悪夢
目が覚めるとどこかのベットの上で、そばにはお母さんの祖父母と白衣を着た知らない男性が立っていた。
その知らない男性が私の身体を色々と調べ「もう大丈夫です」と祖父母に伝え、私にここは病院だと教えてくれた。
その言葉を聞いた祖父母は何かの呪文のように「あきだけでも助かって良かった」と、顔をくちゃくちゃに歪ませ何度も嗚咽まじりにそう言った。
私は病室の真っ白な天井を見つめながらその呪文の意味を考えた。
突然真っ白だった天井が闇のように黒く歪み、物凄いスピードで眼の前まで迫ってくる。
恐怖で眼を固く瞑ったその瞬間、病院のベットの上に居る自分の状況を無理やり理解させられた。
大きなトラックが両親と私が乗った車に猛スピードで突進してくる。お父さんがトラックを避けようと、ハンドルを大きく切った、お母さんは甲高い悲鳴をあげた。そこで記憶は途切れた。
目を開けると病室の天井は真っ白く戻っていた。
「お父さんとお母さん死んじゃったの?」
私の問いに祖父母は何も答えず、声を殺して泣き続けていた。
こんな時なのに私の頭の中にあったのは、松本君に買ったお土産どこいったのかな? そんな幼稚な思いだった。
折れた右足は過ぎた時間と共に良くなっていったが、心は時間が過ぎるほど荒んでいった。なぜあんなに優しかった両親が死ななければならなかったのか。
なぜ自分だけ生き残ったのか。
なぜ……。なぜ……。なぜ……。その言葉が頭の中を何度も通り過ぎていく。
毎日見舞いに来てくれる祖父母やリハビリに付き添ってくれる病院の先生、看護師に理不尽な怒りをぶつけた。
そんな私に周りの人はとても優しかった。でも、その優しさは腫れ物に触れるような、受け入れがたい感触が含まれていた。
その感触に触れるたび、何かが私の中で壊れていった。
優しさを貰ったら、誰かにその優しさを返さなければ、心のバランスを保つことは困難だった。
でも今の私に優しさを返せる場所など存在していない。祖父母、医師、看護師、みんな私の優しさなどなくても生きていける。
いつしか人の優しさは恐怖へと変わっていき、私は何も考えないようになっていた。決まった時間に起き、ご飯を食べ、リハビリし、眠りにつく。
そんな毎日が一ヶ月過ぎ、明日退院する事が決まった夜、ふと真っ暗な病室から窓枠で四角く切り取られた
夜空を見た時、私の頭に何かが浮かんだ。そして段々とその想いは形となった。
これがあの時彼が言った、真っ暗な部屋と真っ暗な夜空の違いなんだ。
真っ暗な部屋は自分の意志でそうそうする事を決めることで、真っ暗な夜空は自分の意志ではどうすることもできないこと……。
今の私は真っ暗な夜空の下、どこに進めばよいのかわからずただその場で立ちすくんでいる。
そこにあるはずの月や星が生きる希望なら、今の絶望で曇った私の目では見ることができない。
あるはずの物がそこにない怒りと悲しみは、本当なら今も生きているはずの両親と重なった。
私の気持ちを理解してくれるのは、彼だけだ。彼はこの暗闇の中ずっと生きてきたはずだから。
未来が無い。彼が言ったその言葉の意味を今は深く理解できた。
こんなことになって唯一良かったのは、彼の痛みを知ったことだ。
彼に逢いたい。今の私なら彼は好きになってくれるはずだ。そんな不確かな感情が胸を高鳴らせた。
あの事故が起きてからは初めて私は、早く明日にならないかと願った。