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【エピソード2:偽りのビネヴォレンス】

「どこかに巨乳でスタイルの良い美少女はいないもんかな?」


早朝の教室で邪心の塊が独白する。

明るめの茶髪に、端整な顔ではあるが砕けて弛んだ表情。体格は大小どっちつかずで半端だ。

心垢エナジー常時フル稼働の繞崎槞牙である。

今は自分の席に座り、椅子を後ろの二本足だけで揺らしている。


「街角でぶつかったあの日……。あの日から君と出会う機会が多くなり、やがて魅かれ合う。楽しい時間を共有し、辛いことも二人で乗り越える。過ぎ去る時の葛藤をも風の調べの一説へと霞む。そして最後には……! 薄暗い二人だけの空間で、互いの燃え盛るバーニングハートを解放っ! 烈火は竜の如く天高く昇り夜空を焦がすっ! その時、俺は――」


「やめなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーいっ!」


ドゴッ!!


妄想の熱弁を止めるべく、一人の少女が槞牙の顎に飛び膝蹴りを放った。

制服姿の少女の短いスカートが、ファンタジー世界の中の勇者のマントのように荘厳と靡く。

槞牙の身体は椅子ごと吹き飛ばされ、地面に倒れた。飛び膝蹴りを放った少女が、槞牙の顔を覗き込んだ。腰まで届く黒のストレートヘアーに、同色の瞳。優しさ味の素を出す目。

