第1話:悪党、いきなり処され、見習い神官チビる!
はじめまして! この作品は巡廻異端審問官(自称)と見習い神官の、男女バディものです。 ギャグとシリアスが混じり合ってハーモニーになってればいいな、と思っています。 タイトルに惹かれた人もそうでない人も、気軽に読んでください!……実は、暴力ヒーロー&バディの裏テーマもあります。 そのあたりに気づいた方は、たぶんもう戻れません。お楽しみください。
もう、ヤダヤダヤダ、帰りたい!
どうしてうら若きぴちぴちの乙女である私が、こんな夜遅くの森まで出かけないといけないの!?
見習い神官って、こんなブラックなお仕事だったっけ!?
それに、こんな暗いのに私一人ってのもありえないし、ランタン一個だけで巡廻もありえない!
うー、一人になったのは、私が一緒について行く予定だったディエゴおじさんとはぐれちゃったのが原因なんだけどね。
あ、そうだ。
私、フリッカ・ツシェ。つい最近まで神官学校にいて、今は見習いとして教会に配属されたばっかりなんだ。
つまり、駆け出しの神官ってこと。
だから、色々な雑用を押し付けられる覚悟はしていたんだけど……まさか、真夜中の森にランタン一つ渡されて「行け」って言われるとは思わなかったよー。
やだやだ、ランタンの火なんてチロチロしてるし、周り真っ暗なのに、ホラー! もう完全にホラーだよ!
でも、ここで逃げ帰ったら「無能」「役立たず」って言われて、また学校に逆戻り……私、ちょっと落ちこぼれだったからそれだけは嫌! 絶対に嫌だから何とか頑張らないと……。
あーあ、本当にディエゴおじさんとはぐれちゃったのは失敗だったなー。
ディエゴおじさんは、この街で30年も神官をしている、街のまとめ役。温厚で優しいんだけど、使える魔法がすっごいんだ。
何せマナウス教会でも滅多に現れない、癒やしの奇跡が使える神官なんだから、私もあの魔法を見て覚えて使えればいいなーと思っていたのに、まさかちょっと歩いただけで置いてかれるなんて……。
ううん、でも泣いてないから! だってフリッカ強い子だもんね!
だから、何が起きても大丈夫、大丈夫……って。
「ギャーーーーーーーーーーーッ!」
あわわわ、びっくりしすぎて口から求婚中のキジみたいな声出ちゃったよぉ!
でも、びっくりしちゃうの仕方ないよね。だって目の前に、ボロッボロだけど明らかに何かありそうな小屋が見えたんだもん。
そもそも、何で私がこんな森にいるのかってのが、この小屋が目的だったんだよね。
実は街で最近、この小屋に人がいるんじゃないかって噂になっているの。
何でも、元々は炭火焼き小屋だったみたいだけど、数年前に家族がみんな夜逃げか何かして、そこからずっと空き家みたい。
時々浮浪者が住み着く事もあったみたいだけど、今回住んでるのはどうやら聖職者の法衣みたいなのを着ているんだって。
マナウス教会の法衣は、選ばれた人しか着られないの。
マナウス教会の神、マナウス様は全ての知識と魔法とを統べる神格で、私たちに魔法の奇跡を与えてくれる。
そして時には、未来に向かう予言を与えてくれる偉大な神様なんだ。
そんなすっごい神様であるマナウス様が選んだ特別な信徒だけが着られる法衣を着てる、それだけですっごい大罪なんだよ。
神の僕じゃないのに、神の信徒を名乗って、私たちが守るべき市民をたぶらかすのは禁忌だから、絶対に許しちゃいけない。
噂が本当なら、法衣を着てる奴を何とか取り抑えなきゃいけないんだけど……。
できるわけないよね!? 私、女の子だよ!?
私が巨大化できる魔法とか使えたら向かっていったかもしれないけど、私はまだ魔法の基礎しかしらないから、ドーンとかバーンって魔法は出せないし。
でも、放ってもおけないし、どうしたらいいんだろう……それに、ディエゴさんも見つけないと……。
小屋の前で、色々な考えがぐるぐる回っていた私は、その時になってやっとあの小屋が異常に静かだったこと。
それと、小屋から強い血のにおいがしていることに気付いたんだ。
……えーと、これってヤバいよね!? 流石に逃げていいよね!?
そう思うけど、ヤバさを認識したらもう足がガックガク。生まれたての子鹿ちゃんみたいになって、全然動けないの!
どうしよ、どうしよ……。
「よぉ、おまえ。街から来たのか?」
「ぎにゃーーーーーーーーーーー!」
いきなり後ろから話しかけられたものだから、私はね、そりゃもう叫びましたよ!
思いっ切り腹の底から叫んで、ちょっとジャンプもしちゃいましたって!
それで、そのまま尻もちをついて、声のしたほうを見たら……なんか、でっけー男の人がいたの!
金色の髪に青い目をしてて、にやっと笑った顔から牙みたいな歯が出てる。
身体は私より二回りくらい大きいかな?
