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瞬の育った財閥の後継者争いはとても醜い。

当主が絶対的な地位を築いてきたという歴史がそうさせたのか、

代変わりの度に見るに堪えない争いが起きていた。

その中には不幸な犠牲者も大勢いた。

最有力候補と言われていた瞬もそのうちの一人だった。

媚を売る者、敵対心を向けてくる者、予想はしていたが想像以上の面倒事に何度もその権利を捨てようとした。


正式な後継者を四ヶ月かけて選別する、現当主からそう言われたときは溜息が出た。

これ以上同じことを繰り返すなんて馬鹿げている。

しかし父の言いつけに従い、瞬もくだらない争いに加わることとなった。



そして後継者候補を集め行われる選別、二回目の集まりに向かう途中で俺は拉致された。

理由は簡単に予測がつく。当主の座を欲しがる人間、その中の一人だろう。

あぁ、めんどくさい。だから嫌だったのに。



だけどこれで正式に後継者候補から外される、それは自分にとってはありがたいことだ。

無理矢理連れ去られたことには腹がたつがこれを機に家から抜けよう、

そう画策していると見張りの人間にこう告げられた。


「あなたには後継者争いが終るまでの四ヶ月間、ここで過ごしてもらいます。

外に出る事は許されません。

必要な物があればなんなりとお申しつけください、可能な限り用意させて頂きます。

あなたが低抗しない限りはこちらが手を出すこともありません。どうかご理解の程宜しくお願い致します 」


本気で激昂した。

自分に監禁まがい、いや、監禁を強いるなど馬鹿げている。

そんなことをしてただで済むと思っているのか。

だが反抗したところで外に出られるというわけではなさそうだったので

報復はひとまず後にしてこれから先の四ヶ月をどのように過ごすか考えることにした。


普段ならこんなに穏やかに構えたりはしないだろう。だけど今回は特別だ。

面倒な争いを放棄出来るのが自分にとっては思いのほか喜ばしいことだったのだとその時実感した。


監禁生活をするに当たって俺には監視役が付けられた。

盗聴器や監視カメラを付けない代わりにそうするように言うとすぐに承諾された。承諾させた。



用意された部屋にはひとつだけ黒いドアがあり、

それは外に出られる唯一の扉で常に鍵がかかっている。

鍵は監視役が肌身離さず持ち歩き、それと合わせて指紋と顔認証、

12桁の暗証番号が必要という手の込んだ造りとなっている。




いくら面倒事から逃れられたとはいえ、

機嫌の悪かった俺は見張りにはそれ相応の態度で接した。

ただでさえ緊張感を与えるらしい自分の怒りを間近で感じた彼らは

全員一週間ともたず逃げ出した。

この環境にも飽きた、そろそろ抜け出す作戦でも考えようか、

そんな風に思っていた頃七人目が辞めた。




そして八人目がやって来た。


「初めまして、葉瀬由那です。三ヵ月間よろしくお願いします」


丁寧に挨拶をしてくる彼女には拍子抜けした。

今までの監視役は名乗ったりなどしなかった。

自分が解放された後に行われるであろう報復を考えるならそれは正しい判断だ。


「私は存在感が薄いので、他人が気付くことは滅多にありません。なので比較的楽に過ごせると思います」


驚く俺を他所に彼女は聞いてもいないのに自分の説明をしだした。

自分で影が存在感が薄いなど言っていて悲しくならないのだろうか。


「それでは何かあったら声をかけてください」


初めて見るタイプの人間だと警戒する俺を気にもしない様子で読書を始めた。

他の人間なら怯えるであろう睨みを利かせても完璧に無視され、

なんだか拉致されたとき以上に腹がたった。



「おい」

「なんですか?」

「君は俺が怖くないの?」

「怖がってほしいんですか?」

きょとんとした様子で逆に問われて一瞬返事に詰まった。


「いいや。だけど俺に睨まれても無表情でいられるなんて珍しいと思ってね」

「そうですか」


一応こちらに顔を向けているが本の内容が気になるようで

チラチラと手元を見ている彼女に苛立ちを覚える。自分は本に劣るというのか。


「なにか特別な訓練でも受けているのかな?」

「…どうせ私の表情筋は死んでますよ」


もういいですか、そう言ってそのまま再び読書に戻ろうとする彼女を再び呼び止める。


「悪気はなかったんだけどな」

「そうですか」


だんだんと雑になっていく返事に舌打ちをしたくなる。そんなにその本が面白いか。


「由那」

「はい」

「君となら楽しく過ごせそうだよ」

「そうですか。それはよかったですね」


自分を恐れないどころか興味すら示さない人間。

その存在に自尊心を傷つけられた気がして、

それからは彼女の意識をこちらに向けようとあらゆる計画を立て実行した。


彼女は読書中に話しかけるとあしらうような対応をするが、

