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【エピソード3:副業は正義の味方!?・その4】

見上げた先――離れ校舎の屋上。そこに一人の少女が立っていた。

赤いヘルメットを被っており、後ろからセミロングの黒髪が出ている。

コスチュームであろうセーラー服は、胸元が開き、華奢な身体にしては大きい胸の上部が露出している。

スカートも柚菜並みの短さで、細くて美しい色白な足を大サービス中だ。(槞牙の位置関係からなら、スカートの中も見えているのだが、都合により描写はカット)


「学園の治安と道徳が乱れる時、学生たちは道を踏み誤ってしまう……。ならば道を正して見せよう! 我が誠実な心でっ! ……とおっ!」


少女は建物の屋上から無計画に飛び降りた。


ベチョ!


『うにゃー』と叫んで頭から地面に落下した。

それから驚異的な回復力で立ち上がり、


「ひ、人呼んで、皆の街の道徳書っ! ……ぐすっ。甘藷仮面、見参っ! ……ひっく」


嗚咽を零しながら台詞を決める。違う意味でインパクトがある。

爛発した少女はヘルメットに指を入れ涙を拭う動作をした後、槞牙を指差し高らかな声で叫んだ。


「繞崎槞牙! 早朝の猥褻セクハラ行為及び、掃除のサボり、そして未成年への強引なナンパ行為の現行犯。これ即ち、超・悪っ! わたしが成敗しますっ!」


完全に置いてけぼりを喰った槞牙は、一度だけ開けっぱな口を塞じ、また開く。


「……で、なに仮面だって?」


「悪党に名乗る名はありません」


やはり二回目は名乗らないらしい。


「ま、いいか。んで今は忙しいからまた今度にしてくれ、な? ……うおっ!」


完璧にナメ切った返事をする槞牙の間合いに飛び込んだ少女が回し蹴りを放った。

槞牙は地面に手を着き跼し、第二波の蹴りも左手で捌くと後ろに跳んで距離を取る。


「仮面女。この拳凰繞崎流派の繞崎槞牙様に喧嘩を売るとはいい度胸だ! その仮面を剥がし正体を晒して写真に収めてやるからな! 覚悟しろっ!」


槞牙が戦闘モードに入る。少女は口を半開きにし驚いている様子だ。数瞬してから我に返り、


「正義の味方の正体を明かそうと目論むとは不届き千万! その性根を叩き直して差し上げます!」


両の拳を構える。

二人の間に戦いへの熾烈な空気が飛び散る。

その折、ある少女の言葉で槞牙サイドは愁傷に変わる。誰あろう、真由である。


「喧嘩するなら帰りますねー? また今度、誘ってください」


槞牙の反応を待たずして、そそくさと立ち去った。


「え? ちょ、ちょっと!? マジかよ! 折角のチャンスだったのに……」


うなだれる槞牙に向って少女が追い打ちの声を掛ける。


「貴方には女性に現つを抜かしてる暇はないはずです。今は自分を保身することを考えてはどうですか?」


槞牙が『右腕』に力を入れる。


「俺はな……。自分の楽しみを邪魔されるのが……」


正面を睨み付け、地面を跳ねた。


「繞崎膳邇の次に嫌いなんだよぉーーーっ!」


右拳を振り下ろした。

少女は何とか反応し、身体を後ろに逸らす。

勢い余った拳は、そのまま地面へ。轟音と同時に地割れが生じ、地面を揺るがす。

――てめえの行いを絶対に後悔させてやる。



「なっ……!?」


少女は思わぬ事態に喫驚する。しかしそれすらも僅かな間しかできない。

続けて槞牙の飛び蹴りが迫る。

少女は両の腕で防いだが、激しい衝撃で腕が痺れる。足も後方に引き摺られ、靴底から煙が上がった。


「……正義は勝ちます! 必ずっ!」


少女は、正面から俊敏に迫る槞牙の顔面を狙い拳を突き出す。しかし拳は空を泳ぐだけ。

怯まず反撃。左正拳。右足中段。左上段回り蹴り。

だが悉く躱され、カウンターの拳を食らった。

直撃の寸前で受けた右手が麻痺する感覚を覚える。

――素早く正確で重たい。こんな凄い人間が近くにいたなんて。

少女の方寸は、そんな事で満杯まで埋まっていた。

このままでは不利。奥の手を使うしかない。



完全に逆上した槞牙は、頭に迫った蹴りを腕で跳ね返し、斜め前方――相手の九時方向に出ると、右足で腹部を蹴り飛ばす。

少女の腕の構えが、自然と下がる。

槞牙はその一瞬を見逃さなかった。接近し腕を振りかぶる。

――こいつで終わりだ。

戦闘経験だけは豊富な槞牙には、この一撃を相手が躱す術はないと確信した。

躱すのは無理でも、攻撃を加えて止めることは可能だが、この少女に今の自分を押える腕力はないことも計算付く。

