表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/46

【エピソード2:偽りのビネヴォレンス・その2】

中年の男と瑠凪を乗せた車はファミレスの駐車場に駐在していた。

瑠凪が発した猫撫での一声でそうなったのだ。

静寂とした室内。対面に座わってにやける男の視線を無視し、瑠凪は大量に並べられた料理を平らげていく。

軽く五人前は食べている。店員は目を丸く、男は弛みきった丸い表情。

瑠凪と対等の立場の人間――友人の類が居れば、

「フードファイターかよ」

とツッコミを入れる所だ。


「相変わらず、いい食べっぷりだねー。おじさん、よく食べる娘は好きだよ。発育がよくて」


聞き苦しい声。しかし瑠凪は無感動に食べまくる。

やがて全ての料理を平らげ、フォークを置いて、小さな溜息を吐く。

そして店員が皿を回収しに来るのを見計らい、


「ここにあるパフェを全種類もってきて」


店員が驚いて肩を揺らし、回収した皿の一つが宙に放り出された。

皿は一瞬で地面に到達し割れた――と、思われたが、耳を突く高音はしなかった。

落ちた皿は、その淵を瑠凪な足の甲で支えられ、無事だったのだ。

瑠凪は落ちた皿を蹴り返す。皿は上手い具合に店員の持っている皿の上に重なった。


「いいよね?」


やはり抑揚が少ない。まるで皿を足で受け止める前の間から喋っているようだ。男は、にやけ面を崩さず首肯する。




その頃。


「何してんだ?」


数学の授業中、槞牙は堂々と柚菜に話し掛ける。

声の音量を下げる気もない。

柚菜はノートに絵を描いて遊んでいた。

授業を受ける気もない。

ノートに描かれているのは、迫力に欠ける怪獣だった。全体的にノンシャランとした風貌だ。


「何色の怪獣なんだ?」


「うーん」


考え込む姿が妙に殊勝で可愛らしい。


「ピンクだな」


「出没したら一瞬でミサイルの標的にされるな」


「透明は」


「誰にも驚いてもらえないと怪獣の意味を成さないだろ」


「思い切ってゴールドにするか」


「戦士は生きている限り戦わなくてはならない」


肩部に『百』という文字はないが、金色なら理由なき決まりごとだ。

雫はペンを持つ手をプルプルと震わしている。




瑠凪はパフェを大胆に頬張る。口で溶け、鼻腔にまで広がる甘い香りを心行くまで味わう。

唇に付いたクリームを舌を動かし舐めてから、口内に運び、感じられる甘味を堪能していく。

男は生唾を呑み、その様子をじっと見つめた。

視線に気付いた瑠凪は、上目遣いで不適に笑い、上唇を舐める。

その時――

瑠凪の耳を、動物の泣き声が微かに通った。

すぐさま窓の外を睥睨する。道路を通過する車。向かいに立ち並ぶ建物。子犬を囲む三人の不良。


「お金、払っといて」


瑠凪は急に立ち上がり、店を出た。




槞牙と柚菜は急に立ち上がり、教室を出た。

いや、正確には急ではない。あまりの横柄な態度の二人に、血管のきれた教師が廊下に立つように命じたのだ。

仕方なく廊下にでる二人。


「しっかし廊下に立たせるなんて今時は体罰だぞ」


この状況で体罰になるなら世も末だろう。


「なんでオレまで……」


ふて腐れる柚菜。何ともその場に合っている顔だ。


「お前が授業中に落書きなんてしてるからだろ」


「オレの所為かよ。そっちが話し掛けてくるから煩くなるんだよ」


二人の間に険悪なムードが流れる。


「そんなこと言って、本当は俺様に構ってほしいくせに」


「誰が! お前なんか居ない方が気が清々する」


更に口論は熱を含んでいく。


