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【エピソード2:偽りのビネヴォレンス・その3】

絶対に不変と云われる音色が、四時限目の終了を告げる合図を出した。

あの喧嘩の後、雫にこってりと絞られた槞牙は、弁当を手に教室のドアを開く。昼食はゆっくりと取りたいのだろう。


「待て」


柚菜がぜいぜいと息を乱しながら言う。

説教の途中、休み時間が始まると同時に急襲してきた舞から逃げ回っていたのだ。


「オ、オレも一緒に行く……。一人にしないでくれ」


「悪いが俺も疲れてる。今日は一緒に居てやれないんだ」


「見殺しにする気か!? ……頼む! 今は、今だけは傍に居てくれ!」


「何でそんなこと……! いつも一緒に居るだろ」


廊下で堂々と誤解されそうな言葉を連発する両者。

他の生徒は

「そういう関係だったの!?」

やら

「おいしいな……。槞牙」

など様々な感想と野次馬女の奇声や野次馬男の呪咀するような叫び。

更に鬼神モードの雫の視線。危険を感じた槞牙は真っ先に逃げ出した。

柚菜もそれに続く。

こうして二人の逃避行は始まったのだ。



二人は噴水が広場の近くのベンチに座り込んだ。そして気分を落ち着ける。

お互いが目撃、あるいは体験した恐怖を振り払う。

こうして二人の逃避行を終わったのだ。

――静謐な場所に響く水音。

滝のように上から打ち付ける水が飛沫となって浮上し、虚空を煌びやかに舞う。白い大理石で造られた庭園は、イギリス辺りにある宮殿を彷彿とさせる。

壮大で上品に仕上げられた総大理石の建物。菁々として綺麗に手入れされた草木は、呼吸の音すら聞えてきそうな程に美しい。

学園内の人気スポットだが、今は凄廖としている。

二人は互いに見つめ合う。柚菜は熟れた林檎の如く頬を色付かせ、瞳を潤ませ視線を落とす。唇は柔らかそうに瑞々しく震える。

槞牙はそんな柚菜がいとおしくなった。

そして彼女の顎に手を掛け、強引に瞳を重ねる。

強く、それでいて優しく見つめ、その瞳を通して心の在処を入念に探る。

やがて顔を近付ける。

柚菜は緊張で全身を震わせながらも、静かに瞼を閉じた。

二人の唇が今――


「――じゃねえよっ! 何だこの危ないシーンはっ!?」


槞牙は慌ててベンチの角に移動し、柚菜と距離を取る。


「オレはどうしたんだ? 気色悪すぎて鳥肌が立ってくる」


柚菜は顔を青ざめ、小刻みに何度も首を横に振った。


「柚菜。今のは二人だけの秘密にしとけよ」


「分かってるよ。悍ましいから思い出させるな」


『…………』


沈黙。妙な気恥ずかしさが残る空気を増幅させる。


「そ、そうだ。弁当を食いに来たんだよ」


槞牙はそう言って、傍にあった弁当のふろしきを片手で広げる。

どうやってしまうのだろうか。


「あ……」


柚菜の口から微かな声が漏れた。


「どうした?」


「……何でもない」


そうは言ったが、状況を見れば一目瞭然。


「教室に弁当を忘れたのか?」


柚菜は小さく首を縦に振る。

槞牙は自分の弁当を眺めてから、それを柚菜の目の前に差し出した。


「半分やるよ。教室には戻りにくいからな」


「いいのか?」


「一人だけだとこっちが食べづらい。だから遠慮すんな」


「ありがと、な……」


何とか槞牙に届きそうな音量で囁くと、箸で白米を掴んで口に運んだ。

少し遠慮の残る動作で。


(こういうとこは可愛いんだけどな)


槞牙は横目で彼女の仕草を見て、そう思った。



弁当を食べ終えて昼休みに入ると、槞牙は勢い良く立ち上がった。


「さぁーてと、これからどうするかな」


「どうするって?」


不思議そうに質問する柚菜に、槞牙は口の端を吊り上げて答えた。


「教室には戻りにくいし、サボって二人で遊びに行くか?」


「え……?」


目を点にする柚菜に指を差し、


「因みに拒否権はないぞ。弁当の半分をもう食べてしまったんだからな」


と、得意気に言った。

これが一介の高校生が奇襲を受ける理由なのか?

だが柚菜は猛反論するどころか、表情を和らげた。


「いいよ。どこ行く?」


「言っただろ? 拒否権は……な、なにっ!?」


完全に予想外の答えに槞牙は狼狽える。

柚菜は季節外れのサンタクロースを見るような視線を送っている。

困惑する槞牙。今なら確実に肉まんと食パンの違いが判らない。

本来なら辛辣な台詞の後、罵詈雑言のコンボに関節技でフィニッシュがお決まりだったはず。

今はどうだ? 文句の一つもない。しかも遊びに行くつもりだ。

あれは冗談――と言えば聞えが悪いが、場を和ませるための言葉だったんだ。

とにかく言え! 言うんだ! うっそぴょーん、とでも。

いや、それはクールガイとしてのイメージが……。

柚菜が傷つかないこと。尚且つイメージダウンにならないこと。

それだと、これしか――

槞牙は左手を柚菜の前まで動かすと、デコピンを放った。

額を擦り、口を開きかける柚菜に間髪入れず、


「いいか柚菜。そう簡単にホイホイと男について行くな。軽い女に見られるぞ? 今の教訓をしっかりと覚えとくように」


と、人生最大級の機転を利かせる。

だが忘れてはいけないのが、相手は柚菜だということ。


「ふふふ……」


不気味に肩を揺らして笑う柚菜。顔を俯け、表情が確認できない。

槞牙が顔を覗き込もうとした、その瞬間――


「絶対殺すっ!」


バッと顔を上げ、雪崩の如く槞牙に襲い掛かった。

槞牙は超反応で一撃を避ける。


「どわぁああああああああああああああああ!」


そして後ろを振り向き、叫んで逃走。

二つの影が弾丸のように庭園から飛び出し、体育館に向かって突っ走る。

渡りを廊下を走り抜け、入り口のドアを蹴破る。


「カートル・アイシクル!」


後方からの冷気。槞牙は咄嗟に身を真横に投げ出して躱した。

ドウオォォォォォォーン!氷の柱が壁と衝突し、ド迫力の効果音が響く。


「落ち着け柚菜っ! ひぃっ!」


ドゴォーン! シュバァーン! チョッキロキィーッ!?

――普通の学校の普通の体育館はこの日、戦場となった。


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