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残酷な天気

上村あきの両親が事故で亡くなった。


温泉に向かっていた上村家の車に、信号無視をしたトラックがぶつかり、後部座席に座っていた上村あきだけが、奇跡的に足の骨を折るだけで助かった。


担任は教壇に立ち、神妙な面持ちでそう告げた。


担任の口から零れたその声は、教室の中をくるくる回り続け、現実を受け止められない生徒たちの心にゆっくりと納まった。


一瞬にして静まり返った教室の空気を読み、担任は口元を微かに緩め何気ない表情で言葉をつなげた。


「上村さんが登校してきたらみんな励ましてあげてね」


教壇で硬い微笑をこぼす女性教師の脅迫めいた言葉に、生徒たちは洗脳されたように大きく頷いた。


広翔は担任の顔を見ていられず、窓の外に視線を向けた。


空は水色の絵の具で塗りたくったように滑稽なほど澄み切っていて、綿あめを連想させる真っ白な雲の隙間から温かい日差しが校庭に照りつけていた。


上村あきもこの空を見ているのだろうか。もしそうなら、なんて残酷なことだろう。


晴れ渡る空は心に傷を負った人間には強すぎる。雨の日が嫌いと言える人は幸福なのだと広翔は思った。


今だけは彼女の心に寄り添うような、優し雨が降って欲しい。一粒、一粒の雨が、悲痛な彼女の泣き声を消してくれるはずだ。


そして泣き疲れたら静かな雨音に包まれて心穏やかに眠って欲しい。そんな切実な広翔の願いが叶う事はなかった。その日の空は嫌味な程晴れ渡り続け、後に綺麗な夕日が顔を出し、最後は満天の星空で終わりを告げた。


その日の夜、広翔は部屋の窓から満天の星空を見つめ上村あきの事を考えていた。


広翔自身、他人の事をこんなに思う事は初めてだった。


彼女にはこの星空がどんな風に見えているのだろう。

この世界のあらゆる景色が、両親を亡くす以前とはがらりと変化したはずだ。


脳に刻み込まれた両親との思い出は、普段の生活のそこらじゅうにちりばめられふとした瞬間それを感じ、喜びと切なさが彼女の心を包み込む。

 

両親と彼女の関係は、両親が亡くなった後も続いて行くのだろう。


人は亡くなった後も誰かの心の中で生き続けるのかもしれない。


いま自分がこの世界から消えたら、誰かの心の中で生きるのだろうか。


この世界から消えるとき、誰の記憶にも残らない自分でいたいと思っていた広翔の気持ちに微かな変化が生じた。


母親に首を絞められた後、広翔は多くの時間死について考えてきた。

 

死について考え続けると、最後には生きることを考えなければならなかった。逆も同じで、生きる事を考えるとき、死についても考えねばならなかった。


もし人が自分の生きる時間を知ることが出来たなら、どんな人生を過ごすのだろう。どのぐらい生きられるか知ってしまった人は、最後まで人生を楽しめるのだろうか。


生まれたときの記憶がないのは、生きられる時間を忘れるためじゃないだろうか。もしそうなら喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。


運命と宿命が重なり合いながらひとつの命を燃やし尽くす。無くした物と、手に入れた物、それを天秤に乗せ一喜一憂する生物。


僕は何を無くし、何を手に入れたのだろう。


そんな釈然としない気持ちを抱えながら、広翔はある事を決意した。


いつか彼女が過去を振り返り、その時見えなかった様々な出来事を知りたいと願った時は、自分がすべて記憶しておいて教えてあげよう。


まず初めに、今見ている星の位置を克明に記憶するため、広翔は瞬きを忘れ夜空を凝視した。


そのとき、満天の星空から星がひとつ流れた。なぜだかその流れ星が上村あきの頬を伝う涙に思え、広翔の胸は強く締め付けられた

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