒した。

タイトルがアルファベット三文字の、某格闘ゲームに登場する、抜け忍のか〇みの衣裳で現れた女性。

明るい茶髪で、その髪型も原作を忠実に再現。細面で、どこか間の抜けた顔だが美麗な感を漂わす。

背丈は槞牙より少し高い。キュッと引き締まっているウエストに、丸みのあるヒップ。

――ここまでは序の口。これからだ。

そして目を見張るは、その爆乳。凡そ、おっぱい星人と呼ばれる男がフェチとして求める大きさにまでなっている。

二次元でしか許されない、このボリューム! リバパス空間、最大出力! 見ろ、あの双子流星を!

槞牙は目標から視線を外さずに一考。

名前があって、この詳しい描写。……こいつはレギュラーだ。ふふ。偉いぞ。


「良くやった、ネビリム!」


槞牙は謎の男を称賛した。それから咽喉の調子を、咳をして確かめてから開口。


「繞崎槞牙と申します。ぜひとも貴女のフルネームをお聞かせ願いたい」


「はいー。ディスロード・サン=クリスエアル・小森です。よろしくー」


「…………。それで本名は?」


「本名ですー」


「嘘吐け!」


「……実はわたし、Aカップなんですー」


「誰もバレバレも嘘を吐けなんて、言っとらんわっ!」


早くも地に戻る槞牙。

小森はのほほん顔を少し困り風味にすると、胸の前で手を打った。


「案内しますねー。こっちですー」


「結局、流すんかい」


ペースを乱された槞牙は、踵を返した小森の背を普通に追った。



狭い通路を十メートルほど歩くと、左右の壁が空けて部屋に出た。

そこには所狭しと並べられたコスチュームの数々。その量は半端ではない。ある種の荘重とした雰囲気すら感じられる。

するとまたもや、この疑問。ここは本当にただの喫茶店か?

槞牙は中央に待機している小森に声を掛けた。


「まずは、ちっこい二人のサイズはあるのか?」


「こっちにありますよー」


「何で、こんな小さいサイズもあるんだ?」


「どのようなお客にも対応したいという、社長の方針ですー」


『熊の着ぐるみ』を手に取ってしまい、思わず渋面。乱雑に戻してから、社長って、と聞き返す。


「名前は確か堀城さんですー」


沁銘院でなかったことにホッとしつつ、衣裳を選ぶ。柚菜、ソラ、菻音、瑠凪の順番で決めていき、残るは雫。

ここで槞牙の胸中に、ある記憶の断片が甦ってきた。それは瑠凪にノックアウトされた柚菜を、保健室まで運んだ後の出来事。

勝手に兄をケダモノ扱いし、理不尽な制裁を食らわされた時の一コマ。

そうだった。あの時に俺は復讐を誓った。『顔から火が出るようなコスプレをさせてやる』と。


「くくく……、この場で兄の恐ろしさを、その身に教えてやらないとな」


主人公にあるまじき邪悪な笑みを浮かべる。雫、危うし。

そんな復讐の業火を纏った瞳は、あるものを捉えて静止する。

槞牙はそれを手に取り、


「ふはは……あーっははははは! これはいい! 泣いて許しを乞う姿が目に浮かぶぜ!」


完全に悪役のテンションで大音声を発する。

そんな槞牙を見ていた小森が一言。


「あらあら。槞牙くん……ド・外・道♪」

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