2 価値を求めた矢先に
「1号、到着」
私は、真っ赤なマントをはためかせて、トンッと地面に降り立った。
「あれ? みんながいない」
私は、キョロキョロと辺りを見渡す。
すると、通信機から、探していた仲間の声がした。
『……2号、到着。隊長たちと合流した。……1号は?』
「ああ、1号です。みんなの居場所は?」
『……今、僕たちは、現場と思われる所にいて……場所は――』
2号の淡々とした説明に、私はキチッと「了解!」って言った、はずだったのに。司令には、声の震えが伝わってしまった。
『あら。1号、緊張しているのですか?』
「は、はい……! す、少し、少しだけですが!」
「少しだけ」とか言いつつ、本当はめ~っちゃ緊張しているんだけど……。
『ふふ、ムリヤリに声を張らなくても大丈夫ですよ。敵が怖いのは普通のことですから』
「そ、そうですか……?」
(私としては、通信機を通してなのに、私の声の震えが分かる司令の方が、ちょっと怖いかもです……)
だけど、司令のいつもの声で、ちょっぴり心の騒ぎが静まる。
『大丈夫ですよ。あ、無事に倒すことができたら、1号の大好きな、チョコレートをい~っぱい作ってお祝いしましょうか』
「え!? 本当!?」
チョコ!
チョコは、私がお昼寝とラクの次に好きなこと!
心が踊るって、こういう事を言うのかな?
『……このチョコバカ……』
『2号も好きでしょう? 甘いもの』
『……』
2号と司令の会話を聞き流しながら、私は、現場へ向かう足を、思わず速めていた。その動きに、ついついスキップが交じってしまう。
現場に着くまでに、あまり時間は掛からなかった。
まあ、途中で、スゴイ急斜面を登ることになったときは、かなーり焦ったけど。
到着した場所は、山の頂上。――そこから見下ろすのは、ゴツゴツとした壁で覆われた、とある庭園だ。
ふっと、2号の声が蘇る。
『――〈黄金女神の庭〉。そこに、要救助者がいる』
〈黄金女神の庭〉。
女神様の黄金の像がある、って有名な場所。
『我が国で最も美しき庭園』だって、サクラちゃんに散々聞かされた。
(植物とかを傷つけちゃったりしたら、大変だな……)
『――攻撃は少し待ってください。敵の姿は魔法で確認しましたが、現在は活動をしていない様子。ですので、初撃の準備が整うまで、情報共有や作戦会議をお願いします。大丈夫そうでしたら、わたくしが皆さんへ攻撃命令を送りますね』
「……2号、了解……。準備する……」
「1号、了解! 私たちも、攻撃準備だね」
私は、ナイフをくるんと回しながら出した。
ナイフを回しながら出すのは、カッコつけてるわけじゃなくて、癖なんだよね。
あ、誤解しないでね! 決して! 何年か前から、かっこいい取り出し方を練習しまくってたら、こんな風になっていたわけではないので!
すると、隊長が、腰に携えた剣に手を掛け、もう片方の手で、ビシッと庭園を指差した。
「あの庭園は、美術マニアの大金持ちが頼み込んで、特別に造ってもらった物で、複雑な構造をしてる! 黄金の女神像は、魔力石が飾ってあるから、光を常に放つぞ!」
隊長は、白い歯を見せて、ニカッと笑った。
隊長に悪気は全くなさそうだが、私は反対に、その言葉を聞いたとたん、背中にゾクゾクとした悪寒が走り始めた。サアァと顔が青くなったのが、自分でも分かる。
(戦いが、そんな像のそばで行われていたとしたら……とんでもないことに……!)
そんな私の心などつゆ知らず、隊長は「すごいよな~!」と無邪気に目をキラキラさせる。
だけど、3号は、呆れを隠しもせずに、指摘した。
「でも、今は壁で囲まれてできた暗がりで、光なんて見つけられないわ。女神像なんて、任務にはあまり使えないでしょ? その情報は、作戦会議や攻撃準備よりも、仕事の役に立つの?」
白のブーツで足音を刻みながら、3号は首をかしげた。
まるで、物分かりが悪い子供のために、わざわざやってあげたような感じ。
心のどこかがウズウズと呻く。
「だ、だけど!」
叫びそうになるのをギリギリで飲み込んで、次の言葉を出す。
「もしかしたら、その情報が任務の役に、立つかもしれない……! 必要無く思えることでも、それが何かにつながっていく……それを、良い方向に行かせるか、悪い方向に行かせるかは、私たちに掛かってるんだよ! ここで揉めている場合じゃないよ……!」
私の喉から、変にうわずった声が出ていった。
それでも、みんなの顔を見る限り、心に響くことはできたかな。
(……まあ、カッコつけただけ、だったけど)
そのモノの価値を『必要無い』と判断した人は、いつまでも、それに価値を見出すことはできない。
”価値”を信じて頼ることができないなら、そのモノの”最高の使い方”はできない、って思うんだよね。
思わず、ナイフを持った手を、ギュッと強く握った。
この、真っ黒でモヤモヤしたモノを、心から吹き飛ばせないかな~、って試みて。
ため息を出しかけて、口の中で転がす。
だって、私が……副隊長の私がため息をついたら、士気が下がるもんね。
――なんで、私は、こんなにもクズなのかな?
