表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/46

【エピソード4:ある〜ひ♪ くまさんが……・その4】

そんなこんなで一日の終わりを告げる、低音単調な人工鐘がなるわけよ。

たった今、三行で終わらしたが、この間の過程は凄いものがあった。

題名はソラの暴走。

授業中に叫んで遊ぶ。

走り回って、眼鏡、三つ編み、クラス委員長の黄金スキルを身につけた生徒のスカートを捲る。

眠ったと思ったら、瑠凪に抱きつく寝相の悪さを披露。

そして最後に止めに入った俺が、どういう経過か覚えとらんが雫からの制裁。

こりゃー、近いうちに死ぬな。



空がまだまだ青の顔を覗かせる時間帯。

槞牙は疲労も手伝って帰宅していた。今日の出来事を頭で整理して。

良くあるんだよ。あのタイプにはシマシマ派が。むふふふ……。

鬱陶しい蝉地獄な公園を通り抜け、入り組んだコンクリート迷路を歩く。

そんなコンプリート済みの道――要は帰路を終えると見えてくる新居。

雲を突きそうな紺色の体躯。周りは護衛の役割の壁。見事に高級具合の揃ったマンション。

しかし今日は異変が起きていた。

歩行者が出入りする門の傍。見覚えのある顔が。


「やべぇ、あいつマジでストーカーだったのか……」


その人物は虹野ソラ。

胸の前で腕を組み、堂々と犯罪行為を。


「お前なぁ、さすがに他人んちまで付いてくるなよ。これ、犯罪。冗談抜きで」


ソラは黙って槞牙に視線を浴びせた。

近くまで寄ったところで、槞牙は始めて違和感に気付いた。

先程とは違い、表情がどこか大人び、全体的に『キレ』がある感じになっている。服装も気ぐるみから変わっていた。


「先刻ぶり――いえ、『初めまして』にしておくわ。繞崎槞牙」


しかも、まともな人語を使っている。


「なんだ? いきなりイメチェンか? だったらもっと陰のないキャラにしろよ。あ、でも最初のは止せよ」


「ご忠告に感謝するわ。でも少し違う。ボクはさっきのソラではなく、もう一人のソラ」


「……おーい、戻ってこーい!」


揶揄すると、ソラは露骨に不快顔。

槞牙が当然、訝る視線を送り続けると、分かり易く吐息する。


「仕方がないから、手っ取り早い方法でいくわね」


言い終わると、右腕を前に出す。その直後、槞牙の身体に微弱な電流が走った。

「おわっ!?」


思わず仰け反る槞牙。

ソラは最初と同じ表情に戻す。


「〈パステル〉よ。あなた達と同じ能力者ってことね」



場所は変わって槞牙の部屋。

ソラは礼儀正しく正座をして、出されたお茶に舌鼓を――


「あまり美味とは言えないわ」


打ってはいなかった。


「贅沢いうな。お茶があったこと自体が奇跡だからな」


寧ろ何もない。

人間が暮らしていく上で、最低限のものすらない始末だ。もちろん、サランラップで自殺など出来ない。


「何もない部屋ね」


さらりと、きついことを言うソラ。


「バカ言っちゃいけねえよ。あえて物を置かず、この部屋、本来の広さを活かしてるんだよ」


誉めるところがなく、苦心したあげく、何とか良い感想を絞りだしたリポーターのような口調で槞牙。

そこで会話がパタリと止んだ。まるで夕立の後の静けさ。

槞牙はお茶を喉の奥に流し込み、言葉を続けて本題へと切り出した。


「んで、お前は〈ブラックパステル〉って怪しげな集団に付いて、どれほど知ってるんだ?」


ソラは驚駭を隠せずに、表情が飛び出した。


「驚きね……」


「そりゃ、いま顔で聞いたよ」


「…………」


またまた小学生らしからぬ、大人の不快顔(俗に嫌悪)で対応。

しかしそれも瑣言だと感じたのか、気を取り直す。


「誰から聞いたかは知らないけど、〈ブラックパステル〉と云うのは、見た目で決めた名前であって正確な組織名ではないわ。正確には〈プテイレイン〉。ボクが知る限り、二名の幹部と〈スキアー〉で構成されたテロ組織」


「その〈スキアー〉ってのは?」


「〈スキアー〉は〈プテイレイン〉の量産型主力戦闘部隊の名称。実体は〈プテイレイン〉の幹部が作り出した影のようなものよ」


「要は雑魚キャラだな」


久々の〈ブラックパステル〉、もとい〈プテイレイン〉ね話を聞き、槞牙は溜息で心情を吐露した。

何だってそんなバカでかい規模の組織が登場するのか。しかも、まだ完全に把握し切れた訳でもない。

柚菜の話を聞いた限りでは、ただのエセ〈パステル〉使いの、はぐれ集団だとばかり思っていた。やれ、テロ組織だの量産型主力戦闘部隊だの、ファンタジー世界に一直線だ。槞牙は〈パステル〉を使えるからといって、内心は半信半疑だった。そんな幻想物語は夢から少し逸れた、路線の続きのようなものだと。だがそれも、ここまで深いと終点、現実駅。それでも結局、思うことは一つ。

