4 平和へつながる教え
『……ヒカリィィ!!!! 今日は、”彫刻学”をやるぞォォォォ!!!!!』
頭に響く、激しい雄叫び。
これは……小学生のときの記憶……?
目の前で、叫び声を上げながら暴れ狂っているのは、私の師匠だ。
『オルァァァァァァァ!!!!!!』
ケモノのごとく叫び狂いながら、師匠は自作の銅像を持ち上げた。
自分の何倍もあるはずなのに、軽々と。
『うぎゃァァァァァァ!!!!!』
悲鳴を上げて、どすんと尻もちをつく私。
そんな私を、師匠は睨みつける。
『なに座っとんだボケェ!! やるぞォォ!!! よく見てろォ、これがオレの、”彫刻学”だァァァ!!!!』
声を荒げながら、めちゃくちゃ重そうな銅像を、自由自在にブンッブン振り回す師匠。
それを見た私は、いつも通り、腰をピッタリ90度に曲げて絶叫した。
『は、はいぃぃぃぃぃ!! 師匠、本日もご指導ぅ、よろしくお願いしますぅぅぅぅ!!!!』
『オラァ!! ヒカリィィ、オレが前に言ったこと、覚えてっかァ!?!?』
師匠が出した質問に、私は頭をフル回転させる。
『はいぃ! 確か、『どんなものでも武器にするのが強い人』みたいなやつでしたっけ?』
『そうゥゥゥゥ!!!! 何でも武器にすることができればァァ、どんな事態にも対応できるゥゥゥゥ! それはァ〈ヒーロー〉を目指す上で、最強の武器になるんだよォォ!!!!』
そうやって、師匠は目をクワッと剥く。
『まずはァ、持ち方ァァァァァァ!!!!!!!』
『はいぃぃぃぃッ!!!!!!!!!!』
その声は、空が夕焼け色に染まろうと、星が出ようと、絶えることはなかった。
――あの日々が、私の力となって、体を動かしているんだ。
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そして、今。
私は、金の像を手に、悪魔を見つめた。
――怖い。
手が震える。体が強張る。
――だけど。
それでも、みんなの命を、終わらせるわけには、いかない。
勝率が1%でも上がる方法を、見逃すことなんて、できない。
息を整えて、迫りくる巨大隕岩に視線を合わせる。
喉の底から、声を絞り出せ――!
「えいやァァァァァァァァッッッッ!!!!」
出せるものを全て使い、私は、金の像を操る。
腕が痺れた。体中が痛い。魔力はほとんど残ってない。
(それでも、やるしかないんだ……誰も欠けずに、帰れるように……!)
庭園中に、騒音が響く。
そして、私は、悪魔の最終奥義を、跳ね返した。
岩はそのまま、悪魔の方へ飛んでいく。
「う、嘘だロォ……! 人間が、自分よりも遥かに強大な、金の像を持ち上げルゥ……!? それどころか、振り回して、攻撃を跳ね返スゥ……!?」
悪魔の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
歯ぎしりをした悪魔は、視線を下げて、拳を握りしめた。
ギリギリで冷静さを取り戻すと、悪魔は顔を上げる。
「……岩壁……ッ!」
岩の壁を展開し、自分の最終奥義を防ぐ。だが、それは水の泡となって消えていった。巨大隕岩が壁を、一瞬で粉々にしたのだ。
悪魔が目を見開く。視線が、私に注がれる。
「なんで……キミは、そんなことができるノォ……!?」
「……師匠に、教えてもらったから」
「……ハァ?」
悪魔は言葉を失う。
すると、私の通信機から、司令の声がした。
『――1号、まだ戦えますか?』
「大丈夫です」
『はぁ……仕方ないですね……。1号、貴方に、攻撃を全て任せます』
「了解」
そこで、通信は切れる。
チラッと後ろに目をやると、隊長が声を張り上げるところだった。
「俺たちは救助にあたるぞ!」
「「了解!」」
ラプトの方へ向かっていくみんなを見て、少しホッとしてしまう。
心配していた救助の方も、隊長たちがなんとかしてくれそう。
攻撃で傷付いた像を、ギュッと握りなおした。
悪魔に視線を戻す。目が合った、その瞬間。
ダダッ!
私は、金の像を持ったまま走り出す。
――全力で何かをやっていると、時々、師匠と毎日のようにやっていた模擬戦を思い出す。
――師匠とは、何回も、何回も、何回も何回も、全身全霊で戦った。
それでも生まれた、数え切れないほどの敗北。
気付けば生まれた、「勝ちたい」という願い。
何年も掛けて、ずっと研ぎ続けていた爪が、今、獲物を捉えた。
人間が持ち上げることはできないはずの重さ。
それを抱えたまま、私は跳躍する。
「……ッ!!」
どこからか聞こえた、息を飲む音。
それと共に風を受けながら、落下する。
その途中で、黄金の女神像を振り上げた。
私の姿を呆然として見ていた悪魔は、一瞬で青ざめる。
「……なんで、なんでだヨォ……! まさか、そんなこトォ……!?」
「残念だったね」
思わず、目を細める。
黄金の女神像が、落下すると同時に輝く。
悪魔はハッとして、岩を作り出そうとしたけど、もう遅い。
落下しながら、私は悪魔に向かって、黄金の女神像を思いっきり振り下ろした――ッ!
