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子供たちの輪の中で子守唄を歌う少女を、リーウィン皇子とワーキン騎士団長は少し離れた場所から眺めていた。


「お前があの少女を気に入るとは思っていなかった」

「話してみると、とても良い子だったので。それに、かつての部下に似ていましたしね」

「見た目の雰囲気だけで言えば、他に幼い子供が7人似ていたな」

「そうですね」

「分かりやすく、吐き気のする趣味の持ち主だことで」

「そのようですね」


嫌悪の籠った眼差しと声色の皇子の言葉に、騎士団長も少し怒りの籠った返答をする。


「それで」


少し間をおいて、皇子は騎士団長に真剣な視線を向ける。


「ここ数日話しただけで、気に入ったあの少女はどうだった?」


騎士団長は、優しい瞳で少女を見つめ続ける。


「私に好感は持ってくれていたようですが、一線を引かれていると話の節々で感じましたね」

「お前でも懐柔できなかったか」


先程までと変わって、からかうような柔らかい雰囲気の声色に変わった。


「私を人たらしのよう言うのはおやめくださいと、何度もお願いしたかと思いますが」

「父上公認の人たらしっぷりだろう。父上の初恋の令嬢を意図せず横から搔っ攫ったのは、有名な話らしいではないか」

「…………その話は、どなたからお聞きになられたのですか…………」

「レイニッヒ公爵家当主様から」


現皇帝であるカイザル・デ・ハイランデルとレイニッヒ現当主、ベアスリト・レイニッヒと騎士団長は旧知の中である。

腹黒の多いレイニッヒ公爵家では珍しく、純粋なベアスリトと2人はすぐに仲良くなった。

様々な困難や戦場を超えてきた3人は、今はそれぞれの立場があり、程よい距離感を保つようにしている。

社交界では程よい距離感を意識していても、家族の前では隠すことなく昔話も平然と話す。

家族愛の強い、カイザルとベアスリトは、特に家族愛が強い。

だからこそなんでも話す。

亜家族絵の愛情、怒り、呆れなど様々な感情が騎士団長の中で渦巻く。

様々な感情でもみくちゃにされた表情で黙る騎士団長。


「そんなに気にいる要素があったようには見えなかったが……。意外だな」


騎士団長の表情を楽しんでいた皇子は、満足してから話をもとに戻す。


「私もなぜ、ここまで気に入ったのかは分かりかねています」


深く息を吐き、いつもの真面目な騎士団長の表情に戻る。


「それで、どう思う?」

「あの少女は今回の件に関わっているのは、間違いないでしょう。あの屋敷からは何も見つかりませんでしたが、使用人たちの証言とトルニース辺境伯家からの情報提供。それと、匿名での情報提供」


トルニース辺境伯家はロイデル・グーベッシュ辺境伯と領土を接している。

しかし、トルニース辺境伯家の現当主はロイデル・グーベッシュ辺境伯の裏家業が許せる性格ではなかった。

表面的にも取り繕うことなく、外から見てもハッキリと分かるほど反目しあっていた間柄。

そんな間柄だったため、トルニース辺境伯家からの情報は噂程度の物しかなかった。

それでも、その中から1つだけ皇家を動かすには十分な情報が紛れていた。

皇帝陛下が溺愛した、皇后、アイリス・デ・ハイランデルが出産したと思われる子供の情報。

妊娠中に誘拐され、見るも無残な状況で発見されたアイリス皇后。

子供を宿していたお腹は乱暴に開かれ、そこに赤子の姿はなかった。

その赤子と思われる双子の子供の情報が事細かに記された匿名の手紙が届いたのは、今から1年半前。

そこから様々な情報収集を行い、確証を持ってグーベッシュ辺境伯の捕縛に向かった。

1年半もの情報収集でも中々しっぽを掴めなかったが、ここ半年で再度匿名の情報提供が始まった。


「匿名の情報はネズミからではなかった。なのに、あれだけの詳細な情報。内通者、あの少女だろうな」

「ですが、これだけの情報を提供しながら、あの子は何も言いません

「目的は何だと思う?罪悪感からでも帝国への忠誠心でもないだろう?」

「子供たちとの接し方や、私との会話でも罪悪感を感じているようには感じませんでした。我々への接し方も最低限の礼儀として行っているように感じました」

「グーベッシュ辺境伯の裏家業にかなり関わっていたようだから、情状酌量を狙ってとも思えない」

「そうですね。それを訴えるタイミングはいくらでもありましたが、言いたそうにする素振りすらなかったですね」

「こちらの憶測が間違っていたのかもな」

「そう、なのでしょうか……」


少しの困惑がある二人。

子供を抱えて話す少女を見ながら、二人は考える。

アルファ姉と呼ばれるあの少女の処遇は未だに、定まっていない。

3週間の旅路で見定めるように、王命を賜っている。


「よほど本性を隠すのが上手いのか、それとも子供たちが慕う通りの子なのか……」

「リーウィン様はどう判断なさいますか?」

「鞭打ちなどの軽い罰のみで、一旦様子を見てみるか……。今、手元にある情報は辺境伯を罰するには十分だが、それだけだ。もっと時間をかけて調べて詳細が分かれば、必要に応じてあの少女の死罪も確定するだろう。それまで監視を付けて様子を見るのが、現状の最善かもしれないな」


