第3話 暗殺者の会話
ブルートゥスが去ったあと、部屋に静寂が戻った。
俺はしばらく動けなかった。
三日後。
俺は殺される。
それが歴史だ。
だが今、目の前にいた
マルクス・ユニウス・ブルートゥス
は、暗殺者というより——
迷っている男に見えた。
本当にこの男が、俺を刺すのか?
俺は机の上の書簡をもう一度見た。
その中に、もう一つ気になる名前がある。
ガイウス・カッシウス・ロンギヌス。
カエサル暗殺の首謀者。
歴史の本ではそう書かれていた。
つまり。
ブルートゥスではなく、
この男が事件を動かしている可能性が高い。
俺は立ち上がった。
「……少し外に出るか」
宮殿の廊下を歩く。
護衛たちが頭を下げる。
カエサルという男が
どれほどの権力を持っていたのか。
今になって実感する。
その時だった。
廊下の先から、低い声が聞こえた。
俺は反射的に足を止めた。
柱の影から、二人の男が話しているのが見える。
一人は——
間違いない。
ガイウス・カッシウス・ロンギヌス。
もう一人は若い元老院議員だ。
二人は周囲を警戒しながら話している。
「ブルートゥスはまだ迷っている」
若い議員が言った。
「やはり彼を巻き込むべきでは……」
カッシウスは鼻で笑った。
「いや、必要だ」
「彼がいなければ、この計画はただの殺人になる」
俺の背筋が冷えた。
計画。
つまり——
暗殺はすでに決まっている。
若い議員は不安そうに言う。
「ですが……カエサルは民衆に人気があります」
「もし失敗すれば」
カッシウスの声が低くなる。
「失敗はしない」
「三日後の元老院で終わる」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の心臓が大きく跳ねた。
やはりだ。
三日後。
ユリウス・カエサル暗殺。
歴史は、すでに動いている。
若い議員が震える声で言った。
「だが……ブルートゥスは本当に刺すでしょうか」
カッシウスは静かに答えた。
「刺さなくても構わない」
「だが、そこに立っているだけでいい」
「それだけでローマは我々を支持する」
俺は柱の影で息を止めた。
なるほど。
そういうことか。
ブルートゥスは象徴。
正義の象徴として
この暗殺に利用されている。
俺はゆっくり後ろに下がった。
そして心の中で呟く。
「面白い」
「つまり——」
「この暗殺は政治劇か」
三日後。
ローマ史上最大の暗殺事件が起きる。
だが今、はっきり分かった。
これは単なる裏切りではない。
ローマそのものを揺るがす陰謀だ。
そして俺は。
その中心にいる。
俺は空を見上げた。
歴史は変えられない。
だが。
真実を知ることはできる。
ならば俺は——
この暗殺の裏側を、最後まで見届ける。




