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【エピソード5:プロローグ】

槞牙「さてと……。恒例の前回までのあらすじだ。 快進撃を続ける俺様だったが、現役小学生の虹野ソラと対決し、『決着がつかず』惜しくも連勝記録はストップ。まあ、今度は軽く倒してやるさ。      そのソラから聞き出した、謎の集団〈ブラックパステル〉の真の名称〈プテイレイン〉。なにやら物騒な集団らしく、こちらも油断できなくなってきた。   だが大丈夫。美少女の平和な学園生活は俺がいる限り安泰だ。ついでにチームに成りつつある〈パステル〉使い達も守って、うはうはの学園生活にしてやるぜ!」

どうしてなの?

私は、このアルバイトが好きなの。

天職とさえ思ってる。

確かに貴方の言う通り、経済的には厳しいし、ずっと続ける訳にはいかない。

それも判ってる。

でも、今の私はこうでありたいの。

……待って。

どこにいくの?

どうして貴方の瞳が、そんなに憂いを含んでいるの?ねえ、待ってよ!

どこにいくの?

戻って、来てよ……。



「イヤだー! 俺は戻らねぇー!」


明るめ茶髪に気抜け顔。繞崎槞牙が叫んだ。


「お兄ちゃん! 落ちたら危ないよ」


「今はそっちのが危険地帯だ。戻ったら殺される」


「もう……。怒ってないから、とりあえずこっちに戻って。迷惑でしょ?」


現在、槞牙は教室の窓の外にある細い出っ張りに上に立っていた。

シャカシャカと蟹歩き星人を繰り返し、雫から逃走中なのだ。

しかし何が原因なのか?

雫の顔色を窺っての行動なので、理由がよく判らない。

思い当たり過ぎて、よく判らない。

朝っぱらからソラと喧嘩していたことか。

朝っぱらから菻音にセクハラを働いたことか。

はたまた朝っぱらから、美少女萌えからくる非一般的な人種の精神構造解析を大声で独白したことか。

実は全部か。

定かではないが、ここはやはり蟹。

肩越しに後ろを見れば、視覚的に慣れ始めた風景。

グラウンドを越えた先には緑豊かな庭園。緑に紛れ込んだ、三角帽子な白亜の天井は休憩所の目印。

その左隣。

ずっしり無駄にスペースを取って、踏ん反り返っている体育館。巨大なだけに、そう威圧している雰囲気だ。あの裏が、柚菜とバトルを繰り広げたステージとなっている。

庭園から、ずっと横線を引いて右。

体育館と比べれば、ちっぽけだが、見慣れない者には神秘的なイメージを与える礼拝堂。聖戦士の根城と、不登校時代の出現場所の役目を果たしていた。

空を見上げると、珍しく曇り。

雲の迷い時。乱れ立って陽光と重なり、端の薄い煙が黄金色に彩られている。

槞牙は衝突してきた強風の匂いを感じた。

清々しい『青色』の空気。それが相応しい。付け名の主に夏だと悟らせる。

窓を乗り越え、夏を待ち侘びる生徒達の巣へ。


「……もうすぐ夏だな」


どこか哀感の漂う口調。

近くにいた雫が、初めて見る兄の顔だった。

繞崎雫。ご存じの通り、繞崎流派と澤村流派が対立する中、澤村家に引き取られた槞牙の妹。

学校では『繞崎』の姓を名乗り、内部事情を隠している。これは単に級友や教師たちの心配を懸けない為である。

容姿は端麗。揺れる度に腰をノックする黒髪。おっとりとした目付きだが、全体は引き締まっている。

適度にアップダウンする身体は、容姿とマッチしている。


「どうしたの? 嬉しくないの?」


「いや、嬉しいさ。夏休みも近いしな。まあ、テストも近いけど……」


槞牙は悲痛そうに頂垂れ、五指をギュッと丸め込む。


「しかし長期休暇になると、今まで地道にアプローチしていた女の子たちの熱が冷めてしまう。この夏の暑さとは逆に。やっと次はデートの約束までする予定だったのに、だ! 卒業式の日、校内にある桜の木の下で告白される計画が……」


凡そ現実ではありえないアホなことを捲くし立てる。雫は憤怒――すると思われたが、意外な反応を見せた。槞牙の言葉を受け止め、真剣に相づちを打っている。


「そうだよね。お兄ちゃんにも恋人が必要だよね?」


真っ向から肯定の意を示す雫に、槞牙は怪訝顔。

どうしたんだ? いつもなら怒って、兄をぶん殴るとこだぞ?

