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第3話 リアル・モータースポーツ

「ハァ、すごかったナァ……」


 彼女、ベガ・ステラ・天川は、夕焼けの山道をホームステイ先の家に向かって帰る途中、何度も今日の経験を反芻していた。


「カート、ワタシにもアンナフウにノレルかな?」


        ◇          ◇          ◇


「ハイ、お疲れ様。これ飲む?」

「ア、サンキューデス」


 試乗(シジョー)のあと、ワタシはシャチョーに言われるまま再び事務所兼売店(パドック)におジャマしていた。とりあえずカりていたジャケットとグローブを脱いで返すと、代わりにスポーツドリンクをプレゼントしてくれた。


「ング、ング、ング……プハァー、サイコーデス」

 ノドがカラカラだったのもあって、その青いラベルのスポドリ(ポカリっていうラシイ)をイッキにノミホシた。

 全身アセでグッショリとヌれていて、上着の白いトップスの下にくっきりとお気に入りの青いブラジャーがスけている。


「あー、来てショニチからずいぶんセンタクモノふやしちゃったなぁナァ……う、ウェプッ」

 自分の体をみまわした時、思わず胃からさっきのドリンクがリバースしそうになる。ガンバってノみ込んで、ふぅと息をつくと今度は頭がぐわんぐわんとナってユレテいる。

「うう……クルマヨイしちゃったミタイ」


「ははは、初めてで酔わない人ってよっぽどだよ。特に君みたいな車運転の経験が無い人はなおさらね」

 シャチョーさんがそう言って、私に冷たいタオルを渡してくれた。それをアタマに当てると、ユれるノーミソをほどよく冷やしてくれるみたいでキモチよかった。


「そのタオルあげるよ。ホラ、服が透けてるから外に出にくいだろ? それでうまく隠すといい」

「OH! サンキューデス、なにからなにまでホントウにアリガトウゴザイマシタ!」

「あーいいからいいから。なので頼むから通報とかしないでくれよな」

「ホワイ? ツーホーって、ポリスマンよぶコト? ナンデ?」

 イミがワカラナイ。いろいろシンセツにしてくれたシャチョーさんにどーしてポリスを呼ばなくちゃいけないノ?」


 シャチョーさんのセツメイでは、今のニホンって女性に対するセクシャルハラスメントが、もうほとんどイイガカリのレベルでキビシーみたい。なのでブラがスけて見えているこのジョーキョーは、ワタシがテイソすればシャチョーさんはジアンとかでユーザイになるトカ……オセワになったのにソンナコトしませんヨ!


 そんな話をしていたら、外からエンジン音が聞こえてきた。


「お、午後の部の練習始まったね」

 ほどなく羽音のようなエンジンの合奏が響き渡る。あー、さっきワタシがゼンゼンノれなかったカート、ミンナはどんなノッテるんだろー。


「ワタシ、見てきていいデスカ?」

「うん、私も行くよ。その前に胸にタオル巻いてね、みんなびっくりするから。あとカート貸してくれた女の子にちゃんとお礼言っておくように!」

「OKデス!」


 胸にタオルを巻きつつパドックから外に出ると、とたんにエンジンサウンドが空気をフルわせて大きくヒビいて来る。


 グワアァァァァァァーン

 キュキキキッ! バラン、ババババババババ……

 ビイィィィィィィィーン シュパァーッ!


 高回転のエンジン音が、ブレーキロックしたスキール音が、ストレートを通過するときのドップラー効果が、サーキット内に所狭しと鳴り響いていた。


「……スゴイ」

 ピット方面に歩きながら、ワタシはおもわずそうこぼした。みんなワタシのハシリとはゼンゼンちがう、ビシッとメリハリのきいた、アスファルトを切り取るような走り。なによりカートマシンをジザイに使いこなして、オモイドーリにカットバシている。


「ほら、星奈(せな)ちゃん……君にカートを貸してくれた娘もコースに出てるよ。今直角コーナーに入る所だ」


 ホントだ! ワタシが乗っていたレッドのカートが、今コッチのほうに向かって走ってくる。モチロンしっかりアクセルを踏んで、迷いのないハンドルさばきでコーナーをクリアし、バックストレートをカケヌケテいく。


「お、相棒がストップウォッチ構えてるね。アタックに入るみたいだ、見てなさい!」


 アイボウ? と首をかしげてみると、さっきワタシのカートを一緒に押してくれたカレが、ゴールラインのトコロでストップウォッチをかまえている。ナルホド、タイム計測をスルのネ。


 サイゴのおおきなコーナーを抜けてくるミス・セナ。それを見たワタシは、そのハシリにレベルのチガイを、カノジョのキアイというヤツを、はっきりと感じてシマッタ……。


 ギャヒヒヒヒヒヒッ、ッパアァァァァァァーン


 リアタイヤをこすりつけるようにすべらせながら、コース内側にある赤白のシマシマモヨウをかすめてストレートに飛び込んでいく。そして次の瞬間……ミス・セナの体が、シートにすわったままぴょんぴょんと跳ねだしたノダ!