皇子の言葉に、騎士団長は肯定も否定しなかった。

少しの静寂が二人の間に流れる。

本心だけ言えば、二人はあの少女を含む子供たちに何かしらの処罰を受けさせたくはなかった。

しかしアルファ姉と慕われる少女は、少なからず、辺境伯の裏家業に関わっている。

完全に無罪放免とはいかない。

少女自身が情状酌量を求めれば、多少状況は変わってくるがそれもない。


「あの子は何を考えているんだ……」

「以外に何も考えてないかもね~~」


気配無く後ろから声がした。

反射的に二人は剣の柄に手を置いたが、振り向く前に声の主に思い至った。

剣の柄から手を離し、ゆっくり振り向く。

そこには思い描いた通りの人物が立っていた。


「フェノルド精霊師様。驚かさないでくさいと、いつも言っているではないですか」


ため息交じりの皇子の言葉に、精霊師の男は嬉しそうに笑う。

フェノルド精霊師。

名前をコロコロ変える珍しいこの精霊師の通名。

本人がどんな名前を名乗ろうが、大抵の人はこの通名で呼ぶ。

ちなみに、アルファにも伝えられているが、彼女は頑なにこの名前も呼ばなかった。


「ごめんね~~。何やら真剣に話しているようだったからね~~」

「だから、驚かされたのでしょうか?」

「二人とも怖い顔してたしね~~。明日には王都に着くんだから、今更いっぱい悩んでもどうしようもないんだから、気楽にいこうよ~~」

「この状況で気楽は難しいのではないでしょうか?」

「どんな時でも、心持ち次第だよ~~」


精霊師のいつもながらの口調に、皇子と騎士団長は毒気が抜かれ自然と笑みが零れていた。

その表情を見て、嬉しそうに笑うフェノルド。

楽しそうな雰囲気の中に、どこからともなくホワイトライオンが現れる。

ホワイトライオンは騎士団長の表情を確認するように、まっすぐ見つめる。

それに気づいた騎士団長はホワイトライオンの背中を優しく撫でてやる。

ホワイトライオンは嬉しそうに、喉を鳴らす。


「その子が自分から出てくるなんて、珍しいね~~」

「そうですね。セレティはあまり人前に出ようとはしないですから」

「俺の精霊は呼んでもたまにでてこないが、ランノール騎士団長の精霊は賢く、忠誠心を持った子だからな。久しぶりにご主人様が笑っていたから、気になって出てきたのかもな」

「そういわれてしまうと、少し恥ずかしくありますね」

「俺の精霊は可愛げがないからな。能力も使えるのか使えないのか分からないしな」

「精霊は完璧な存在ではないからね~~。人間と同じで長所もあれば、短所もあるんだよ~~」

「その短所のせいで、今悩んでいるんだから使えねえのかもな」


皇子がわざとらしい大きなため息をつくと、頭に強い衝撃が走る。

痛みで、声が漏れたが怯むことなく反射的に振り向く。

そこには鷹が羽ばたきながら、皇子を睨んでいた。


「そんなに怒ることないだろ、ルグナ」


皇子の言葉に反論するように、ルグナと呼ばれた鷹は激しく鳴く。


「うるさい」

「そう言わないであげてよ~~。皇子が使えないとか言うから怒ったんですよ~~」

「事実だろう」


皇子のこの言葉にさらに激しく鳴く、ルグナ。

くちばしでしっかり皇子の髪をむしり取ろうと攻撃してくるルグナを、華麗にあしらう皇子。

その間にホワイトライオンのセレティが割って入る。

セレティが少し何か話しかけると、ルグナは不服そうではあったが、大人しくなった。


「ルグナ様はさすが賢いですね」


騎士団長の言葉に嬉しそうに羽を羽ばたかせて、騎士団長の手に頭を添わせる。

その行動に今度は皇子が不機嫌になる。

それに気づいてルグナはさらに勢いを増して、騎士団長に甘える。


「普段からもっと素直に可愛がってあげればいいのに~~」

「可愛がりたいと思えないこいつが悪いんだよ」


皇子の悪態に精霊師は意地悪く笑う。


「そんなこと言って、誰もいないところでと~~~~~てっも可愛がってるの知ってますよ~~」


皇子は精霊師の言葉を鼻で笑う。

その態度に、更に意地悪く笑う精霊師。


「美味しいでちゅね~~とか言いながら、おやつを上げたり~~。おやつはシェフにオリジナルのを作らせていたのを、ちゃんと知ってますよ~~。そのおやつも、何度も作り直させながら、こだわりぬいてたのも知ってますよ~~」