そんな思考に構いもせず、雫が続けて口を動かした。


「前から思ってたんだ。お兄ちゃんにも、そろそろ必要かなって」


まるで小学生に携帯電話を所有させるか悩んでいた親の口調である。

しかし今度は槞牙が構いもせずに好機に食い付いた。


「判ってくれたか、雫。お兄ちゃんは嬉しいぞ」


「うん」


「ナンパ行為もこのためだ。寛大な心で流してくれ」


「うん」


「ついでに菻音へのちょっかいも、ふかぁーく関係してるから見逃してくれ」


「うん!」


槞牙が狂喜乱舞、欣喜雀躍、踊躍歓喜。つまりは踊りまくりな、舞いまくりな、浮かれまくり。

瞬間、槞牙の頭上に机が舞い降りた。

角から、ごつん。

槞牙は一瞬にして地面にひれ伏した。


「そんなわけ……ないでしょ?」


「時間差のノリツッコミ!? 腕を上げたな」


陰惨な語調よりも、そちらに戦慄する。

雫は狂戦士モードになり、二投目を構えだす。

更なる危険を感じる槞牙。力を振り絞って立ち上がり、窓の外へと遁走した。

眼に赤い光の筋を走らせ、雫が近寄る。

シャカシャカシャカ、と蟹歩き槞牙。

二時間後、一行目に戻る。エンドレス・ストーリーと名の付いた壁は、教師の熱弁などを通さない防音設備が施されているのだ。



二限目が終わり、休み時間に入った。

この時間帯は朝飯抜き寝坊が早弁をしたり、早くも原の音が駄々をコネ始めたりする時間だ。

槞牙も、その一人だ。

鞄から登校する前にコンビニで購入していた菓子パンを、食べ始めた。

柔らかいスポンジの中に、たっぷりと生クリームが行き届いている。クリームで優しく挟まれているのが、バナナ。丸ごと一本分が入っている。


「いやー、やっぱり間食は丸ご――」


「お兄ちゃん! まだお昼じゃないのに、食べちゃダメだよ」


「安心したまえ、雫。お前の『お兄ちゃんへの愛が詰まった弁当』は後で食べられる」


「ちょ、ちょっと……」


もはや最強と言っても過言ではないブラコンアイテムを指摘され、雫は慌てふためく。

周りの生徒からクスクスと笑いが飛べば、赤面して固まった。俯き、顔を机に向けながらも槞牙を睥睨し、


「もう、これからは作って上げないんだから……」


と誰にも聞こえない拗ねた口調で囁き、沈黙した。

半分ぐらいまで食べ進むと、満たされていく槞牙とは裏腹に隣から貧相なオーラが。

きゅるるるるー、の音と共に登場したのは柚菜。

よく目立つ明るい青の髪。暗碧の瞳。小さく、瑞々しい唇。起伏を見受けにくい、幼い体型。ロリッ子の審査員がオール十点満点を出さざるを得ない萌えガールだ。

因みに〈プテイレイン〉と云う〈ブラックパステル〉で世界征服を目論む組織の幹部な、姉を持つ。

目標は世界征服なのかは判明していないが、とりあえず悪の組織には必然の方程式で。


「うー、腹減ったー」


無骨な口調。これが特徴だ。


「なんだ、朝飯を食ってないのか?」


声の返事なく頷く柚菜。

机に突っ伏す、その様相は不憫にも見えてくる。これは、この容姿特有だからこそ起こる、幻覚に近いものだ。はた目、可愛く弱ってる。誰でも助けたくなるよな?

槞牙は食いかけの菓子パンを差出す。


「これで良かったら食っていいぞ」


柚菜は物欲しそうに菓子パンを眺め、次に槞牙に視線を送る。目が輝いている。


「いいのか?」


「ああ。つーか、お前がそうしてると食いにくいんだよ」


「お前、良い奴だな……」


「何を今更」


「今まで単なるスケベかと思ってたよ」


槞牙がずっ転けた。座りながら、ずっ転けた。

柚菜は両手で菓子パンを掴みながら、それを眺める。顔は、きょとーん、としている。

槞牙は机と椅子に挟まれた渓谷から復帰すると、額を押さえて黙考し始めた。

まったく、どいつもこいつも。俺みたいな紳士は稀にしかいないのに、この評価はどうよ?

