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フェイズシフト装甲

≪よせッ!やめろッ! ここから出してくれ!≫


 クレーンに吊るされ、溶鉱炉の直上に吊るされたモザイク・フォギーの胴体部。

 命乞いをする叫びは、その歪んだコックピットハッチの隙間から響いていた。

 ノエルはモザイク・フォギーを仕留めるとき、頭部を吹きとばした。

 要するに殺さなかったということだが、モザイク・フォギーのヘッド・ライナーがくだんの機関に雇われてこの場所の襲撃をした可能性を調べるためである。

 結論から言えば、このならず者の頭目はインフォーリング機関とは全くの無関係。

 レザレクション・スペルの工房を襲撃したのも、徐々にマシーネ・ヘッド(MH)パーツ製造職人としてココの名声が高まり始めたことを受けての同業者による妨害だったのだ。

 つまり、よくある話。


「もういいだろう。やりな」


 長身の女が指示を出すと、ゴーグル姿の部下がレバーを降ろす。

 鎖の音と共に、モザイク・フォギーの残骸がついにマグマに向かって動き始めた。


≪うあァァァッ!! 出せェェェッ!!≫


 歪んだハッチの隙間からゆっくりと溶鉄が流れ込むのだ。

 男の最期として轟いた断末魔は到底演技では出せないような喉を割って出す叫びだった。


「ノエル、アンタには随分と迷惑をかけちまったね」


 そういってノエルの方へ振り向いた女。

 髪色は色が褪せて抜け落ちたようなブロンドの癖毛で、蒼白な顔にある深紫の瞳を縁取るのは隈かメイクかわからない。

 高いヒールブーツに踵を乗せ、長い足を見せ付ける股上の浅いスキニー。

 ウエストは陶器のように艶めかしい白肌からなる鼠径部の陰影に始まり、続く腹筋の緩やかな起伏を上っていくと、しなやかなシルエットから飛び出すのは大きく重い胸。

 その重厚を包むブラはMH操縦に際して揺れないようにするためのワイヤーベルトが張り巡らされていることで図らずも蜘蛛の巣を形作る。

 ココ・アーチボルト。紫煙が似合う女だ。


「いいさ。久々に満足な戦闘機動ができた」


 金網やパイプが無数に張り巡らされたプラントの屋内に拠点を置くレザレクション・スペル。

 本来の用途不明の広大な区画に並ぶMH用ハンガーはたった今使われた溶鉱炉と対面する形で設置されていて、ココとノエルは振り返った先にブラックアウトとドラート・シュピンネの姿を見る。

 被弾痕を錆色の血で塞いだブラックアウトの姿だが、その脚部は金属パイプでも言うべきスペア脚だ。


「あの脚は松葉杖スペアだろう? 折ったのかい?」


「宇宙海賊との戦闘で脚部をやっちゃって......」


「それでよく、あんな戦闘機動ができたもんだ。面倒を掛けた詫びだ。修繕はタダでやらせてもらうよ」


 ブラックアウトの整備代は前払いされている。

 古くなったパーツを軒並み最新にアップグレードして、武装構成の見直しを図る。

 少なくともブラックアウトというMHは製造されてから二十四年以上経っている機体だ。

 父親の代で一度大掛かりな改修がなされ、その老朽化の時期が今なのだ。


 早速、ココらによる作業が始まる。

 ブラックアウトの背中に回り込んだ彼女は「こりゃ派手に行ってるね」とごちて、しばらく全体を見回してからノエルの元へ戻ってくる。

 そして各々の工具を携えたレザレクション・スペルの整備士たちがボスと入れ替わるようにしてブラックアウトの機体へ駆け出していく。


「確かにバリア装置(回転ドア)が弾け飛んでるね」


 それを聞いて、ノエルの隣で作業の様子を見守っていたミコノが訊いた。


「老朽化のせいなの?」


「そうっちゃそうだが、あれはむしろ正常に動作した結果さね」


「弾け飛んだのが?」


「そうさ。ミコノちゃんは反物質というものをどれぐらい理解している?」


 全然。という意味で首を横に振ったミコノ。

 小さくうなずいたココは腕を組んで説明を始めた。


「反物質は......、そうだね、まったく初めての人間に説明するなら、鏡に映った自分みたいなものさ。だけど重要なのは、物質と反物質が衝突すると大爆発を起こすことにある」