――随分とファンタジーになってきたな。

珍しく真剣な面持ちで思案する槞牙に、お茶を啜って一息入れたソラが追い打ちを掛ける。


「その言葉も今更ね」


「なっ……!? お前、心が読めるのか?」


「ええ。少しなら」


「ファンタジーだ……。刻一刻とファンタジーだ……」


「だから今更ね」


槞牙の顔が、更に重く深みを持たす。真剣を通り越し、畏怖。

原因は簡潔。

槞牙は自分の考えを読まれまいと、見えない敵と奮戦していた。

巨乳テーマパーク、ハーレム、美術館、エトセトラエトセトラ……。

このままで有りとあらえる願望が看破される。

そんな欲望と名の付いた貿易船は、無情にもソラに届いてしまったようだ。

明らかに瞳に冷気が漂い、面差しが失望で色落ちる。


「何を読み取った!? 正直に言ってみろ!」


「おそらく、君の欲望の大半は……」


ソラは伏し目がちで目線を合わそうとしない。

槞牙は何とか誤魔化そうと、話を方向性を変えた。


「それって便利な能力だな。俺だったら有効に活用しちまうよ」


ニヤニヤと笑みを浮かべ、また一つ妄想が他人に知れた。


「そんなに便利な能力じゃないわ。深層心理は無理だし、相手の気が弛んでないと読めないしね」


「……俺ってそんなに弛んでたか?」


「これまで前例のないほどに」


「…………」


「…………」


二人は湯呑みにないお茶の代わりに、沈黙を飲み込んだ。



近頃、巷で話題の移動式販売のソフトクリーム専門店があるらしい。

雫、柚菜、瑠凪、菻音の四名は、下校途中にその店に立ち寄っていた。


「んー! おいしー!」


雫のテンションは、珍しく向上の一途で決まった。

何段も重なった白亜のそれは、濃厚な甘味が秘めた魔法の塔。女性の鋭い味覚を刺激するは、天性の才能。雫は思った。

今度はお兄ちゃんと一緒に食べたいな。でも二人じゃ寂しいから、お爺ちゃんとお婆ちゃんを誘って四人で。きっと楽しくなる。それで仲良くなったら、また四人で暮らして……。

ふとアイスを舐める舌を止める。

どうしてだろ? いつからこうなったのかな?

槞牙と膳邇は憎み合い、膳邇は嫁とは別居状態で事実上の離婚。その嫁――槞牙のお婆さんに充たる人物は、槞牙のことに付いては我関せずな態度。

幼くして両親を亡くした雫にとって、この状況は見るに堪えない。

ねえ、どうして? 誰か答えてよ!

雫は自分の感情を抑え、普通に振る舞った。

代わりにソフトクリームが、白色の涙を地面に垂らした。



雫の隣。

霧島柚菜もまた、ソフトクリームを心から味わっていた。ついつい頬に弛緩剤。実は柚菜は大の甘党。しかし性格が邪魔してか、このような機会に恵まれなかった。

欲していたものを食べる無上の喜ぶ。現在、幸福絶頂だ。

柚菜は思った。

また食べたい。でも一人だと恥ずかしい。そうだ。今度は槞牙を連れていこう。アイスを食べ歩きして、商店街に行って、公園で遊んで、ついでに槞牙の部屋でも見にいくか。

……あれ? アイスが食べたいだけだよな?

ふとアイスを舐める舌を止める。

どうしてだろ? なんで余計なことまでするんだ?

機会に恵まれなかったのは、それだけではない。身近に男友達がいて、毎日を笑って過ごし、学園での生活を楽しむ。

そんなありふれたことを、柚菜は体験したことがなかった。

いつからだろ? 槞牙と出会ってから?

柚菜は込み上げる不思議な感情を抑え、普通に振る舞った。

身を崩し始めたアイスを、舌で舐めて止めた。



その隣。

進藤瑠凪も例外なくソフトクリームを味わっていた。舌が懐かしの感覚に驚く。瑠凪は思った。

本当に久しぶりに食べるわ。パフェならデートの最中に食べたけど、こういう系統は断わってからな。何となく世間体が気になるし。また食べたい。でも一人で居ると、その辺のハゲ親父に絡まれる。付き添いがいないと。

槞牙はパスとして、後は……。

ふとアイスを舐める舌を止める。

なんで、あいつの顔が浮ぶのよ?

頭を過った人物は進藤恵。そう。瑠凪の母親。

初めてだったのだ。恵と顔を合わせるとき以外で、恵のことを考えたのは。

最初は怯えるだけの人形だったが、槞牙の説教後に改変。ポジティブ三昧な性格で、瑠凪は呆れていた。

どうしてよ? どちらにしろ、ウザったいはずなのに……。

感情を抑え、普通に振る舞いながらも自問自答を繰り返す。

アイスが初期の状態から、大きく溶けた体たらくとなっていた。



そのまた隣。

白石菻音はソフトクリームに口を付けてはいなかった。心臓が異常なまでに振動し、手が震える。

菻音は思った。

こうしてお友達と一緒に食べるのは、初めてです。食べようとする瞬間まで気付かなかったけど、初めてです。これが、初めてなんです! ぜひ、また行きたいです。でも、雫さん達はご迷惑なのでは? あっ、それなら槞牙さんが……。

そこで菻音は自分を嗜めた。

道場と漫画。この二つに時間を割いてきた菻音には、友達がいなかった。もともと内気なため、性格が暗いと思われ敬遠されていた。それに拍車を掛けたのが上記の事柄。

明るければ、さして問題はないのだが、暗いとどうしても趣味の印象も悪い。それがコミュニケーション社会の常識だ。

だから槞牙が両方を認め、真の自分を見てくれた時は嬉しかった。しかし依存心は良くない。そういった思考は、視野を狭める。小さな世界の住人だ。

ごめんなさい、槞牙さん。私、頑張ります。この方達なら大丈夫です。だってこんなに良い人たちなんですから……。

決意を新たにするも、感情は抑えて普通に振る舞う。無傷だったアイスの城は、日差しによって崩壊が始まっていた。

四人の想いは初夏の太陽を、いっそう熱くする燃料となる。

そんな兆しを見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