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契約の儀式 1

通路を進んだ先には、石壁に囲まれた地下空間があった。

ろうそくの光が揺らめきながらこの空間を照らしている。

天井は高く、古代の彫刻が薄暗い光の中に浮かび上がる。

前方には階段状に設けられた観客席が弧を描き、その中央には複雑な幾何学模様が床一面に刻まれている。


「速やかに終わらせよう」


イアデル精霊師の声が響く。

模様の上に立ったイアデル精霊師は子供たちをしっかり見つめる。


「怖がる必要はない。少し痛い思いはするが、すぐに終わる。順番にこちらにおいで」


怖がっている子供たちは、誰もその場を動こうとしない。

まるで会話をしているように、視線を交える。

そして、最後には子供たちの視線は2人に注がれる。

アルクとディオ だ。

周りの視線に気づき、お互いに顔を見合わせる。

お互いに頷く。

ディオが歩き始めたのを、アルクが追いかけるように歩き始める。


「その模様の内側へ入っていいのは一人ずつだ」


イアデル精霊師の言葉に、アルクはビクリと歩みを止めるが、ディオは模様の中に入る。

イアデル精霊師の前まで進む。

イアデル精霊師は懐から小刀を取り出し、ディオに向けて差し出す。

ディオは訳も分からず差し出された小刀をおずおずと受け取る。


「儀式には血が必要だ。悪いがその刀で血を出してこの模様の上に垂らしてくれ」


ディオは困惑しながらも小刀を指に軽く当てる。

小刀を持つ手が震えている。


「怖いなら、私が代わりに――」

「ディオ。痛いのは一瞬だし、今は自分の意志でできる。痛みを怖がる必要はあっても、ケガを怖がる必要はないから大丈夫だよ」


イアデル精霊師の言葉を遮るようにホルアが声を掛ける。

その声にホルアの顔を見つめるディオ。

震えは先程までとは違い、落ち着いてきている。

震えが完全に止まったわけではないが、ディオは意を決して指を傷つける。

指の傷口から血が腕を伝い二滴、模様の上に落ちる。

落ちた血が床の模様をなぞるように広がる。


「契約を乞う声に答えるもの、名を示せ」


イアデル精霊師の言葉に呼応するように広がりきった血は、白く輝き出す。

そこから無数の黒い蝶が羽ばたき出てくる。

数千もの蝶たちが、まるで命を持った一つの生き物のように舞い踊る。

よく見ると黒い蝶はただ真っ黒なのではなく、目を凝らせば深紅と金色の混ざった不可思議な色彩をしていた。

深紅だけではなく、深緑と金色、深青と金色と様々な色の羽を持つ蝶たちがいた。

その蝶たちが一か所に集まっていく。

そして1つの大きな卵を形成するように集まった。

その瞬間まばゆい光が差す。

蝶たちはいつの間にか消え、まばゆい光が形を成していく。

まばゆい光が弾け飛ぶように消えたとき、そこには一人の人影が立っていた。

20代の凛々しい男性のような見た目に、長い銀髪。

鋭い金色の瞳がディオを見つめる。

ディオとアルクの護衛騎士からは、賞賛の声が漏れる。


「初めまして、我が主」

「…………初めまして」

「我の名前は――――。これからよろしく頼む」

「えっと、――――さん。これからよろしくお願いします」


ディオの言葉に精霊は声を弾ませて笑う。

困惑するディオに気付き、照れたように笑う。


「主にさん付で呼ばれるのは、むず痒いな。いつかは呼び捨てで呼んでくれ」


ディオのすぐそばにふわりと降り立つと、左手の甲に口づけをする。


「これで契約は終了だ。お疲れ様」


イアデル精霊師の言葉にディオが驚く。


「この方はやはり精霊なのですか!?」

