オーバード・ブースト
作戦のことについて知らされたのは彼らがシュターデを発つ直前のことだった。
無論、ミラージュが機関の連中に捕まってしまったという話も。
ミコノは今、惑星ネアン───機関の要塞に向かうスフォルツァ・セキュリティの宇宙船に同乗していた。
レールロード公社との裏取引を済ませたミラベルの手配によって、強襲チームは特設のワームホールを潜っている。
惑星ネアンの星系は戦闘経済宙域、W.A.Rゾーンが近い。
戦闘経済宙域とは、なんらかの理由で企業間抗争が活発化している区域のことである。ここで発生する戦闘が軍産複合体の本領を刺激し、経済が活性化するのだ。
今回の戦闘は、古代の特攻兵器を二大巨頭の片割れグロリアス・カイゼリン社が掘り当ててしまったことを切っ掛けとする。
巨大な宇宙船を本社に構えるグロリアス・カイゼリンは初動の動き出しが早かったので、これを同じく二大巨頭の片割れユニバーサル・アーマメンツ社が侵奪せんと必死になっているのだ。
そんな抗争に巻き込まれたくない。
スフォルツァ・セキュリティとしては、こんなきな臭い場所など一刻も早く離れたいところだった。
ブリッジで歪んだ宇宙のトンネルを眺めていたミラベルは「そろそろか」と機材の動作音にかき消されるぐらいの小声でごちると、無線機を手に取って格納庫とつないだ。
「ノエル。アサルト・オーバード・ブースターの調子は?」
そう語り掛けたのち、ほんの一泊置いてノエルからの返答が来る。
≪問題はないかな。懸念点があるとすれば機体側の剛性が保証できないってことぐらいか≫
「まぁ、王国系MHの中じゃ黒騎士団のが適任ではある」
やり取りを聞いていたミコノは静かに艦橋を後にして、ノエルの居る格納庫へむかう。
格納庫と廊下を隔てる最後の扉を開くと、その先からは機械油とオゾンのような鋭い臭いが相乗して顔に吹き付けた。
オゾンのような臭いはきっと荷電粒子砲の充填作業をしているからだろう。
廊下からスライドドアの溝を越えて一歩踏み出すと、そこから人工重力の圧が消えた。
機械が動き続ける圧力と熱の名残を思わせる異臭の中を漂い、ミコノはお守りを握りしめ、ブラックアウトの元へ向かう。
無数の整備機械が動き回っている中に飛び込むのは危険だったが、この直前に至るまでお守りを渡す勇気が振り絞れなかった。このタイミングを逃せば次はない。
焦燥感に駆られるノエルを見てからずっと胸騒ぎがなくならなかった。
だからこのお守りを渡しに行きたかったが、それも悪いフラグだと思って、踏み出せなかったのだ。
ブラックアウトは、タンポポの撃破に向かうスフォルツァ・セキュリティの二機とは別の特別なドレスアップルームで装備の積載が行われていた。
ハンガー用の無影灯に照らされてショーケースのモデルめいて輝くブラックアウトの背中には、ちょっとした小型宇宙船一隻分はあろう巨大なブースター装置が取り付けられている。
これで敵陣の内側まで切り込むのだ。
開け放たれたコックピットの中を覗いたミコノは、操縦席の上でデータ入力に勤しんでいるノエルの姿を見た。
宇宙服は着ず、いつもの部屋着姿のまま。
空中で胡坐をかいて、膝に乗せたラップトップの上で両手の指が高速で踊っている。
真正面から覗き込んだミコノにも気づかないほど集中している。
声を掛けねば、始まらないだろう。
緊張から上がり始めた体温が髪の中に籠って、そんな熱にあてられて汗ばむ額を拭うとミコノはいよいよ声をかけた。
「ノ、ノエル」
「ミコノ? ここは危なかっただろう。よく来られたね」
「ごめんなさい。でも、どうしても渡したいものがあって」
外の喧騒に反して、コックピットは異様に静かだった。
