赤瞳の祝福
王都に到着して2か月経った。
子供たちは王城から少し離れた場所にある、離宮と呼ばれる建物で暮らしていた。
しかし、アルファと呼ばれる少女の死を知ってから、子供たちからは笑顔が消えた。
最初のころは一部の子供たちは無理にでも笑顔を作り、幼い子供たちを元気づけてもいたが、今ではみな無気力に生きているようだった。
騎士団長やジェフリーたちが定期的に離宮を訪れて、稽古を付けたり勉強を教えたりもしたが元気づけることは叶わなかった。
そんな日々が続いたいたある日、漆黒のようにどこまで黒い髪に真っ赤な宝石のような赤い瞳の女性が子供たちに会いに城に現れた。
最初は不審がっていた警備兵も、ハノウェル伯爵からの紹介状を差し出したその女性を、監視付きで城内に通し子供たちに会わせた。
「やほろー!元気にしてたか?」
女性の声に、子供たちはすぐに反応して駆け寄る。
「イアル姉!どうしてここにいるの!?」
一番に近づてきたアリが抱きつきながら、顔を上げてイアル姉と呼んだ女性を見つめる。
女性は笑いながら、抱きついてきたアルの頭を優しく撫でてあげる。
「今はホルアって名前だって何度言えば分かるのかな?」
「えへへ、そうだった」
アルが恥ずかしそうに笑うのを見て、ホルアは今度は適当に頭を撫でる。
その為、アルの髪はボサボサになってしまった。
それに気づいたアルは、ホルアから離れて身だしなみを整える。
「ホルア姉さん、お久しぶりです」
「あら、、ライナ。大きくなったわね。最近は忙しくて屋敷に行けてなかったから、もう2年ぶりかしら?」
「はい。もう2年です」
「それなら、大きくなってても仕方ないわね」
「…………それで今日はどうして会いに来てくれたのですか?」
ホルアは優しく微笑む。
「今日はあなたたちが忘れられない思い出の日になる記念日だからね。それに、ここに来る途中で悲しい出来事があったとも聞いたからね」
ライナは目いっぱいに涙が溜まっているが、何とか泣くのを我慢する。
しかし、近付いてきた子供たちはその涙につられて泣き出す子まで出てきた。
ホルアは何とか子供たちをなだめる。
子供たちの泣き声を聞き、騎士の一人が屋敷からできてきた。
右目に大きな火傷がある青年の騎士は、冷静に周りの状況を確認しながら近づいてくる。
「初めまして。門番からお話は聞いています」
「お初にお目にかかります。本日は無理を言ってしまって申し訳ございません」
「ええ、まったく。ハノウェル伯爵家からの紹介状さえなければ、余計な仕事が増えることもありませんでした」
不機嫌を隠すことなく語る騎士。
それを面白そうに眺めているホルア。
二人の間に流れる微妙な空気に子供たちの涙も止まる。
ホルアの身元を保証する紹介状を書いたハノウェル伯爵は、商いを手掛けている。
帝国で流通している品物でハノウェル伯爵の商会が関わっていない物はないとまで言われる凄腕の商人でもある貴族。
ハノウェル伯爵の機嫌を損ねて、供給を止められては少し困ったことになる。
皇家が対応できないことは無いが、そちらに手を焼いてばかりもいられないので基本的に譲歩できる部分は譲歩をするのが暗黙のルールになっている。
ハノウェル伯爵は自分が優遇されていることも、自分の立場も分かっているので、基本的には無理などは言わず皇家にしっかりと忠誠を誓っている。
それを今回は得体のしれない女の紹介状を何の申告も無く、急遽持ってこさせたことに騎士はご立腹だった。
「あら。子供たちはいい子たちばかりですから、普段は手を焼くこともなく暇でしょう?たまにはきちんと働かないと体がなまってしまうでしょうから良いではありませんか」
