1 クズな私の正体は
みんなは”英雄”って聞くと、どんな人を想像する?
かっこよくて頼りになる人? それとも、何も恐れずに敵に立ち向かう勇者かな?
すごいし、憧れるよね。本当に、私とは大違いの人たち。
…………でも、私は――
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「▓▓▓▓くん!!」
私は悲鳴に近い声を上げた。
どうしよう。私のせいだ。
私がこんなだから、こんなだから、▓▓▓▓くんが……。
心に刺さった棘が、ズキンと痛む。
(嫌だ、嫌だ……)
昔の記憶がフラッシュバックしそうになって、急いで頭を振る。
すると、辺りが、白くぼやけ始めた。
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キーンコーンカーンコーン
授業が終わることを知らせる、いつものチャイムが響く。
その音が、私を現実に引き戻してくれた。
(……なんだ、夢、だったのか)
ドッと出た冷や汗と、ドクドクと早い鼓動が、私の体中の感覚を支配している。
まあ、夢の内容は忘れちゃったんだけど。
(最近、寝不足だからなぁ……ボーっとしてたのかも……)
黒板を見ると、私が寝ている間に、謎のヒーロチーム〈H.S〉についての授業を行っていたことが分かった。
よし、ちょっとだけ復習をしておこう。次の授業で面倒なことになるのは避けたいからね。
私は机に頬杖をつくと、自分のクリーム色の髪をいじり始めた。
「そもそも、〈ヒーロー〉は「光の国」の平和を守るため、「闇の国」の悪魔たちと、それを率いる”魔王”を討伐することが仕事。でも、一人で倒すのは大変だから、〈ヒーロー〉はチームを組んで戦う。そこで、所属するのが〈ヒーローチーム〉……で、合ってるはず」
対魔王科専門中学校・カムイ英雄学園で、〈ヒーロー〉を目指している身として、これくらいは覚えてないとね。
私は髪をいじる手を止めると、黒板に書かれていることを小さな声で音読した。
「えーっと? ……〈H.S〉とは、所属者も目的も不明、正体が分からない謎多きヒーローチーム。過去に魔王討伐を成功させたことのある、最強のヒーロチームとしても有名。極秘で活動している理由は明かされておら…ず、実績と…して……は――」
黒板の字を目で追っていた私は、とたんの眠気に襲われた。
「ふわぁ……」
思わずあくびが出る。
仕方ない。外からやって来る、ぽかぽかの日差しが私を眠りに誘うせいだ。
開いた窓から桜のにおいが漂ってきて、心が穏やかになる。今日はきっと、お昼寝日和のいい一日になるだろうな。
(……今から……ちょっとだけ、寝ようかな?)
でも、その間に授業が始まったら、終わりだ。二時間連続で居眠りは、さすがに先生に見つかる。
そういうときは、誰かに頼るのが一番! というわけで。
「ねえねえ、クロスく~ん! 今から寝たいから、チャイムが鳴ったら起こしてくれない?」
隣の男子――交亜クロスくんに言った瞬間。
私は固まる。
――クロスくんはすでに、机につっぷして寝ていたのだ。
「あっ、えっと……」
あ~もう、私のバカ!
つくづく自分の鈍さがイヤになる。
私が慌てていると、彼は「ん?」と、机から起き上がった。
その拍子に、黒が混じった、雪のように白い髪がサラ……と流れる。
「ご、ごめん! 起こしちゃった!?」
私は床に座り込み、額を床にぶつけて謝った。
顔を上げると、クロスくんは、私を見る目をぱちぱちさせた。その左目には眼帯をつけている。
さすがは、クロスくん。「無表情の鉄仮面」と呼ばれるだけあって、起こされても無表情だ。
……じゃなくて。謝ってるんだって。
「ただ、私が寝る話でお願いをしたかっただけで……ほ、本当にごめん!」
床に座ったまま、思わず言い訳を重ねる。いっつも、自己中心的なお願いをして、みんなに迷惑をかけちゃうんだよね。
そんな私に、クロスくんは困り顔で一言。
「ヒカリ。……えっと、その姿勢……土下座はやめて。〈ヒーロー〉らしくない」
「あっ……こ、これは……」
「全く……ヒカリって、武器の扱いとかは良いのに……”英雄らしさ”が無いというか……無くなったというか……」
「で、でも、クロスくんだって、ずっと無表情でしょ? それだと、みんなを助けるようとしても、怖がられちゃうよー?」
「うるさい……サボリ魔の君には言われたくない」
「ん? 私のどこがサボリ魔だって言うのかな?」
「……1つ目、授業中に居眠りするところ。2つ目、宿題を友達に丸写しさせてもらうところ。3つ目、面倒な授業は休むところ。4つ目……」
「ストーップ! それ以上は――」
「――なあ、お主たち」
「「ん?」」
私たちの話を止めたのは、可愛らしい声だった。私はクロスくんと同時に、声の方を向く。
そこにいたのは、桜のかんざしを身に着けたクラスメイト、友達のサクラちゃんだった。