「いいか? お前は本来なら俺様に『完全メイド宣言』をして、『永遠の十七歳』と言わないといけない立場なんだぞ。それを一、二歳も若くしてやってるんだ。感謝しろ」


「意味の分からないことを言うな。あの一戦に『ま・ぐ・れ!』で勝ったぐらいで偉そうにするなんて幼稚な奴」


二人の眼光が鋭く光り、お互い正面で構えた。

同時に攻撃体勢に入った。槞牙が左手と両足を使って連打を繰り出す。

柚菜は素早く躱し、巧みに間接を狙う。

しかし槞牙も連打を休めず、技を阻止する。


「槞牙と霧島さんがまた戦ってるぞー!」


「そこだ、槞牙! いけーっ!」


「頑張ってー! 霧島さーん!」


いつの間にか窓を開けて観戦し、囃し立てるクラスの生徒達。


「拳聖繞崎流、乱闘奥義!水弧拡散陣!(すいこかくさんじん)」


槞牙は水道の蛇口を全開まで捻り、その口を指で塞いで操る。

早い話が単なる水掛けだ。柚菜は左右へのフットワークで襲いくる水流を避ける。


「当たらなければ、大したことはない」


実際、命中しても大したことはないだろう。

柚菜の回し蹴り槞牙の脇腹に命中し、槞牙の身体が吹き飛ばされる。

しかし、それと同時に大量の水が柚菜に掛かる。

白系統の服だったので、透けて白い肌が露になった。柚菜はそんなことはお構いなしに、地面に倒れている槞牙と距離を詰める。

そこへ怒りのオーラを背景に、雫が二人をがなり立てる。


「二人とも――」




「止めなさい!」


瑠凪は店を飛び出すと、一直線に不良たちに向かい声を張り上げた。


「あん? なんだって?」

体格の良い男が振り向き、瑠凪を睨み付ける。


「うっわー! 恐いよー!」


後ろの二人は空々しい声を出し、子犬を蹴り飛ばす。子犬はただ身体を震わせることしかできない。


「止めなさいって言って――」


言い終わる前に、振り向いていた男に左腕を捕まれた。


「へぇー、よく見ると可愛いじゃん。子犬の代わりにお前が俺たちと遊んでくれよ」


「……………」


腕を引く力が強くなると、瑠凪の表情が殺気立つ。

強引に引っ張る男の腕の、肘を爪先で蹴り、力が弛んだ瞬間に腕を擦り抜ける。そして踏み込み足と共に肋骨付近に肩から体当たり。男は数メートル吹き飛び、泡を吹いて気絶した。


「なにすんだっ!」


子犬をいたぶっていた男の一人が瑠凪に接近する。

瑠凪は男が突き出した腕を掻い潜り、左の掌低で喉仏を突く。

男が怯むと、身体を一回転させ首元に手当を叩き込んだ。

その男も倒れ、あと一人となった。

残り一人の男は警戒して間合いを詰めてから拳を突き出した。

瑠凪の顔面に迫る拳。だが瑠凪は腕をしなやかな動かし、拳の軌道を変化させ力を殺す。

男は触れられた感覚すらないようで、拳を見て首を傾げる。

その隙をついて瑠凪が鳩尾に肘を突き刺し、続けて右の掌低で顎を貫いた。

瑠凪は倒れた三人を蔑む視線で見た後、鼻で軽く笑った。


「大丈夫かい? 怪我はない?」


中年の男が見計らったように姿を現し、瑠凪の肩に手を回す。

瑠凪は横目で男を一瞥してから、いつもの語調で言った。


「今日のデートは止める。さよなら……」


返事を聞かずに男から離れる。男が狼狽して色々と喋っていたが、無視して店を後にする。

すると子犬が縋るような眼で瑠凪を見つめ、足にまとわり付いた。

瑠凪は子犬の腹部に蹴りを入れ、怯えた姿を冷笑する。


「生きたいなら、自分の力で何とかしな」


逃げる子犬に眼もくれず、歩きだした。


「久しぶりに学校にでも行ってみよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