微笑みながら嫌味を交えながら言い放つホルアに、隠すことなくハッキリしっかり舌打ちをする騎士。
「自己紹介が遅くなりました。ホルア・グリディアと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「グリディア?」
帝国では貴族のみに家名を与えられる。
貴族以外の帝国民は、基本名のみしかない。
しかし、例外もある。
教会または皇家から認められた、一部のなにかしらの才能を持つ者。
理由を公表されることもあるが、秘匿される場合も少なくない。
そして、与えられる家名には貴族と同じように階級も存在する。
先程ホルアが名乗った、グリディアの家名は協会が与える中でも高い位に該当する。
イコールではないが、侯爵と同じ立ち位置と思ってさしさわりない。
「ホルア・グリディアの名は聞いたことがない」
「家名を授けても、教会は大々的に公表することの方が少ないではないですか」
「だが、家名を与えられた者がいる事やその名を皇家に公表することは義務だ」
「例外も設けられており、公表しないことも許されていますよ」
「君がそのような特別な人間だとでも?」
「人は見かけ通りではないとは、このことですね」
段々と不機嫌になる騎士とは別に、楽しそうに笑うホルア。
対照的な二人の間にはされる子供たちは、困惑に包まれる。
「それより…………。あなたは貴族なのでしょうか?違うなら構いませんが、貴族なら礼儀として名乗っていただけますか?騎士ともあろう者が、礼節を知らないとは皇家の顔に泥を塗ることになるのではないのですか?」
騎士の眉間に皺ができる。
苛立ちを隠す気もなく、殺意まで向け始める。
悪い笑顔で微笑むホルア。
先程よりも大きな舌打ちをして、騎士は軽く頭を下げる。
「俺はタオイツ・ユエルースだ」
挨拶もなく名前だけ。
分かりやすく仲良くする気はないのを示す。
ふいにホルアが上を向く。
窓から下の騒動を覗き込んでいたハルと目が合う。
目が合うと今までの悪い笑顔が、優しく嬉しそうな笑顔に変わる。
笑顔でハルに手を振ってくれるので、ハルも振り返す。
ユエルース騎士もホルアの視線を追って上を見たので、ハルと目が合った。
眉間のシワが先程より少なくなる。
最初に動き出したのは、ユエルース騎士だった。
その後ろをホルアがついて歩き出す。
少しするとハルの部屋の扉をノックする音がする。
「どうぞ」
ハルの声に、一拍おいて扉が開く。
先に入ってきたのはユエルース騎士だったが、すぐにホルアが横から顔を出す。
「久しぶり、ハル。思ったより元気そうだね」
「うん。さっきお医者さんに診てもらったんだけど、もう動いても大丈夫だって」
「本当に、医者がそう言ったのか?」
ユエルース騎士が、まっすぐハルを見つめて聞く。
「はい、ちゃんと言われました。先生がタオイツさんにも報告してくれるって言われてました…………」
「そうか。入れ違ってしまったんだろう。まだいらっしゃるだろうから、後で確認してみる」
眉間の皺が綺麗に無くなる。
優しい笑顔で、ハルに近づき、頭を優しく撫でる。
「元気になれてよかったな」
「はい。ありがとうございます」
「おやおやぁ~~。強面騎士様の意外な一面ですね」
やわらかい空気を壊すように、ホルアがユエルース騎士をからかう。
また眉間に皺が出来たユエルース騎士は、ホルアを射殺す勢いで睨む。
「それより、姉さんは今日どうして来てくれたのですか?」
緊張感漂う空間を壊そうと声を出してみたハルの声は、少し上ずってしまった。
「そりゃあ、みんなの様子を見に来た。のと、今日がみんなの祝福の日って聞いたからかな」
嬉しそうに笑うホルア。
祝福の日。