両の手で耳を塞いだ時の、筋肉の振動や血の流れのような静かなノイズが外からの雑音を遮っている。
現れたミコノに「渡したいもの?」とごちたノエル。ミコノは握っていたものを見せる。
「これは、タリスマン?」
小さな白い袋に、口を縛る糸が長く何かに結び付けられるようになっている。
ミコノに手渡されたそれを優しくすくい上げるようにして受け取ったノエルは、袋の中で小さなものが慣性で転げまわる感覚を手の平に得た。
「何か入ってるの?」
そう言ってから、何か宗教的タブーに触れたのではと口を噤むノエル。
しかしミコノは、すこし恥ずかしそうに答えた。
「私の、角のかけら......」
「えっ!?」
驚いて姿勢を崩し、座席に後頭部をぶつけるノエル。
追い打ちに飛んできたラップトップが顔面に直撃し、鼻頭を抑えて無重力の慣性の中で悶えた。
「大丈夫?」
「ごめん、驚いた......。その、削ったとかじゃないんだよね?」
何かそういう儀式をしたのかと勘繰るノエルを見てミコノはくすくすと笑う。
「子供のころの角よ」
「ん、というと?」
「歯とおんなじよ。大人の歯に生え変わるでしょ?」
「そういうものなんだ」
「そう。それで、その......。子供の時の角は、大切な人に渡す風習があるの。自分の子供とか、お、お婿さんとか」
そこまで言う必要はなかったかもしれないと顔を赤くしたミコノを見て、言葉の意味に半周遅れて気付いたノエルも恥ずかしくなって頭を掻いた。
この流れで受け取らないのは最悪だ。
だが、そうは分かっていても、ノエルは「大事にするよ」と言い切る勇気が持てなかった。
「ご、ごめん。僕には預かれないよ。失くしちゃうかもしれないから......」
失くす、という言葉の意味が、戦場での死を意味することだと察して、ミコノはお守りを優しく包むノエルの手を固く握った。
「いいえ失くさないわ。あなたは必ず帰ってくるもの」
まっすぐ見据えるミコノの目を見て、ノエルはお守りを握りしめる手の内に覚悟を決めた。
「わかった。絶対に持って帰ってくる」
その先まで踏み出してみたかったミコノだが、まだ恥ずかしさが邪魔をして身を引いてしまう。
「じゃ、じゃあ、私は戻るわ」
「うん。まっすぐ戻るより、通路にとりついて行った方が安全だよ」
「ありがとう、それじゃ」
コックピットから出ていくミコノの足先を手で押したノエルは、すっかり無重力に慣れた様子の後ろ姿を見送って、改めて手にしたお守りを見つめた。
お守りを失くさないように左手首に巻き付けると、ノエルはブラックアウトの操縦席へ背中を押し付ける。
操縦桿に触れて、そのゴツゴツとした感触を手のひらに感じた。
マシーネ・ヘッドの操縦者がヘッド・ライナーと呼ばれて特別視される理由を知っているだろうか。
MHのコンピューターは光ファイバー素材を3Dプリンターに充填して生物の脳神経系を再現している。
詳しい原理は技術者にも理解されていないようだが、そうして造られた光ニューロ・ブレインにはわずかながら自我意識のようなものが発生するのである。
故に単なる道具と使い手ではなく、例えるなら馬と騎手のような関係といった方が適当だ。
しかし、そんなMHの性格がどう育っていくかは全く未知数である。
反面教師的にもなれば暴れ馬のようにもなるし、ヘッド・ライナーと阿吽の呼吸をはかるようにもなる。
このブラックアウトも十年以上は父、ジョシュア・グレイと共に戦っている。
こいつは、自分が生まれる前からいて、自分以上に親父のことを知っているのだ。
そんなブラックアウトがどういう性格かといえば、基本的に何も口出ししてこない。かと思えば、ノエルが戦いのセオリーを逸脱して我を出そうとすればコントロールを奪ってまで修正してくる。
