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【エピソード2:偽りのビネヴォレンス・その4】

「はぁ……、はぁ……」


柚菜の放った氷により発生した死角を盾に、何とか振り切った槞牙は校舎の中庭に身を潜めていた。

大きく息を吐き、一先ず安心する槞牙。

すると、どこからともなく鼻腔を擽る食物の匂いがしてきた。

不用心に中央に出ると、正装に身を包んだ老人の男と、見覚えのある独特の髪型と色をした男がいた。

しかも堂々とバーベキューをしている。

モクモクと上がる黒煙が吹き抜けの天井から吐き出される。


「こんな所にいるとは珍しい。匂いに釣られてきたか? 我が友、繞崎槞牙」


語尾で判断が付く人物――真一である。


「人を犬扱いするな! ってか、それはまずいんじゃないか?」


「気にすることはない。もし学校側が刺客を送り込もうと我輩の敵ではないのだよ」


「そういう問題か!?」


「そういう問題だ。我が友、繞崎槞牙」


自信に満ち溢れた真一。槞牙はそれ以上、つっこまないことにした。


「それよりも、実に良い匂いであろう? 恵んでやってもいいぞ? 我が友、繞崎槞牙」


肉と野菜が刺さった一本の串を手に取り差し出す。


「……何だか友と呼ぶお前の言葉が偽りに聞えてきたぞ」


そうは言ったが、いつもの半分の食事量だった槞牙は素直に串を受け取った。

その時、背後から殺気を感じた槞牙は右に身体を動かし、その場から飛び退いた。

直後に上から降ってきた柚菜が着地する。

狂戦士、再び来襲!

槞牙は退路を探して走る。柚菜は目標を睨み付け、グッと腰を落とす。

真一は串を差出し、


「これは柚菜君。一本どうかね? いやぁ、この肉がどうしても君に食べて欲しいと言って聞かんのだ」


訳の判らないことを口走る。

槞牙の時とは大差のある言い方だ。しかし槞牙がそれを気にする暇はなかった。真一の言葉が終わる前に飛び掛かってきた柚菜から身を躱し、校門の方へと逃げる。



「俺が悪かった! だから機嫌を直せ。あんまり激しく動き過ぎるとスカートがやばいぞ」


下手な説得を試みる槞牙に、柚菜は跳びながら接近し左腕を横に薙ぐ。

寸前で頭を後ろに逸らす槞牙。氷の結晶のようなものが頬を僅かに掠めた。

そのままバランスを崩し転倒する。

前方の風景には両手に青い光を纏った柚菜の姿。


「カートル・アイシクル!」


抜群のタイミングでの一撃。地面から突き出る何本もの氷の柱は一直線に迫る。槞牙は足に緑色の光を発生させると、地面を蹴って上空に上がった。


「どうだ。ここまで来れるか?」


眼下の景色を見下ろしやに下がっていると、不意にもう一つの人影が視界に入る。

その人影は、氷の柱の射程上に位置していた。


「危ない! 避けろ!」


槞牙が叫ぶと同時に柚菜もそちらに顔を向ける。

氷の柱は門の真後ろに立っている少女に直撃すると思われた、その瞬間――

白色の光の壁が少女を包み込み、氷の柱の進行を手前で遮った。

光の壁は衝撃と共に波のように揺れる。轟音を唸り、光の壁が更に濃度を上げて輝く。

やがて氷の柱は消滅し、光の壁だけが残る。

柚菜は唖然とし、槞牙も飛び降りてからはそれを注視した。

光の壁も徐々に色が薄くない、中にいる人物の姿が肉眼でも確認できるようになった。

まず印象を受けるのは、少し吊り上がった気の強そうな目だった。そして赤い瞳。薄いピンク色の唇。顔立ちは綺麗たが陰気な雰囲気が漂う。

その顔を、赤いショートの内巻きな髪が覆う。

身長は雫と同じくらいだが、体型はモデル並みだ。

その容姿に、槞牙の『心に住むダンサーズ』は小踊りしていた。

拳をぎゅっと握り締め、好みのタイプ発見、と思わず口から溢れそうになるほど内心で叫ぶ。

何の警戒もせず、少女に声を掛けようとした。

まさにその時だった。

薄くなった光の壁が掌の前に集まり、そして放れた光線は高速で柚菜に飛来し腹部を殴り飛ばす。

突然のことに柚菜はガードもしていなかった。数メートルは吹っ飛ばされ、背中で地面を削って止まった。指の一本も動かさずに、仰向けに倒れたままになっている。


「てめえ……、なんてことしやがるっ!」


一気に激昂した槞牙は保っていた空気を鋭くして少女を威圧する。


「そっちから仕掛けて来たんだから、自業自得よ。それに〈パステル〉を使えるならすぐに目を覚ますし」


しかし少女は臆する事無く冷然と答える。

槞牙は倒れている柚菜の顔を見た。表面に一切の力がなく、ぐったりしている。歯を噛み締め、怒りに顔を歪ませる。


「確かにこっちが悪い。普通の人間ならヤバかったかもしれない」


指を掌に集め、形成された拳を震わす。


「だがな……。友人をこんなにされて黙ってるほど、……甘い奴じゃねえんだよっ!」


広がる憎悪を一辺に噴出させた。

次の瞬間には、もう踏み込んでいた。少女の顔に向かって左腕を大振りで横に払う。

拳を避け、後ろに退く少女を追撃し右足を繰り出す。しかし少女は真横から来た足の爪先と膝を押さえ込み、そのまま外側に受け流す。

同時に首元への肘打ち。

それを左手で受け止めた槞牙は、顎を狙い右足を突き上げる。

右足は空を切って目標に。しかし蹴りは難なく躱され、少女の左の脇で足首付近を挟んで固定された。

そして肩からの体当たりを鳩尾に受けた槞牙の身体は飛ばされ、背中から壁に激突。更に白い光が腹部を突き刺した。

仮借のない追撃ちを受けた槞牙は、地面に両膝をついて踞った。

続いて口から赤い液体が零す。吐血。


「もう終わり? 呆気なかったわね」


動けない槞牙に、少女は冷たく言い放つ。

槞牙は遂に地面に倒れこむ。

朦朧する意識の中、少女の背中をただ見送るしかなかった。



暫らくしてから低くなった視点を泳がしていると、柚菜の姿が入ってきた。


(こんなとこで寝たら、身体に悪いか……)


激痛に耐え、むりやり起き上がる。血が混じった地面に吐き捨て、柚菜に近寄った。

歩くごとに視界の揺れが激しい。相当なダメージがある。

左手で力のない上体を上げると、右手を膝の裏側に添える。

その状態のまま、一気に抱え上げた。

女なら一度は憧れそうな抱っこを、柚菜が体験するとは何だか微妙だな。

だがそんなことを考えてられるほど、右腕は軽傷ではない。

意識の飛びそうな激痛も抱え、急いで保健室へと向かった。

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