3 使えるもの全てを使って
うう~! 崖から飛び降りたときから、私の心臓がうるさい~!!
さっき、
(崖の上からテレポートとかするのかな~! でも魔力は温存したいな~)
とか思って、のほほんとしてたら、隊長がいきなり飛び降りて。3号も、当たり前かのように続いてさ。
それにつられて、私も飛びこんでしまったのだ。
あ、そんなこと考えてる場合じゃないね。今は――
――戦いに集中しなきゃ。
「オラァァァァ!!!!!!」
――ドガーン!!!
隊長の剣によって、〈黄金女神の庭〉を囲む岩は破壊された。
土煙が立ち込める。
その中に、人影が見える。
土煙が引き始めて、その正体は明らかになる。
人の姿をしたそいつの頭には、ツノが生えていた。
――敵だ。
――戦いが始まる。
瞬間、どこからかパラパラ……と音がする。
(石……?)
それを確認する暇なんて無い。
勘だけで後ろに飛び退く。
――さっきまで私がいた所に、”岩”が飛んできた。
私の身長の、何倍もありそうな岩が、庭園の歩道を砕いた。
(ひえぇ! 避けてなかったら、今頃ぺっちゃんこに……)
怖すぎるって……!
あまりの破壊力に震える私。その横で、隊長の剣の刃先が光り、岩が真っ二つになった。
それを見て、敵は、口を開く。その声には、好奇心と強者の余裕、猛烈な狂いが混じっていた。
「ダメだったカァ……! まさか、ボクの攻撃を、避けるどころか、切るなんてネェ……!」
角を生やした敵――悪魔は、ツノをなでながら、笑みを浮かべた。
「光の国」に人間という種族がいるように、「闇の国」には悪魔という種族がいるのだ。
大体の悪魔は魔王軍に所属していて、ツノの大きさ✕数で強さが決まる。
この悪魔は、中くらいのツノが2本。
――かな~り強い方。
「ボクの岩を傷付ける人なら時々いるけど、切った人なんて、今までダァレもいなかったヨォ!」
ふと、悪魔は、油断なく構える私たちを見て、手を上げた。
「……もうおしゃべりは終わりにしようかナァ? 魔法発動・岩投!!」
すると、天へと差し伸べられた手に、魔力が溜まる。
そして、岩ができた。
その岩は、山崩れのような勢いで、私たちの方へと襲いかかってくる!
「……うわっ」
全力でそれを避けると、悪魔の口角がさらに上がる。
「ボクの得意魔法は岩! 岩を生成して、操ることができるんダァ! 例えば――岩壁! 岩の雨!」
悪魔が手を上げ下げすれば、庭園を覆っていた岩の壁と、同じ物が出来上がった。すると、岩の壁はそのまま押し寄せてきた。
追い打ちをかけるように、空からは、無数の小さな岩が降ってくる――!
「……っ!」
ナイフに魔法をかけて、当たりそうになった岩をなんとか防ぐ。
瞬間、腕に強い衝撃が走る。思わずナイフを取り落とす。
ナイフにはヒビが入っていた。
それを見た3号が、司令に連絡をとる。
「司令、3号です。わたし達があの悪魔を倒すまでには、それなりの時間を要することになりそうです」
『……作戦を変更します。敵を倒してから救助する予定でしたが、救助優先で。3号、救助。隊長と2号は攻撃。1号は3号のサポートを』
「「「了解」」」
『移動中に話した通り、要救助者は五名。場所は変わらず』
「「「了解!」」」
司令の言葉を受けて、私たちは走り出した。
(――頑張るぞ、お昼寝とチョコのために!)
気を引き締めて、救助者がいると思われる場所に着いた私たち。
だけど、そこは岩が他の所よりも、め~っちゃ多い!
あっち見れば岩、こっち見たら岩、そっちを見ても岩! 岩、岩、岩!
地面の面積の半分以上を岩が覆っているんですけど!
岩の独特な匂いが、私の鼻を刺してる。ぐすん。
「さて、仕事ね。救助者を見つけなくては。1号、二手に分かれるわよ」
「えぇ~? 心細いんだけど……」
つい、顔をしかめてしまう。3号に付いて行くだけの方が良いけど……でも、やらなきゃだよね……。
小さくうなづいた後、私は心の中でため息をつく。
(はぁ……)
みんなを助けなきゃいけないのに、それを怖がってる自分がいる。
本当に、私、なんで、〈ヒーロー〉を目指してるのかな。
心に、ズキッと痛みが走る。
心臓の、今までとはまた違う、鼓動の激しさが、騒がしさが、痛い。
目をギュッとつぶって、逃げ出したくなるような感覚。
岩でできた迷路の中を、さまよい歩く。
その道中で吐いたため息は、自分の影に溶けていった。
さっきのことを思い出して、ボロボロのナイフを握りしめる。
あーあ……武器を傷付けちゃうなんて……。
ああいうときは、死ぬ気で避けるか、ナイフの側面とか背とかを使って、攻撃を払うのが当たり前なのに。
焦って間違えたせいで、ナイフが傷付いちゃったし。
――なんでだろう。
全部全部、自分が悪いのに。
足が止まりかけ、うつむいていた、そのとき。
前の方から、道を照らすように、やさしい黄金の光が広がってきた。
思わず顔を上げる。
そこには、黄金色に輝く、女神様の像があった。
「わあ……」
つい、声がこぼれてしまう。
まるで、天から、本当に女神様が降りてきたみたい……!