アリーナの上位ランカーに比肩するほどの実力を得たのも、ブラックアウトが育ててくれたおかげだ。
ノエルにとって、ある意味ではもう一人の親のような存在なのである。
だから、単純なマシンではない。失いたくなかった。
しかしノエルには解っている。これは過去の遺産だ。
それに固執していれば、巡り巡って今のものを失う事になる。
機体の最終調整を完了させてコックピットを出たノエルは、それぞれの機体の前で話をしていたウルラとクライドの元まで体を流す。
「───よって、戦術はスイッチング・エレメントで行く」
「そうですね。それがよさそうです。あっ」
会話中、ノエルの接近に気付いたウルラが小さく手を振る。
二人は、防寒着を何重にもかさねたような黒く分厚いパイロットスーツを着込んでいる。
宇宙に出るにはこれぐらいが必要だ。
万一機体を捨てなければならなくなったときに、無重力を飛び交う破片や放射線から身を守らなくてはならないからだ。
鈍色に塗装されたノイモントは、ブラックアウトとは違った曲線美を持っている。
ブラックアウトが鳥を彷彿とさせる曲線であれば、こちらは人体的な曲線だ。
そんな新型二機は、それぞれわかりやすい装備構成をしている。
方や両肩にビームキャノンを控え、方や両の手にビームガンと大量の弾倉バッテリーを控えている。
しかし共通して装備しているのは、宇宙戦闘用の特別なバックパックだ。
機体を前方方向に推進させるために、背中に丸太を突き刺したかのような姿をしていて、宇宙用放熱装備が併設されている。
「機体の準備はよさそうかい?」
「はい。新しい機体ですから、コンピュータの癖もなく扱いやすいですね」
そう答えるウルラとは裏腹に、クライドはあまり納得していない様子だった。
いつもの癖が消えたということは、無意識的に行ってきた操作でワンテンポもたつくという事でもある。
熟練のヘッド・ライナーとしては前の乗機のコンピュータを焼き写ししたいところだろうが、第五世代になって光ニューロ・ブレインの要件が大きく変わってしまったことで、それができなかったのである。
出だしとなる第五世代の売り上げが芳しくないのはそういう事情による。
「まあ、新型の性能ならば問題にはならない。いつも通りにこなすだけだ」
そういうやりとりをしていると、三人の端末が振動した。
作戦開始、十五分前の合図である。
そろそろ自分もパイロットスーツを着なければ。そう思い、ノエルはウルラの手に押し込んでもらって更衣室の方向へ体を流した。
* * *
作戦開始三分前。
艦橋では艦長席に座るミラベルが準備を整えてキャビンに並ぶ社員たちと超重武装の雁字搦めになった三機のMHを、コンソールパッドの小さな画面越しに見守っていた。
船は、彼らの帰る場所にならなければならず、安易に接近すればヒマワリに撃ち抜かれる。
安全宙域からでは、大量のECMが展開される戦場に通信も届かない。
此処にとどまる者は、ただアルゴンとヘリウムが充満するだけの岩を見つめて、時折輝くであろう戦闘の光に祈りをささげるしかない。
社長兼艦長として部下を安心させなければならないミラベルは、胸の内に渦巻く不安をぐっと押しつぶして、いよいよ第一声を艦橋にとどろかせた。
「マシーネ・ヘッド出撃準備! カタパルト解放!発艦エアロックおよび艦首反作用噴射制御用意!」
ミラベルがそう叫ぶと、オペレーターたちが素早く制御盤を叩き、間もなくなり始めた発艦アラームと共に管制官の落ち着いた声色が艦内に響き渡る。
≪マシーネ・ヘッド各機、発艦準備。ブラックアウトは速やかに射出位置へ≫
