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【エピソード4:ある〜ひ♪ くまさんが……・その2】

ホームルームが始まり、クラスは異様な雰囲気に包まれていた。


「えー、彼女は学園に入学するにあたって、中等部から高等部への異例の飛び級で、うちのクラスに編入した。名前は――」


担任が黒板に名前を書き、隣にいる生徒の紹介をする。


「――虹野 ソラだ。仲良くしてやってくれ」


普段は明るいクラスの生徒たちも、この転入生には上手い反応ができない。

それもそのはず。

頭部が外れているとはいえ、その生徒――ソラは着ぐるみ姿だ。

ようこそ、我がクラスへ! などと第一声を発する生徒もさすがにいない。

もちろん、槞牙もその中の一人。訝る視線をソラに送る。

飛び級だって? モロに怪し過ぎだろ?

視線を固定したまま、隣の席の柚菜に囁くような音量で声を掛けた。


「なあ、柚菜。あいつから〈パステル〉が視えるか?」


「…………」


「柚菜……?」


返事がない。不思議に思い横を向くと、謎は解けた。堂々と居眠りをこいている。しかも幸せそうな寝顔だ。


「このやろ、気持ち良さそうに寝やがってー」


「んー、むにゃむにゃ、ろーがぁ……」


寝言で自分の名前を呼ばれ、槞牙は不意にドキッとした。猫撫で声なのもプラスしてか、可愛らしい。


(なかなか可愛いとこあるじゃん)


そう思い、頭でも撫でてやろうと手を近付ける。


「この、へんたぁ〜い」


「前思撤回!」


いったいどんな夢を見ているのか。

柚菜の頭を軽く小突いてから、今度は左斜め後ろの瑠凪に目線を送った。


「変態」


「いきなり、それかよ!」


つい大音声になり、全員の矢のような視線の的となってしまった。

焦る槞牙。実はそれよりも前からずっと、反対側に出現したドス黒い気にも辟易している状態だ。

更に最前列の菻音。

逆に心配になるハラハラ顔で見てくる。


「静かにしろよ。ろーがぁ」


担任は相変わらず気の抜けた呼び方をする。

そろそろ名前を与えてやるべきか。


「さて、虹野の席はどこにするかな……」


「せぇーんせ〜、私に良い案がありまーす」


索敵モードになった担任に、副担任の朋香が活気に溢れた声で、芝居をこなす。怜悧な風貌の金髪美女で、服の上からでも強調された魅惑のボディが特徴。

脳細胞が死滅したような口調や言動をする。だが、その実、有能な人材を扱う拳聖澤村流派の最高権力者である婆さんの腹心であり右腕でもある。


「槞牙くんの真後ろの席がいいと思いまーす」


現在の目的は槞牙への嫌がらせ、か?