たぶん、昼間あったらそこまで気にせず通り過ぎちゃうと思うんだけど、今は違うっ!
だってこの人、半裸で立っているんだもん!
しかも髪から肌、ズボンに至るまで返り血でぐっしょり濡れていて……完全に、ホラーで誰か仕留めてきちゃった怪物みたいになってるんだもん!
「やだーーーーーーー! 助けて死にたくない! 私おいしくないです! だから食べないでー!」
私はその場で大の字になって暴れたよ。そりゃもう暴れまくったとも。
「そうだな、たいして肉付きもよくねーし。それに人間ってマズイらしいぜ。雑食の生き物ってまずいから」
男はそんな私に、何ごともなかったように話をしてくるの。
あ、ギリギリ会話できるタイプの怪物だったのかな? と思って、私は改めてその人を観察したの。じーっと見てやったわ。思いっ切り見てやったわよ。
その人は、私たちマナウス教の法衣に似た服を着ていたけど、色合いも材質もかなり違った。
一番違うのはアンクで、彼が首から提げているアンクは私たちの使っているマナウス教のシンボルと比べて歪だし、やけにゴチャゴチャして異質に見えたかな。
それでも、私はこの人がマナウス教を正しく学んでいた人だろう、って思ったんだ。
正しくマナウス教を理解しているからこそ、正しくマナウス教の様式に反している、って感じ。
「ん、さっきから俺のことずーっと見てるな。おまえ、そんなに半裸の俺が見たいのか? まったく、俺がセクシーすぎるから仕方ねぇよな。よし、特別にたっぷり見せてやるぜ。必要ならポーズの一つでもとったほうがいいか?」
「なーに言ってるんですか、いりません! そんな血まみれの身体をセクシーって言うのはいくらなんでもジャンルがニッチすぎますから!」
でも、どうしてこの人こんなに血を浴びているんだろう。
私の疑問は、すぐにとける。
なぜなら、その男の人は私と一緒にここに来る予定だったディエゴおじさんの死体を足元に転がしていたからだ。
「ぎゃーーーーん! ディエゴおじさん! ディエゴおじさんが、おじさんだったものに!?」
恐怖のキャパシティが完全にオーバーフローした私は、何がなんだかわからないままとにかく声をあげる。
「どうしてディエゴおじさん!? あ、あなたが殺したんですか!」
「お、このデブった神官のことか? 確かに俺がブッ殺した。いや、厳密にいうと頭ぶん殴ったら一発で死んだんだよな。いやー、神官って魔法便りにしがちだから、殴ったら結構簡単に死ぬんだよな」
やっぱり、この人がやったんだ。しかも、全然悪いことしたって雰囲気がない。
私はディエゴおじさんのこと全然知らないけど、でも、こんなこと絶対に許せないし、許して言い事じゃない。
「な、何でそんなことするんですか! ディエゴさんは、街の人たちに信頼されている神官なんですよ! もう30年もこの街の神官として過ごしてきて、祈りや教えを伝えて……」
「ふーん、そうか。なるほど……だからこんな、金をもってたんだなァ。いや、助かったぜ。旅をするにも何かと物入りでよ。最近路銀が乏しいから、ちょっと金子が欲しかったところだったんだ」
「あ、あなた! お金ほしさにディエゴさんを殺したんですか! ご、強盗! 罪深いです! すぐに、神の名の下に、裁きを受けてください!」
私の言葉に、その人ははじめて露骨に嫌な顔を向けた。
「なーんでこの俺が、神の裁きを受けなきゃいけねーんだよ?」
「だってあなた、人殺しでしょ!」
「はーん。あいにくだが、マナウス教の教義に人を殺すなかれ、の一文はねぇんだよな」
彼はそういうと、ケラケラ笑う。
でも、彼の言う通り。マナウスの教義には「人を殺してはいけない」ってのは存在しないのだ。
なぜかはわからないが、一説だとマナウスの古い契約では死によって人ははじめて救済されるという思想が存在したから、そのなごりだろうと、私の師匠は言っていた。
「でも、だめですよ! 納得できません!」
「そうかよ。じゃ、もう一つ教えてやる。俺なんかよりコイツの方がずっと多くの人を殺しているんだぜ。金だってそうだ。かなりの人数から巻き上げて、それで夜逃げした家なんてこの街にはわんさかいるんじゃねぇのか?」
「そ、そんな……まさか」
まさか、神官であるディエゴさんがそんなことするなんてあり得ない!
そう言いたいけど、実はこの街で夜逃げした市民はとても多いのだ。原因はディエゴさんが、魔法をつかえない市民たちには莫大な治療費をふっかけていたことだろうと、まことしやかに囁かれている。
「だから、俺が殺した。俺の神が、こいつは悪だといってたからな」
男はそういい、髪を掻き上げる。もう、一体この人はどこの誰の何なの?
