新説民話体系「蜂蟻譚」
誰も知らない昔の話、昔々の物語。
天の高みをクルクルと八の字描いて飛び回る、黄色い縞が空を舞う。
見上げると蜂の群れが羽音を奏でて飛び回っていた。
すらりと伸びた触角、透き通った翅と黄色と黒の縞模様が陽の光で輝いている。
蜂たちは色とりどりの花々の蜜を吸い回り、薫り高い花粉に舌鼓を打つ。
陽の光を浴びながら優雅に暮らしていたが、ひとたび機嫌を曲げてしまうと、その毒針で彼方此方の鳥獣を刺して回っていった。
その毒針が故に鳥獣たちは近づくことを恐れ、逆らう者のいなくなった蜂たちは、いつからから己を天の主だと思い込むようになった。
ある日、蜂たちはふと気づく。
自分たちの遥か頭上で輝く太陽が、まるで自分たちを見下ろしているように思えたのだ。
こちらが顎を鳴らし、翅を軋ませ、毒針の先を煌めかせ、いくら威嚇しようとも、太陽は素知らぬ顔でさらに一層光を増すのである。
蜂たちは怒りに燃え、太陽を刺し討つことに決めた。
鋭き顎をカチカチと打ち鳴らし、翅を震わせ、天のさらに高みへと飛び立った。
風を切って一直線に、あの天上の一点を目指して飛び上がった。
ところが、太陽に近づけば近づくほど、チリチリと熱は増し、目の前が陽炎のようにぼんやりと歪んでいく。
やがて蜂たちの翅が次々と焦げ始め、背からボウボウと煙が上がり始めるのだった。
身が灼かれる痛みに耐えきれず、蜂たちは一匹、また一匹と力尽き、黒い影となって地上へと落ちていく。
風に揉まれ、地面に打ち付けられた勢いで、焦げ残った翅もすっかり抜け落ち、触角も醜く折れ曲がってしまった。
そして、その身は焼け焦がれ、かつての鮮やかな縞模様は消え失せて、墨のように真っ黒になってしまった。
翅も毒針も灼かれてしまい、力を失った蜂は空を飛ぶことも、周りの鳥獣を刺すことも出来ない。
もはや飛んで逃げることも、毒針で追い払うこともできず、かつて見下ろしていた鳥獣が、今や己を見下ろす敵に変わってしまったのだ。
蜂たちは身を寄せ合い、震えながら己が身を隠すための影を探して這い回る。
敵の目から逃れるように、折れた触角を揺らして彼方此方を見渡しながら這い回る。
太陽の光を見るたびに、灼かれたときの痛みが身体の奥から蘇った。
そして蜂たちは、地面に小さな穴を掘り、暗く冷たい土の中に潜り込んだのだった。
地に落ちた蜂たちは、花の蜜を吸うこともできず、木陰の朽ちた種や虫の骸を拾って生きる。
誰にも知られぬように、地の底に深く根を張り暮らしている。
そこに、天の主を気取っていた頃の面影はどこにもない。
こうして、天を舞っていた蜂が、地を這う蟻へと姿を変えたのだと云う。
今でも蟻が太陽を避けて地中深くに潜るのは、あの日、太陽に灼かれた痛みを思い出してしまうからだと語り伝えられる。
これは誰も知らない昔の話、昔々の偽語。




