【エピソード5:夏だ! 祭りだ! コスプレ喫茶だ!?・その2】
「はいはい、皆様。足元に気をつけて。目的地まで、もうすぐです」
快活な声の主は槞牙。
学園の背景を正面に持つ大通りを逆に歩き、交通量のある十字路を右。
そこから暫らく歩いた場所に華やかな一団があった。
「なあ、槞牙。まだ歩くのかよ?」
「ごめんな、柚菜。ほんっっとうに、ごめんな? もう少しだから我慢してくれるかな?」
「な、何か気持ち悪いぞ。お前……」
言動が不自然なこと極まりない槞牙に、柚菜は身体を反らせ引き気味となる。
「私はそういう所に行ったことがないので、なんだかわくわくします」
「単にオタクが目の保養をする場所よ。あんまり期待すると、落胆するわよ」
瞳にシューティングスターを過らす菻音。それを情緒なく撃墜する瑠凪。
殿には雫とソラが続く。
野外では珍しく、フルメンバーで活動。沁銘院家の御曹司の手先と化した槞牙が仕組んだことだ。
まずは柚菜を誘い、あっさり二つ返事で承諾。菻音は、本人が興味津々な様もあってか簡単に。
苦戦したのは、ソラと瑠凪。
ソラは『その店に行くことが、ボクにメリットのある行為とは思えない』との、何とも可愛げの無い発言。瑠凪は屋上の件を引き摺っていたようで、場所より理由が大変だった。
しかし槞牙は怯まず、強引な説得の末、二人を納得させた。
雫は予想通り、付き添いの体。
勿論、コスプレ喫茶に行くことだけしか伝えていない。各々にもコスプレして貰うなどと、口が裂けても言えない。例え本当に口が裂け、『口裂け槞牙』と云う渾名で罵られても言えない。全ては現地での機知。それに賭けるしかない。
そこが正念場だぞ、俺……。
己を奮い立たせた。
しんがり――最高尾を歩く雫は、先頭の槞牙を見ていた。訝りをブレンドで。
雫の経験上、あの態度の兄は大抵なにか隠し事をしているのだ。前はクラスメイトの視線が気になり気付かなかったが、今は判る。
完全に良からぬ事を考えている。では、何を?
雫は一度、思考を間断し、隣の少女を見た。ソラはすぐにその視線に反応し、目交ぜする。
それから柔かい微笑を顔に織り交ぜ、
「どうしたの?」
「あのね……、お兄ちゃんのことで――」
「ええ、確実に何か企んでるわ」
本題に入る前に速答。
驚く雫を尻目に、ソラは考えを吐露していく。
「問題は彼のメリット。ただ単に店員のコスプレ姿が見たいなら、ボクたちを誘わずに一人で行くか男友達にすればいい。でも、そうはしなかった。……何かあるのよ。まあ、ボクには大体の見当は付いてるけど……」
知的で流麗な口調を、雫は呆然として受けた。
やっぱり、慣れない。
槞牙から二重人格との説明をされてはいたが、あまりにギャップがあり過ぎる。それに身近に実例がない分、そういうのはファンタジーな存在と思う部分が強い。
更に驚くべきは、他の人の対応。
最初は半信半疑な視線と言葉を送っていたのに、今では然も当たり前のようになっている。格闘技に長けた、少し変わった集団とはいえ、この適応力は異常と言ってもいい。
詮索はしたくないが、気にはなる。そして、こう思う。
兄は『それ』を二重人格と呼ぶことで何かを隠しているのではないか?
疑惑はもう一つ。これは以前から薄々だが感付いていたこと。
霧島柚菜。進藤瑠凪。白石菻音。虹野ソラ。
最近では短期間に友人が増える。それも普通の境遇の生徒ではない。
転校生。登校拒否。クラスから孤立。飛び級による、編入。
これらが一同に集まった。しかもその原因の行き着く先は、兄である繞崎槞牙。槞牙が中心となり、人格、境遇が特別な生徒を纏め上げている。いくら外向的な槞牙でも、ここまで測られたように進むものなのか。もしくは、槞牙と彼女らだからこその『縁』と定義する何か。
これは、気のせいだと思っていたけど。
彼女たちも、何か隠してる?