デタラメな法衣にデタラメなアンク、見た目は全部デタラメなのに。
「俺がここに来たのは、ここに断罪すべき悪があるからだ……俺は、俺のマナウスに囁かれてここにきた。間違いを正しく、裁くためにな」
この人の言葉からは、確固たる信念を感じる。
そして、神をすこしも疑ってはいない強い信仰心と、神の道に殉じるという強い覚悟もある。
私、こんな人初めて見た。
「で、でも、神官を殺したんですよ! それなのに、神を名乗るなんて……矛盾してません?」
「ま、そうだな。だが、俺は俺の神を信じる。ほら、見ろよ。これ、見覚えないか?」
男はそう言いながら、私に何か投げてきた。それは、確かに見覚えのある綺麗な羽ペンだ。
「う、うそ……こ、これは……リーレンさんの!?」
驚きからつい声まで出ちゃったけど、本当に驚いたの。
リーレンさんは、私が配属してすぐ知り合った街の錬金術師。空回りしてしょちゅう転んでいた私に、塗り薬をつくってタダでくれた優しい人だったの。
でも、死んでしまった。
遺書こそなかったが、自殺だったみたい。
教会では自殺者の魂はマナウス神のもとに行けないから、そういう死に方をした人の話って自然にタブーになるんだけど、私はあの人が自殺なんてするのかな? ってずっと疑問に思っていた。
その、リーレンさんの羽ペンを、どうしてディエゴおじさんが……?
似たような羽ペンなら偶然似たのを買っただろうで住んでいたけど、リーレンさんの羽ペンは綺麗な青い羽根のペンだった。彼の故郷にいる、幸福の象徴だったらしい。
どうしてリーレンさんの羽ペンを、ディエゴおじさんががもっているの?
「他にもあるぜ、懐中時計。まだ何も書いてない羊皮紙、インク……ちょっと金目のもの、結構もってる。多分、盗んだんだろうなぁ。死んだ奴はもういらないだろうから」
「ま、まってください。どうしてディエゴさんがそんなことするんですか!」
「しらねーよ。悪ぃけど、俺はバカだからよー。何か、推理? とか情報収集? ってのはからっきしでな。殴るのとブッ殺すしかできねー性分なの」
「ええー、もっと中間の性分ないんですか!?」
「できねーよ。おまえはブッ殺すか殴られるか、どっちがいい?」
「どっちも嫌ですよ!」
男は腕まくりをして、じわじわ私に迫ってくる。
ぎゃー! どうして!? どっちも嫌だって言ったでしょ!?
「……おまえも、疑ってるんだろ?」
「なななな、なにをですかー!」
「だから、その。ペンの持ち主。死んでるんだよな? そいつが死んだの、おかしいって思ってるんだろう?」
それは、正直いうと図星だった。
リーレンさんは優しくて、ノンビリした人で、死ぬほど思い詰めてるように見えなかったのだ。
「わたし……わかりません。でも、リーレンさんは、自分から死を選ぶ人ではなかった……」
「つまり、おめーもクサいと思ってんだな。その……リーレンって奴の死を」
「は、はい……」
「よっしゃ! だったら、おまえ、俺と共犯にならねーか?」
男はそこで、ニヤリと笑う。
「俺の共犯になって、この街に巣くう罪を暴いてやろうぜ。俺の神が、そういっている。罪を暴けと。そしてそのために、お前を使えってな」
「ちょっとまって! 勝手な事いわないでくださいよ! どうし……」
「どうしても何も、今おまえは迷ってる。それだけで十分だよ」
男はそう言うと、死体の上にどっかり座って笑う。
「いいか、俺の名前はコギト。巡廻異端審問官だ。こういう奴みたいに、表は神官よろしくいい顔して、裏ではひでぇ真似をする悪党をブチ殺してる。よろしくな」
コギトと名乗ったその人は、血まみれの顔のまま笑っている。
たぶん、私を警戒させないための笑顔……なんだろうけど、正直怖い。怖すぎる!
吸血鬼が食事を終えた時って、こんな顔してるんだろうな。
それなのに、コギトはすっかり怯えて動けない可憐な私に顔を近づけると、血の匂いを漂わせて聞いてきた。
「それで、おまえ、名前は?」
「ひっ! あフリッカ・ツシェです!」
「よっしゃ、おまえの名前、におい、声、全部覚えたからな。もう逃げられねーぞ、諦めろ!」
「ひいいいいいいい!」
かくして、私は謎の男・コギトに一方的にヨロシクをされてしまった。
でも私はこの時、まだ何も知らなかったのだ。
この街に巣くう深い闇のことも、コギトという人間が私の思っている以上にイカれたヤバイ男だったということも……。
ヒロインの絶叫芸、お楽しみいただけましたか! 次回もどんどん巻き込まれ、どんどん絶叫していくフリッカと、フリッカを絶叫させるようなことをするコギトの活躍、そして殺害されたリーレンさんが一体何をしたのか! コギトが殴り●した人物が、一体どうなるのか!? ……ところで、異端とは一体だれが決めてどこから現れるものなのでしょうね?