【エピソード1:青い小星】
鳥の囀りが朝を象徴する調べとなる閑静な森林と山岳地帯。
その奥に厳然と聳える建物。
左半分は中世ヨーロッパに立てられた城のような外装で、片やもう半分は江戸時代の城ような風情である。時代のバランスなどは飛んでしまっている。
正しく半端屋敷。
その真横には小さな道場。屋根の至る所に穴を塞いである板が適当に打ち付けられ、壁の木は腐りかけている。
そんな静謐な――。
「あぎゃあぁぁあああぁぁーーーッ!」
訂正。奇声災害の絶えない道場。
男が腐りかけていた壁を背中から豪快に突き破り、外に転び出た。
明るめの茶髪で、端整だが今イチ凛としない顔。小柄とも大柄と言えない中途半端な体格。
繞崎槞牙である。
「朝っぱらからそんな大技だすなよ! じじい!」
槞牙の言葉に反応して、壊れた壁から人影が姿を現す。
半端だが厳然である屋敷に劣らない、威厳のある面持ちに初老だった。
名は繞崎膳邇。
筋骨隆々。袴姿が似合いすぎる堅物。
そして立派な顎髭が腰の辺りまで降りている。
「なぁ、爺さん。あんた実は大昔に桜の木の下で、どなたかと義兄弟になったことあるだろ?」
「何を言っとるか、お前はっ! 戯言を述べる暇があるなら精進せい。気合いが足らん!」
鳥が心臓発作を起こしそうな大声で一喝すると、踵を返し道場の中に戻っていった。
(くそっ! 中学に入っても〈一年三組 繞崎 膳じ〉とか書いてそうだった男に言われたくない)
槞牙は握る拳に更に力を入れて、勝手な妄想を述懐しそうになる自分を抑止した。
膳邇は正座し、いつもの精神統一に入る。
槞牙も定位置に正座し、億劫丸出しの顔で瞼を落とす。
十分が経過。
(一体、何が悲しくて朝から爺さんと暇の時間を過ごさなけりゃならんのだ?)
槞牙の集中力は限界にきていた。
――この時間をもっと有意義に使えないだろうか?
例えば街に行って偶然にも美少女と遭遇。
ナンパが一発で成功。優雅な一時。
他には、学園のマドンナちゃんと早朝の走り込みの最中に偶然遭遇。
ナンパは一発で成功。優雅な一時。
他には、偶然にも今日この街に引っ越してきた、昔よく遊んだ幼なじみと遭遇。彼女と知らずにナンパし一発成功。優雅な一時。
幼なじみがいたかは覚えてないが、どれも可能性はある。
あわよくば、あんな展開やこんな展開が――。
「参ったな〜! むふふ……」
「…………、槞牙」
膳邇の声が静かに――それでいて威厳を保ったまま『静謐』な空間に響いた。
朝練終了の合図。
槞牙が瞼を開き、板の隙間から射す黄金色の朝日を受け入れた瞬間――。
いきなり眼前に空気を切って迫る拳があった。
「拳聖繞崎流、奥義! 超・匠・障・傷!(こしょう、しょうしょう)」
大層な名前の鉄拳が槞牙の顔面に衝撃を与え、槞牙は『腐りかけている壁を背中から豪快に突き破り』、そのまま昏絶した。