思考は記憶を呼び寄せた。仲良くなる時は、当事者同士がいない。姿が見えたら、すでに知人または友達。加えて、槞牙はなぜ怪我をするのか? 喧嘩っ早い性格ではあるが、彼は強い。強くなってからは、まず怪我などしなかった。しかも知らない間に骨折までしていた。更に驚異的な早さで回復もした。
何故? どうして?
思い、今までの疑問を寄せ集めていく。そして繋げる。導かれる一つのピース。兄と彼女たちを取り巻く環境自体が、何かを隠してる?
そこで、突然――
思考が真っ白になった。
「いたっ……!」
雫は思わず、左手の指先を押さえた。痛覚を刺激する、電気のようなものが走ったのだ。
立ち止まり、辺りを見回す。
そこは派手に装飾された店や高層ビル、人集り、人の波。なんてことない風景。少し前を行ったソラが振り替える。
そして最初と同じ質問。
「どうしたの?」
同じ言葉のはずなのに、どこか硬質。しかもソラの表情に笑みはない。
唇を一文字に引き結び、瞳が鋭く光。
その雰囲気に、雫の身体は怖気を呼ぶ。
「な、なんでもないよ」
雫は詰まる声を訥々と吐き出した。
ソラはどこかに憂いを含んだ笑みを見せ、
「そう」
と簡潔に言葉を返した。
「おーい、雫にソラぁ! ちゃんと列について来ないとダメだぞぉ?」
尚も気色悪い語調の槞牙。雫は苦笑してから、前列との差を縮め始めた。
学園の裏にあるテニスコート。四面の広さはあるが、部員数はコートに溢れんばかりの大人数。
そんな中、中央で軽快な打音が響く。
忙しくラケットを振っているのは、一年の男子――水無瀬靜馬だ。
細身で気弱な性格をモロに表す面立ち。腰の辺りで結っている深緑の長髪と揉み上げが揺れる。
ボールは数回、ネットを挟んだコートを横断。やがて靜馬の打った球がネットに当たる。
「よし。水無瀬は休憩しろ」
「はい」
三年の男子の言葉に従い、フェンスの扉を開け外に出た。
深く息を吐き、流れる汗を腕で拭っていると、目の前にタオルが差し出される。靜馬は眼前に居た意外な人物に、思わず声を出した。
「あ、真一」
「男が差し出すタオルは受け取れんかね? 我が友、水無瀬靜馬。しかし安心したまえ。これは普通少女から渡してくれと頼まれたのだ」
「例え真一のでも、有り難く受け取るよ」
そう言って受け取ると、タオルに顔を覆い被せる。
「タオルから、愛しき乙女の、香かな(字余り)」
「え? 今、変なこと言った?」
「二番目の友に送る句を少し、な」
「き、気になるなぁ。……それとやっぱり二番目と付けられると微妙に傷つくよ」
「気になって不眠症になったりしたならば、我輩を訴えるといい。その時は全力で相手をしよう」
「えぇ!? そこって潔く慰謝料を払うってとこじゃないの?」
そこで間断の音。フェンスにボールが激突した。
男子のコートと向かい合わせの女子のコートの方だ。跳ね返るボールを目で追うと、急に女子の美脚が現れる。
目線を上げると、そこには真一曰く普通少女――上條舞の顔があった。
気の強そう目付き。肩で大きく広がっている、銀色のショート。活発的な印象だ。
舞のファニーフェイスがウインクを飛ばす。
靜馬は微笑でもってそれに答え、彼女を見送る。
こちらに背を見せた舞が、ラケットを振るう仕草は華麗だった。激しく動き、スカートも上下に揺れる。
「咲き誇る、パンチラ萌える、お年頃。……素晴らしい名句だ!」
静かに感奮する真一に、靜馬は半ば呆れ顔で、
「教科書に残らないよう願うよ」
「意外にきついツッコミだな。むっつりスケベ」
「誰がだよっ。あれは見えてもいいように……、その……」
墓穴を掘った靜馬に、真一の目が妖しく光る。
「ほう。何を見たのかね? 我輩は何も言ってないが。その、の続きと一緒に言いたまえ。さすれば、君もめでたくエロとなる」
「どこが、めでたいんだよっ」
雑談。歓声。ボールの打音。それらの音はコートで跳ねて、風に乗る。
流すと音の成分は溶け、青春の風味。繋がる世界。夏場に嗅ぐわす青い春。