という艦内放送をヘッドセットから直接聞いていたノエルは、作業員たちに指示をしてコックピットハッチを閉じる。
地上に降りなければならない都合上、ノエルのブラックアウトは一番最初に出撃する。
大気圏突入完了までの時間も計算して、二人がブラックアウトの背中を追いかける。
突入救出部隊は、さらにその後だ。
余計な空気漏れを防ぐために設けられた、格納庫とカタパルト発進口を仕切る巨大なエアロック。
クレーンに連れられてこじんまりとした部屋に閉じ込められたブラックアウト。
両肩と腰の位置に射出装置が接続されると、いよいよ宇宙とを隔てるシャッターが開き始めた。
そこからはまた音の無い世界。
鋭く突き出した艦首の両脇を挟んで前方に伸びるのは、射出装置のアームが助走をつけるためのレールガン装置。
そして、そのレールを衝突から保護するためのロールバーがコンビナートの入り組んだパイプ群の様にして存在している。
船の動力炉から引かれたエネルギーがレールに投入されていき、ノエルは操縦桿から手を放して座席の姿勢保持グリップを握り込む。
艦首側面のカタパルトレールに添う形で設けられた管制室に合図を送り、そして機体が強烈なGと共に前方へと走り始めた。
システムの自動操縦に任せ、歯を食いしばって全身にのしかかるGを受け止めるノエル。
あっという間に小さくなっていく宇宙船に見送られて、ブラックアウトの隻眼は正面に浮かぶ岩の星を見据えた。
そこからの展開は速く、考え事をしている暇などなかった。
カタパルト射出の加速が落ち着いて体を押さえつけていたGが消え去ると、全天周囲モニターの映す宇宙空間上で赤色の線が迫りくる。
息つく暇もなくA.O.B一段目の点火タイミングがやってきたのだ。
コンソールを右手で操作しながら、左手の親指に掛かったスロットルレバーの赤いボタンを押し込んだ。
使い捨てエネルギー偏向器が起動し、申し訳程度の警告音が鳴ったその瞬間である。
反物質が充填されたA.O.Bの燃料タンク、そこに直付けされた噴射ノズルから生み出される爆発的な推進力がブラックアウトを弾き飛ばした。
発艦とは桁違いのGに身体が押しつぶされてしまいそうな感覚を味わう。
操縦席のショックアブソーバーが緩和しきれないほどの重力加速度を察知して、システムがオーバーGの警告を以って騒ぎ始める。
そこに敵弾警告が便乗してきたのは、加速し始めから一秒も経たない内だった。
夜側の地表がビカっと輝き、青ざめた光芒がブラックアウトの傍を掠める。
ブラックアウトが敵の未来予測射撃の照準を予測し、ノエルはほとんど脊髄反射の領域でこれを回避していく。
その、ヒマワリからの光芒が伸びる遥か先で───。
スフォルツァ・セキュリティの宇宙船から、切込み部隊の第二弾が宇宙へ飛び出していく。
ウルラとグライドの駆るノイモントが先陣を切るブラックアウトを追いかけ始めた直後、宇宙船はミラベルの指示で光拡散プリズムを艦首の先に展開させた。
いくら離れているとは言え、ヒマワリの流れ弾はここまで飛んでくる。
ブラックアウトを追っていく二機は、先達とは別のルートで突入を仕掛ける。
外側から弧を描くように回り込み、衛星展開地点を側面から急襲するという形である。
亜光速域で突入し、惑星が鼻先に迫ったのは一瞬のことだった。
加速用一段目のブースターを切り離した二機は、事前に取り決めた陣形をやんわりと形成しつつ減速用ブースターを最大限燃焼させる。
加速と停止、二つのブースターを切り離したところで、ウルラとクライドはビーム砲からの狙撃を受けるブラックアウトの反応をモニター上に見た。
この作戦はアプローチが二つある。