 いわゆる対消滅と呼ばれる現象だが、この際に生じるエネルギーを使って成立しているのがMHに搭載されるバリアである。

 しかし、バリアとして散布される反物質は極めて少量であることはあまり周知されていない。

 たった一キログラムの対消滅が起こるだけでも一八〇ペタジュールのエネルギーが発生するものだ。

 これが人間一人分───例えば七十五キロ程度の質量が対消滅を起こしたとなると、爆心地から数百キロメートルの地形が消滅し、爆発の影響は惑星全体に及ぶことになる。

 宇宙開拓時代の昨今、反物質は非常に身近な存在として定着したが、それは各々による安全管理の徹底により実現した。


「話を戻すが、つまりブラックアウトのバリア装置は老朽化の影響で反物質の放出量コントロールを失いかけた。そこで安全弁として同封されていた爆薬を点火し、装置自体を物理的に破壊したのさ」


 シュレディンガーとの戦いでバリアが壊れなければ、最悪六十トン程度の反物質爆弾ができあがる可能性すらあったということだ。

 結果的には、壊れてよかったのだろう。


 もともとは直にここまでやってくる予定だったのだが、ミコノとの邂逅に始まり、ブラックアウトは満身創痍でレザレクション・スペルへ転がり込むことになった。

 もともと搭載されていた古いパーツが次々と取り外されていき、まだビニール袋に包まれたままの新品パーツがついに空気と触れる。


「新しいパーツと言っても、こいつらが市場に出回ったのは四年前。そもそもブラックアウトはAM4規格だからね」


「AM4って?」


 そう問うたミコノにノエルが答えた。


「MHに使われる共通規格のことだね。これのおかげで、様々な企業からのパーツを自由に組み替えられるんだ。AM4は第四世代の規格という意味さ。ちょうどこの前のホプリテスは最新の第五世代になる。世代間を跨ぐ組み換えはできないよ」


「その規格は新しくしないの?」


「うーんまあ、それでもいいんだけど......」


 問題があるとすれば、すでにブラックアウトが大きく旧式化していることにあった。

 最新の共通規格にアップグレードするためには、設計レベルでの再構築が必要になる。

 それだけではない。

 ヘルネハイム製のOSは更新が途絶えて久しく、それが現代の各種ソフトウェアと互換性がないのだ。

 新しい武器を仕入れたならば、まず手動で武装をOSに読み込ませるところから始まる。

 ブラックアウトがおいそれと武装構成を変えられないのは、そのような事情による。


「そういえばマシーネ・ヘッドって何で動いてるの? ノエルが燃料とか気にしてるところ、見たことない気がするわ」


「核融合炉さね。融合炉はそのものが電力を作り出すわけじゃないから、変換とエネルギー貯蓄はコンデンサーの仕事さ」


 整備士たちの掛け声とともにブラックアウトの頭部装甲が外される。

 その下にあったものを目撃して、ミコノは目を丸くした。

 生物の脳と同じ形をしたパイプのうねりが詰まっていたからだ。


「なんだい、ミコノちゃんは見せてもらってないのかい」


「そういえばそうだった。あれがいわゆる光ニューロ・ブレインだよ」


「本当に脳の形をしているのね。一応訊くけど、まさか本物の脳だったり......、しないわよね?」


 いまさら初見の反応を楽しめると思っていなかったココが思わず笑いだすと、半笑いで否定した。


「ハハハッ!そんなだったらアタシは技術屋になっていなかったね! まぁ真面目に話すと、あのパイプの中には光ファイバーで形造った模倣神経構造が入ってる。そこで培われた人工神経構築技術がレプリカント開発につながったというわけさね」


