6 ベールの下には
「……なあ、今の、なんだ?」
「さあ? 知らないけど、国王様って……」
キーンコーンカーンコーン
誰かの話し声を遮るように、授業の終わりを告げる音が響いた。
「――それでは、時間になりますので、授業を終わります」
先生はそう言うと、転校してきた彼女の方を向いて、微笑んだ。
「マリットさんのことは、皆さんでサポートしてあげてくださいね。それでは、日直は号令を」
「……あっ、き、起立――」
日直の子が慌てて号令をかける。
「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」
「はい、ありがとうございました」
挨拶が終わると、教室がざわめきに包まれた。
私も鼻息を荒くしながら、クロスくんに話しかけた。
「ねえ! さっきの聞いた!?」
「……さっきのって、国王様の?」
「そうそう! 国王様がやってくるなんて、滅多にないよ! すごくない!?」
前のめりになりながら、私は早口気味に語る。すると、ずっと無表情だったクロスくんが、わずかに眉をひそめた。
「いや……本当だったらすごいけどさ……普通に考えて、告知も無しに国王様が来るはずないでしょ」
「……!」
呆れたようにクロスくんに指摘されて、私は固まった。クロスくんは追い打ちをかけるように続ける。
「……国外のことは分からないけどさ。少なくとも、ここ『光の国』の王様は、民の前に現れるときはベールをつけて顔を隠さないといけないくらい、神聖な存在だし――」
「……!!」
クロスくんに、次から次へと正論をぶつけられ、私の腕は怒りでぷるぷると震えだした。
「……つまり、国王様がいる可能性は、ほぼ無――」
バンッッ!!!!
そのとき、何かが破裂したような音が教室に響いた。
立ち上がった私が、机をぶっ叩いたのである。
「……そんなに言うなら、私が国王様を探すから!!」
「……は?」
クロスくんが、『意味が分からない』とでも言いたげに、目を二回瞬かせた。
「だって、私が国王様と会うことができれば、クロスくんは何も言えないでしょ? だから、絶対に見つけてくる! というか、見つけるまで戻らないから!」
私は勢いのままに宣言すると、教室を出た。
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(いま気付いたけど……国王様が本当に来ているかも分からないのに、探すなんて無理じゃん!?)
国王様の探索を始めてからまだ数分も経っていないが、私はすでに自分の行いを後悔していた。窓が並んだ、人気のない廊下をトボトボと歩きながら、私はため息をついた。
「はぁ……」
国王様探しを諦めかけていた、そのとき。
「――ヒカリさん? どうしたの、ため息なんかついて」
「……!」
前方から、聞き覚えのある声がした。驚いた私は顔を上げる。
だが、そこには誰もいない。辺りをキョロキョロと見渡してみたが、声の主は見つからなかった。
「その声……国王、陛下?」
「おっ、よく分かったね!」
尋ねると、誰の姿も見えない空間から、明るい国王様の声が返ってきた。
私は一歩後退り、どこかにいるであろう国王様に向けて口を開いた。
「どこにいらっしゃるのですか? 陛下のお姿が、見当たりませんけど」
すると、国王様は笑いながら、楽しげに言った。
「そうだねぇ……どこにいると思う?」
私は試しに感覚に意識を集中させてみたが、物音一つ聞こえなかった。私はため息混じりに話す。
「誰に向かって聞いているのです? 私に分かる訳がないでしょう?」
「そっか。種明かしすると、いま使っている魔法は、隠蔽。僕の得意魔法で、姿とか足音とか、色々なものやことを隠せる魔法だよ」
そのとき、窓から日光が差してきた。
「魔法解除」
そのとき、声が聞こえた場所で、純白のベールがきらきらと輝いた。
華やかな服で身を包み、美術品のような剣を腰に下げ、よく手入れされた金髪をもつ彼は、王族の印が入ったベールで顔を隠している。私は彼に向けて微笑んだ。
「お久しぶりです。お元気そうで安心いたしました、神威レイヴェル陛下」
名前を呼ぶと、国王様はベールの下に笑みを浮かべた。
