作戦前夜
「では、作戦の説明を始める」
そう切り出したミラベルの声に、ジェフやダンほか作戦に参加する社員たちはモニターを注視した。
画面に映し出された立体CGで表示されるインフォーリング機関の拠点───いや要塞。
高い壁に囲まれた広い敷地の周囲は高低差の激しい岩ばかりの環境が広がっており、要塞そのものは最も標高が高い地点に設置されている。
これ自体がMHのような機動兵器の進撃を阻む天然の要塞であり、標高の高い位置に構えていることは、宇宙船が往来するにあたって障害となる地形を避けようとすると必然的にこの立地となる。
もちろんMHは飛行能力を有するし、攻める際は宇宙からの降下となる。
それを想定して、機関の要塞には大きく分けて二つの防衛兵器が設置されている。
「一つは要塞内の巨大な高出力自由電子レーザー砲。まずこれが宇宙からの直下突入を阻む。
二つめは人工衛星型レーザー砲。ヒマワリからのレーザー狙撃を回避して遠距離から突入を行うと、衛星軌道から睨んでいるタンポポが光線のカーテンを作り出す」
防衛兵器に割り当てられたコードネームは何とも気の抜ける命名だったが、実際にそうとしか見えない見た目をしていた。
基地内から顔を出すのは冷却ユニットを花弁の様に広げたパラボラアンテナのようで、衛星砲の方は風に舞い上がったタンポポの綿毛に見える。
後者の綿毛は隕石やデブリの衝突を回避するためのもので、これのせいで一つの衛星を破壊した破片で連鎖的な撃墜を狙うことが困難である。
判明している大部分の防衛兵器はこの二つで、内部に抱えている戦力は未知数である。
一つだけはっきりしていることと言えば、最低でもトレーサーが三機とMHが一機はあるという事だ。
それは、ミラージュが送信してくれた映像の中に、分割されて運ばれていく様子として映っている。
肘から手首にかけて窄んでいく形状は見たことのないパーツだった。
ノエルとココが考えるところでは、機関が独自に開発した新型パーツと推測されている。
「この作戦で遂行する最終的な目標二つ。一つは捕えられている有角人の保護、そして偵察中に捕まったミラージュ氏の救出だ」
そこに行き着くまでの導線を今から説明する。と言ってミラベルによる作戦説明が始まる。
スフォルツァ・セキュリティに在籍する社員はそう多くない───無論、メガコーポと比較すればという話だが、彼らが保有するMHは二機のみである。
だがミラベルの作戦によると、この貴重な戦力は要塞内部に突入しない。
「まず最初のステップは、敵が抱えるヒマワリとタンポポの破壊だ。これが息をしている限り、輸送機部隊は要塞に近づけない。ウチから出す二機のマシーネ・ヘッドは綿毛の処理、ノエルのブラックアウトはヒマワリの破壊を行う」
非常にシビアな作戦だ。
地上と宇宙、二つのチームが同時に作戦をこなさなければ、どちらか片方が敵レーザー兵器によるクロスファイアを受けることになるのだ。
地上ではタンポポとヒマワリから、宇宙ではタンポポ護衛用砲台とヒマワリからのクロスファイアである。
対消滅バリアの七十パーセントをすり抜けるレーザー光線は厄介なものだ。
掠りでもすればMHの装甲など削り取られるだろう。
「ヒマワリとタンポポを破壊したら次だ。まずヘリボーン部隊が要塞内部に降下、そのまま地下構造に突入する」
説明の合間に挟まれる一泊の間は、戦闘員たちが作戦を脳内に叩き込むための時間だ。
このようなやり方は極めて特殊部隊的なやり方である。
現地で敵に作戦行動計画が露呈しないよう地図やメモを持ち込まないのだ。
ヘルネハイム王国の特殊部隊であった黒騎士団は通常の軍隊と比べて独自性が強くシビアな存在だった。
その方式を色濃く受け継ぐスフォルツァ・セキュリティもまた、警備会社を名乗りつつ本質的には容赦のない人たちだ。
「ここで、降下部隊はブルーとレッドの二組に分かれる。ブルーはミラージュ氏の救出、レッドは有角人たちの救出だ。よって人員の比率はレッドに寄る」
ミコノの申告が正確であれば、捕らえられている人数は最低で見積もっても百人を超す。
現場に飛ぶ輸送艇のほとんどがキャビンを空のままにしているのはそういう理由である。
「救出完了後、輸送艇群はブラックアウトが護衛。タンポポ組の二機は有事に備え、カーマンライン上で待機だ」
ミラベルがそう説明すると、ジェフとダンの隣に座っていた褐色の肌をした若い女性はうなずき、顔面にいくつもの小傷がある仏頂面の中年は腕を組んだまま微動だにしない。
まるで父と娘だが、彼らがタンポポ撃滅組である。
ミラベルとはモニターを挟んで対岸に立っていたノエルが二人を遠い眼差しで眺めていると、女性の方がノエルと視線を重ねた。
その猛禽のような黄金の眼差しは見定めているようでもあり、だが表情の起伏が少ないだけだということをノエルは知っている。
「作戦の説明は以上だ。質問は」
わかっていないことが多いのだから、質問したとて意味がない。
そのことを受け入れるしかない社員たちは、じっと終わるのを待った。
「よろしい。出発は六時間後、作戦開始は二十四時間後となる。それでは解散」
ブラインドが開かれ、差し込んできた陽光にノエルは目を細める。
準備のため足早に退出していくジェフとダンやほかの社員を見送って、ノエルはヘッド・ライナーの二人に歩み寄った。
「ご無沙汰しておりますグレイ伯爵」
立ち上がった女性は相も変わらず鋭い表情のまま、しかし明るい声色でノエルに会釈する。
「久しぶりだねウルラ。それにクライドさんも。最近見なかったけど仕事か何かで?」