それ以外のときは案外丁寧に返事をしてくれる。


あの手この手で由那の興味を引こうと奮闘する毎日は

完璧な優等生を演じていた頃よりもずっと苦労した。



積極的に関わろうと努力した甲斐あってか

彼女とは段々と打ち解けられるようになり、会話も増えた。

由那とは本の趣味が合う。

監禁と言ってもこの部屋にはインターネットや通信機など外に繋がる物以外の娯楽は用意されている。

その中のひとつ、大量の本が納められた本棚へ案内すると彼女はとても喜んだ。



「こんなにたくさんの本に囲まれているなんて…!私は今とても興奮しています」


いつもと変わらぬ表情でそう言っていたがその瞳はきらきらと輝いている。

その姿を見るとなんだかこちらまで嬉しくなった。





最上階と思われるこの部屋の中には中庭もある。

申し訳程度の植物と小さなベンチしかないが、

由那はそれに随分と関心を抱いており、自分もなにか育てたいと言い出した。

中庭という環境、見栄えのよさ、手入れの容易さ、

それらの面から考えてどの植物が一番最適なのか。

連日ガーデニングブックを片手に唸っていた由那は考えに考えた末、

何故かサボテンを買ってきた。



「どうしてサボテンなの?」

何度も相談されたがサボテンなんて単語は一度も出てこなかった。


「可愛いじゃないですか」

「…そうかな?」

「はい」


上機嫌でそれを眺める由那。

短期間で成長する訳がないのに飽きずに観察をし、過度なくらいに世話を焼いていた。


そんなに水をやれば枯れてしまうと言ったのに


「愛情があれば育ちますよ」


と信憑性のない持論の元、毎日水を与え続けた挙句枯らしてしまった。

枯れたサボテンを見つめながら悲しむ由那を慰めるのは正直面倒だった。





「瞬君、今日は天気がいいですよ。一緒に日向ぼっこをしましょう」

「別にいいけどあまり長時間するのは勧めないよ」


クッションとブランケットをフローリングの上に敷きながら誘う由那に諭すように答えるが

自分の頬が緩んでいる自覚くらいはある。

彼女には心を許していることに戸惑いながらもどこか嬉しさのようなものを感じていた。



「由那は料理が得意じゃないの?由那の前の人たちは自分で食事を用意していたけど」

「…レトルトカレーなら得意ですよ」

「それは料理と言えるのかな」

「えぇ、立派な。子どもたちにも好評でしたよ」

「子どもたち?というかそれはそんなに誇れることなの…?」

「試しに食べてみますか?辛口、中辛、甘口、君はどっち派ですか」

「辛口でお願い」

「わかりました」







穏やかな日々が続き、今の生活も悪くないと思うようになった。

由那と本の感想を言い合い、一緒に植物を眺める。

たまに日向ぼっこをして、彼女自慢のレトルトカレーを食べる。

繰り返しの毎日がこんなに楽しいと感じるなんて。

大した行動もしていないのに充実感と満足感を得る不思議な生活。由那といると幸せだ。





だけど忘れてはいけない、彼女は監視役なのだ。


「どうしてこんな仕事を引き受けたの?」

ある日思い切って聞いた。


「私の両親が詐欺に引っ掛かって多額の借金をしてしまったんです」


由那は静かな声で語りだした。

両親は、困っている人間を見ると手を差し出さずにはいられない人たちであった事。

そしてそれが原因で騙されてしまった事。

短大を卒業後、必死で働いていたが自分の給料では借金を返す事など到底無理で

絶望していたときにこの仕事を紹介された事。


その話を聞きながら、いかに自分が彼女について何も知らなかったか気付いた。

毎日一緒にいたのに由那の事情を軽視していた。

後悔と罪悪感のようなものが押し寄せる。

そして、同時にもっと由那のことが知りたいという欲が出た。



話を聞いてからは彼女を徹底的に質問攻めした。

由那はいつまでも質問を続ける俺に少しげんなりしながらも結局は答えてくれる。


家族や勤め先の子ども達、学生時代の友人のことなどを教えてくれた。

説明書を読むように淡々とした口調で話していたが彼女は楽しそうだった。


その姿を見たときに知った、彼女の世界はとても明るいのだと。

優しい家族、賑やかな職場、彼女を好きな友人たち。

鮮やかでキラキラと輝くたくさんの幸せに由那は囲まれている。


それに対して自分はどうだろう。

競争、嫉妬、羨望、周りには彼女の持つような綺麗な色はない。

きっと、どんなに華やかな服装をしても、

どんなに豪勢な生活をしてもそれは得られないのだろう。

そう思うと虚しくなった。


自分は由那といるのが好きだ、由那といるから幸せなのだ。

だけど彼女は違う。自分がいなくても幸せに包まれている。

その事実に酷く傷つき苦しめられた。


黒い扉の向こうには彼女にとっての幸せがある。

だけど、自分にとっての幸せは由那といる、この部屋の中にこそあるのだ。