自意識過剰な脳内評価の一端が浮き上がると、背後から声が掛かった。


「案外、優しいのね」


大人びた声。

だがその正体は現役の小学生。

ライトグリーンの髪と瞳。端整な顔だが年相応に幼く、キレのある表情は英明な雰囲気が漂う。背丈と体型は柚菜と同じぐらいだ。

虹野ソラ。

二重人格もどきで、もう一つの性格は猛獣そのもの。〈ブラックパステル〉の使い手たちと面識があり、〈プテイレイン〉と云う組織にも、やたらと詳しい。

事実、槞牙はその組織名をソラから聞いた。

そして小学生ながら、かなり手練な〈パステル〉使いである。


「その『案外』は余計だな。俺は世の中の美少女の味方なのさ」


「ボクの経験上、あちこちに手を出してると、今に痛い目を見るわよ?」


「経験上って……。小学生のクセにリアルに語るなよな」


妖しく光るソラの瞳に辟易する。実はその間にも次のデートの相手を選定しているのだが。

繞崎槞牙は他人の忠告で享楽を止めるような男ではないのだ。


「それにしてもさ」


柚菜は菓子パンを食べ、満足そうな笑顔で話に割り込む。


「性格が分かれたって言っても、変化し過ぎじゃないのか?」


ソラのことは〈パステル〉使いたちには説明した。

最近はチームっぽくなって来たので、この手の話題も多い。ただしその際には音量を下げるのが条件。もちろん雫の前ではタブー。


「そうかしら? ボクは不自然な感じなんていないけど……」


「なんか小学生に見えない」


柚菜の的確なツッコミに、ソラが眉がピクッと反応した。


「それは貴女にも言えることよ。その成長不全は物理的にありえないわ」


「っ……! この……」


寒冷な質を含んだ空気が二人の間に流れ込む。

柚菜は気にしていたのか。指摘されてから、険を帯びた表情を維持している。

もう一人の人格とは仲良しだったのに。女の仲とは難しいものだ。

何にしろ、このままでは喧嘩になりそうなので仲介に入るか。


「ほら、もうすぐ授業が始まるから止めておけ」


「何だよ、槞牙。そいつの肩を持つのかよ」


口を尖らせ、不機嫌な警告を発する。


「誰も柚菜を責めてないだろ? ……ソラも人の身体的な特徴を貶すのは止せ。お前だって嫌なんだから」


「まあ、一理あるわね。今の言葉は撤回する」


「柚菜もだ」


「わ、悪かったな」


双方の素直じゃない謝り方に槞牙は苦笑した。

『ごめんなさい』とでも言って、可愛く頭を下げたりは出来ないものかねえ。

まあ、さっきのでも謝罪の意志が籠められれば充分か……。

槞牙はお互いの頭に手を置き、軽く撫でる。良い子、良い子の動作だ。

しかし柚菜とソラは同時に、その手を叩き落とす。


「子供扱いするな!」


「貴方にされると意外に不快だわ」


それから両者の視線は違う方向になった。

――可愛くなっ!!

どうも俺の近くにいる『ロリキャラ』には愛想が足りない。もっとこう、実の妹でもない少女に『お兄ちゃーん』と呼ばれ慕われる二次元の幸せってやつを体感したいなぁ。それから沸き上がる、そのキャラへの鍾愛に自分を溺れさせたい。更にステップアップしていけば、全国のシチュエーションマニアたちが切望する展開へ。

あれは、雷が吠える嵐の日だった。電気も停電し、暗闇がむやみやたらと恐怖を与えてくる。そんな中、『本当にたまたま』泊るこてになった『そいつ』が、


「い、いいかな? お兄ちゃん?」


などて枕を抱いて現れる。そして有無を言わさずベッドに潜り込み、こういうのだ。


「なんだかこうしてると、本当の兄弟みたいだね。お兄ちゃん」


その時には、『お兄ちゃん』はいつもの『お兄ちゃん』ではない。

彼の手は着実に――

そこで槞牙はハッとし、我に返った。

気付けば、次の授業のチャイムが教室の全員に自らの役目を悟らせている。

槞牙も名残惜しさに駆られながらも、妄想を断ち切ることにした。

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