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【エピソード4:ある〜ひ♪ くまさんが……・その5】

槞牙とソラの二人は、近くの廃工場に来ていた。

中央を囲むように、錆付いた機械やコンベアが配備され、隅には大きさの不揃いなコンテナ。二階の窓から射し込む光が唯一の暖色を地面に示す。

比較的に機械が少ない中央まで歩き、対面した。


「ここなら邪魔は入らないわ」


「おー、その台詞。ちょっとニュアンスを変えると嬉しい言葉に」


「…………」


ソラは額に指を当て、呆れた様子で首を横に振った。槞牙は普段と同じく真剣さの捉えられない表情で残念そうに唸った。


「そうかぁ。ソラには早すぎたな。結構ウケる場面だったんだぞ?」


「意味は分かってるわ。でも、今はウケ狙いの場面じゃないでしょ?」


槞牙の顔が鋭さの片鱗を見せた。


「そうだったな……」



数分前。

槞牙はどうしても気になっていたことに話題を移した。


「あっちの着ぐるみバージョンは何なんだ? 随分と性格というか雰囲気が違ったが……」


ソラは湯呑みの口を指でなぞり、不自然に長い間隔を取ってから答える。


「あれはもう一人のボク。〈パステル〉使いではない他の人格なの」


ここで一つ謎は解けた。

平穏を取り戻した教室で、柚菜と瑠凪に再度、聞き直していた。ソラが〈パステル〉使いではないか、と。

しかし二人の返答は槞牙の予想とは逆だった。『色』とやらは全く見えない、と。

「もう一人ってことは、二重人格ってやつか?」


「それとは異なるけど、概念は合ってるわ。正確には、二つあるのは精神よ」


槞牙は腕を組み、難しい顔をして、それなりに考える人を演じてみる。

しかしというか、やはり理解できない。


「どう違うんだ?」


「元はボク一つの精神だった。だけど〈パステル〉を使うことによって、精神を二つに分断してしまった」


「最後のが気になるな」


『してしまった』とは自らの意志ではないのか?