「そうだが、何か問題でも?」

「精霊はなんかもっとこう、なんというか、形がないような、もっとふわっとしたものだと思っていたので……。想像と違い過ぎて……」


いつもは明確に自分の意見を言うディオでさえ、言葉に詰まって困惑している。


「精霊がこんなのだと分かったんだ。よかったな」


困惑しながら精霊を見上げるディオと金色の瞳の視線が合わさる。

精霊は微笑むと、体が光に包まれ始めた。

柔らかな輝きが精霊の周りを取り巻き、輪郭が曖昧になっていく。

光の中から蹄の音が響き始めた。

地面を踏みしめる規則正しい音とともに、徐々に形が変わっていく。

光が収まると、そこにいたのは一頭のユニコーンだった。

純銀の毛並みが薄暗い空間でも輝いており、額から伸びる一本の角は七色の光を放っている。

ユニコーンは一礼すると、小さな光の玉になりディオの周りを飛び回る。

驚く子供たちからは誰一人として声が出ない。


「これがこの精霊の本来の姿みたいだね。精霊によって本来の姿は異なるし、力の弱い精霊は人型にもなれないから、ディオの精霊は強い子なんだよ」


子供たちに教えながら、嬉しそうに声を上げるホルア。


「後がつかえているから、早く降りろ」


イアデル精霊師の言葉にディオは、ハッと我に返り急いで模様から出る。


「ディオ、おいで」


手招きするホルアに気付き、ディオは黙って近付く。

ホルアはどこからともなくブレスレットを取り出す。

彼女の手には、静かに光を宿したブレスレットがあった。

それはまるで夜明けと黄昏が溶け合ったような、淡いピンクと深い青紫の宝石たちが、細やかな軌跡を描いて連なっている。


「ディオにはこれあげる」

「ありがとう、ホルア姉さん。でも、どうして?」

「必要だからだよ」

「いけません!」


護衛騎士の1人が急いで近付いて来る。

ディオとホルアの間に割って入る。


「何故?決まりなど無かったと思いますが」

「お2人には皇家が用意した物がございます。あなたのような者が用意した物など、勝手に殿下に渡されては困ります」

「ふーん」


ホルアは騎士に向けていた視線を、ディオに戻す。


「これは、アルファに頼まれて用意した物なの。でも、ディオとアルクには渡せないらしいの、ごめんね」

「やだ!アルファ姉が用意してくれたなら、欲しい!」

「ディオルド殿下!お待ち下さい!これは大事なことなのでーー」

「大事なことなら、それこそアルファ姉が用意したものが良い!」


遠くで話を聞いていた子供たちも、ディオの声で口々に同意の声を上げる。

困惑する騎士たちと対照的にホルアは笑う。

嬉しそうに、楽しそうに、歓喜の笑みを浮かべる。


「これはとても大事なことです。自分の意志を大事にしてあげるべきではないでしょうか」

「……ふん。お前のような出自の者が、殿下の『意志』などと軽々しく語るのは、いささか不適切ではございませんか? ハノウェル伯爵からの紹介状をお持ちとは存じますが、元奴隷という過去は紛れもない事実。重罪を犯した血筋の可能性を完全に否定できるわけではありますまい。殿下の安全と皇家のお立場を思えば、こちらの判断こそ当然の配慮ではございませんか?」

「私たちの血筋がどうであれ、その殿下本人が望んでいることです。あなたたちが、勝手な価値観で否定して良い程、ディオとアルクの意志も言葉も軽くないはずでは?」

「勝手な価値観、ですか。 先程から聞いていれば!お二人のお名前を、お前ごときが気安くお呼びになるのも、身の程を弁えていただきたい。教会がお与えになった位の高い名とはいえ、我々貴族の高潔な血に比べれば、天と地ほどの差があるのは自明のことでしょう」