 二時間後。

 作業は順調に進み、すべてのパーツが最新のものへと入れ替わった。


 新品の装甲は宝石の様な鈍い光沢を帯び、黒色の令嬢がようやく叶ったドレスアップを経て気品を取り戻す。

 本体の外見に変化はないが、数値上は確かに性能が向上していた。


「さてノエル。アップグレード作業が終了した。慣らし運転も兼ねて自律爆雷たちの展開を手伝ってほしいんだが......」


「サービスしてもらったんだ。是非やらせてもら───」


「ボス! 外に独立傭兵のMHが!」


 息を切らして走ってきたココの部下がそう叫ぶと、二人の表情はすぐさま鋭く切り替わり、次の瞬間には各々の乗機に駆け出した。

 機体の核融合炉を起動し、電力に変換されたエネルギーがコンデンサーに蓄積されていく表示を見、ブラックアウトが一歩踏み出す。


「ココ、嫌な予感がする」


≪言っていた例の奴らかい?≫


 モザイク・フォギーの男がどんな奴だったか調べはついている。

 ゆえに奴の仇討ちに来たわけではないはずだ。

 機体の足もとに見えるミコノを気に掛けたノエルは無線をミラージュに繋ぐ。


「ミコノを守ってくれ。歩兵部隊が突入してこないとも限らない」


≪承知いたしました。ではミコノ様、あちらへ≫


 メイドたちに促されつつ、不安そうな表情でブラックアウトを見上げるミコノ。

 機体の指を動かして親指を突き立てることが、今できる最大限の励ましだった。


≪迎撃に出る! お前たち、隔壁を開きな!≫


 ココの指示でレザレクション・スペルのエンブレムが描かれた大扉が左右に割れていく。

 淡く白色に輝く与圧シールドを二機のMHが突っ切ると、直後ブースターを点火してスケーターの様に地上を滑走し始める。


 骨太なレールを辿って門前広前を越えた先に広がる大橋。

 見上げて視界に飛び込むのは空の景色ではない。そこにはパイプをはじめとした構造物が犇めいていて空は水平線の上で地表とを分かつ存在だった。

 縄張りに設置されている重力波レーダーと情報をリンクして、マップに浮かび上がる光点はひとつ。

 IFFからの応答はある。しかし味方という訳でもなく、独立傭兵を示す特殊な記号だった。

 この記号は敵対する勢力に雇われて出向してきた傭兵を意味する。

 つまるところ敵だ。


 光点が有視界範囲にやってくる。

 視界をモニター正面に戻せば、大気に霞む大橋の向こうにブースターの輝きが見えた。


 現れたのは、何やら重厚に角ばったシルエットのMH。

 特徴があるとすれば、その脚部だ。

 履帯付きの重厚な下半身、つまりタンク型MHである。

 それが空を飛んでやってきて、足場の金属をぐにゃぐにゃにへし曲げながら火花を散らしてその場に着地する。

 


ガチガチの重装タンク(ガチタン)......。アタシみたいな軽量機の天敵だね≫


 すると迎え撃つ二機は、先方からの広域通信を拾う。

 

≪なるほど、最低でも一機という言い方はこういう意味か≫


 歴戦の猛者というオーラが渋い声色から伝わってくる。

 おそらく幾度となく依頼をこなして生き延びてきた傭兵なのだ。

 タンク型は誰が使ってもわかりやすく強力だが、奴は違う。

 特性を熟知したうえでの機体構成なのだ。

 そういう圧力が、間合いからもにじみ出ている。


「あんた、どこの雇われだ」


≪ヘッド・ライナー同士なら詮索は無しだ。それに貴様も薄々わかっているんだろう。さあ始めよう。どちらかが勝ち、どちらかが負けるだけだ≫


 そういってタンク型は戦闘モードを起動するが、両手に構える武装をこちらに向けることはしない。

 戦いの口火はそちらが切れ、という意味である。

 怪物を目の前にした威圧感に思わず逃げ出したくなる感覚を押さえつけながら、ノエルは両手のライフルを先方へ突き出した。


* * *


 一方、レザレクション・スペル工房内にて。


 今そこでは、工房に侵入してきた謎の部隊とココの部下たちによる銃撃戦が繰り広げられていた。

 突入してきた戦闘員は人工筋繊維で作られた黒づくめの突入服を身にまとい、それに屋内戦を想定したかービン銃を構えて一糸乱れぬ動きで展開した。

 レザレクション・スペルのメンバーの内、モヒカン頭だったり派手な入れ墨を見せ付けるようにしているのは用心棒だ。

 彼らは技術者たちが自前で製造した銃を携えて黒ずくめの戦闘員に発砲するが、戦闘員はその瞬間、弾丸が飛んできた方向に対して一斉に撃ち返す。

 その動きは、生身の人間にはできないネットワーク的な挙動、すなわちレプリカント兵だ。

 それにレプリ兵が身にまとっている装備、対銃弾用の一種の複合装甲だ。

 拳銃弾程度では全く歯が立たないだろう。

 現に用心棒たちが撃ち放つ短機関銃の弾は、防弾装備に阻まれて火花を散らしている。


 上階から戦闘の様子を見ていたミラージュはあの戦闘員たちの目的がミコノにあることを早々に理解していた。

 ならば応戦の準備だ。壁のフックに掛けられていた散弾銃を手早く持ち上げると、その競技用にも見える銃身より長いマガジンチューブに散弾───ではなくひと塊のスラッグ弾を装填していく。