石にでもなったように、数秒皇子の動きが止まる。

それから壊れた歯車の様に、ぎこちない動きで視線を逸らせる。

皇子の表情は誰にも見えなくなったが、耳が真っ赤になっているのが見えているので、二人には今の皇子の心情がはっきり分かっていた。

精霊師はニヤニヤ笑い、騎士団長は聞いていない風を装って、視線を子供たちの方へ向ける。

静寂の中に微かに聞こえていた歌声は今は聞こえず、馬の鳴き声と駆ける馬の蹄の音が聞こえるのみだった。

先程まで、子供たちと話して子守唄を歌っていた少女は、眠りについていた。

少女が寝ているのに、安堵した瞬間、騎士団長の頭の中に疑問が浮かぶ。

なぜ、この夜遅い時間に馬の駆ける蹄の音が聞こえるのかと。


「ご会談中に申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか」


思考を遮るように耳に届いた声に、後ろを振り向くと、騎士団の一人、そばかすが特徴的なジェフリー・クディアックがそこにいた。

普段の人懐っこい笑顔ではなく、今にも泣きだしそうなほど絶望した顔でそこにいる。


「だ、大丈夫~~?」


普段からあまり動じることのない精霊師さえ、狼狽えるほどジェフリーの顔は青ざめ始めた。


「………………すみません…………」


消え入りそうな声で、謝罪するジェフリー。


「あ、いや、大丈夫だ。問題ない」


いつもは冷静な皇子も動揺で、返答がおかしい。


「…………馬が逃げました…………。……………………また…………」


沈黙が流れる。

ジェフリーは人懐っこく、人から好かれる。

子供たちとも、騎士たちの中で唯一、アルファと呼べれる少女を介さなくても少しなら話ができる貴重な存在。

しかし、残念ながら人間以外の生き物からはとことん嫌われる。

騎士としては絶望的な欠点。


「この時間になぜ逃げる……」


皇子の呆れた声に、ジェフリーは体を縮める。


「水を飲みたがったので、移動させようと手綱を緩めたすきに…………」

「一人で馬の世話をしようとするなと、あれだけ言っただろ……」

「大変申し訳ございません」


騎士団長の少し呆れたような声色にも、ジェフリーはビクリと体を震わせる。


「それで、馬の捜索は?」

「私が馬を逃がしたのに気づいた仲間が追いかけてくれています…………」

「なら、その捜索に合流しよう」

「俺も、捜索を手伝うか?」


歩き出した騎士団長の背中に皇子が声を掛ける。


「申し訳ございませんが、今残っている馬たちの様子を見てきていただいても、よろしいでしょうか。逃げた馬の興奮に充てられているようですので」

「分かった」

「わ~~。夜なのに賑やかになってきたね~~」


1人だけ能天気な精霊師を無視し、二人はそれぞれの場所に向かう。

それでも楽しそうに、精霊師は鼻歌を口ずさみながら、慌ただしく動き回る騎士たちを眺めていた。

捜索は夜中と言うこともあり、困難を極めた。

月の光がほとんど差し込まない林の中に逃げ込まれたため、捕獲も難易度が上がった。

長い時間をかけてやっとの思いで馬を捕獲し、野営地に戻ると慌てた様子のジェフリーが近付いてきた。

青白く血の気の引いた顔を見た騎士団長は、嫌な予感が全身を這った。


「また、馬を逃がしたのか?」


呆れと少しの怒りが混じった声。

疲労感も溜まった体には、再度の捜索は堪える。


「………………先程、林の中で、遺体を、見つけました………………」

「どのような遺体だ」

「……少女の遺体で……………………アルファさんであると、思われます…………」


考える前に、騎士団長は林の中で揺らめく火の明かりを目指して走り出していた。

火の傍まで近づくと、4人の騎士が中央に膨らみのある布を囲むように立っていた。

近付くにつれて歩みが遅くなる。

騎士たちの間を通り過ぎ、布の前で立ち止る。

その膨らみ具合から、遺体がそこにあることは分かった。

布のふくらみからは、この数日言葉を交わした少女と同じ大きさであることが伺えた。

ゆっくりと布をめくると、顔や見える部分の肌に痣や傷が見えた。


「誰の仕業か分かっているのか?」

「いえ、少し目を離したすきに姿が見えなくなり、捜索していたところ、この場で見つけました。創作に加わらなかった騎士は皆、3人以上で行動しており、その中の誰かの仕業とは考えられません。捜索していた者のにも、一度話を聞く必要はあるかと思いますが、可能性は低いかと思います。辺境伯の屋敷の者も、見張っていた者の報告ではこの件に関しては、無実であると」

