運は尽きない
出会いは不運だ。出会わなければ何も起こらなかったのに、あの人と出会い、コトと出くわすことですべてを奪い去る。
そう思ってばかりの人生だった。せめてゴロのいい数字で何かをしようと決めた日から、同じ時刻にコンビニに行くようにしている。その日も同じ時刻に訪れた。
二〇二四年七月一日午前十一時五十分。
いつものコンビニ。川に近いその店は、小さな橋を渡った一角にある。正方形の駐車場を広げている店舗は、小さく若干古びた様相。
南と北、そして東側、好きなところに車を停められる。昼どきになると、コンビニ弁当とお茶をダダダッと無造作に摂り込み、だらんと昼寝をする工務店の男たちの、車列。
駐車場は今日もいっぱいだ。しかし、店内は意外に空いている。何を買おうか決めているわけでもない。ただ、ぶらりとまわる。
この間は、簡易冷気遮断シートをかぶせただけのアイスクリームケースで、恥ずかしい想いをした。シートを上のほうにやって、いつものチョコもなかアイスを取った。上にやったシートをホックに引っかけようとしたが、見事に元の場所に巻き戻ってしまった。
慌てたところで、とくに誰が見ているわけでもない。しかし、なぜか背後に「防犯カメラ作動中」を意識してしまう。もう一度、わずかな引っかけ箇所に留めようとするが、また巻き戻ってしまう。盗んでないからな。不審者でもあいからな。そう背中でカメラに訴えつつ、何度か試したが失敗。頭にきて、結局そのままにしておいた。
今日もまだ、簡易冷気遮断シートはそのままだ。修理するお金もないのか。しかし、その若干古びたコンビニが「いつものコンビニ」になっているには理由がある。大手コンビニチェーンの店員よりも、ごく普通に近所のおばちゃん、日本人系外国人、ちょっとバイトの軽い学生が、いいコラボを見せている。しかも有人レジ。アプリを入れ込んでもそのままになっている自分みたいな奴には、安心以外のなにものでもない。
気兼ねせず、怒りも覚えず、親しみ過ぎず、そのサービス精神がコアにベスト。しかも客
は、何かを抱えているおっさんが多い。ぶらんとした風貌で、力なくパン棚からパンを取り上げる六十代、七十代。たまに、見かける子連れ。大して料理もしないだろうよ、子どものおかずより、自分のおかずといった感じのスウェット主婦。や、シンママか。
自分はといえば、そのときの欲しい味覚を探す。
今日は、あんパン、あんこが食べたい。
二〇二四年七月一日午前十一時五十分。
本来なら幸運の時刻11(いい)時50(こと)設定は、この日だけは違った。七月一日
は、つまり71(ない)。よって「無い、いいこと」。
いいことなんて、ないよ。そう笑う七月一日午前十一時五十分。
そのまま、あんパン取っちまえ。捕まれば、少しは時が動く。どうせ、今も惰性で頂きものの人生。やってみろ、といわんばかりに、あんパンは誘い込む。
簡易冷気遮断シートに遊ばれたアイスクリームケースに立つ自分とは異なり、おそらく防犯カメラはこっちを見ているだろう。それでもどうにか手を伸ばして、あんパンに手をやる。あんパンを壊さぬようにそうっと……手に持ったまま、どうする…。
今日は暑いが薄手のジャンバー羽織ってきた。これなら大きめだから、大丈夫だよな、このまま、袖のなかに入れてもいい……。
「あんパン、食べたい。」
あの親子だ。子どもが下から見上げている。見られてる。自分の手にあるパンの袋に少し指が、ぐぐっと入る感じがした。
「あんパン、ないねえ。クリームパンにする?」
親子が自分に近すぎる、ちびな子どもにスウェットシンママ。さらに、あんパンに力が入る。もうだめだ、カーキジャンバーに入れ込むつもりが、そこから動けない。
ちびな子どもは、まだ見上げる。見つめている。思わず声が出た。
「あ~、これ、欲しいのか?」
やっと、言えたその瞬間に、腹の奥から何かがすう~っと引いていく感じがした。ため息というより、深い悲しみが目頭めがけて突っ込んでくる。
「おじちゃん、いらん?」
「ぼくに、あげる。少し、凹んでしまったけどな。」
シンママは、とくに表情を変えることもなく、
「おじちゃんに、ありがと、しな。」
子どもに少しだけ目線下げて、自分はクリームパンを無造作に取った。
「ありがと、おじちゃん。」
ちびな子どものいう、「ありがと」が、目頭まで来た感情を無造作に散らすような勢いだったが、再び腹の底に押し込めた。
「あ~、りが…。」
それ以上はやめた。
ちびな子どもはまるっこい手で、あんパンに目を落としてから、再び顔を上げた。
「ありがと。」
二〇二四年七月一日午前十一時五十分。「ない、いいこと。」
くだらない語呂合わせ、かつ、おとなげない感情を、自然な日常が包んでくれた。何かの出あいのおかげか。あんパンか、それとも、スウェット親子のおかげか。防犯カメラに映る怪しげな姿は残ったままかもしれない。あの子の目にはどう映っただろうか。
「ありがと、か。」
シンママが手にした同じクリームパンを一つ、レジに置いた。