告白
それまでの私は人と交わる事を避けて生きてきた。他人を傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。挨拶をかわすぐらいの人間関係がベストだった。
中学二年までそんな想いに捕らわれていた自分が三年になると人から頼られ、相談される人間になっていた。
なぜ突然そうなったか自分自信でもわからない。ひとつだけ確かな事は、その立場はとてもいごこちが悪いということだった。
毎日いつ落ちるかわからない、ボロボロな吊り橋の上を歩かされるような、無形の恐怖がついて回った。
クラスメートから何かを相談をされ、受け答えを間違えば、簡単に吊り橋は落とされ、二度と戻ることはできなくなる。十五年という短い人生経験のなかで何度かそういう人達を見てきた。
戻れなくなった人たちは、みんな悪い人ではなかった。少しだけ不器用で、そして少しだけ正直過ぎた人達だった。
相談してくる人たちの胸の奥には、すでにその人なりの答えがあって、胸の奥に眠るその答えが正しかろうが、間違っていようが、その人の前にそのまま取り出す事を望んでいる。
だが戻れなくなった人たちは、正直すぎるあまりに形を変えて胸の奥から取り出してしまった。
現実から眼をそむけて生きてきた人間からすれば、正しい答えは自分が用意したものだけなのだ。見たくないものを自分に見せた人間をどうすればよいか。自分の周りから消してしまえばいい。
そうして正直すぎた人たちは、自分がぼろぼろな吊り橋の上を歩いていたことも知らぬまま、突き落とされていった。
私もいつかそうなるのかもしれない。想像しただけで足が震えた。
そんな恐怖のなかで生きていた私は、クラスのなかで嫌いな男子がいた。それが松本広翔だった。
彼は私とは真逆の位置にいた。悪でもなく、善でもない。その場に溶け込む事で彼のすべては成り立っていた。
クラスメートが話しかければ無難な答えを返し、そのあと決まったようにぎこちない笑みを浮かべた。
彼がクラスメートに自ら話しかけるところを私は一度も見たことがなかった。
周りの人たちは嫌われることにとても敏感で、もちろん私もその中に属する人間だった。嫌われないように、いじめられないように細心の注意をはらって生きていた。なのに彼はそんなそぶりなど一切見せない。
十五歳の私は彼のことを別の生き物のように感じ、どこか気持ち悪さを感じていた。
あるとき、そんな想いにとらわれていた私の心に微かな変化が訪れる出来事が起こった。それは昼休みクラスの男子が教室の隅で彼にした質問を、聞いたときだった。
「松本って、いい感じに生きてるよな」
本当は、お前はクラスの中で浮いた存在だと、質問した男子はそう言いたかったのだろう。彼自身、望む望まないにせよ、クラスの中で明らかに異質な存在だった。
彼の周りを囲む四人の男子は、口元に微かな笑みを浮かべ返事を待っていた。
私はその何気ない言葉の中に、いくつもの地雷が隠されているのを感じた。
彼は気づいているのだろうか、いま自分がボロボロに朽ち果てた橋の上を歩かされていることを。
自分ならどう答えるだろう、いつもの癖で相手が求めているベストの答えを私が探している最中、彼は当たり前のようにこう答えた。
「良い感じに死んでるからね」
そう言ったあと、いつものようにぎこちない笑みを浮かべたのだ。
少しの沈黙の後、周りを囲む四人の男子は笑いだした。遠巻きで聞いていた他のクラスメートも、つられて笑い出した。
たぶんみんなが笑ったのは彼の言葉が理解できなかったからだ。理解できない事は笑って終わらせる、それが十五歳の人間にできる最大の虚勢だから。
私はその言葉が聞こえた瞬間、何故か身体が熱くなった。今までの自分を否定されたような恥ずかしさと同時に、彼の真意を知りえたのはクラスの中で自分だけだという優越感からだった。
彼は生きることを望んではいないんじゃないか……。
勝手な思い込みかもしれないが、私にはそう感じられた。
その日から私は彼を意識するようになっていた。私の隣の席に静かに座る彼から、目が離せなくなっていた。