「止めろって、この巨乳教師!」


「ああ〜ん! セクハラ〜ン!」


「なあ、あんた。いつからそんなキャラになったんだ? 一度だけでいいから、真面目に話し合わないか?」


入念すぎるキャラ作りに畏怖するところまで覚えた槞牙は、本音を吐露する。


「こらっ。槞牙っ! 澤村先生に失礼だろ」


突如、気合いの入った語勢の担任。おそらく朋香の色香にやられたな。


「大体、後ろの席には女子が……って、あれ!?」


忽然と姿を消した女生徒。槞牙が挙動不振なまでに首を素早く振ると、その女生徒を発見。

移った席で自然と歓談。

今更ながら、このクラスの奴らは敵であることを、槞牙は認識した。


「じゃあ、槞牙の後ろの席なぁ?」


担任はそう言ってソラに人語で伝える。


「異議あり!」


「なんだ?」


「緑髪の女の子は危険なんですよ、先生? 語尾が『〜っちゃ』だったり、雷で人間を攻撃したりして」


酷寒な空気が流れる。


「却下」


以前と同じで、もはや当然とまで極まった強烈な却下。

ソラは、どこぞの海鮮物一家の『魚』と『雪』を足した子のような面白い足音がしそうな、小走りで席に向う。


「がおーーー」


席に座ると、また吠えた。隣の瑠凪が、これまた露骨に嫌そうな顔をする。


「てか、お前は人の言葉は理解できるよな?」


槞牙の質問に糸目、紅ほっぺのソラは首を縦に振った。


「よし、それじゃあ……ほら、ぶすっとしてないで何か質問だ。聖戦士」


「あたしに振らないでよ。っていうか、そのあだ名は止めて」


頬杖を衝き、不快そうな表情をしながら、窓側に顔を向ける瑠凪。

体よく逃げた。

もう難渋した槞牙が唸り声を上げていた、その時――ソラの笑顔にほんの少しだけ影が射したかと思われたと同時に口を開いた。


「性戦士?」


「…………。なんかイントネーションなのかよく分からんが、エロいな」


そこで沈黙を保っていた雫の殺人パンチが槞牙に炸裂した。



「イタタ……。もう少し手加減してくれよマイ・シスター」


槞牙は痛む右の頬を擦る。しかし、だんまりモードの雫ちゃんにその頼みは受理されない。

用を足しに行こうと席をたった瞬間、槞牙の両肩に重量が加わった。

ソラが勝手に搭乗してきたのだ。


「またかよ……。お前は俺に恨みでもあるのか?」


『またか』というのも当然。なんせ、休み時間の度にこうされるからだ。

ソラは満面の笑顔で前方を指差した。前進しろと言いたいらしい。

実は喧嘩に負けた所為で手下扱いされているのでは?


「懐かれたんじゃない?」


ソラの指差した先。

腕を組んで机に腰掛けていた瑠凪が、さも楽しそうに言った。超、笑顔。


「煩いぞ。この推定バストC!」


もはや返し言葉にならず、まんまセクハラ。


「ふっ、甘いわね」


せせら笑いで返す瑠凪。


「なぬっ!? じゃあなんだ? 正確な数値まで言って――」


調子に乗り出していたが、隣の刺すような視線を受け、即座に中断した。

魔界のギガンティス、シズク様に見られている。ギガンティスって何かって? 俺も知らん。


「――正確な数値って何だか限りがいいものが多くて好きだなぁ。あはははは……」


苦しい修正をしてから雫を一瞥する。

雫は膨れっ面で外方を向いた。なんとも、お兄ちゃんッコに育って、まあ。

普段と同じような昼休みの序章が終幕しそうになった、その直後。

槞牙からは、瑠凪の背後に迫っている菻音の姿が見えた。

山積みのノートを抱え、ふらふらと覚束ない足取りで。そして、やはり転けた。転んだ菻音は瑠凪の背中に体当たりする形となり、瑠凪は前方――槞牙たちの方向に突き飛ばされた。

槞牙の視点が天井へと傾き、肩の重量が消える。

倒れると同時に、『柔らかいもの』が咄嗟に構えた両手に。

むにゅ!

触り心地が抜群の物体のお陰で、背中の痛みが吹っ飛んだ。

あえて表現するなら、手に収まったものは極めて神々しくも、えげつない程に理性を溶かそうとする凶器とも感じ取れる。

そんな原稿用紙が何枚あっても言い表せない感想を胸中で述べるよりも早く、指が動いた。

だが、夢見心地な感覚はすぐに引き離された。

瑠凪の唐紅までに染め上がった顔が反対に向く。


「なな、何すんのよ!」


「ひぇーっ! ごめんなさい ごめんなさい、ごめんなさい……」


地面に尻餅を衝いた状態で、両手を合わせ、泣いて謝る菻音。


「……ま、まあ怪我がなくて良かったじゃん」


フォローを入れる槞牙。

いかん。顔の弛みが戻らない。


「あんたもドサクサに紛れて、揉むんじゃないわよ! 言っとくけど、あたしは……その――」


そこで一度、躊躇し、もごもごと口内で転がした後、


「――た、高いのよっ!」


叫んでから、それを捨て台詞とするようにして立ち上がり、駆け足で教室を飛び出した。


「あっ」


菻音はノートを散乱させたまま、瑠凪の後を追い掛けていった。

騒動が終わり、残された槞牙も身を起こす。


「お兄ちゃん……。早く行かなくていいの?」


「いや俺は今回、柔らかな胸とローアングルのバリューセットで得しただけだしな」


雫の憂慮を余所に、どことなく満ち足りた笑みの槞牙。

雫は『もう……』と呟いたきり、何も言わない。


「心配すんな。瑠凪はすぐ立ち直るだろうし、菻音も上手くやるよ。どちらも雫が思ってるようなタマじゃねえって」


落ち着き払った口調。

半ば、投げ遣りも聞こえるが。


「それよりも……」


槞牙はいきなり全速力で教室の出口に向かい、廊下に飛び出した。


「ぬおおおおおおっ!」


突然の兄の行動に、雫は目を丸くする。

そんな雫と、至福に夢の中の住人になっている柚菜だけが、取り残された。

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