 上階で戦闘の様子を見ていたメイドたち一行だったが、同じく応戦のための武器を取っていたレフトが叫んだ。


「メイド長、敵が上ってきます! 四......、いや六人!」


「レフト、あなたはライトと共にミコノ様の護衛を。殿はわたくしが」


 一切の疑問を呈することなくうなずいたレフトは、ミラージュと同じタイプの散弾銃を抱えてミコノの傍へ走る。


 不安そうな表情でミラージュの横顔を見つめるミコノが言う。


「一人で大丈夫なの?」


「どうかお任せを。そのためのミラージュタイプです」


 そういって散弾銃の安全装置を外したミラージュは、敵がやってくるだろう階段の方へ視線を移す。

 幸いここはココ・アーチボルトの本拠地。活用できるトラップならそこら中に仕掛けられている。

 姉妹メイドに連れられて走り去っていくミコノを背中で見送って、ミラージュは構造の影に隠れる。

 小さな足音、しかし動きは素早い。

 それは下階のけたたましい銃撃戦にかき消されて常人の聴覚では聞き取れないだろう。

 レフトが人数を聞き間違えるのも納得だ。


 敵は階段から続く一本道を通って制御室にやってくる。

 その入り口でミラージュは待ち構えていた。


 装備の擦れる音が刻一刻と近づいてくる。

 入口の角から敵のシルエットが姿を現した瞬間、ミラージュはその頂点───頭に向けて引き金を引いた。

 放たれたスラッグが防弾装備を破壊しながらレプリ兵の頭部を吹きとばし、飛び散る脳漿を浴びながら飛び出したミラージュが二人目を仕留めていく。


 当然敵も撃ち返すが、死体を盾にしながらセミオート式の散弾銃を撃ち放つ。

 だが、近接戦では長いマガジンチューブがつっかえて邪魔をする。

 敵が近すぎるときは手足を吹きとばしながら、だが四人倒したところで弾切れしてしまった。

 残り二人、ミラージュは散弾銃を投げ捨てると、懐から小さい鎌状のナイフ───カランビットを引き抜き、白刃を右手に構えて敵に飛び掛かった。

 まるで蛇が獲物に組み付いたような動きで、ミラージュはまず敵の肘の内側を切断し、次に膝裏を切る。

 だがその敵を仕留める前に、ミラージュはもう一人の方へ飛び掛かった。

 懐に飛び込むことで銃撃を回避し、敵の右手の指を切り落とすと、背負い投げをしてから首を切り裂く。

 だが、レプリカントはその程度で死にはしない。

 投げ捨てた散弾銃を拾いなおしたミラージュは、銃に備え付けたシェルホルダーから二発のスラッグを装填し、関節を切り裂いた二体の頭を吹きとばす。


 罠を仕掛け、レフトたちを追いかけよう。

 残心の最中そう思った瞬間である。

 工房内が爆発音とともに激震に見舞われた。

 内からの爆発ではない。ミラージュの脳裏にブラックアウトの姿が浮かんだ。


* * *


 レザレクション・スペルの門前大橋はいま爆発に包まれていた。

 大橋の上を覆う爆炎の絨毯を織り成すのは、襲撃者のMH。

 背部から覗く巨大なガトリング砲が火を吹くと、次の瞬間には辺りが爆発に包まれる。

 何とか爆発を掻い潜って接近しようとしても、左手でまな板型を形成している四連ショットガンの迎撃が待っており、これをまともに受けるとバリアが剝がされてしまう。


≪どうした! そんなことではこの『アダマント・コフィン』は落とせんぞ!≫


「くっ! 何を撃ってるんだ!?」


≪拡散榴弾だろう! 奴の手製か?≫


 先方のMH───アダマント・コフィンの背部に搭載されている拡散ガトリング・グレネード砲は本体とマガジンで両背部を占有する超大型武装だ。

 半端な脚部には積載も許さない重量は、継戦能力を実用レベルで確保するために大型化した円筒形のマガジンと、機体バランスを保つためのバラストに起因する。