槞牙はラノベ知識を総動員して当て嵌まる状況を探す。検索結果は、エラーに行き着く。

ソラは目線を下げ、戸惑いの色を見せた。その様子は自分の痛切な過去を先に引っ張りだし、感傷に浸っているようだ。

やがて、それだけを表情から殺し、冷静な口調で継いだ。


「精神を分断することにより自己の弱さを克服し、〈パステル〉を増幅する方法を知ったの。実験の結果、確かに〈パステル〉は強くなった……! でも――」

「もう一人のソラが生まれちまったか」


高温になり始めたソラの言葉を遮り、槞牙が代わりに続けた。

正反対の穏やかな口調の槞牙だったが、相好は更に正反対だった。

不快感の極まる思いを表し、


「気に入らないな。そんなことで強くなっても、ただの自己満足だよ」


ソラは微かに眉をひそめる。


「分かってるわ。あの頃は若さ故に精神が未熟だったのよ」


ついこの間まで小学生だったとは、到底、思えない台詞。

ソラの弁解を聞くが、槞牙は険を帯びたまま揺るがない。


「今だって若いだろ。それにお前はまだ力を求めるよ。そんな状態になっても」


ソラが再び驚愕の感情を重くなった空気に染み込ませる。


「気に入らねぇ、気に入らねえな。自分の身体を犠牲にしてまで強さだけを求めるやり方。そんなの最後には何も残らねえよ」


槞牙は相手の言葉を待たずに、捲くし立てる。激昂しそうな自分を抑えながら。


「それも分かってる!」


ソラの言葉に、初めて荒々しさの断片を覗かせた。

ライトグリーンの瞳の奥に居座った先鋭な光で、槞牙を睨む。


「君の言葉こそ無責任さ。何も知らないで、言いたいことだけ言って。まるで子供よ」


「ああ、知らねえよ。気に食わないから、言いたいことだけ言わせて貰ったんだよ。何が悪い?」


「……話にならない」


自らの滑稽さを思い直したように、最後は弱々しく言った。

また沈黙が訪れる。今度は陰々した重苦しいもの。

しかし沈黙は素早く破られた。

槞牙は急にテンションを戻し、得意気に語りだした。


「ってかさ、もう一つの人格とは言え、不本意ながら俺はお前に負けてるんだよ。だからよ、リベンジマッチといかねえか?」


いきなりの提案にソラは話の尾を掴めず、置いてきぼりを食った。

槞牙は拳をソラの眼前に突き出す。


「お前の間違いを正してやるよ」


ソラの瞳に鋭利な光が戻る。槞牙が何を望んでいるかを確かめ、見下すように笑みを浮かべた。



槞牙は拳を構える。

呼吸を整えるが、ここに溜息が混じってしまった。

やっぱガキだよな、俺。

気に食わなかったのは本音だが、何も勝負までしなくても……。

だけど、これなら伝えられるか。力を求めてばかりじゃ、背後の破滅が見えないってな。

結局ガキの喧嘩に発展するのが、お決まりだ。他にないのかねぇ。

鼻で軽く自嘲する。


「覚悟はいい? 真の〈パステル〉使いの実力を見せてあげるわ」


「何の覚悟だ? これは自慢だが、〈パステル〉を使っての勝負は不敗神話を随時更新中なんだよ」


「そうなら、ここで終わりね」


「へっ……言ってろ」


ソラの小さな身体に黄色い光が集まっている。

槞牙も臨戦態勢。

空気が不気味なほど静謐な中で、二つの戦意の固まりは際立つ。

一つが地面を弾く。ソラだ。

飛び上がり、槞牙に向って斜めに落下する。

槞牙は地面に足を固めた。力強く。裂いてしまうのではないかと思わせる程に。――だがな。始まったら後悔は二の次。これで納得し合えるなら、全力で拳を叩き込むまでだ。

落下にタイミングを合わせ、槞牙は右手の拳を腹部に突き刺した。拳に纏った赤い光を押し出すように。

拳はソラを捉えた――と一瞬だけは、その情報が正。だが、後に誤。

ソラの身体は風船のように割れ、黄色の光と化したのだ。

弾けた光は腕にくっつき、重さを伝える。

刹那、背中に衝撃。身体は宙に迷い、反転し、背中から機械に叩きつけられた。


「ぐぁ……!」


搾り出される苦痛の証拠。正面には両手の側面を合わせ、『突き』の体制をしているソラ。両の掌から一筋の電気を帯びた光が無数に溢れ、外に流れていく。

その光を再び呼び起こし、地面にぶつける。


「雷破閃っ!(らいはせん)」


光が波線を描き地面を駆ける。

槞牙は逆さまの状態から脱し、光に背中を向けたまま跳躍した。

自ら反転して跳ぶと、逆向きにソラが接近してくる。ソラは腹部を狙い、両手で突きを放つ。

槞牙はまたもや反転し攻撃を巧みに躱す。相手の両手が股下を抜けた。

同時に顔面を左肘を強打する。

怯んだソラの身体が地面と平行になり、槞牙はそのすぐ傍で眺めた。

十字を描く位置から、一回転させ、


「牙翔連脚炮っ!(がしょうれんきゃくほう)」


踵落しを執行。

これは瑠凪との戦いで決め手となった技だが、ソラには決まらなかった。

目を見開き、両手で脚を受け止める。そこから一瞬の回転ショー。

まずは地面の方向に身体を向け、次に槞牙の脚を中心に滑るように半回転。

頭が天井に向き直ると同時に、槞牙の右頬に拳を打ち込む。

二人が離れる。

槞牙はコンベアに腹部を打ち付けた。

衝撃が走る。だがそれを無視。その場で転がり横に移動した。

直後にそこの部分が変形。実行した主――ソラの顔面に蹴りを見舞う。蹴りは空を切り、ソラの腕で停止した。

……防御された。

二人がコンベアから跳び退く。

ソラはすでに構えていた両手の光を宙に浮かし、槞牙が着地した地面の左右に放った。


「方陣雷旋っ!(ほうじんらいせん)」


槞牙の周囲を、魔法陣のような黄色の線が囲む。


「なんだこりゃ!?」


囲んでいる線を悠長に眺めて叫ぶ槞牙。次にはそんな余裕は霧散した。

黄色の円陣から大量の電気が飛び出し、槞牙の身体に激痛を教えた。


「ぐあああああああ! ああああああああ!」


堪らず悲鳴を上げた。

円陣の中は、正に雷雲。電撃は槞牙に集まり、絶え間なく苦痛を与える。

線から伸びた光の筒の表面を、電気は回転しながら走る。共鳴したように槞牙の脚も地面から離れる。

全貌はガラスのケースに入れられた研究物に酷似していた。

槞牙は遠退く意識から、傍らで沈みいく己を奮起させた。

経験からして、身を守るのがベスト。〈パステル〉を防御に集中させていく。

すると緑色の光が円陣の隅々まで行き渡り、一気に粉砕した。


「ど……どうだ。この俺には効かねえよ」


片膝を衝き、肩で息をしながらも勝ち誇った口調を崩さない。

槞牙は立ち上がり、得意の飛ぶ拳を作り出した。

空に解放させ、大群にしていく。

そこから勢いよく拳を手前に突き出すと、空に留まっていた玉の群れがソラに突撃した。

玉は直進してソラにぶつかり、その後も意志を持つ動きを見せ体当たり。

これにはソラも防御を余儀なくされている。


「行くぜっ!」


槞牙も肉薄し、ソラに連撃を仕掛ける。

左脇腹。鳩尾。右肩。左肘。首筋。鼻柱。顎。

それでもソラは深くダメージを感じていないようだ。渾身の力を込め、腹部に拳を突き刺した。

ソラの身体は吹き飛ばされ、序盤の槞牙と同様、背中から機械に叩き付けられた。衝突すると反動で背中が離れ、そのまま地面に倒れる。


「はあ……、はあ……、やったぜ」


荒い息遣いを全面に出し、勝利を確信する。

だが、次の瞬間――

槞牙は頭上から殺気を感じ天を仰いだ。

そこには拳を振り下ろすソラの姿が。

地面に倒れたソラに目を向ける。偽物のソラは光となって、地面に広がった。

いったい、いつから?

ソラをよく見ると、腹部以外には相当なダメージが色濃く残っている。

おそらく最後の一撃からだ。

そこで槞牙は自分の思考に驚かされた。

なぜ緊急回避が必要な事態で、これ程までに客観しできるのか。

覚えがあった。これは避けられない状況。いや、気付いた早さは、回避を行うのには充分に間に合う。

そう――

槞牙の身体から力が失われ、その場に崩れ落ちた。


「くっ……! 何で動かねえんだ……!」


力が戻らない。まるで自分の身体ではないようだ。

槞牙は覚えていた。正確には身体が覚えていた。

敗北する、合図を。


「降雷烈衝撃っ!(こうらいれっしょうげき)」


ソラは黄色い光の玉となり、槞牙を押し潰す。

異常な圧迫感の直後、焼けるような、痺れるような、体感したことの感覚に襲われる。

もはや悲鳴する上げることも適わない。

圧倒的な痛みを超越した感覚に、意識は闇の彼方に飛ばされた。


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