そう思うと時たま由那が外に出るのが許せなくなった。

ドアの外の世界が、彼女の日常だったもの全てが憎い、ずっとここにいればいいのに。






「由那、どこに行くの?」

「シャワーを浴びに」

「俺も一緒がいい」

「なに言ってるんですか?」


そのまま離れていこうとする彼女を背後から抱きしめた。


「どこにも行くな…行かないで…」

そう告げる自分の声は震えていた。


「瞬君?」

しがみつく様に腕に力を込め閉じ込める。


「傍にいて、いつも隣にいてよ」

誰かにこんな風に懇願する日が来るなんて。


異常に気付いた由那が腕の中で暴れる。

逃げる気配はしなかったので少しだけ力を緩めると

由那は振り向き正面からこちらを見た。


「どうしたんですか瞬君」

「由那と離れたくない」


直球で伝えると由那は一瞬固まり、それから少しだけ困ったような顔をして


「君は甘えたさんですね」


俺の頭を撫でた。そのままわしゃわしゃと髪の毛をかき回される。

まるで幼児を相手にしているかのような態度にむっとした。


「由那、俺は子どもじゃないよ」

「わかりました。寂しがりの瞬君と一緒にいてあげましょう」

「ちが、無視しないでよ」


いつもよりも優しい由那に少しだけ照れくさくなった。

誤魔化すように目を背けたがきっと由那は気付いただろう。





こんなやり取りが日常化し、

俺たちはほとんどの時間を共に過ごしお互いに触れているようになった。


「いつも手を繋ぐっていうのもなんだか変ですよね」

「嫌…?」

「嫌なら自分から繋いだりしませんよ」


そうするうちに常に彼女の近くにいないと落ち着かなくなった。



だけど由那は常に部屋にいるわけではない。彼女は外に出なければいけないときがある。

それでも離れたくなくて外出しようとする彼女を引き止めては外に戻れないようにした。



ある朝、目を覚ますといつも隣にいる由那がいなかった。

慌てて部屋中を探すが彼女は見つからず、外に行ったのだと理解した。

黒いドアの前、座り込みながら由那を呼ぶ。


「由那…はやく戻ってきて……」


何度もそうするうちに声は掠れ、自分の頬に冷たいものが伝っているのに気付いた。



――由那、由那



流れる液体を拭いもせず繰り返し呼び続ける。

ようやく彼女が帰ってきたときは目覚めてから四時間が経過していた。

「瞬君!?」驚愕しながら近寄り俺の体に触れた途端由那は真っ青になった。


「こんなに体を冷やして!どうしたんですか!?」

「由那が俺から離れるのが悪い」


我ながらなんて言い草だろうと思う。


毛布を取りに行こうとする彼女の腕を掴み抱き寄せようとすると

バランスを崩した由那のポケットの中から何かが落ちた。

カランとそれが床にぶつかる音が聞こえる。下を向くと落ちたのは鍵だった。





鍵、


由那を元の日常へと連れ戻す物、これがあるから由那は外に出てしまう。

これのせいで自分から彼女が奪われる。



「由那は外が好きなの?」

「え?」

「俺といるよりも元の生活に戻りたい?」

「瞬君…」

「鍵なんて無くなればいいのに。そしたら由那もずっとここにいてくれるのに」

「……っ」


一瞬俯くと、由那は急に立ちあがり自分から離れた。


「由那!」


捕らえたくても冷え切った体はもう思うように動かず、

届かない距離の彼女に手を伸ばすくらいしかできなかった。


しばらくすると、由那はカッターを片手に戻ってきた。

自分の横に座り床に転がった鍵を拾うと、躊躇なく切った。

唖然とし動けないでいる自分を他所に彼女は同じ動作を繰り返す。

カードキーはとっくにバラバラになっている。もうそれが役割を果たす事はないだろう。

それでも彼女は手を止めない。



「由那?」

押し殺したような嗚咽が聞こえた気がした。



「由那…っ」

答えずに下を向き続ける彼女の顔を覗き込むと彼女は唇を噛み締めながら泣いていた。




「大丈夫ですよ…」

手にしていたカッター放り出し、由那は青白い顔でこちらを見つめる。





「鍵は壊れました」

「これで私もここから出られません」

「ずっと一緒ですよ、瞬君」


流れる涙をそのままに消えそうな声を震わせながら由那は微笑んだ。






馬鹿だな、自分から鍵を捨てるなんて。

それがあれば君は大切な家族や友人の元へ帰れるのに。馬鹿だ、本当に馬鹿だ。

そう言ったけど彼女が鍵を手放してくれたことが本当は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

黒い扉はもう彼女にも開ける事ができない。




由那と二人、この幸せな世界に閉じ込められた。







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