本能
広翔は公園のベンチに座り水銀灯の明かりに群がる虫を眺めていた。
虫はまるで幸せを求めるように、人間が作った偽りの太陽に、吸い込まれていく。
バチッ、バチッと、耳障りな音をたて、名も知らぬ虫たちが水銀灯の下に無残な死骸をならべた。
虫たちは命をかけてまであの光に何を求めているのだろう。もしその行為が生まれながらにして組み込まれた本能だとすれば、自分はあの虫たちと同じだと思った。
母親によって自分も、死を求めるよう組み込まれたのだから。
長く伸びた水銀灯の光に人影が写った。その影が上村あきだとわかるまで時間はかからなかった。
広翔が座るベンチに滑り込むように腰かけ、あきは必死に呼吸を整えた。
「待たせて……ごめんね。連絡しようと……思ったんだけど、携帯番号知らなかったから」
「大丈夫だけど、何かあった?」
「私、両親亡くしてから祖父母と暮らしてるんだけど、祖母が心配性でなかなか外にだしてくれなくて」
「そうなんだ」
会話が途切れた。
手紙のやり取りは何度もして来たが、実際しゃべった事など数度しかなかったのを、広翔は思い出した。
あきも同じだったのか、二人ともなにも言えず、さっきより増えた水銀灯に群がる虫を眺める作業を始めた。
「なんで虫って光に集まるのかな?」
あきが独り言のようにそうつぶやいた。
広翔はのど元まで上がった、本能という言葉を無理やり呑みこんだ。その言葉を口にすると、もう後戻りできない気がした。
「みんなが集まるから自分だけ取り残されるのが嫌なのかな? みんなと違うのは怖いもんね……」
やっと聞き取れるぐらい小さなあきの声が、広翔の心を震わせた。
広翔はあきの横顔を見つめた。
その視線に気づきあきが振り向く。
数秒見つめ合い、お互いぎこちない笑みを浮かべたあと、ゆっくりと唇を重ねた。
そのキスは幸せ感じるものではなく、寂しさを共有するような儚いものだった。
相手の悲しみが口から流れ、心の隅々に染み込む。そんな不思議な感覚に広翔は溺れた。
唇が離れると、広翔の耳元にあきが顔を寄せた。
「私の家族になってくれたら、私が……。あなたを殺してあげる」
鼓膜を揺さぶり続けるあきの声で朦朧となった広翔の視線の先でまた、偽りの光に虫が吸い込まれていった。