強大な女神像が悪魔に打つかり、音を立てて砕ける。
同時に、悪魔は黒い霧のようになって、姿を消した……。
私は、耳についている通信機を手で触り、口を開く。
「こちら、1号。悪魔の消滅を確認」
『……了解しました』
「隊長だ。救助が完了したぞ!」
『了解しました。全員、学園へ帰還してください』
「「「「了解」」」」
〈H.S〉の仲間たちと、声を合わせて返事をする。
仲間たちは、次々にテレポートを発動し、それぞれの場所へと帰っていく。
私もそれに続いて、魔法を発動する。
魔力が底を尽きると共に、歪んでいく視界。
その中で、最後に見たもの。
それは、粉々になった黄金の女神像だった。
その像の欠片は、輝きながら、微笑みを浮かべていた。
……悪魔が致命傷を負えば、そのダメージが傷になったり血が出たりする前に、黒い霧のようになって消滅する。
悪魔を切ったとすれば、体が切断される前に霧となって、その霧が切られる。
倒された跡は、残らない。
私は唇をギュッと噛んだまま、〈黄金女神の庭〉を後にした。
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ピンポンパンポーン
帰ってきてすぐに、校内放送の始まりを知らせる音が、学園中に響いた。
すぐに先生の声が続く。
『先程発生した件に関しては、ただ今、安全が確認されました。本日の授業はこれにて終了とします。生徒の皆さんは速やかに下校してください』
この学園はもう安全だと分かって、クラスメイトたちはみんな、ホッと胸をなで下ろした。
ぽつり、ぽつりと喋る人が増えていき、教室はざわめきに包まれた。
「……もう、大丈夫なんだよね。良かった……」
「いざとなったら、アタシが大活躍してたんだろうけどね!」
「よっしゃ、今日の授業は二時間だけってことだよな!」
「ラプトのやつ、大丈夫か……? 心配だ……」
さてと、私も帰りの準備をしないとね。
さっきから一言も発してないクロスくんと、いつも通り穏やかなサクラちゃんを横目に、教科書、筆箱……ポイポイっとテキトーにカバンに投げ入れていく。
(うう……物を粗末に扱ったらダメだってのは分かってるのに……! めんどくさい……っ!)
すると、私の通信機が震えた。
「わっ」
『あっ、驚かせてごめんなさい』
私の耳に響いた司令の声は、戦いのときとは違う、穏やかで柔らかいものだった。
周りの人に聞こえないよう、声をできる限り小さくして、私は問いかける。
「要件は?」
『それはもちろん、チョコパーティーの件です』
「……!」
教科書をカバンに入れる手を、思わず止めてしまう。
『今日の三時から四時って空いてますか?』
「あ、空いてます……!」
『はい。では、その時間で打ち上げパーティーですね。よろしいでしょうか?』
「……っ、はいっ、もちろんです!」
『了解です、楽しみにしていてくださいね。……あ、あと、もう一つお話がありまして……』
すると、司令の穏やかな声から、温度が失われた。
通信機ごしでも分かる、司令の出す冷たい吹雪に、背筋が凍り、体が震える。
「な、なんでしょう……?」
『1号。黄金の女神像を攻撃に使うとき、わたくしは確かに、『攻撃を全て任せる』とは言いました。ですが……さすがに、やりすぎです』
次に司令の口から飛び出した言葉に、私は目を見開くことになる。
『今回の戦いの、損害額。なんと、全て合わせて、約十兆にもなります』
「えっ……!?」
あ、でも、冷静に考えてみれば、そうなるよね。
宝石がかなりたくさん飾ってあったし、中までしっかり金でできた、芸術的な像だったからね。プライスレスじゃないだけマシな方で――
――って、待って。
十兆? 今、十兆って言った?
『あっ、すみません。話が長引いてしまいました。切りますね』
ブチッ、と通信が切れる。
ただただ呆然とする私。
そこで、キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。
(……?)
そのとき覚えた、わずかな違和感に、顔を上げる。
「チャイム……?」
そういえば。
私は視線を、時計に移す。
ラプトくんが助けを求めてきたときが、二時間目の休み時間だったはず。
それで、今鳴ったチャイムが、三時間目の授業が始まる合図。
――なんでだろう。
――時間の進みが、遅すぎる。
でも、時計の針は、チク、タク、チク、タク……と、一定のスピードで歩み続けている。
やっぱり、気のせいかな?
チク、タク、チク、タク――
その音に混ざって、カチカチ、とどこかで音がした。