しかし、彼女には『力』があったのだ。

腕が顔面に届く瞬間、少女の掌から赤い閃光が現れた。

閃光は細かい針となって拡散しながら、槞牙の胸元に。咄嗟に両手でガードしたが、槞牙は吹き飛ばされ地面に倒れた。


「ぐあっ! くっ……。お前パステル使いだったのか」


立ち上がった槞牙の頭は、今の一撃で冷えきった。


「パステル? ふっ……、これは私の熱き血が生み出した正義の剣です」


どうやら彼女は槞牙よりもパステルについての知識が無いらしい。

少女は左手の上に光を浮かせ、槞牙を右手で指差して言った。


「悪よ! 滅びなさい! バーニングアクスっ!」


光は拡散し、さっきの赤い針が同じ軌道で槞牙に接近。

槞牙は右に飛んで避けると、そのまま校門の上に立った。


「露出仮面! 付いてきやがれっ!」


足にパステルを収束させ、空高く舞い上がる。


「逃げるとは卑怯な! 待ちなさい!」


少女は低いジャンプで素早く障害物を越え、槞牙を追い掛ける。



二人が過ぎ去った直後、柚菜と瑠凪が外に飛び出した。

辺りを見回し、


「気のせい?」

と瑠凪。



「いや、確かにパステルを感じた。今も少し残ってる」


そう言って、柚菜は校門付近まで移動し校舎側を見た。

校舎の壁には何か鋭利なものに突かれたような跡がくっきりと残されていた。


「槞牙……」


校門の外を眺め、静かに呟き、伏し目がちに憂色を浮かべる。


「まさかお前がやったのか! 進藤瑠凪!」


誰かの怒鳴り声に、柚菜はハッとした。

下駄箱の入り口に目をやると、一人の教師が瑠凪を睨んでいた。

瑠凪は表情を歪ませ、今にも噴き出しそうな怒りを抑えている。


「なんだ、その目は? たまに登校すれば問題を起こす。いったい何が楽しいんだ?」


あからさまに軽蔑の眼差し。

瑠凪は自然と作った拳を小刻みに震わせる。


「いいか? お前みたいな素行の悪い生徒がな、この学園に通えること自体がおかしいんだ!」


証拠もないのに犯人扱いの末、面罵――


「久々に登校して満足しただろ? 明日から元の生活に戻ってくれないか? 頼むから」


言葉の一つ一つが、とても酷薄で――


「この際だからはっきり言ってやるよ。お前が来ると迷惑――」


「もう止めろっ!」


柚菜は自分の意思とは関係なく、気付いた時には叫んでいた。下駄箱前に移動しながら。

驚く教師。もっと驚いたのは瑠凪のようで、惚けた表情をしている。

瑠凪と教師の間に割って入った柚菜は言葉を繋いだ。


「まるっきり犯人扱いじゃないかよ! 瑠凪はさっきまでオレと一緒に掃除してたんだ! 酷いことばっか言ってさ……。謝れよっ!」


激越な口調をぶつけられた教師は、舌打ちをしてから口を開いた。


「お前は霧島だな? ……そうか、分かったぞ。この学園創設以来、最低最悪の生徒、繞崎槞牙の責任か。あの下品で粗悪な男が、お前らのような不良の居場所を作るんだ」


ここで突然の沈黙。

槞牙への罵詈雑言の辺りから、柚菜は思考が働かなくなっていた。

体中を駆け巡った瞬間的な怒りに、すでに正気を失いかけ、殺気を漂わす。

尋常ではない空気を感じ取った教師は、一歩あと退さる。

関節に狙いを定めた柚菜が飛び掛かろうとした、その時――

瑠凪の手が、後ろから柚菜の肩に優しく掴んだ。

何事も無かった表情で、


「早く掃除を終わらせに行くわよ」


そう言って柚菜を強引にその場から離れさせる。


「お、おい! 話はまだ――」


「あんた……。これ以上、この子を怒らせない方が身のためよ」


教師の声を切り捨てた瞬間の瑠凪の瞳は、言い表わせぬほど不気味な自信に溢れていた。

柚菜は清涼さを含んだ瑠凪の顔を見てから黙考し、階段を上る途中に言った。


「出しゃばったかな?」


「マジギレ寸前だったから、助かったわ」


返ってきた返事に、なぜか柚菜は含羞する。


「……その、槞牙だったらそう言うだろうって思ったんだ」


瑠凪は微笑し、


「なあに? あんた――柚菜はあの男にホレてんの?」


「ばっ、バカ! だ、誰があんなバカでスケベでお調し者で……、えーとそれから……。とにかく、そんなことは絶対ない! 断じてない!」


「へー、そう」


流した瑠凪は後から『分かりやす』と呟いた。

二人の談笑は、教室に帰ってからも暫くは続いた。

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