「ナッ、なんでジャンプしてるノ?」

「体重を抜いて、少しでも加速を稼いでるんだよ。座ったままだと彼女の体重がまともにパワーを殺すからね」

「ソ、ソンナコト、まで……?」

「カートは重量も体積も半分近くがドライバー(・・・・・・・・・・)だからね。ほら、今度は体を縮めて空気抵抗を少なくしてるよ」

「……ホントだ」


 ミス・セナがストレート後半でカラダを丸め、アタマを下げて手足をたたんで、前にある空気除け(エアガード)のカウルにすっぽりとカラダをカクしている。なけなしのクーキテイコーを減らして、少しでもストレートの伸びをカセぐためのケンメイなドライビング、らしい。


 ミス・セナの走りはそれだけでは終わらなかった。カノジョはブレーキングの時におもいっきりカラダを反らせて体重(ウェイト)を後ろにかけ、コーナーをまがるときは外にカラダをかたむけて内側のリアタイヤを浮かせている。短いストレートの入り口ではゼンケイシセイを取って、すこしでもエンジンのフタンをヘラソウとする。


 あのカートの狭いシートの中で、彼女は前に後ろに右に左に、ハゲしくカラダをユサブりツヅケていた!

 エンシンリョクに押されてフられているのではない、あきらかに自分のイシであちこちに体重をかけ、少しでもハヤくはしれるように体を動かし続けている……


「スゴイ……まるで『スポーツ』みたい」


 レースといっても走るのはクルマで、ドライバーはソウジュウするだけだとおもっていた。でもミス・セナはウンテンしながら、同時にそこではげしいダンスをおどるかのようにヤクドウしていたんだ。


「モータースポーツ、っていうくらいだからね。もっとも四輪で自分の重心移動でマシンを捻じ曲げる(・・・・・)のは、まぁカートくらいのものだよ」


 ワタシはコトバが出なかった。運転なんてハンドルとアクセル、ブレーキでするモノだと思ってた。でもカノジョはそれこそ全身を使って、あのちいさなカートを右に左にネジまげ続け、すこしでもタイムをちぢめようとしている……


「カートは腰で、お尻で乗る(・・・・・)んだよ」


 シャチョーさんがトクイげに言ったそのコトバが、ワタシがただのシロートであることをショウメイしていた。


 ワタシがここに来たとき、ワタシはあのカートをのりこなして、スーパーガールのトウジョウ! みたいなチュウモクをあびるのをキタイしてたんだ。


 でもゲンジツは、ホントウのレーサーと、フツウのヒトであるワタシの差をみせつけられたダケだった。



 やがてカノジョがピットインしてくる。マシンを止めてヘルメットを脱ぎはなち、タイムをとっていた男の人に声をかける。


「ど、どうだった!?」

「ベストが三周目の34秒98、今日のコンディションじゃ上等じゃないかな?」

「そっかー。ま、ちょっとミスも多かったし」


 そう言ってカートから降り、深紅のレーシングスーツのファスナーを首から腰まで下げると、腕を抜いて白いシャツに覆われた上半身をあらわにする。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 彼女もまた全身汗だくで、呼吸も相当に荒くなっていた。


 でも……ワタシとはゼンゼンチガウんだ。


 ワタシはカートにふりまわされ、ヒッシになってその動きをオサエヨウとして、ソレもできずにフリマワサレてクタクタになただけだった。


 でも、カノジョは、ミス・セナは……あのちいさなクルマのなかで、スポーツをしていたんだ。あの汗は、あのコキュウは、スポーツをやりきったアトのジュウジツしたツカレなんだ。



「ア、アノ……きょうはアリガトウゴザイマシタ!」

 ボトルのストローからノミモノをのんでいるカノジョの前に立ち、ワタシはそういってアタマをさげた。


「ええ、どういたしまして。車酔いはもういいの?」

「ア、まだチョットキツイデス……デモダイブマシになりまシタ」

「そ、そりゃよかったわ、楽しめたみたいだし」


 そのコトバにうぐぅ、とココロでうなる。ワタシが「オモシロカッタ」といったのはあくまでミエで、ジッサイにはナサケナクてミットモないスガタをサラシタだけだったから。


「ねぇ、あなた外国人でしょ? まだしばらく日本には居るの?」

「え……イェス」

「じゃあさ、五月の連休にレースあるから見に来なさいよ。あなたみたいなのがギャラリーにいたら華やかになるし」

「……レース?」

「そそ。今日みたくこんなバラけたんじゃなくて、何十台ものカートが所狭しとバトルすんのよ! 絶対楽しいわよ」


 そこまで星奈が言った時、後ろから相方の声が聞こえてきた。


「おーい、俺出るから頼むわ」

「あ、はーい。じゃあ金髪さん、失礼!」


 そう言ってカートの押し掛けに入る彼女。バババババッ、というエンジン音を響かせてコースインした車を見送ると、際にあったストップウォッチを手にして彼のタイム計測に取り掛かっている。


 もう、彼女はベガに関心は無い様だった。ぽつんと残されたベガはそこできびすを返し、最後に社長に一礼して、入ってきたゲートをくぐって外に出た。


        ◇          ◇          ◇


 そして帰路の山道が、疲れ果てた彼女にとっては相当にしんどいものとなってしまった。少し道に迷ったのもあって、見知った国道にたどり着いたのは夕日が落ちかけた時間帯だった。


「ハァ、スゴイ日ダッタナァ……カート、ワタシにもアンナフウにノレルかな?」


 出かけるときには、ひたすら退屈な一年になると思っていた。でも今は、この村にある思わぬエキサイティングで奥の深い、しかも自分の手に負えるかもわからないすさまじいスポーツに出会えた。


 これが彼女、ベガ・ステラ・天川の、日本での最初の一日の出来事、そしてそれが彼女の一年を、大きく変えることになる。


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