温かく、美しいものが、私の心を溶かしていく。
自分よりも大きい、女神様の像。
気が付けば、それに向かって、一歩、また一歩と、歩み寄っていた。
近づいてよく見てみる。小さな宝石のきらめきに、息を呑んだ。
だんだんと、ぼやけていく視界。
だけど、感情の波が私の目から溢れるより先に、耳の通信機が震えた。
同時に、仲間の声が聞こえ始めた。
『3号です。金像広場で、要救助者を二名発見しました』
『了解です――残り三名』
『こちら、2号……。……今、要救助者……一名、見つけた』
『残り二名――2号は、1号たちがいる金象広場に向かって』
『……了解』
『隊長だ! なんか戦ってるうちに一人見つけたぞ!』
『……残り一名――』
意外とスムーズに進んでいる。
この調子で、残りの一人も――
『――待ってください』
いきなり、司令が声を出す。
いつもの冷静な声に、ほんの少し、焦りを滲ませて。
『敵が近いです。……数秒後には、金像広場に入ります』
「「「「……!」」」」
『隊長、3号。1号の場所へ移動を!』
「「了解!」」
司令が言った瞬間に、隊長と3号が駆けつける。
二人の額には、汗が光っていた。
『2号は広場へ合流後、援護射撃を!』
『……分かってる……!』
司令が次々と命令を飛ばす。
その間、私の心臓は、破裂しそうなくらいに暴れていた。
痛みと共に胸を叩き続ける鼓動。
もう、金の像の温かなオーラなんて、分からない。
そこにあるのは、あたりを包む緊迫感だけだ。
そのとき。
――ガシャァァン!
何かが砕け散る音が、静寂の空間に響きわたった。
それに遅れて聞こえる、場に合わない声。
「すごいネェ! ボクがこんなに本気になるなんて、なかなか無いヨォ?」
私は、声のする方向を睨みつける。
でも、悪魔の言葉は、私たち〈H.S〉に向けたものじゃなかった。
続く破壊の音と共に、”何か”が一直線に飛んできた。
木の幹に強く打ち付けられて、”何か”は、崩れ落ちるように止まった。
それに、近づいてみる。すぐにその正体が分かった。
――人間だ。
だけど、その人は服も体もボロボロだ。
そして、服の胸辺り。そこには、金色の縁取りをされた、ルビーのような物が輝いていた。
――――〈H.A〉の紋章。
ということは……。
その人も、私に気付いたようで、顔を上げた。
その拍子に、少し灰色の混じった黒髪が、サラリと揺れる。
戸惑ったように私を見る、淡い青色の瞳。
――間違いない。
――彼の名前はラプト。
最年少で〈H.A〉の副隊長になった天才として有名な人。
……そして、校内放送で〈H.S〉に救助要請を送ったのも、この人だ。
そのとき、背後から、パラパラ……と音が聞こえた。
――悪魔!
振り向くと、溢れ出る魔力をかかげた、悪魔の姿が。
それは、やがて、隕石のような巨大な岩へと変化する……!
「いっくヨォ~! 最終奥義! 巨大隕岩・滅砕!!」
無邪気に投げられた巨大隕岩は、私達を滅するために襲いかかる――!
「まずい! あれは俺も切れない!」
「思ったよりスピードがあるわね。頑張れば止めれそうだけど――」
『僕も一応やってみるけど……火力が足りなさすぎる』
悪魔は、そんな私たちを見て、微笑んだ。
「これで、み~んな死んじゃうネェ?」
悪魔がニコニコ笑顔でそう言ったとき。
――ブチッ
私の中の何かが切れた。
――ねぇ、みんなはさ。
自分たちの生死を、他の人に勝手に決められたら――
もっと生きてやろうと、思わない?
気が付けば、私の体は動いていた。
とんでもなく美しい、女神様の像に手を置く。
そして――
「でりゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!!! 魔法発動!! 念動ぅぅ!!!!!」
自分よりも大きく、自分よりも重く、自分よりも強い、黄金の女神像。
私は、それを持ち上げた。
――それは全て、人の命を助けるために。
ヒカリ:(壁代わりの大きさの岩を破壊するって、隊長、馬鹿力すぎない?)
~その後~
ヒカリ:(怒り怒り怒り怒り怒り怒り…フンッ!!!!!!!!)
隊長:「金でできた女神像がァ!? 1号、得意魔法を使ったにしても、それは馬鹿力すぎるぞ!?」
3号:(いや、馬鹿力どころじゃないでしょ…。人間にできる技じゃないわ…)