「ヒカリさんと会うのは、きみたち〈H.S〉が二代目魔王を討伐したという報告を受けたとき以来かな。調子はどう? 悪そうだけど」
「はい! とっても悪いです!」
「そうか。前よりは元気になったようだけど、無理はしないように」
「はい!」
国王様と冗談交じりの会話をしたのち、私は彼に、気になっていたことを問いかけた。
「そういえば、陛下はなぜこの学園へ?」
「えっ、あっ、それは……まあ、いろいろ……」
私の質問に、国王様はしどろもどろに答える。
疑わしく思った私は、国王様を問い詰めた。
「もしかして……お城から逃げ出した、というわけではないですよね?」
「なっ……! そ、そんなこと……!」
純白のベールに隠されているせいで顔はよく見えないが、明らかに動揺していることは分かる。
困ったことに、この王様は、お城をよく抜け出すのだ。
そこまでして何をするのかと思えば、町の武道大会に身分を隠して参加したり、農民たちと畑仕事に励んだり、ときには趣味の一環として、貧民街で楽しく暮らしたりしているらしい。
「で、でも、今回は本当に違うんだ。この学園に王としての仕事で来たあとに、逃げ出したんだ」
「結局、逃げてるから同じです」
「そうしたら、間違えて魔法を解除しちゃったところを、生徒に見つかって叫ばれて――うっ……うう……ひっく……」
「そ、そんなことで泣かないでくださいよ……! 国王様って大人ですよね……?」
国王様はベールの下で涙をぬぐうと、続けた。
「ああ、それと――〈H.S〉にも用があってね」
「え、〈H.S〉に、ですか?」
思わぬ方向に話が進み、私は目を瞬かせた。
先ほどの様子とは打って変わり、陛下ははっきり堂々とした態度で話した。
「ヒカリさん。学校が終わったら、〈H.S〉の本部で集合してほしい」
「は、はい! 分かりました」
「他の隊員たちには僕が伝えに行くから、よろしくね」
みんなで集まって何をするんだろう、と思いながらも、私は頷いた。
そうしていると、国王様がふと懐中時計を取り出した。彼は時間を確認すると、今度は私の方に時計の文字盤を向けてきた。
「長く付き合わせてしまって、本当に申し訳ない。実は、授業開始まで残り一分しかないんだ」
「え」
その言葉の意味を理解した瞬間、私は真っ青になり、廊下を全速力で駆け出した。
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私は〈H.S〉本部へと通じる、一つ目の扉の鍵穴に、鍵を差し込んだ。
鍵を回すと、ガチャッと音がする。扉を開けて、私の後ろにいた彼を先に通してから、自分も中に入った。
ドアを閉めると、横の壁が変化し、二つ目の扉が現れた。この扉は、指定された番号を入れると解錠されるようになっている。彼が慣れた手つきで番号を入れると、すぐにカチッと音がした。
その扉を開くと、最後の扉が現れた。
「ねぇ……いつも思うけどさぁ……ここ、入るとき、めっちゃめんどくさいよね」
「……誰かに侵入されたら困るから、仕方ないけど……面倒だよな」
ここは珍しく意見がそろった。二人してため息をついた後、私は扉の近くにあるスクリーンに目を向けた。
この扉は、かなり高度な魔法がかかっているらしく、顔を画面に映すだけで鍵が開くようになっている。だから、今までの扉よりも、私は楽だ。
だが、この方法は、眼帯などで片目が隠れているとできない。私は顔を、横にいる彼に向けた。
彼――クロスくんの左目は眼帯で覆われている。
「……この扉が面倒なのは僕だけって、なんか悲しいな」
そう口にすると、クロスくんは耳に掛けた眼帯の紐に指を触れさせた。
私は息を呑んだ。この動作はもう何回も見ているが、なぜだか目が離せないのだ。
次の瞬間。はらり、と彼の眼帯が宙を舞った。
眼帯が取れると、隠されていた彼の左目が見えた。
冷たく、無機質な漆黒の瞳。そこには、真っ白なバツ印が刻まれていた。
周りの光を一瞬も映さないそれは、魔眼と呼ばれる、特別な眼だ。
カチャッ
鍵が開いたようだ。私は隣にいる彼と、一緒に扉を開く。
「行くよ、2号!」
「……了解、1号」
私の声に、彼――2号は無表情のまま言葉を返した。




