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【エピソード3:副業は正義の味方!?・その5】

「ぶぇーっくしょん!」


逃走中の槞牙は大きなクシャミをし鼻を啜る。

現在、学園から一キロメートルくらい離れた川原まで来ていた。

芝生の斜面を降りると見えてくる、程よく都会に毒された川。その川を跨ぐようにして鉄橋が建っている。アニメ界の決闘などでよく使われる風景である。


「こりゃ美少女が俺様の噂をしているに違いない。いやー、人気者は辛いねー」


妙な確信で盛り上がる槞牙。たかだかクシャミひとつでおめでたい男だ。


「待ちなさい! どこまで逃げる気ですか!?」


「おっと、いけね。もう充分か……」


槞牙は鉄橋の影と重なる位置で立ち止まると、振り向いて拳を構えた。


「さてと……。さっさと自称正義の味方でも倒して、俺様の新居を背景にサービスショット全開だぜ!」


よからぬ空気を察知したのか、少女は少したじろぎながら言った。


「何故だか分かりませんけど、あなたは醜悪な気で満ちています。ですから、ここで滅ぼします」


「おいおい。ヒーロー様が人殺しをしてもいいのか?」


「私は人は殺しません! 邪悪な意思を殺します!」


ヒーロー専用の筆記テストでの模範解答のようなことを述べると、少女は炎を撃ち放った。それは学園内で使った技とは違い、小型の火の塊が一直線に向ってくるものだった。

槞牙は軽やかに躱し、緑色の光を纏った拳を空に突いた。ご存じ、飛ぶ拳。

相変わらずの光速飛翔で少女の身体に体当たりを謀る。


「ボムプルーフ・パレー!」


だが到達の間際に、赤い光がそれを遮った。

緑の光が激突した場所が他所よりも色濃い光を放つ。


「拡散! バーニングアクスっ!」


壁は見る見る内に六つの槍の形状をした物体に変わり槞牙に襲い掛かる。

地面を蹴って飛び回りながら、追跡してくる槍を拳の先で弾き落とす槞牙。

一段と高く跳び、余裕の笑みを浮かべる。


「拳凰繞崎流、記念すべき最初の技だ。いくぜ!」


両手を天に掲げ、大きな赤い球体を作り出す。それを下方に放つと、球体は破裂し無数の赤い玉となって少女の周りを囲んだ。

槞牙は球体の一つに足を着け、思い切り蹴って勢いよく少女に接近する。右足で脇腹を突くと、すぐさまその場を跳んで離れ、球体に着地した。


「奥義っ! 広陣連翔撃っ!(こうじんれんしょうげき)」


正面、背後、左右。肘打ち、飛び蹴り、正拳。

球体の反動を利用しての高速コンボ。少女は忽ち片膝を着いた。

攻撃を終えた槞牙は、少女の正面に立った。


「どうした? もう終わりか?」


「…………」


ダメージの所為か、少女は沈黙している。


「まさか気絶しちまったのか?」


槞牙も地面に片膝を着き、少女の肩に手を置いた。

まさにそのとき。

少女は顔を上げ、ヘルメットの硝子で隠された双眼をぎらりと光らせた。


「ボムプルーフ・パレー!」


足元から赤い光が現れ、槞牙の身体は宙に飛ばされた。


「ぐわぁっ!」


痛覚が敏感に身体の危険を訴える。

空中で光の槍を受けた槞牙は落下を始めた。それと同時に少女は槞牙の首を掴み、地面に向って投げ付ける。

墜落した槞牙は地面を抉り、やがて川にまで突っ込んだ。水柱が吹き上げ、水滴が水面を叩いて遊ぶ。


「ふっふっ、ふっ……。せ、正義は必ず……、か、勝つのです」


少女は息を荒げて不意打ちを正義とする。

浅瀬に身体を埋めいていた槞牙の指が僅かに動く。

背中で水を押し上げると、離れた水が左右に分かれ降り注ぎ、再び水流を乱した。


「やるじゃねえか……」


槞牙の不適な笑みが崩れないのを確認すると、少女は驚きを隠せずにたじろいだ。


「いつも相手にしてきた敵とは一味違いますね。なら私も本気でいきます」


「へっ……! 本気だったくせしてよく言うぜ。それに、悪いけどお前はそんな強かねえよ」


槞牙の台詞に少女のオーラが鋭くなった。


「負け惜しみを! あなたなど、次の一撃で仕留めます!」


足で水を揺るがし、槞牙は拳から赤と青の二色の光を出し構える。


「奇遇だな。俺も次の一回分の攻撃で決めるつもりだ。……そんじゃ、いくぜっ!」


右手の青い拳を突き出すと、青い光が拳から離れ飛翔する。


「私には利きません」


少女が一瞬にして赤い壁を出現させる。

しかし槞牙はこの動きなどは読み切っていた。

青い光は手前で急降下し、地面に突撃すると煙を巻き起こした。

同時に槞牙が敵に肉薄する。飛び上がり、全身で煙を切って突き進む。


「バーニングアクスっ!」


煙を突き刺し現れた赤い槍。

槞牙は気を集中させ左拳を前に出して叫んだ。


「ボムプルーフ・パレー!」


赤い光は手元で広がって壁となり、槞牙の身体を隠す。

槍と壁の衝突により、激しい光の爆発が発生し、両者の視界を更に奪う。


「なっ……! あれは私の……」


一驚する少女に向って、槞牙が大声を張り上げる。


「まだ終わってねえぜ! こいつを食らいなっ!」


槞牙の声に反応したように、地面に埋まっていた青い光が球体となって飛び出し、少女の腹部を殴り付けた。


「くっ……。ぼ、ボムプルーフ・パレー!」


衝撃は相当なものだったはずだが、それでも身を守ることを考え行動に移す。

槞牙は壁を境にして少女の目の前に着地すると、拳を振り上げた。


「自分でヒーローを名乗るだけはあるな。だが、俺の勝ちだ!」


全力で壁に拳を打ち付ける。

そして腹部を突いていた青い玉が拳に引き付けられるように壁を挟み込んだ。


「うおおおおおおっ!」


真っすぐ目標を睨み付け雄叫を上げる。

その内、壁に罅が入り、真っ二つに分断した。赤い光は空に消える。

青い光と合体した槞牙の拳は、少女のヘルメットに直撃。少女の身体は吹き飛ばされ、背後の斜面に叩きつけられた。

ヘルメットが宙を舞い、地面を三回はバウンドしてから停止した。


「やったぜ。……うぐあっ!」


槞牙は右腕を押さえ呻吟する。少頃してから痛みが引き、歪んでいた表情を戻す。

それから下劣な悪役風の笑みで少女に近づく。


「ヒーロー様の顔を拝ませてもらいますか。そんでもって脅しネタにして……。ぐふふふふ、これは堪らなんなー!」


体験が間近な妄想を全開に、少女の顔を覗き込む。

槞牙の顔が一気に晴れのち曇り。


「…………。マジかよ、こりゃ……」


少女は紛うことなき美人だった。

綺麗に肩まで流れるセミロングの黒髪。楚々とした細面だが、若干の幼顔。

どう見ても槞牙には覚えのある顔。

なんと仮面女の正体は、白石菻音だったのだ。

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