一つはこちらの攻撃がすべて成功して、ブラックアウトが敵要塞直上から直接降下するパターン。
もう一つは攻撃に失敗し、直接降下をあきらめるパターンである。
つまりパターン2は一種の失敗であり、そうなってしまったらすべてがドミノ倒しに崩壊していきそうな予感がして、ウルラの心情を緊張が縛る。
≪アルファ、タンポポが百八十度回頭しています≫
≪そうだろうな。綿毛どもが迎撃に参戦する前に破壊する。ベータ、先行しろ≫
≪コピー、マスターアーム≫
両の手に構えたビームガンを突き出し、機動ブースターを点火したウルラのノイモントはクライド機よりも先を行く。
そして、無警戒にも横っ腹を見せるタンポポの群れに向けて最初の一撃を放った。
ピンク色の荷電粒子光線が二つのタンポポを破壊し、その破片が拡散して別の基も傷つけていく。
このデブリによる破壊連鎖は通用しないかと念を入れていたが、順調にいきそうだ。
タンポポというよりは、カブのような形だ。遠目から見れば風に乗る綿毛に見えなくもない。
形状を無視してもタンポポは的が大きい。
一つ一つは六十メートルはあるだろうか。MHが子供に見えるサイズである。
備え付けの迎撃機銃《IWCS》も大した障害ではない。
だが、ウルラがタンポポの群れの中に突入したその時だった。
システムが警報を発し、同時にクライドの怒鳴り声がヘッドセットを貫く。
≪ベータ!チェック、リア・フォー、エイト!≫
斜め後ろ方向───後方八時と四時方向に敵機が二つ現れたというクライドからの無線。
すぐに進行方向を切り返したウルラは、タンポポを踏み台にして慣性を殺し、現れたという敵機の姿を見やった。
≪あの腕の形状、件の新型か!≫
≪脚がないな、空間戦闘特化型か......!≫
ウルラが脚のない敵機を照準に定めた刹那、二つの敵は全く同時に別々の方向へ飛び出した。
その動きを見て、二人も合図することなく陣形を機動戦術に切り替える。
ウルラが敵機の注意を惹き、クライドの砲撃が射貫く形態である。
その形態は、かつてヘルネハイムがとったMH戦術の基本形であった。
白騎士団が前衛を張り、赤騎士団の狙撃が致命の一撃を叩き込む。
クライドは王国時代、ジョシュア・グレイに引き抜かれる前の赤騎士団時代のことを思い出しながら照準を定めていた。
何事も初心をおろそかにしてはボタンの掛け違いが致命的な領域に達することもある。
スコープウィンドウ越しに垣間見る敵機の姿。
上半身はMHそのものだが、脚の付け根から下がないような下半身では手指のような形をしたフレキシブル・ブースターが、糸繰り人形をあやつる人形遣いの指先のようにグネグネと蠢き回る。
ミサイルと荷電粒子砲をまんべんなく装備した姿は、一種の騎兵のようにも見えた。
だがそんなことはどうでもいい。
問題は二機の連携があまりに上手すぎることだ。
それぞれの取る次の行動が、互いに完全把握しているとでも言うように、動き出しが全く同じタイミングなのである。
無人機であることを勘ぐるウルラとクライドだが、それは違うという確信があった。
戦闘機動があまりに有機的なのだ。
タンポポからの迎撃レーザーと二機の敵を同時に相手取って、しかし全く隙をさらさないウルラの動きには、タンポポを遮蔽物として使う高度な技量が表れていた。
宇宙空間の上も下もない三次元戦闘において、自分と敵の位置を的確に把握している動きなのである。
だが、それを必ず挟み撃ちの形で追い込む二機の指脚も、やはり尋常ではない。
そしてタンポポを遮蔽物にした追いかけっこの末、指脚の動きに決定的な隙が生まれた。
タンポポの配置と切り返しのために制動をかける指脚の機動が重なり、そこへクライドの射線が突き抜ける。