そう訊くと、仏頂面のクライドがようやく少し動く。
岩の声と形容して納得できる渋い声が、小さく開いた口から漏れ出した。
「そうだ。前の機体に乗る最後の仕事でな。そっちは元気にしていたか」
「まぁそこそこです」
「そうか? そうは見えんが」
クライドは父の部下にして王国黒騎士団のブラックアウト乗りだった男だ。
ノエルのことは生まれたときから知っている。
ミラージュが捕らえられて気が気でないことは、彼には見透かされていた。
彼女の救出にスフォルツァ・セキュリティの面々を駆り出す手前、そんな内心を白状するわけにもいかずノエルは誤魔化し気味に訊き返した。
「そういうそっちは?」
「新しく導入されたMHの性能は万全です。今回は空間戦闘ということですが、確実に任務を遂行いたします」
「あの新しいの、グロリアス・カイゼリン社のノイモントだろ?」
「はい。四世代とはエネルギーの回転率が段違いです」
第五世代はスペック過剰だと思っていたが、身近なところで利用者が出てくると考えが変わりそうだ。
とはいえグレイ家の懐も、惑星シュターデでやっている自然保護区運営とソレス維持費で温まらない。
どこかで父のブラックアウトを第五世代にアップグレードしなければならないが、古い機体を最新に改造するとなると新品を購入する以上に金がかかる。
「私としてはブラックアウトに乗ってみたかったのですが、さすがに生産されていないパーツではどうしようもありませんから」
「今度、僕のに乗せてあげようか?」
「いいんですか? お父上の形見だと聞いておりますが」
クライドの方をちらりと見やったウルラだったが、彼の反応が特にないので胸の前で両手をぐっと握った。
「レプリカを個人所有するのはどうだい? レザレクション・スペルの面々も惑星シュターデに移ったわけだし」
「ああ確かに。それいいかもしれませんね」
彼らと話したことで焦燥感が軽くなった気がする。
できればミコノとも顔を合わせたかったが、そうするとミラージュの今を想像してしまいそうで、ノエルは平静をぐっと捕まえてココたちの元へ向かった。
* * *
惑星ネアンへ出発するまでの時間、本来ならばブラックアウトの調整をするところだったが、今の惑星シュターデにはレザレクション・スペルの一行が入植した。
ノエルやスフォルツァ・セキュリティにとっては有難いことで、機体整備は今後ココたちに委託できる。
流通しているMHの大半は企業連コーポの製品なのだが、実情としては彼らの整備など一ミリも信用できない。
高額な整備費用を払って、勝手な仕様変更や余計なシステムのインストールをしてくるのだ。
質の悪いことに、そういうことは契約要項の端っこに小さく記載されているので、形式としては客側が了承したことになっている。
だから詳しいMH乗りは自分で雇ったメカニックを擁しているか、ココたちのような職人と繋がりがあるものだ。
そんな新しいレザレクション・スペルの拠点はローゲルダッハの真下に設置された。
旧ヘルネハイムの地下都市建造計画における空洞である。
そのままでは暗い洞窟は大量の巨大な照明によって昼間の様に輝いており、別世界に迷い込んだかのような光景だ。
舗装や住居跡が残されていて、ちょっとした掃除をすればそのまま居住できるのは楽でいいとココが言っていた。
新設された工房では、調整を終えたブラックアウトとノイモント二機がハンガーに掛けられライトアップされている。
足の付け根の位置が広く、人間型からはやや外れている二脚型MHだが、その中でもノイモントは人間に近い構造をしている。
脚部が長く、胴体が小さい形状はアスリート体形だ。
地上戦闘用に重心位置が下げられているブラックアウトとは対照的である。
悪化したバランスはOSで補うという力技は、きわめてグロリアス・カイゼリン的な特徴だと言える。
「聞いたよノエル。何やら面倒なことになってるみたいじゃないか」
葉巻を吹かしながらやってきたココが、ブラックアウトを見上げるノエルと横並びになる。
二人は互いの顔を見合わせずに続けた。
「すぐに解決して見せるさ。ところで、例のモノは?」
「所在は掴んだ。が、現地の放射線量が高すぎてね。普通のMHじゃ大量のガンマ線に貫かれてお陀仏だろう。専用装備が必要だ」
「やっぱりそうなのか......。その線量でモノは無事だと思うか?」
「どうだか。ナノマシン粘土が覆っていれば無事だろうけど、衛星写真もぼやけちまって見えないから、行ってみないことにはわからないよ」
「わかった。必要な装備があれば言ってくれ。その時は金を出す」
先に持っていく、といってブラックアウトをフローターの荷台に寝かせたノエルは、同じく機体を受け取りに来たウルラとクライドと入違いになってローゲルダッハの宇宙港へ向かう。
惑星ミレッドへの訪問中に起きたレザレクション・スペルの騒動から一か月。
ミラージュと共に調べた結果が正しければ、ミコノの同胞たちはこの作戦で救出できる。
後は奴らが再起不能になるまで叩きのめしてやればよい。
仮に奴らのスポンサーがメガコーポだったとして、そのために例のモノは準備しておかねば───。
しかし思い描く道筋とは裏腹に、心のどこかでつっかえている感覚が不安を掻き立てていた。
こういう時、ミコノには未来が視えているのだろうか。
だがもし、進む先に破滅が待っているのだとしたら?
全力で抗えば、その未来も変えられるのだろうか。
見通せない行き先に、ノエルは深くため息をついた。