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【エピソード4:ある〜ひ♪ くまさんが……】

「あー、やっぱり萌え〜」


「離れろよ。暑苦しい」


瞳にハートを張りつけた舞が、柚菜に抱きついている。

柚菜は迷惑そうに顔をしかめ、溜息を吐いた。

つい最近までは必然的に逃亡する柚菜であったが、今ではそれも億劫と覚え止めている。

舞のしつこさは並大抵でないと察したからである。

上條舞は気の強そうな少し吊り上がった目に、左右に大きく広がった銀色のショートヘアーが特徴だ。

一方の霧島柚菜はというと。

絢爛なライトブルーの髪。切れの長い目の中に保管された、ダークブルーの瞳。他のパーツも整った、美少女である。

体格は至って小柄。色々と発展途上。


「今度、お弁当を作ってきてあげるね」


舞は上機嫌で言うと、すべすべほっぺにスリスリスリ。頬摺りを始める。


「やめろよ〜。なぁ〜、もう飽きただろ?」


気の抜けた声の柚菜。

怒気を含んだ口調だと『怒ってもプリチー』などとホザいて止めないのも、これまた柚菜には分かっていた。

呪縛から逃れるには、彼女の『萌えラブ度』の低下を待つしかないのだ。

しかし今日はいつにも増して、しつこい。

閉口した柚菜は、繞崎槞牙の妹――繞崎雫に助けを求めた。

腰まで届くロングの黒髪。優しい目付きに、黒い瞳。全体としては、槞牙と正反対に引き締まって見える。その雫は、柚菜の様子にすでに苦笑い。


「助けてくれぇ」


「ごめん。私にはちょっと無理かな」


こんなとき槞牙なら舞を止められるのだが、その槞牙が帰ってこない。

まさかゴミ捨てのついでにナンパしてるんじゃ。

この時なぜか雫には、女生徒に声を掛けている兄の姿が想像できた。

槞牙、危うし。


「どうしたんですか?」


ぷるぷると身体を震わす雫に、隣にいた白石菻音が借問した。

肩口を越える程度の黒髪に、白いリボン。多少あどけなさが残るが、楚々とした可憐な顔立ちだ。

雫は咄嗟に作り笑いで、


「ううん。何でもない。少し考え事してただけ」


「そうですか」


菻音もそれに合わせて微笑する。

菻音はとても良い子だ。

最初は内気な性格からか、話には入らず槞牙の横で笑っているだけだった。

だけど、それも次第に解消され、今では雫にとって最良とまで言える話相手になっていた。

波長というのか。とにかく、話していると安らぐ。

雫から見て、菻音はそういう娘だ。

実は客観的な意見を出すと理由は自ずと判明するが、それは置いとく。


「槞牙さんはどこへ行かれたんですか?」


「えーと、ちょっとその辺かな?」


雫が槞牙と一緒に登校してきた時には菻音はいなかったので、彼女は理由を知らない。

かといって、雫は菻音にそれを教える気はなかった。槞牙からも口止めされてるし、菻音に教えれば責任を感じて陰鬱となってしまう。それがどんなに些細なことでも。

ドジなのは確かだが、責任感は人一倍あるのだ。


「……そうですか」


菻音は少し不安そうな面持ちで、辺りを見回す。

その様子を観察していた雫は、そわそわ菻音に借問を返す。


「白石さんってお兄ちゃんのこと、どう思ってるの?」


「え? 槞牙さんのことですか? えーと……えぇーっ!?」


一度は冷静に考えた菻音だったが、ワンテンポ遅れて爆発。


「ななななな……! わわわ私はただの『専属モデル』でして、雫さんが思っているような関係では今のところ方位磁石の矢印が逆向きではないです!」


デフォルメガールで大・大・大恐慌。


「白石さん、落ち着いて! 言ってることがお兄ちゃんみたいになってるよ」


華麗――ではないが、左右にドタバタとフットワークする菻音を止めながら言った。


「本当ですー! 決して『いかがわしいタイトルのビデオの登場人物』のような関係ではありません! 信じてください!」


「し、白石さん! 正気に戻って!」


もはや雫では禦せぬ領域の民になった菻音。

兄は不在。柚菜は今だに束縛中。その他の生徒には無理。


(早く戻ってきて、お兄ちゃん!)