表情は、常時ダルマ落としに挑戦しているかのように引き締まっている。

体型はモデルと比較すれば一段階ほどは落ちるが、良い体付きと言える。


「い……、いてぇ……。何すんだよ。雫……」


「どうしてお兄ちゃんは人前でそんなことを平気で言うの!?」


犬を叱る時のように、一方的な物言いだ。


「別にいいじゃないか。伝導師を糾弾するなら詩を唄わせてやれよ」


打ち所が悪かったのか、槞牙の妄言に於いての意味不明度が増す。


「と、とにかく私が恥ずかしいから止めて!」


言い終わると、膨れっ面のだんまり雫ちゃんモードになり席に座った。

すると、武勇伝を目撃した女生徒の二人がそっと耳打ちした。


「繞崎君は相変わらずだね。顔は良いんだけど……」


「彼氏にはしたくない感じよね」


しかし音量が大きいので、二人にも筒抜けだった。

決して否定することができないので、雫は心の中で泣いた。

槞牙はダメージから立ち直り、左腕だけで椅子を起こして座る。

女子の言葉など歯牙にもかけない様子で、生欠伸をした。

口を閉じるのとほぼ同時に、隣の席の女子――霧島柚菜が椅子に『ドスン』と腰掛けた。

そして開口一番。


「あー、かったる……。朝っぱらから勉強なんてするもんじゃねーよ」


雪のように白い肌にライトブルーの髪。ドでかい目にダークブルーの瞳。

小学生並みの身長と体格。顔は美しいが、反比例する言葉遣い。

男勝りなくせにフェミノンな服飾を好む。かなりバランスが悪い。


「お前……、日を追うごとに無骨になっていくな」


「何か言ったか? 変態」


「変態ではなーいっ! 俺は女は好きだがノーマルだ」


槞牙の主張を無視し、柚菜は教科書の整理を始める。人の話を聞けよな。

毎日続く柚菜との日常に、心の中で嘆息した。

それは彼女との学園生活が嫌とかではなく、彼女から聞き出した現状についてだ。

五日前の柚菜との決闘の後に現れた、柚菜の実の姉――霧島麗華。

彼女は〈パステル〉と云う名称が付けられている力を狩る集団〈ブラックパステル〉の幹部らしい。

在りがちでファンタジーな設定だが、腕の骨を折られた俺は笑えない話だ。

そして問題となっている〈パステル〉について。

簡単に言えば〈パステル〉は才能を持つもの自然覚醒で得られる能力。

氷の柱やバリアーを出す事ができるようになる。

対して〈ブラックパステル〉は人為的に作られた能力で、人間の怒りや憎しみを糧に凶悪な力を生む。

名前の由来はその者を通して見えた『色』があったことから、そう呼ぶようになったのが始まりだった。

その『色』は探知機のような働きをし、普通の状態で十メートル以内なら発見が可能のようだ。

因みに〈パステル〉を解放すると、見える『色』の距離が爆発的に広がり、発見される確立が高くなる。

サバイバルゲームで音の大きい電動ガンを乱射するようなものだ。

だから普段は力を抑えている。

――ここまでが槞牙が柚菜から聞き出した話だった。だが槞牙には疑問が残った。

それは覚醒したにも関わらず、槞牙には『色』が見えないのだ。

試しに柚菜を猟奇的な眼で穴が開きそうなほど見たが、やはり見えなかった。

途中で柚菜がスカートを捲り上げれば見えるかもしれないとの提案を思い付いた槞牙であったが、言葉にはしなかった。

更に興味本位で槞牙が自分が何色かを柚菜に尋ねたが、柚菜の口から答えが返って来ることは無かったのだ。

解消されない疑問に僅かなわだかまりを覚えながら、現在――


「それにしても初夏だってのに暑いな」


溶けたアイスのような、ぐたっとした表情の柚菜は、自分の服の首回りを掴んで引っ張り風を送った。


「そうだな。ペンギンも裸足じゃ日光浴ができないな」


所在なく机に突っ伏していた槞牙は顔だけを柚菜に向ける。

すると槞牙の視界には、ミニスカートからむき出しになっている柚菜の色白の綺麗な足が見えた。

皮膚組織の一つ一つが透き通る宝石のような仕組みで融合でもしているのか、視線を逃すことができなくなる。座ると太股の半分は顕になるため、余計に扇情的だ。

つい見とれてしまった槞牙の眼に、柚菜の両手も飛び込んできた。反射的にその両手の行動を眼で追う。

両手は着ているシャツの裾を掴む。そして有ろう事か、シャツを一気に捲り上げた。

突然のことに、槞牙は口をぱくぱくとさせ思考が停止。

勿論、そのシャツの下には何も着ていない。

シャツは掲載ラインぎりぎり?の場所まで捲られている。

掲載ラインに関しては、ご想像に任意。

腹部は全体からも看取できるように、肉付きが少なく細い。

意外にもはっきりとしたボディの輪郭を描き、その輪郭線の上部は、胸部の僅かに下の辺りまで続いている。

確認できたのは、そこまで――

雫がレスキュー隊並みのダイビングをかまして柚菜の背後に接近し、シャツを掴み思い切り引き下げた。

教室に存在する人間の誰もが唖然とした。

いや、柚菜は除いて。


「雫って意外に運動神経が良いんだな」


呑気な柚菜。


「き、霧島さんっ! そんなことしちゃダメだよ!」


「? なんで?」


「な、なんでって……。それは……」


説明するための言葉が見つからず、雫が口籠もる。問題なのは説明の仕方だろう。

いかにして男女間に於いての思春期プラグの繋がり方を理解させ、尚且つ直接的な物言いを避けるかがポイントだ。

――しかし雫は撃沈した。そこで我らの繞崎槞牙が立ち上がる。


「いいか、柚菜……。暑いからといって公衆の面前で堂々と肌を晒すのは道徳上よくない」


雫は、珍しく真面目なことを言う兄に瞠目する。


「だから堂々ではなく、控えめに見えそうで見えない程度を保つんだ。それなら問題ない。いや、寧ろその方がいい!」


槞牙は訳の分からない宗旨を語りだす。


(問題だらけよっ!)