私が今さっき言ったことは、ただカッコつけただけの偽りのモノ。
私の考えていたこととは全くちがう。
何か、別の言い方は無かったの?
嘘をつかなくても、カッコいいことは言えたよね?
それに――。
私は、奥歯をギリッと噛み締めた。
(――私は、私自身に”価値”を見出してない)
私は、私を”最高の使い方”で使うことはできないの?
繰り返す心臓の音が、モヤモヤの進む速度をさらに速くさせた。
ああ、もう、嫌だ……自分が嫌い……!
モヤモヤから、現実から逃げたくて、目をつぶる。
――ポツ、
どこからか、心地よい音がした。
「……雨……?」
濡れた感触に、薄く目を開ける。
晴れた空から、小さなつぶが、日差しでキラキラと輝きながら降ってくる。
気が付いたとき、私は顔を上げていた。
一つ一つの光が、私の心を、少しずつ照らしていく。
いつもなら、ただの水滴。
だけど――。
「――1号! 大丈夫か!?」
隊長の声で、私は我に帰った。
雨は、すでに上がっている。
隊長は、赤と黒の髪に付いた雫を、豪快に払いながら寄ってきた。
「ビックリしたぞ! 雨が降ってきたから、急いで穴掘ったのに……声を掛けても掛けても、1号は1ミリも動かなかったんだからな!」
「……隊長、1号は……1cm以上動いた……」
「う、うるさい! それより2号は準備に集中してろ! 今は〈H.A〉救出が最優先だ!」
「……雨に邪魔されたから、仕方ない……」
ギャーギャー言い合う二人を気にせず、私は歩き始めた。
水たまりの前で、足が止まる。
その水たまりには、いかにも気弱そうな表情をした女の子が写っている。
寝癖が少し付いたままの、クリーム色のミディアムヘア。
〈H.S〉の紋章が付いた帽子の下から覗く前髪は、おでこを隠しているせいか、暗い印象。
だけど、唯一の自慢要素でもある金色の瞳は、光を失ってなかった。
『――みなさん、準備は整いましたね?』
私の耳に、司令の声が響いた。
『こちらも、期待に応えられるように頑張りましょう!」
司令はにこやかに言った。
直後、司令の声が温度の無いものに変わる。
『……攻撃命令を提示。……2号、初撃』
「……了解」
私の喉から、コクンと、つばを飲み込む音がした。
隣からする、ピン……と張り詰めた、細かい振動。
さらに耳を澄ましていくと、ピンと張った空気の音すらも、聞こえてしまう。
『全員、構え』
「「「「了解」」」」
(うう~! ダメだ、やっぱり怖すぎる~!)
頭の中で、恐怖の気持ちが、「帰りたい」「帰りたい」と不協和音を奏でる。
いや、だって、よく考えてみてよ!
攻撃を開始したら、そこからは全員の命があるかは保証できないんだよ!?
いや、何なら、もうすでに、〈H.A〉が――。
ブルっと体が震える。心臓の辺りが、冷たく金切り声を上げる。
で、でも……チョコは食べたい……!
「2号、準備完了」
何の感情も無いように思える、淡々とした声が、張り詰めた音と共に、隣から聞こえる。
思わず、声の方向を向いてしまう。
音の発生源にいた2号は、弓を構えていた。
……数十本の矢を、一つの弓につがえて。
なんか、もう見慣れちゃったな。
2号が少し顔を上げたことによって、帽子で影になっていた目元が見えた。
右目は、白と薄い灰色の瞳。
左目は……黒の瞳の上に、白色のバツ印のような模様。
その瞳に、まるで、獲物を狩るときの狩人のような、好戦的な色を浮かべさせている。
そんな中、司令のカウントダウンが始まる。
『3、2、1』
あとちょっと、あとちょっとで、命がけの争いが始まる。
この戦いで、”価値”を見つけて、”最高の使い方”ができたなら――
私たちは、勝てる。
隣から聞こえる音が、もう一段階、引き締まった時。
『GO』
私たちは、心地よくも力強い音と一緒に、飛び出した。