祈るように目を堅く閉じる。すると教室のドアが開いた。

雫は一気に視線を向ける。だが、そこにいたの一人の少女だった。

赤い髪と瞳。ショートで内巻き気味の髪からは、陰気だが端麗な顔を覗かせる。また体形もバランスよく整っており、魅力に溢れている。

入って来たのは進藤瑠凪だ。


「ひぃ!」


そこで突然、菻音が小さく悲鳴を上げると、一瞬の内に机の下に避難してしまった。


「ど、どうしたの?」


「わ、私がここにいることは、どうかご内密に……」


ただ怯える菻音。その怯えようは半端ではない。

瑠凪は自分の席に鞄を置くと、雫の机の下にいる物体に近付き、足で突いた。


「別にとって食おうって訳じゃないんだし、そのビビり方は止めてよね」


もろバレの菻音は震えながら、


「まだ気付かれてない。まだ気付かれてない」


「思いっきり、気付かれてるよ……」


雫はこめかみ付近にでっかい水滴マークを垂らしてツッコム。

観念したのか、菻音は机から這い出る。嗚咽を漏らしながら。

瑠凪は立ち上がった菻音の耳元で、何かを囁く。

直後に菻音は顔を真っ赤にして耳を塞ぎ、そんな単語しりません、と首を横に振った。


「ふーん、知ってるの? 意外ね」


今世紀最強の魔女と自負しそうな笑みを見せる瑠凪。いったい、どんな単語が。残念ながら見えない壁に阻まれ、聞き取り不可能。

これが掲載ラインの、壁っ!!

妙に気合いの入ったエクスクラメーション・マークはさておき。


「そんじゃ、あたしは自分のクラスに帰るね。またね〜、ゆずちゃん」


舞が特上の笑顔で退出した。

柚菜は机に突っ伏し、ぐったりとしている。

萌え少女ハンター舞、おそるべし。

席に戻った瑠凪は鞄から雑誌を取出し、置物化した柚菜の隣の席に座った。

その席は槞牙の席だ。

雑誌を机上に滑らし、


「ほら柚菜。この雑誌、見たいって言ってたでしょ?」


柚菜は顔を浮上させ、目に生気を戻した。


「サンキュー、瑠凪」


柚菜と瑠凪が歓談する姿を見て、雫は笑みを浮かべた。

それはこの前までの苦悩を思い出しての、安堵からくる笑み。

以前、二人への配慮には、かなり気を遣っていた。

どちらかを優遇すれば争いが起こり、周りに被害が出る。そんな緊張感の中での統率は並の神経では勤まらない。

なんせ槞牙にさえ手に負えないほどの仲の悪さだ。兄とセットで覚えられてそうな自分には荷が重すぎた。だが、それがある日を境に無くなった為、今では安心していられる。

雫は誰よりも周りのことを思慮しているのだ。


「ふぅー、良かったですー」


菻音は戦場で敵兵団をやり過ごした兵士のような面持ちで言った。


「それで、どう思う? それと別に深い意味じゃないから慌てないで」


雫は逸れてしまった話の軌道を修正した。

冷静になった菻音は顎に手をやり考える仕草をした後、答えを切り出した。


「そうですね……。ちょっとエッチですけど、根はいい人です」


「あはは……、ごめんね。可愛い子だと見境のない兄だから……」


「いえ、いいんです。もう終わったことですから」


それ以上、何をされたかは追求しなかったが、雫は胸間で仮想の兄に詰問と暴行を繰り返した。

またもや槞牙、あやうし。そんな折、やっと槞牙が帰ってきた。しかし、いつもと違い、その顔は陰鬱だった。


「どうしたの? お兄ちゃん」


ただならぬ事態に心配になる雫。

槞牙は帰り支度をしながら、覇気のない口調で言葉を返した。


「今日は早退すんわ」


「どうしたの急に?」


問い掛けると、槞牙は拳を作り辛そうな声を出す。


「あいつが俺を打ったんだ。親父にも……おっと、ベタすぎか」


「意味が分かんないよ」


「とりあえず、先生には帰ったってことで、よろしく頼む」


本当に早退する気だ。


「サボりか、槞牙? いけないんだぞ。セクハラの次はサボり魔神だぁ」


柚菜は席を立った槞牙に、罵声にもならない言葉を浴びせる。


「拾い食いでもしたんじゃないの?」


続けて瑠凪。

心配する素振りなど、微塵もない。


「ああ……。悪いが今日は構ってられん。じゃあな」


それでも低いテンションの槞牙。普段なら速攻で言い返すはずなのだが。

雫は兄の珍事を前にして黙り込む。

ドアに向う槞牙に菻音が後ろから声を掛けた。こちらは心配そうだ。


「あの……、お体の具合でも悪いんですか?」


「そうじゃない。あまり気にするな」


その背中には、哀感さえ窺える。菻音の表情も少し沈んだ。

槞牙が教室のドアに手を伸ばした直後、誰かが反対側から勢いよくドアを開いた。

全員が一斉に、そちらに注目する。

立っているのは小学生くらいの女の子。ただ、気ぐるみのような格好をしていた。

勿論、誰も知らない。

いや、槞牙以外は誰も知らない。

槞牙は女の子を指差して叫んだ。


「ああーーーっ! お前はっ!」


女の子は両手を掲げ、指差す槞牙に向かって声を上げた。


「がおーーーー☆」

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