――と、つっこみを入れようとした雫であったが、怒りを通り越して惘々となり、椅子に背中を預け嘆息する。

可哀相な立場だ。


「相変わらずだな。我が友、繞崎槞牙」


外野から一人の男が闖入する。

横流れする明るめな薄紫色の髪に、細長い狐目。その眼に銀渕の四角い下方フレームのみの眼鏡がかぶさる。妙に自信あり気に吊り上がる口端。

まさに『切れ者』といった風貌だ。


「久しぶりだな。我が友、沁銘院シンメイイン 真一マサカズ


新しい宗教みたいな名字の男――真一は、槞牙の丁寧な対応を無視し、柚菜に近づく。

そして無遠慮に矯めつ眇めつしていく。まるで骨董品を観察する店の親父だ。

柚菜は当然ながら不快顔。やがて満足したのか、真一は槞牙の方に向き直り、


「我輩が不在の間に、このような転校生が……。くっ……! 不肖、沁銘院真一。一生の不覚」


心底、沈痛そうに言う。


「不在といっても、お前は学校に来てない日のが多くないか?」


「細かいことは気にするな。我が友、繞崎槞牙」


槞牙の指摘は当たっていた。真一は中学時代を含め、皆勤の生徒と比べて、その三割程度の日数しか登校していない。

理由は父親が経営する会社の手伝いだとか。何にしろ、引き込もりタイプには見えない。

それはさておき。


「それで柚菜がどうかしたのか?」


「どうかしたのだよ。我が友、繞崎槞牙」


「お前は一々、『我が友』と固有名詞を語尾に付けなければ喋れんのか!?」


「描写がいらんだろ。我が友、繞崎槞牙」


なんか、ぶっちゃけた。

その時、何の前触れもなく教室のドアが開いた。

入ってきたのは隣のクラスの男子と女子の計二名。

真一はそちらを一瞥すると律儀に紹介を始める。


「おぉっ! 我が二番目の友、水無瀬ミナセ 靜馬シズマとそのオマケの普通少女、上條カミジョウ マイではないか!」


「二番目って……。少し傷付くなぁ」

と靜馬。


「誰がオマケよ!」

と舞。

靜馬の容姿は、細身で腰を越える長い深緑の髪を後ろで縛っている。また、揉上げも非常にボリュームがあって長い。

表情からは優しさというよりは気弱そうな雰囲気だ。一方の舞は、真一が指摘した通り普通の女の子だ。

気の強そうな目付きに、肩に触れるくらいの銀色のショートヘアー。髪型は横の広がりが大きく、活発な印象を受ける。

この二人も中学時代から槞牙と同じ学校で級友でもある。


「そんで脇役三人は何しに来たんだ?」


「真一と同じで、噂の転校生を見にきたのさ」


槞牙の質問に、靜馬は独特の耳に優しいほんわか声で答える。


「へー、こいつをねー」


言いながら、何故か柚菜の頬をプニプニと突く。気の抜けた顔でぼーっとしていた柚菜の表情が険を帯びていく。


「何すん――」


「キャア〜〜〜! 可愛いぃ〜〜〜!」


柚菜の声と両隣にいた槞牙と真一を突き飛ばし、舞は柚菜へ一直線。体当たりしてもみくちゃに。

槞牙は地面に突っ伏す。倒れた柚菜は両足を開き、その開いた足の隙間に舞の足が挟まっている状態だ。


「なんだこいつは! 離れろっ!」


「ああ〜ん! とってもキュートだわ〜!」


「うわっ……、やめろ! ほ、頬摺りするな! ど、どこ触ってんだよっ!」


壊れた舞の暴走に、雫、靜馬の両名は目を点にして固まって見ていた。

真一は何度も首肯し、なにやら感慨に耽る。

槞牙もダメージから立ち直り、舞と柚菜を見て温かい笑みを浮かべる。


「ひっ、そこは……。槞牙っ! 見てないで助けろ!」


「すまない、柚菜。これは男には止められない隠れたテーゼの一つなんだ。」


わざとらしく苦しそうな表情をする。


「その通りだ。我々で歴史的瞬間を見届けようではないか。我が友、繞崎槞牙」


真一は大真面目だ。


「た、助け……て」


柚菜は精気を吸われたかのようにぐったりしと始める。強気な表情も崩落している。

例えるなら、麗しく見える写植を得たお姫さまのようだ。

舞の顔が艶やかになってきたのは気の所為か。


「ふむ……」

と真一。


口元に手を当て神妙な顔つきで続け様に、


「そろそろ助けてやろうではないか。我が友、繞崎槞牙」


「そーか? 面白いから、もう少し見てようぜ?」


しかしその発言は主人公失格だ。


「このまま事が大きくなり、第十一部からノクターンノベル連載になったら洒落にならんぞ」


「うっ……、そ、そうだな」


どこか恐怖を覚える単語に辟易し、槞牙は舞を引き離す。


「靜馬。パス!」


「えっ!? なんで僕?」


反論を許さず強制的に譲渡する。

そして突然の恐怖に怯える柚菜に左手を伸ばした。

だが柚菜は頭を振り、身を震わせる。雨の日に捨てられた子犬ようだ。槞牙は溜息を吐き、柚菜の足元を指差し、


「早く立たないと、丸見えだぞ」


釣られて下を向く柚菜。

数瞬、柚菜のありとあらゆる動作が停止。

天然の赤信号ができたと同時に、槞牙に飛び掛かり首を絞める。


「落ち着け、柚菜。首が……、窒息する」


「見たからには死ね」


「真一だって見てただろ。って、共犯者が何を呑気に紅茶を啜っとる! つーか、どこから出した!」


真一は銀色に輝くティーカップを優雅な動作で置く。


「武闘派だったとは。これはメモしておかねばなるまい」


何とも都合の良いことに、今の彼の眼には槞牙が空気に見えるのだ。

いや、透明な気体ならどれでも合格ラインだろう。


「お兄ちゃん!」


槞牙を惻隠する雫。


「格闘美少女、萌えーーーーーーっ!」


人格が完全崩壊にした舞。


「誰か押さえるのを手伝って」


役目を果たそうと殊勝に奮闘する靜馬。


「今度こそ死ね」


「うぐぅ……、マジで死ぬって」


「素晴らしい。写真に残して家宝にしよう」


「放して、霧島さん。お兄ちゃんが死んじゃうよ」


「萌えーーーっ!」


「もう、限界だ」


――新たな脇役三人の登場によって、また一段と、ある意味で危険な学園生活となった。

体調不良+多忙により、遅くなりましたm(__)m

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