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【エピソード2:偽りのビネヴォレンス・その5】

蛍光灯の白色の光を微かに感じ取った槞牙は、上体を跳ね上がらせた。

周りを見ると、左側はグラウンドをいつでも確認できる窓。右側には簡易ベッドに横たわる柚菜の姿と奥にカーテン。

えーと確か、柚菜を抱えた何とも勇ましい自分を称賛して――その後が曖昧だ。正面に視線を戻し黙考。

すると真横の柚菜が僅かに動きを見せる。

槞牙はそれに気付き視点を傾けた。


「ブハッ!」


その刹那、目に飛び込んだ光景に思わず吹き出した。柚菜は寝返りの動作を見せたのだ。槞牙に背中を向けた態勢だ。しかも上手い具合に――


「こりゃー、起きてたら首を絞められるとこだったな。……どうやって戻すかだな」


そう言って軽快に簡易ベッドから起き上がると、柚菜の耳元で囁いた。


「柚菜さーん、見えてますよー?」


無反応。仕方なく態勢を戻そうと柚菜の身体を引く。だが、ビクともしなかった。体重はそんなにないはずなのだが、やけに重かった。

日夜、間接技の特訓の所為か動かしにくい体質になったのか。

――と、槞牙は滑稽なことを思考する。

ベッドに方膝を着き、再度ひこうとした。

その瞬間――

柚菜の目線の向こう。つまり正面のカーテンがフルオープン。

そこに現れたのは、長い黒髪に『普段』はおっとり顔の雫。

槞牙の希望により、ここは雫様にしよう。

その雫。彼女の視線に槞牙はどう見えるか。

主にスカートを中心に、乱れた柚菜の衣服。今にも『乗り掛かろう』としている槞牙。

審議の余地は無し。


ドバキャッ!!


鉄拳制裁。雫の見事な右のストレートが、槞牙の顔面にモロに入る。

槞牙は保健室の窓を突き破り、外にまろび出る。


(こ、殺される……)


槞牙は生命の危機と悟った。それも連載が始まってから、最大級の危機である。後退りする槞牙を超獣神シズクが追い詰める。


「この……。ケダモノ!」


「ま、待ってくれ。俺は寝返りを打った柚菜を戻そうとしただけだ!」


それを聞き、雫の殺人オーラが消える。


「な、なーんだ。お兄ちゃんたら、それを先に言ってよ」


かつて世の中にこれほどまでに理不尽な暴力があったろうか?

いくら妹とはいえ、ここまでだと憎しみが湧いてくる。今この時を機に、俺は神と読者に誓う。

雫には、いつか顔から火が出るようなコスプレをさせてやると。見てろよ。クックックッ……。



仕切り直す。


「ところで、お兄ちゃんも霧島さんもどうしたの? 保健室に運ばれたって聞いて来てみたら、二人とも気絶してるし……。心配したんだよ。」


律儀にも、槞牙の記憶の曖昧な部分を埋めてくれた雫に、槞牙はケロッした表情で答えた。


「なーに、心配はいらないさ。柚菜がキレて俺を追い掛けてる内に転んで気絶しただけだって。俺も酸欠かな?」


あまりにアホな理由に、雫は珍しく気抜け顔で、


「激しく情けないよ……」

と、溜息まじりの感想。

槞牙は何回か首を縦に振って、短めの肯定するように喉を唸らせた後、口を開く。


「今回は俺もそう思ったよ」


保健室に付き物の独特な薬品臭が、鎮痛剤のような役割で場に沈黙をもたらす。

「あ……」

と雫。

何かを思い出した口振りで喋り出す。


「そういえば、さっきお見舞いに来た娘がいたよ。知り合いみたいだったから、後でお礼はちゃんとしてね」


まるで保護者気取りだ。

こんな妹。貴方は萌えますか?

下らない質問は瞬時に捨て置いて――


「……そいつはどんな容姿だった?」


槞牙の表情が鋭い角を作り始めた。


「え……? 髪が赤くて、綺麗な娘だったよ……」


雫は畏怖と驚きが入り交じった態度で答える。

そこで、今まで沈黙を保っていた女の保健医が割り込む。


「あの娘は確か……、あなた達と同じクラスの進藤さんじゃなかったかしら?」


言われて見て、二人は沈思黙考。


「言われてみれば、いっつも欠席になってる席があったかも……」


自信のない声で雫。


「言われてみても、さっぱり思い当たらん」


自信たっぷりの槞牙。実に無意味な自信である。

若干あきれ気味の保健医は、充満する薬品の臭いの中の甘美担当な声で続ける。


「思い出した。進藤瑠凪さんよ。入学式に出席して以来、一度も学校に来てない娘だわ」


相手の名前を聞き出した瞬間、槞牙はおもむろに立ち上がった。


「進藤瑠凪か……。おもしれぇ」


台詞の割りには重い語調。雫と保健医は、その様子に恐怖すら感じたが、訝る要素が大きくは首を傾げた。


「お兄ちゃん……。どうしたの?」


最初に戻ってしまった。

槞牙はハッとしてから、今までにないくらい表情を崩しまくり言った。


「そうか。そうか。美人の名前は進藤瑠凪さん、と言うのか! 心配してくれたお礼をたっぷりとしないとな〜」


瞬時、雫は顔をしかめる。


「お兄ちゃん! まさかとは思うけど、セクハラ紛いなお礼を考えてない?」


「ギックゥッ!」


槞牙は、ものすごーいわざとらしい擬音を口から出す。


「やっぱりぃ……」


雫はもはや嘆きに音程になっている。

横から見ていた保健医。槞牙を注視し、


「繞崎槞牙君……。そんなことだから、女生徒がしていく君の噂は最悪なのよ」


そうだったのか。そんな場所から情報が流布していたのか。そう思いつつも、槞牙は狼狽から訂正に入る。


「いやだなぁ。雫に先生。この紳士のお手本である俺が、そんなことをするわけがありませんよ。はっはっはっ!」


清々しい声。更にわざと臭い。


「余計に怪しいわね」


「お兄ちゃん……!」


四つの眼に突き刺され、槞牙は大量の冷汗を流す。

まるで蛇に睨まれた蛙だ。数瞬してから保健医。溜息を吐き、ボソッと呟く。


「その方が倍率が低くて助かるけど……」


『先生っ!?』


爆弾発言。槞牙、雫の両名は驚愕する以外に、二の句が継げない。


「あははっ! 冗談よ。冗談」


二人の訝る視線に『コホンッ』と咳払い。これまた槞牙並みにわざと臭い。


「進藤さんなら、きっと礼拝堂よ。入学式の時もそこにいたし、たまに無断で侵入してるらしいの」


「礼拝堂か。ありがとさん! 先生!」


槞牙は軽く手を振り、何か言おうとした雫を振り切り外に出た。

保健医は極上の笑顔で手を何度もひらひらと振る。

その様子を見た雫は苦い顔をし、


「やっぱり本気なんだ……」


と囁いた。

保健医は鼻歌まじりに事務机へで書類に筆を進め始める。

雫は嘆息する。しかしそれすら行き処を探して彷徨う。そんな空気が保健室に残った。



グランドを突っ走る槞牙が行く先は、当然あの女のいる場所――礼拝堂である。今度こそ自分の拳で修正しなくては。根の暗い女を。雫にも宣言した通り、たっぷりとお礼をしないとな。そう、たっぷりとだ。

――先程までの、プレス機で潰したビール瓶のような表情は、どこにも無かった。極限まで研ぎ澄まされた眼光が、静かに敵のいる建物を捕捉する。

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