「では、犯人はどこかの盗賊とでも言うのか?捜索をしていた我々に気付かれずこの少女をおびき出し、殺したとでも?」

「そうとしか言いようがない状況です」

「そんなことがあり得るとでも?」


騎士団長の覇気迫る声に、誰も答えを用意できなかった。

誰にも分からない。

ありえなくとも、それ以上の可能性がある答えを誰も持ち合わせていない。

遅れて皇子がジェフリーに案内されてやってきた。


「本当にあの少女なのか?」

「私が顔を確認いたしました。間違いありません」

「誰がこんなことを……」


沈黙がこの場を包む。

誰も答えが分からない。


「精霊を使った可能性はないのでしょうか」


ジェフリーの言葉に、皆が否定的な視線を向ける。


「私はずっとあの野営地にいたが、ぞっと傍には騎士がいた。一人になった瞬間はない」

「では、ルグナ様が近くにいたにも関わらず、反応をしなかった。それでも精霊を使ったと考える場合、相手の精霊もかなりの高ランクの精霊と言うことになる。その場合、この事件を起こしたのはリーウィン皇子以外の皇族の方であると言っていることになるぞ。一歩間違えれば、侮辱罪に問われる発言だ」


精霊にもランクと言うものが存在する。

能力が高い精霊ほど、高ランクに位置し、自分より力の弱い精霊の気配に気付ける。

自分と同等のランクか、以上の場合は近くにいても、相手が望まない限り気配に気付けない。

また、精霊との契約には精霊師の立ち合いが必須で、基本的に精霊師なしでの契約は結べない。

そして、精霊は血縁で受け継がれていくことが多い。

皇族や貴族のような地位を持ったものほど、高ランクの精霊と契約し、平民は低ランクの精霊と契約することが多い。

たまに例外として、平民でも高ランクの精霊と契約することもあるが、その場合は精霊師から教会や皇族に報告する義務がある。

現在、そのような報告はないため、ルグナと同等またはそれ以上の高ランクの精霊と契約しているのは皇族のみである。


「申し訳ございません!!」

「いい、今回は不問とする」


自分が考えなしに発した言葉の重さを思い出し、すぐに頭を下げて謝罪をしたジェフリーの言葉を、皇子は優しい声色で受け入れた。

頭を上げたジェフリーの視界に、ふと布の隙間から蝶が一匹飛び立つのが映る。

気になったジェフリーは足を踏み出し、蝶に手を伸ばそうとする。


「こんな時間に、こんな所に集まって何をしているのですか?」


一斉に声の主に視線が集まる。

フェノルド精霊師と同じ装飾のされた服を身に着けた物静かそうな男性がそこには立っていた。

漆黒の髪に、真っ赤な瞳は薄暗い林の中では異質な存在として映る。


「イデアル精霊師様。なぜここに?」

「最高精霊師司長様の頼みごとの帰りに、焚火の明かりが見えて立ち寄っただけです」

「そうなんだ~~。お疲れ様~~」


いつの間にか現れた、フェノルド精霊師がイデアル精霊師の肩にポンっと手を置く。

2人は、見た目の雰囲気だけでも正反対だ。


「あなたが、意味もなくグーベッシュ辺境伯領に滞在していたせいで、私が頼みごとを聞く羽目になったのですが」

「そうなんだ~~。ありがとう~~」

「まったく心が籠っているようには聞こえませんが」

「籠めてるよ~~」

「そうですか」


イデアル精霊師はまっすぐ、遺体を見つめる。


「それよりも、遺体であっても子供をこのままここで寝かせておくのは、いかがなものでしょう」


その言葉で、近くにいた騎士の一人が急いで、少女を抱え上げる。


「何をどうするにしても、こんな薄暗い場所ではできることは少ないでしょう。一度野営地に戻り朝まで待ちましょう」

「そうですね」


騎士団長の同意の言葉に、騎士たちは歩き始めた。

野営地では、子供たちが気持ちよさそうに寝ている横で、悲しみを滲ませた騎士たちが遺体に視線を向ける。

遺体は綺麗な布で丁寧に包み、書類などが乗せられている荷馬車に横たえた。

皇子が神に祈りを捧げ始めると、騎士団長・騎士と続いて祈りを捧げ始める。

みな、心の中で祈る。

早すぎる死を迎えた少女が神の御許に迷わず行きつき、次の人生こそ幸せであるようにと。

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