精霊との契約を行う儀式の日を、平民はそう呼ぶと教えてもらった。
12歳の誕生日を迎える年に行われる儀式。
物心つく前から奴隷として働いてきた子供が多く、自分の年齢を知らない子も多い。
コントーバ辺境伯は奴隷に興味がなく、連れてきた子供の情報は一切持っていなかった。
その為、奴隷を売る時の紹介は、あらゆる情報が毎回違った。
「姉さんも立ち会うの?」
「そうだよ。儀式の年齢に達してない子は、その年齢になるまで私が預かることになったから」
「あなたが?」
「そうですよ。王都にいる誰よりも子供たちの事を知っている大人は私以外いませんから」
ホルアの嫌味な笑顔に怪訝な顔のユエルース騎士。
間に挟まれてたハルはいたたまれない。
「まあ、それも希望した子だけですけど。基本的には、子供たちの将来が決まるまでは皇族の皆様が面倒を見て下さると仰ってくださっているとか」
「そうか」
音を立てないように部屋から出るべきか真剣に、考え始めるハル。
そんな雰囲気を壊すように扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
ハルの代わりにホルアが答える。
「なぜ、お前が答える?」
「反射的に?」
「不要な反射だな」
ここまで来ると、2人は相性が良いのかもとハルは考え始めた。
扉が開くとともに、姿を表したのはイデアル精霊師だった。
「楽しそうなお声が聞こえましたが、取り込み中でしたか?」
「そんなことありませんよ。残念ながら私は好かれてはいないようですし」
「分かっているのなら、もう少し大人しくしていただけますか」
「やはり邪魔のようですね。そこの……」
ハルとイアデル精霊師の視線が重なる。
ハルは急いで姿勢を整えて、頭を下げる。
「ハルと申します」
「では、ハル。おいで」
イアデル精霊師が手を差し出したので、ハルは近付いて手を乗せる。
その手を優しく包んで、歩き出す2人。
その後ろをユエルース騎士とホルアの2人が着いてくる。
「さすがの黒氷の紳雅も子供には甘いかぁ」
「なんだ、その恥ずかしい呼び名は」
「最近の社交界で貴婦人やご令嬢の間で呼ばれているんですよ」
「初めて聞いた話だな」
「ここ最近巷で流行っている小説の影響で、貴婦人人気の男性には陰で二つ名が付けられていますよ」
「迷惑な流行りだな」
「ユエルース騎士様にも二つ名がありますが、お聞きになりますか?」
「結構だ。知りたくもない」
4人は屋敷を出る。
さっきまで庭にいた子供たちがいなくなっていた。
ハルが周りを見回すと、少し遠くに子供たちの背中が見える。
その背中を追いかけるように、イアデル精霊師は歩き続ける。
ハルの小さな歩幅に合わせて歩いているため、距離は縮まらなかったけど後ろの楽しい会話で、ハルは退屈せずに歩けた。
少し歩いた所で白を基調にした皇城内にある建物にしては、質素な建物が見えてきた。
先を歩いていた子供たちが中に入っていく。
ハルたちが建物に辿り着く。
入り口はまっすぐ続く光の道のようだった。
日の光が色とりどりのガラスから差し込んで、まっすぐ続く道を照らしている。
「綺麗だろ。ここだけの特別な道だ」
「ここだけ?」
「他の礼拝堂はもっとシンプルな造りだ。皇家の者が使う場所だから特別な造りとなっているんだ」
「随分、非難的な言い方だな」
睨むユエルース騎士にイアデル精霊師は、無表情にしかし冷淡な視線を向ける。
「間違ってはいないでしょう?」
「皇家の立場を考えれば、ここは質素と言える」
「それは貴族からみればと言う話だ。国民から見れば十分贅沢な建物だ」
「立場がある者は、その立場を示す必要がある。だが、教会の意志を汲んで仕方なくこの程度で造られている。すべてを国民に合わせて質素にする必要はない」