 それゆえか、最大級の積載性能を誇るはずのタンク型脚部であっても移動は苦手であるらしく、アダマント・コフィンはほとんど固定砲台と化している。


 だが軽量寄りなブラックアウトと、骨組みのようなドラート・シュピンネにはあらゆる攻撃が致命傷になる。

 比較的バリア強度が高いとされるヘルネハイム系パーツでも、あの怪物の前には団栗の背比べだ。


 それでも臆せず前に出たブラックアウトが、アダマント・コフィンの癖を見切って迎撃のショットガンを回避して懐へもぐりこむ。

 だがその動きはブラフで、本命は死角から迫るシュピンネの散弾一斉射にあった。


≪ぬぅ! 良い連携だ! 互いの特性を理解している!≫


 如何に強力なタンク型でも無敵ではない。

 余裕でいられるのも今の内だと言わんばかりに、シュピンネの散弾一斉射がタンクを襲う。

 対バリア用の質量を持たせた針状散弾がアダマント・コフィンに浴びせられ、長く渋い見合いの末にその壁を破った。

 レールガンに持ち替えたブラックアウトがタンクに照準を定める。


「終わりだ!」


 引き金を絞り、青紫のスパークと共に放たれた砲弾がエネルギー爆発の煙を突き破ってアダマント・コフィンに命中する。


≪ふん。手間をかけさせてくれたじゃ───≫


 だが、そう言いかけたココの無線から生々しい衝撃音が響き、通信が途絶える。


「ココ!?」


わっぱ! 実に惜しかったぞ!≫


「馬鹿な! 直撃させた!」


 爆炎を突き破って現れたアダマント・コフィンが、弾切れを起こした拡散ガトリング・グレネード砲と右手の四連チェーンガンをパージし、脚部右側のウェポンベイからパイルバンカー型成形炸薬弾を取り出した。

 今度はショットガンでバリアを割り、パイルバンカーで仕留める方針だ。


 だがノエルは気付く。

 アダマント・コフィンの装甲が銀色に鈍く蠢いている。

 センサーの異常ではない。あの蠢きがレールガンを弾いたのだ。


「フェイズシフト装甲......!?」


 電力投入によって装甲をナノスケールで構造変化させ、その強度を飛躍的に向上させる特殊用途装甲。

 その多くが一回限りの使い捨てであり、重量も嵩むことからMHに搭載されることは万に一つないことだが、目の前の怪物は実際装備している。

 バリア強度も相当高いのに、果たしてどこからそんなエネルギーを賄っているのか。

 疑問の答えは、アダマント・コフィンの背部にあった。

 背中から大きく張り出している部位。

 あれはサブコンデンサーだ。

 バリア、あるいはフェイズシフト装甲。そのどちらかのエネルギーをサブコンデンサーで賄っているのだろう。


 だとすれば勝機はそこにある。

 サブコンデンサーさえ潰せば......。

 そう作戦を巡らせていたところに、シュピンネからの通信が復旧する。


≪ノエル、プランFだ......≫


 ノイズ交じりの無線から絞り出すように聞こえたココの声はそれだけ。

 だが、ノエルはこの後の展開を完全に把握した。


 アダマント・コフィンに気圧されるようだったブラックアウトが急に攻撃的に切り替わる。

 滞空しながら両手のアサルトライフルを撃ち放ち、ショットガンの四点射を的確に見切って回避していく。

 どう攻め落とすべきか理解している猛攻に、アダマント・コフィンのヘッド・ライナーも何かを仕掛けてくるつもりだろうと暗に察する。


≪このアダマント・コフィンに削り合いを挑むつもりか? よかろう!≫


 機体重量が軽くなり、前半戦とは打って変わって走行射撃をするようになったタンク。

 ブラックアウトはパーツのダウンフォース特性に伴って決して飛行が得意ではない機体でありながらも器用に滞空を続け、アダマント・コフィンの腕部可動域を見切ったことも合わさって圧力的な戦闘機動を取るようになった。