「今のは聞き捨てなりません」


イアデル精霊師の低く穏やかな声で、一瞬で静まり返る。

とても穏やかな声なのに、誰もが肌で感じる怒りとそこから湧き出る恐怖。

騎士は吹き出る汗を拭くこともせず、身動き一つとれず固まる。


「先程の、教会が名を授けた者を軽視するよう発言は聞き捨てなりません。今すぐ訂正していただけないようであれば、今後皇家と教会の関係に亀裂を生むことになりますよ」

「いやいや、お待ちくださいよ。仲間の先程の言葉に教会を侮辱する意図はありませんよ。なのに、イアデル精霊師の誤解で関係に亀裂とは大袈裟すぎませんか」


先程まで同僚の言葉に何も言わず、傍観していた護衛騎士の1人が、馬鹿にしたようにヘラヘラ笑いながら近付いてくる。


「これが大袈裟でしょうか?教会が選んだ才能ある者を否定しただけでなく、先程の言葉が教会を侮辱する以外の何であると言うのでしょうか?」

「だから、それが大袈裟と言っているのです。あいつは自分の意見を言ったにすぎません」


会話になっていない反論に、少しの沈黙が流れる。

この沈黙を反論できない正論とでも取ったのか、騎士はニヤニヤと笑う。

そんな騎士を一瞥し、イアデル精霊師は冷淡に口を開く。


「では、皇家の方にも先程の発言は報告しましょう」

「どうぞどうぞ。我々は何も間違ったことは言っておりません」

「そうですか。根拠の無い事で、元奴隷である事を侮辱したんです。本当に罰せられないとお思いですか?」

「何を仰られていのか分かりませんな」

「重罪を犯した犯罪者の子供かもしれない人物と言う発言のどこに根拠があるのでしょうか。非難したいが為の証拠の無い侮辱としか思えません。皇家は奴隷制度の廃止や元奴隷への差別を禁じようとしています。まだ制定される前と言っても、皇家の志を否定するような騎士を見せしめに罰するのは明白だと思いますが」

「お前ごときが皇家の方々を知ったように語るなよ!陛下は我々臣下にとても優しく、思いやりがある方だ!お前ら如き部外者が何を言おうと、我々の言葉を信じる方だ!」

「そうですか。でも、教会は私の言葉を信じるでしょう。そもそも彼女が重罪を犯した犯罪者の子供であっても、教会はそれを許した。その教会の教えを否定するのですから、それ相応の対応をせざるおえない。覚悟してお待ちください」

