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【エピソード3:副業は正義の味方!?・その3】

槞牙は何とか暴徒と化す寸前の生徒たちを収めた。

これで槞牙の悪い噂が流布すれば、扇動者の真一のせいでもある。

その真一はというと、平穏を取り戻した頃には忽然と姿を消していた。いったい何がしたかったのか。

槞牙が教室の右端に目をやると、瑠凪と男子生徒が話をしているのが見えた。

いや、脅しているように見える。


「……それで誰が『悪女系』なのかしら?」

と瑠凪。


「ご、ごめんなさい。調子に乗り過ぎました」

と男子生徒。

聞き流してないのが、さすがだ。悪そぉーーな笑みを浮かべて何かを要求する瑠凪。

その様子を槞牙は軽く看過した。さっきは嫌なことも言われたことだし。


「んで、朋香さんはいったい何の用?」


ここで本題に戻る。


「もー、また素っ気ない。二人の時は呼び捨てにしてって言ってるのにぃ〜」


「教室っ! ここ教室! そして作り話は止めい!」


本当は嫌がらせをする為に来たのではないかと思い始めた槞牙を尻目に、朋香はやっと本題に入った。


「まぁ、いいわ。用件はというと〜、窓際一番前の席の女の子のことで、ちょっと……」


朋香が指差した先には、喧噪が冷めやらぬ時間帯の中でも、周りが静閑としている場所。そこに、ぽつーんと一人きりでいる少女だった。


「あの娘……、クラスに馴染めてないみたいなのよぉ〜。だから分かるでしょ? ねぇ、おねが〜い☆」


「正直に言うけど、そのキャラうざいって。大体、そんなのは女子に頼むもんだろ?」


「ああいうタイプの娘は槞牙くんみたいな『エッチだけど頼りになそうな男の子』に気を許すと相場は決まってるのよねぇ〜! それにぃ、実績もあるし」


そう言って柚菜と瑠凪に意味深な目線を送った。


「心配なのよ。副担任として」


「なんといっても人気ナンバーワンの教師様ですからね。細部にまで気を配られて偉いこと、偉いこと」


朋香が教育実習生として学園生活に紛れ込んで早五日。その抜群のスタイルと入念なキャラ作りを武器に瞬く間に生徒からの人気を得たのだ。

女子からは嫌わそうな役だが、そこは彼女の生まれ以ての才能でカバーしたのだろう。

嫌味を受け流しつつ、両の掌を合わせて懇願する朋香に、槞牙はついに折れた。


「分かったよ。それであの娘の名前は?」


朋香はパッと明るくした表情を一瞬で思案顔に変える。


「えーと、確か……」


『確か』も何も、絶対に覚えていないのが一目で分かる。

槞牙が、さすが人気ナンバーワンの教師だ、と言ったところで意外な人物が控えめに言葉を漏らした。


白石シライシ 菻音リンネちゃんっていうんだよ」


「おおっ! さすがは俺の妹だ。……ってか、そんな名前の娘いたのか? どんなやつだ?」


「お兄ちゃん、それ酷過ぎ……。私も少し話をしたくらいだけど、内気な性格の娘かな」


横で目線の間から火花を散らす柚菜と瑠凪は置いとき、菻音を見る。

綺麗に流れる黒髪。頭の頂には白い蝶結びのリボンが着いている。華奢な体付きだが、その体型ならではといった可愛らしいさが漂う。

後ろ姿が確認できたと同時に、彼女の机から都合よく消しゴムが落下した。


「おっ。都合は良過ぎるが横顔も確認できるぞ」


「何の都合なの?」


「話の制作上ってやつだ」


雫は槞牙の発言に意味不明の念を積もらす。

そして消しゴムを拾う菻音の横顔が公開された。

多少、幼さが残る顔付きであるが細面で楚々としている。レベルの高いこの学園の中でも、美人の部類に入るだろう。


「先生! 僕にお任せください。必ずや菻音さんに有意義な学園生活を提供して見せます」


態度、一変。これほど分かりやすい反応は他にない。オマケに演技まで入っている。


「さすがは槞牙くん。先生は信じているわ」


二番目の大根役者が喋り終えると、新人にはやたらと厳しい監督のような目付きで雫が続く。


「先に注意しておくけど、くれぐれも不謹慎な発言は禁止だからね」


「うっ! なぜわかっ――じゃなくて……。当たり前だろ、雫。兄を信用しろ」


危惧する部分が払拭できない雫の監視の眼が光る。

槞牙はプレッシャーを背中に受けながら、急いで菻音の席に向って歩きだした。


「大丈夫かな……」


雫の心配は広がる。

朋香はそんな雫の肩に優しく触れ、


「残念だけど、もう手遅れかも……」


なぜか哀愁を帯びた口調。


「お兄ちゃんに頼んだのって、……先生だよね?」



後ろ頭が近くなってきた位置に来ると、菻音が何やら忙しなく鉛筆を動かしていた。

その鉛筆捌きを目撃した槞牙。声を掛けるタイミングに困ったが、やがて意を決した。


「やあ、おはよう! 白石菻音さん!」


槞牙は自分でも不自然な第一声だと感じた。

その砌――


「きゃあっ!」


「うおっ!」