 だがその瞬間である。

 弾切れしたのか、両手のライフルを投げ捨てたのだ。


 そしてアダマント・コフィンのヘッド・ライナーは、黒い機影がまっすぐ四脚の方へ行くところを見て、行動の意図をすべて察する。


≪四脚のショットガンを拾うつもりか! やらせんッ!≫


 もとよりブラックアウトは高速地走を主眼とした高機動中量機。

 その加速性とトップスピードにタンク型が追いつけるはずもなく、ブースター噴射炎が棘玉のような背中を見送るしかない。


≪パーフェクトだ、ノエル......≫


 だが、違った。

 ブラックアウトはシュピンネの散弾銃を取らなかった。

 そして天井を埋め尽くす構造から聞こえてくる叫び声のようなもの。

 脚部と左腕を破壊され、その場にへたり込むようにして鎮座するシュピンネ。

 ブラックアウトはその上半身を抱きかかえて離脱を始める。


 アダマント・コフィンのヘッド・ライナーが二人の真の意図を理解したときには、機体はキルゾーンに入っていた。


≪もう遅い、脱出不可能だよ......! 自律爆雷たち!≫


 ココが起爆スイッチを押し込む。

 直後、アダマント・コフィン直上の構造物───正確にはユニット同士の接合部が爆発し、鉄塊が崩落を始める。

 対消滅バリアはその性質上、大質量の衝突を防ぐことが出来ない。

 それにこれだけの質量を受け止めて支えられるほどフェイズシフト装甲は魔法の鎧ではないのだ。


≪デカい墓標で満足かい? 名前通りコックピットを棺桶コフィンにしな≫


≪くッ!もはやこれまでか! 二方、よい戦いであった!≫


 そう言い残して、アダマント・コフィンは崩れ落ちる鉄塊の内に消えた。


 戦闘が終わって数分後───。

 戻った二機は弾痕と灰の山に塗れた工房を目の当たりにする。


「これは......、ひどい有様だね」


「ミラージュ、やはり襲撃者が? ミコノは無事なのかい」


「ミコノ様につきましてはご安心を。レプリカント戦闘員による襲撃でしたが、わたくし共で確とお守りいたしました。ですが戦闘員の遺体は証拠隠滅のためか発火して、あとはご覧の通りです」


「なるほど、それでこの灰の山かい」


 ミラージュと目を合わせて頷き合ったノエル。

 おそらく外のMHを使って二機の注意を引いている間に突入部隊がミコノを攫う作戦だったのだろう。


「しかしライバルの襲撃と重なってこれとは、立て直しには時間がかかりそうだ」


 ココは大破したドラート・シュピンネを見上げてため息をつく。

 先の空き巣で荒らされた上に、銃撃戦が設備を破壊。

 レザレクション・スペルの構成員も無傷ではない。


「シュターデに来るかい? 立て直しに本腰入れるなら、うちで歓迎するよ」


「......」


 ココは、ヘルネハイム王国が滅びるその瞬間を知っている世代。

 ゆえに、旧王国領に戻ることの意味、その重さは、ノエルには理解し得ないことだった。


「いや、確かに戻る頃合いなんだろう。覚悟を決めるときが来たようだね......」


 その空気を感じて、軽率だったと反省するノエルだったが、ココの表情は少し軽くなっていた。

おまけ


世界観小話

『ドラート・シュピンネ』


技術屋集団レザレクション・スペルの頭目、ココ・アーチボルトの乗機となるマシーネ・ヘッド。

軽量四脚型のなかでも最軽量の部類であり、ココ自らの手からなる専用の設計は散弾を主体とし、採掘プラント構造を利用した三次元戦闘を得意としている。


武装が装填している散弾は対バリア性能を考慮して質量を持たせたダート散弾であり、バリアにはもちろんMH本体に対しても十分有効打を与えられる性能を有する。

すれ違いざまに散弾を一斉射するという単純な攻勢計画であるため、ヘッド・ライナーは複雑な戦闘機動に専念できるという、見た目に反して癖のない機体。

戦場がかみ合った際の運動性は目を見張るものがあり、まさしく巣に獲物を引き込んだ蜘蛛の如きMH。


名称のドラート・シュピンネとはヘルネハイム語で針金蜘蛛という意味であり、かつて旧ヘルネハイム本星に生息していた体長5~6メートルの蜘蛛のこと。

機体における槍のような足先や、蜘蛛の糸を巻き付けたような上半身は、原生生物ドラート・シュピンネの外見を模してデザインされたものである。


それはココ・アーチボルトなりの、郷愁なのだろうか。

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