「儀式の場に立場なんてものは関係ない。教会は皆平等であると説いています。その教会が大切にする場所を皇家の尊厳の為だけに、好きにされては困る」
にらみ合う二人の顔は、今にでも殺し合いを始めそうなほど殺意が籠っていた。
「イアル姉さん?」
聞きなれた子供の声に全員が振り向く。
そこにはそっくりな見た目の子供、アルクとディオが数人の護衛を連れて立っていた。
「あれぇ、二人とも久しぶりだね」
両手を広げたホルアの胸に2人が飛び込む。
そんな二人をホルアは優しくでも力強く抱きしめる。
「お城での暮らしは楽しんでるかぁ?」
ホルアの言葉に2人は顔を上げてしっかりを視線を交わす。
何も答えない2人の目には、涙が溜まっていくように見えた。
そんな2人の頭をホルアは優しく撫でる。
「肌艶も良いし、程よくお肉が着いた体を見れば問題はなさそうだね」
嬉しそうに笑うホルアにつられるように、二人はぎこちなく笑う。
「お城の皆は優しくしてくれるし、なんでもやらせてくれるよ」
ディオの言葉に、アルクがしかっりと頷く。
「みんなと一緒に離宮で生活したいってお願いは許してくれないけど、いつでも遊べるし、皇家の人たちみんな優しいよ」
「そっか。家族にはなれそう?」
「「………………頑張る」」
弱弱しい二人の声が重なる。
天涯孤独の奴隷生活。
気を許せたのはあの屋敷で一緒に生活していた、同じ年頃の子供たち。
信頼できていたのは、屋敷を出た姉さんや兄さんたち。
安心できるのは、アルファ姉さんの傍だけ。
あそこで育ったみんなが同じ認識を持っていた。
それが急に家族と名乗る者たちが現れて、幼い2人は混乱しているのかもしれない。
「まあ、今日は難しいことを考えるのは一旦置いておいて、不思議な体験を楽しもう」
ニヤニヤ笑うホルアに2人は困惑していたが、差し出された手を素直に握る。
2人がしっかりと手を握ったことを確認して、ホルアはイアデル精霊師を見つめる。
2人は言葉を交わすこと無く、イアデル精霊師は歩き出す。
同じ漆黒のようにどこまで黒い髪に真っ赤な宝石のような赤い瞳。
兄妹と言われれば納得しそうな程似ている2人。
精霊師の中でも立場が高いイアデル精霊師と、元奴隷のホルア。
立場の違う2人の面白い共通点。
さっきまでのホルアとユエルース騎士との会話が嘘のように、みんな静かに道を進んでいく。
道の先には白くて大きな扉が立ちはだかる。
その扉は白くはあるが、装飾を施られている。
その装飾のせいで、随分豪華絢爛を醸し出している。
白一色のこの扉をここまで豪華絢爛に見せれる彫刻師に多大なる賛美を言いたくなるような素晴らしさだが、残念ながらイアデル精霊師だけが破壊でもしそうな雰囲気が出てきてしまっている。
その気配にユエルース騎士が剣の柄に手を置いて、今にも切りかかりそうな雰囲気。
一触即発の雰囲気だが、幸いにもイアデル精霊師が優しく扉に触れたことでユエルース騎士は柄から手を離した。
が、イアデル精霊師はお気に召さない扉をかなり乱暴に開け、何事来なかったかのように中に入っていく。
「おい!何をしている!」
怒鳴るユエルース騎士や驚愕するアルクとディオの護衛を置いて、子供たちとホルアは何事もなかったように中に入って進んでいく。
どんな言葉をかけても誰も立ち止まることなく進んでいく。
諦めたユエルース騎士と護衛も追いかけるように中に入る。
みんなが扉の中に入った瞬間、扉は一人でに静かに閉まった。
暗闇に包まれた通路は、一瞬の間を置いて通路の壁の何もないくぼみに光が現れる。
現れた光は明るく通路を照らした。