彼女の反応はもっと不自然で、叫んだ拍子に鉛筆を放り投げ、次には机を片付け始めた。

鉛筆を避けた槞牙は、後ろの監視要員たちに視線を向けた。おそらく指示を仰ぎたいのだ。

しかし返ってきたのは殺気のみ。

槞牙は普通に声を掛けただけなのに、命の危険を感じた。


「はははは、はいっ! 何かご用ですか?」


机に物が無くしてから、菻音の裏返った声で言った。何をそんなに慌てているのか。

頬の辺りが微妙に朱で、目は雷マークのようにくるくる回っている。口元など『はわわ〜』で、指のない三角形の腕を上下に振っている。

漫画家がどーでもいいヒトコマで簡潔にデフォルメした人間風になっていた。


「落ち着けって」


槞牙が菻音の右肩を掴む。

「ひゃあっ!」


奇声を受け、思わず手を離した。

女生徒からの視線が痛い。雫からの視線が恐い。


「とにかく暇なら俺たちと雑談でもどうだ? ……ってことで!」


強引に用件だけを告げて退散。槞牙は安請け合いしたことを後悔した。



「槞牙くんって案外役に立たないわねぇ」


「役に立ちようがないだろ!?」


「結局セクハラしに行っただけじゃない」


朋香に対して当然の反論の後、雫の不機嫌そうな声。槞牙の奮闘が報われない。


「雫……。お兄ちゃんは頑張った。死力尽くした兄を労る気持ちはないのか?」


それは大袈裟だ。


「やーい、セクハラ魔神、槞牙ぁ」


「柚菜ちゃんは少し黙ってようね?」


槞牙は椅子に深く腰掛け溜息を吐いた。それから、落胆の色を表す朋香に言った。


「俺は降りる」


朋香も溜息混じりに、


「そうね〜。やっぱり槞牙くんみたいなタイプに、あの娘は無理だわぁ」


「あ、あのな……」


やはり嫌がらせに来たのだと、槞牙は確信した。



早くも放課後。槞牙は軽快な足取りで正門に向っていた。


「こんな暑い日に掃除なんてだりぃーって……」


そう。サボりやがったのだ。

――五分前。どういった班分けかは定かではないが、槞牙、雫、柚菜、瑠凪、菻音の五人で掃除をしていた。だが実質、教室を綺麗にしようと意気込むものは少なかった。

槞牙はやる気の欠けらも無く、柚菜と瑠凪は箒で喧嘩をする始末だ。

真面目な雫も喧嘩の収集に追われ、菻音は絵に書いたようなミスを連発。

バケツの水を零したり、机を倒したり、黒板消しを頭上に落下させてしまったり、エトセトラエトセトラ……。

しかも槞牙と視線が合うと頻繁に発生するのが止めだった。

完全に帰宅スイッチが入った槞牙は妹に指揮を任せて、現在。


「さてと、これからお楽しみの『ナンパで☆お持ち帰り作戦』を実行するか。うひゃひゃひゃ!」


奇妙な作戦名を口にする槞牙の周りを、生徒は避けて通った。女生徒のみならず、男子までも。

前回の話で独立した槞牙は、今や一人暮らし。気兼ね無く自宅に女を連れ込める。そしてイチャイチャ桃色寸劇の開幕を心待ちにしていた。


「そこの可愛い娘ちゃん! お茶でもどうだい?」


好みの娘をすぐさま物色し、声を掛け始めた。


「あ……! 繞崎先輩ですよね? あの高等部で凄く有名な……」


まずは制服に身を包んだ、中等部の生徒。髪の長い、おとなしそうな優等生タイプと、その友人と思しき娘。


「そうそう! 繞崎槞牙、大先輩だよ。興味があるかい? それなら話は早い。そこいらの店で親睦を深めよう」


「ご、ごめんなさい。遠慮します……」


「えー? なんで? 勇気を出して異性との交流を楽しもうって」


しつこく食い下がる槞牙に、隣の女子がニヤニヤしながら言った。


「無駄ですよ、先輩。先輩のお噂は中等部にも及んでるって知ってますよね? あたし達が聞いたのは『色々な女の子にちょっかいを出してる』とかです。綾香は先輩に憧れてましたけど、今は幻滅ってことです」

「ちょ……、真由!」


友人に事実をバラされ、綾香と呼ばれた娘が顔を赤くして怒る。


「うわー、マジかよ。ってか、そんな噂はデマだって」


「さあ、どうでしょうね。先輩、軽そうですし」


真由と云う娘の鋭い指摘を受け、槞牙は目を逸らす。軽いというのは、当っているかもしれない。

真由はくすりと笑い、


「あたしで良かったら付き合いますよ? 実は先輩に興味がありますから」


この言葉で槞牙は復活した。

真由は柚菜や瑠凪と同じタイプの娘。

最初はそれとは正反対な、おとなしめなタイプにする予定だったがこの際、文句は言わない。

一人寂しく帰宅よりは何倍も良い。

では、早速――


「真由ちゃんだっけ? そんじゃ行こうか!」


真由は笑顔で首肯し、友人と別れ、槞牙の横に並んで歩いた。

ナンパが一発で成功とは幸先がいい。今日は良いことがありそうだ。


「待ちなさぁぁぁぁぁぁーーーいっ!」


そんなことを思っていた矢先、一人の少女の声。

建物の上から響いた声につられ、槞牙はそちらを仰視した。


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