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雷鳴

翌日祖母に付き添われ病院を出ると、祖父が車で待っていた。退院後、私は祖父母と暮らすことになった。


車に乗ると、両親と暮らしていた家は売りにだそうと思っていると祖父は言った。


祖母は慌てて、両親との思い出が詰まっている場所で

暮らすのは辛いと思って。そんなおざなりなセリフを吐いた。


私はそんな事、どうでもよくなっていた。考えていたのは、祖父母の家から学校までは少し遠いな、そんな程度だった。



病院から三十分ほどで祖父母の家に着いた。木造二階建ての白い外壁の家がこれから私の住み家になる。


玄関にはガーデニングを趣味としている、祖母が育てた色とりどりの花が咲いていた。


この家に来たのは今年のお正月いらいなので、半年振りだった。あの時は、ここに住むことになるなんて夢にも思はなかった。ここは遊びに来るところであって、暮らす場所ではなかったはずなのに。


祖母にうながされ、家に入りリビングに向かった。そこはただ一点を除いてまえ来たときと何も変わっていなかった。


変わったのは、リビングの奥にある薄暗い和室に両親の遺影がひっそりと置かれていたことだった。


二人の顔を見るのはあの事故以来これが初めてだった。遺影を目の当たりにすると、嫌でもこの世界に本当の意味で血のつながった人間がいなくなった事を痛感させられた。


祖父母、親戚、その両者に血のつながりを感じることは、皆無に等しかった。


胸の中で喜怒哀楽すべての感情が複雑に混ざり合い、

そして最後に残った感情は、虚無感だった。


どんなに泣きわめこうが、両親に会う事はもう出来ない。それならば何も考えない事が今は正解なんだと、自分自身に言い聞かせた。



次の日祖父母に付き添われ、一ヶ月振りに学校へと行く事にした。


最初祖父母の付き添いを断ったが、これからの事を担任と話さなければならないと言われ渋々承諾した。


松葉づえをついて家を出て、祖父の車で学校に向かった。祖父母には言っていなかったが、退院した時も今も車に乗ると胸が締め付けられるように痛み、意識が数秒途切れる事があった。


今の私にとって車は、便利な移動手段ではなくなっていた。松葉づえをついて、ギブスの付いた足で歩く方が、何倍も楽に思えた。


 

学校に着き、職員室に向かう途中クラスメートとすれ違った。クラスでは割と仲良くしていた女の子三人組は、私の姿を見て何かいけないものを見た、そんな顔をした。


私がこの学校からいなくなった、たったひと月の時間は、私たちの関係を壊すには十分だったようだ。


職員室に入り担任と短い会話を済ませ、担任とこれからの事について話すと言った祖父母を残し職員室を出た。


教室に向かう足取りは、脚の不自由を差し引いてもずしりと重かった。


通いなれたはずの教室までの廊下が、今までとは別の何かに感じられ、鼓動だけが早鐘を鳴らしていた。


短く息を吐き教室に入るとすべての眼が自分に向けられ、気まずい空気が流れた。両親を亡くした私に対してどう接すればよいか悩んでいるのが手に取る様にわかった。


身体中を舐めまわすようなクラスメートの視線の中、私は彼を探した。彼は空席となっている私の席の隣に静かに座っていた。



彼と視線が交わると、彼はいつものぎこちない笑みを浮かべた。


そのぎこちない笑みを見た瞬間、私の心から痛みが消えた。


彼は変わらずにいてくれた……。


こんなにも変わってしまった私の代わりに、彼はそのままでいてくれた。


私は変わらない事がこんなにも素敵な事だと初めて知った。


変わることが成長する証しだと、私はそんな強迫観念に捕らわれていた。両親の死を受け入れられない自分は、社会に組み込まれた異物のように感じたこともあった。


何かに染まり、何かに流され、理不尽な力に晒されても、それでも負けずに生きることが正解だと、今までの私は思っていた。


彼の存在はそのすべてを否定してくれた。彼は私が負けることを許してくれる、不思議とそう感じた。


席に着くと、さっき廊下で会った女子三人が駆け寄ってきた。


「あきちゃん大丈夫? 私たちに出来ることがあったらなんでも言ってね」


それが何かの合図だったのか、他のクラスメートも集まり出し、壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返した。

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