その連携を意図的にやってのけたウルラは叫ぶ。
≪まずは一機!≫
≪仕留める≫
クライド機の両肩とビームライフルが火線を放った。
指脚MHのシルエットの頂点をちょうど射貫く射角での、命を刈り取る三点射。
うち一発は頭部に向けられたものであり、亜光速で迫るビームを今からでは回避できない。そういう射撃だと直感的に理解していたウルラは撃墜を確信した。
しかし、着弾の瞬間、その時である。
機体をわずかに前方傾けた指脚。その下半身をビームが抉る。
だが当たったビームは二つ。頭部への射撃は回避されてしまった。
違和感のある避け方。
まるであのタイミングで、ああいう撃ち方をしてくると視えていたような───。
そのとき、二人の脳裏にノエルから聞かされていたミコノの能力のことがよぎった。
未来を視る能力。
ヴィジョンは限定的で断片的だそうだが、インフォーリング機関がその能力を強化人間に搭載する実験をしているのだとすれば。
≪それにこの、生体レベルでのデータリンク───≫
≪しかも強化人間は、レプリカントということか......!≫
奥歯をかみしめたクライドはトドメを刺そうと照準を再補正したが、ここでコンピュータが新品であることがわずかな遅れに繋がり、宇宙の高速戦闘では無数のタンポポが再び視界を遮る。
≪ちぃ!≫
腹いせまぎれに本来の目的であるタンポポにビームを撃ち込んでいくクライド。
射線に被ってくるならば、まとめて射貫いてしまえばよい。
ブラックアウトの到達まで、残りあと二分半。
指の蠢きに気を取られすぎた。ペースを上げていかなければ間に合わない。
だが、そんな動きを察知した指脚の片割れが、クライドを優先目標にしてウルラを無視していく。
≪アルファ、そちらへ行きました!≫
≪スイッチング・エレメント!≫
≪コピー!≫
一瞬のやり取りのあと、クライドは指脚が放ったビームを見てからブースターを切り捨てる。
宇宙に置き捨てられたブースターにビームが接触すると、MHの爆発と見まがう閃光がタンポポの群れを照らした。
だがそれでだませると思うほど、クライドも短絡ではない。
ウルラの真似をしてタンポポを足場に急転換したクライド機は、猛烈に距離を詰めてくる指脚と紙一重で交差。
その刹那に放ったビーム砲。
砲身の耐用激発数は今のが限度であり、キャノンを基部ごとパージして慣性に乗せた砲身をタンポポにたたきつける。
ブースターを捨てて、キャノンを捨てて。この際、敵のほうが遥かに重い。
推力重量比を加味しなければUターンでの動き出しが早いのはクライドのほうである。
そして指脚から逃げるクライド機が、タンポポの稜線を超えた瞬間である。
タンポポの膨らんだスラスター部分の陰から飛び出した機影が、クライド機と重なるようにして現れたのである。
指脚からは機影が分裂したように見えた。
それは飛び出したウルラ機がクライド機と重なった瞬間、太陽を背にしていたからである。
指脚の優先順位が一瞬戸惑った。
ウルラはその隙を見逃さない。
両の手に持ったビームガンから荷電粒子を放ち、それを光の剣のように前方へ振り上げたのである。
指脚は突然の奇襲に制動をかけられず、両肩をごっそりと切り落とされた。
そしてタンポポの陰で待ち構えていたクライドがビームライフルの光芒を置くように撃ち、指脚は袈裟切りにされたような形で真っ二つに両断された。
≪インターセプター、クリア。タンポポの破壊に移ります≫
砲身の焼け付いたビームライフルを見計らったウルラが無言のうちにビームガンの片方をクライド機に投げる。
目視もせずに受け取ったクライドはウルラ機と並走して綿毛を刈り取っていった。