「大袈裟だな。まあいいさ。後で痛い目を見るのはお前たちだからな」


周りを馬鹿にするように騎士たちが笑う。

嘲笑はこらえきれなくなったのか、どんどん大きな笑い声になる。

その笑い声に子供たちは怯える。

イアデル精霊師もホルアも騎士たちを侮蔑の表情で睨む。

再度イアデル精霊師が口を開こうとしたとき、騎士の横をすり抜けて前に出たディオがホルアの手からブレスレットを勢いよく奪い取る。

騎士の制止よりも早く左手に付ける。


「誰がどう言おうと、僕は僕の好きにする。それに、大切な家族を侮辱する人間の言うことなんて何一つ聞きたくない!!」


頬を緩ませるホルア。

その顔を見つめるディオも自然と強張っていた表情がほぐれ、にっこりと笑っていた。

2人が少しの間笑い合っていると、ディオの周りを小さな光の玉になって飛んでいた精霊がブレスレットの中に入っていた。


「なに?」

「精霊は、この世界に留まる為に入れ物が必要なの。入れ物はなんでもいいんだけど、契約者が大切にしている物に入ることが多いんだよ」

「でも、僕、大切にしている物なんて……」

「だからこのブレスレットを用意したの。ディオが今大切に思ってくれたから、精霊がこのブレスレットを選んでくれたんだよ」

「そっか……そっか」


嬉しそうな笑顔でブレスレットに触れる。


「ありがとうございます。アルファ姉さんのお願いを聞いてくれて」

「どういたしまして」

「ディオばっかりずるい!」


ふてくされた表情で二人を睨んでいるアルク。

2人を睨むように見つめた後、意を決した顔で大きな一歩で模様の内側に入る。

ディオが無数の蝶に驚き床に落としていた小刀を拾い、ディオと同じように指を傷つける。

勢いよく切りつけたため、ディオより多くの血が流れる。

腕を伝って模様の上に落ちる。

落ちた血が床に模様をなぞるように広がる。


「契約を乞う声に答えるもの、名を示せ」


イアデル精霊師の言葉。

ここからの流れはディオのときと同じだった。

血は白く輝き出し、無数の黒い蝶が羽ばたき出てくる。


「あの蝶は何なのですか?」


シーマの声に周りを見回すと、いつの間にかホルアのそばに集まってきていた子供たちがいた。

眩いばかりに輝く蝶たちに目を奪われる子供たちの中で、数人がホルアに視線を向けている。


「あの蝶たちは精霊だよ。精霊にも貴族たちのような階級があるの。幽精(ゆうせい)微精(びせい)常精(じょうせい)顕精(けんせい)希精(きせい)王精(おうせい)始精(しせい)。さっきの蝶の精霊たちは幽精の子たち。幽精の子たちは、世界のあちこちに存在するけど、私たちと話したり契約したりは出来ない。けど、世界を正常保ったり、精霊たちが住む世界と私たちの住む世界を繋げることが出来るの。でも、幽精たちだけでは世界を繋げることができないから、精霊師様と力を合わせながらになるんだけどね」

「私たちは今から精霊と契約するの?」

「そうだよ。どの階級の精霊と契約できるかは精霊が出てきてくれないと分からないんだけどね。貴族は血縁でほぼ決まってて、顕精や希精と契約する方が多いかな。国民のほとんどは微精や常精。たまに高い階級の精霊と契約する人もいるにはいるけど、かなり稀なんだよね」

「なら、姉さんが契約している精霊は――――」


ディオの声を遮るように突然声が響いた。


「あなたが私の契約者ですか?」


ディオの声を遮ったのはアルクのすぐ前に現れた精霊の声だった。

その方向を見ると、20代くらいの細身だがしなやかな体格に、溶岩のようなオレンジと金色のグラデーションが美しい長い髪の女性の姿があった。

時折炎の揺らめきを映す、深い琥珀色の瞳が、無感情にアルクを見つめる


「そうだよ」

「そう。私は――――。これからよろしく」

「よろしく、――――さん」


アルクの傍にふわりと降り立ち、おでこに口づけをする。


「これで契約は終了だ。お疲れ様」


先程と同じ言葉で終わりを告げる。

その言葉にアルクは急いでホルアの元に向かう。


「終わった!僕にもあるんだよね!」


目を輝かせるアルクに、ホルアはニコリと笑い頷く。

またどこからともなく取り出したのは、ディオとほぼ同じブレスレットだった。

違いは宝石のカットの些細な違いでしかない。

止めに入ろうとする騎士より早く、ブレスレットを受け取り、右手に着ける。

精霊の方にそのままの勢いでブレスレットを着けた右手を差し出す。


「来て!」


真っすぐに当然のように見つめるアルクを精霊はふふふっと笑う。

そして目の前で笑う精霊の瞳が、突如として深紅に輝き始めた。

溶岩のようなオレンジと金色のグラデーションが美しい長い髪が風もないのに舞い上がり、羽毛のような質感に変わり始める。


「これは教育が必要そうね」


次の瞬間、精霊の全身が炎に包まれた。

しかし熱さはなく、むしろ神聖な温もりを帯びている。

火炎の中から、徐々に鳥の輪郭が浮かび上がってきた。

優雅な曲線を描く翼、炎のように揺れる尾羽、そして燃えるような深紅の羽毛。

伝説の不死鳥フェニックス。


「きれい……!」


誰の声か、無意識に漏れた声。

誰もが目を奪われるほどの美しさ。

人の姿から鳥類の形へと移行する過程は一瞬のようであり、永遠のようにも感じられた。

完全なフェニックスの姿になると、誇らしげに一羽ばたきをして、小さな光の玉になりブレスレットに入る。


「これで完了で良いんだよね?」


嬉しそうにホルアを見つめて尋ねる。

ホルアは微笑み頷くと、アルクは子供らしく笑う。

そんなアルクの頭をホルアは優しく撫でる。


「こんなにゆっくりしている時間はない。次は誰だ?」


雰囲気を壊すイアデル精霊師の言葉で、子供たちは顔を見合わす。

牽制するような視線が交わされる。

誰もが迷っている中で、


「それで。次は誰が行くの?」


ホルアの言葉に、堰を切ったように手を上げて自分だとアピールし始めた。

その光景をホルアは面白そうに、イアデル精霊師はめんどくさそうに眺めていた。

騎士たちは興味すら持たず、ただ皇子二人が本物だったことを証明するこの瞬間に立ち会ったことの優越感に浸っていた。

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