「あ、サクラちゃん。どうしたの?」
「……すまない、二人とも。話の邪魔をしたな。だが、次の授業は『武器』だと聞いた」
「「え」」
「ゆえに、倉庫から使う武器を取ってこなければならぬ。お主たちはまだ持ってきておらぬようだが……」
「やっば! 忘れてた!」
一刻も早く取りに行かないと、私のお昼寝タイムがなくなってしまう。
(でも、やっぱり、めんどくさい……)
そんな私の気持ちを読み取ったのか、サクラちゃんはため息をつくと、こんな提案をしてくれた。
「我も、今から取りに向かうところだ。面倒くさいと申すのなら、ついでながら、取って参ろうか」
「いいの!? じゃあ、ナイフをお願い」
「任せておけ。……交亜殿の武器も持ってくるぞ。弓矢で良いか?」
「……ああ、ありがとう。頼む」
手を降ってサクラちゃんを見送ると、私は話を戻す。
「というか、私がいつも宿題をサボってるみたいに言ってたけど、私は特にめんどくさいなと思ったときにしか、丸写しなんてしな――」
「……う~ん……ねむい……」
「あっ、ご、ごめん!」
自分のせいで起こしてしまったこと、完全に忘れていた。私は固まる。
だらだらと冷や汗が出ている私を横目に、クロスくんは、眼帯のズレを直しながら口にする。
「……別に、いいよ……起こされるのは慣れてるし。また寝るから」
「あ……その……」
「おやすみ」
クロスくんは無表情で言うと、またすやすやと寝息を立て始めた。
そんな彼をぼんやり見つめて、私は思う。
――こんなクズな私じゃ、みんなを救う〈ヒーロー〉になんか、なれないよ。
周りに助けてもらってばかりなのに、私は、みんなを振り回している。
なのに、「ありがとう」も「ごめんなさい」も、まともに言えない。
今だって。自分のことを否定するのは、良くないはずだって、分かってるのに……!
私は、〈ヒーロー〉になって、魔王を討伐し、封印することが夢。
〈ヒーロー〉と聞いたら、誰だってきっと、強くて優しくて頼りになって勇敢で――ピンチの時に助けてくれる、かっこいい人を思い浮かべるんだろうな。
無意識に手を固く握りしめる。
なのに……どうして……私は――
「――あ、ただ考えてるだけじゃ、何も、できないよね」
深くため息をつく私。
今日も、いつもの悩みに頭を抱えてる。
……変わらない毎日。
…………そう、いつもと変わらない――
ピンポンパンポーン
突然、校内放送が鳴り響く。
クラスメイトが一斉にスピーカーを見つめる。
ドクッ
いきなり、私の心臓がドクドクと嫌な音を立て始めた。
――なぜだろう。
校内放送なんて、よくあることのはずなのに。
まるで、みんなの日常を変えようとしているような――
嫌な予感が体中を駆け巡り、鼓動が速くなる。
その瞬間。
『〈H.S〉の、ヒーローの皆さん……! 助けて……ください……!』
その声は、有名ヒーローチーム〈H.A〉の副隊長、ラプトのものだった。
瞬間、時が止まったように、周りの音が全て消えた。
教室のざわめきも、呪文を唱える声も、魔導書をめくる音も、鳥のさえずりも……なにもかもが。
ラプトは、落ち着いた声で、どんな時でも冷静なことで有名だ。
だが、取り乱したような声、切迫した口調。
さっきの放送のラプトは、普段の様子とは、全く違っている。
「何があったんだ……?」
誰かがつぶやく。
その声で、止まっていた時間が動き出した。
「もしかして、〈H.A〉に何かあったの……!?」
「きっと、俺たちに何かを知らせようとしているんだ!」
「え、じゃあ、この学園も危ないってこと?」
「大変! 逃げなきゃ!」
廊下から聞こえる、誰かが走り回る足音。先生たちの緊急連絡の声。
そんな音が、私の不安を余計にあおる。
(怖い、怖いよ……。だ、誰か、早く助けに行ってくれないかな……?)
私、本当に〈ヒーロー〉向いてないや。
不安から、現実から逃げたくて、目をつぶる。
『――〈H.A〉から救助要請が届きました。敵の襲撃だそうです。至急、〈女神村〉へ向かってください』
私の耳に、淡々とした、冷静な声が響く。それに続いて、仲間の声が聞こえた。
『こちら、3号です。了解しました』
『隊長だ。今、着いたところ』
『……2号、了解。今から向かう』
仲間たちの聞きなじみのある声で、私の心臓は、少しだけ静かになった。
そうだ、忘れてはいけない。逃げ腰になってはいけない。私には"任務"があるのだから。
(……まあ、本当は、めんどくさいし、ちょっと怖いしでイヤだけど、このくらいやらなきゃ、お昼寝タイムは逃げていくもんね!)
私は、魔法でいつもの場所にテレポートし、いつものロッカーを開けた。
服を着替え、真っ赤なマントを羽織る。
そして、耳を――耳に付いている通信機を手で触り、口を開く。
その拍子に、英雄の証でもある〈H.S〉の紋章が、金色に輝いた。
「1号、了解」
今日も、私は英雄として、任務をこなす。




