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目が覚めてからも普段通りの日常が待っていた。

その事に落胆した自分に、少し驚いた。

普通に考えても、こんな朝早くから何かが始まる訳がないのに。

みんなの身支度を終えてから、医務室に向かう。

普段なら部屋に戻されているであろうハルも、昨日の2人の様子から考えれば、まだ医務室で看病されているだろうと予想できた。

医務室に着くと、大人たちはいなかったが、ハルは予想通りまだここで寝かされていた。

部屋に入ると、お香の臭いがした。

睡眠香と呼ばれるお香の臭いだ。

免疫がない子なら、このお香の臭いが充満する部屋の中にいれば、強制的に眠りの中にいられる。

ベッドに近付く。


「昨日よりも弱ってる……」


顔色は青白く、息も少し浅い。

運が良ければ回復できるかもしれないけれど、もって数日。

このままここにいれば何とかなっても、長距離の移動には耐えられないだろうな。

おでこに触れれば、熱もあるのが確認できた。

昨日から大人2人がしっかり見てくれている。

私にできることはない。

私は静かに部屋を出る。

そのまま目的の場所に向かう。

今日は執務室ではなく、稽古場に向かう。

屋敷では4日に一度、丸一日を使って子供たちに様々な事を教えている。

まず、ここに来たばかりの子には、読み書きを教える。

読み書きが出来るようになってから、剣術・計算・鍛冶・裁縫・馬術からやりたいことを教えている。

子供たちの付加価値を上げて高く売りつけるためと、以前ご主人様が言っていた。

唯一の楽しい時間の為、小さい子は必死になって読み書きを覚える。

才能がある子は別で教育したりもするけれど、それは稀。

得意不得意があってもみんなこの時間を楽しんでいる。

ある意味自由でいられる時間。

晴天の中、涼しい風の吹く今日は、体を動かすにはピッタリな日だった。

剣術の練習場所に近付くと、いつものメンバーに加えて、アルクとディオがいた。

ディオはいつも通りだけど、アルクがいるのは珍しい。

ディオと目が合うと、右手を上げて大きく振る。

その動きで私に気付いた数人の子供たちが駆け寄ってくる。


「アルクが剣術なんて珍しいね。明日は雨かな?」

「た、たまには体を動かさないと弱い男になるぞって、ディオが言うから仕方なく来ただけだよ!」

「それはディオのいう通りね」


嬉しそうに笑うディオとは対象的にすねた顔をするアルク。

そんな2人の対照的な態度に、周りの子供たちも面白そうに笑う。

そんな楽しい時間を終わらせるように、騒がしい音が近付いてくる。

複数の大人たちの足音。

たぶん15人。


「アルファ姉……」


子供たちは怖いのか剣術が不得意な子は私の周りに集まり、得意な子は練習用の刀を構える。

屋敷裏にある林をさらに抜けた先の、塀と林の間の開けた場所にある練習場。

今日ここにいる子供たちは17人。

予想通りの人たちなら問題はない。

でも、人さらいの場合がめんどくさい。

ここの子たちは奴隷市場で、一番安くても通常の子供たちより10倍の値段が付くのが当たり前。

お金に目がくらんだ馬鹿が年に数回現れる。

基本的には簡単に対応できるが、逃走兵や腕の立つ傭兵がいる場合、子供たちを守りながら戦うのは疲れる。

音がする方向を注視する。


――――リッン。


澄んだ鈴の音が林の中から響く。

その音がゆっくり3回響く。

肩の力を抜き、お目当ての方達を待つ。

林の中から現れたのは、上等な防具に身を包んだ騎士たちと、その前を歩いていたアリ、タオ、シーマだった。

3人は私に気付くと、騎士たちから逃げるように私に駆け寄ってくる。


「アルファ姉!!」


3人は私のもとに辿り着くと後ろに隠れる。

ほどなくして騎士たちは私たちから少し離れたところで立ち止る。

防具の隙間から見える服は、ここ一帯の領土の領主ですら滅多にお目にかかれない、綺麗で頑丈そうな布地で作られたものだった。


――王都の騎士と地方ではここまで差があるのかぁ……。


王都と国境付近の領地を比べるのは間違っているかもしれないが布一枚を見ても差が一目瞭然である。

そんな騎士たちは私の顔を見ると困惑した顔を浮かべ、息を飲む。

先頭の上官と思われる男はこちらをまっすぐ見つめ観察しやがるが、後ろの男どもは子声で言葉を交わす。

どちらの行動も、とても不快である。


「なんの御用でしょうか?」

「すまない。私は近衛騎士団の団長、ワーキンド・ランノール。君たちを傷つける気はない。一緒に来てほしいんだが、構わないか?」


赤みのある茶色の髪はキッチリセットされていて、灰みの明るい黄赤の瞳は鋭い目元とは反対に優しさを秘めている男は近衛騎士団長らしい。

後ろに控える騎士たちが20歳代に見えるのに対して、団長と名乗った騎士はそれより20歳は年上のような外見で纏う空気が強者。

商品を買いに来る客がたまに連れている護衛にも強そうな人は何人か見てきたけれど、一目で勝てないと直感させられた人は初めてだった。

絶対的強者とはこういう男の事をいうのだと、初めて実感した。

これでも剣術には自信があったけれど、世界は広いと自覚する。

現状私が勝つ方法は思いつかないけれど、絶対的な強物との戦いとはどれほどなのだろうと久しぶりの高揚を覚えた。

唾を飲み込み、のどが鳴る。


「悪いが手加減をする気はない。子供たちを怖がらせたままにもできないので、抵抗せず大人しく付いて来てほしいんだが」


顔は優しく微笑んでいるくせに、恐怖を覚えるほどの殺気を感じる。

剣を交えてもない相手から恐怖を覚えたのは初めて。

指先が冷えていくのを感じる。

死を想像する。

ただの視線だけでここまでの感覚を相手に覚えされるには、どれほどの経験を積んできたのだろう。


――ああ、ワクワクする……。


今日は初めてづくしで、少し嬉しくなる。

自然と笑みが零れる。

騎士団長の顔から、優しさが消える。

更にワクワクする。

私はどこまでできるのだろう。

どこまで戦えるのだろう。

どんなふうに殺されるのだろう。


――ああ、想像が止まらない!


体が無意識に動き出す寸前に、服の裾を引かれて我に帰る。

下に視線を向けると、子供たちが不安な顔で震えている。

小さな体を更に小さくして私の後ろに隠れようと体を寄せ合っている。

練習用の刀を構えていた子たちも、不安そうな顔で私の言葉や行動を伺っている。

静かに深呼吸をして、両手を上げる。


「大人しくついていきます。抵抗する気はないです」


私の言葉に騎士団長から漂う空気は和らぎ、いつの間にか柄に手を置いていた若い騎士たちは手を離す。

それを確認してから子供たちに視線を向けて微笑む。

子供たちは安心したように手の力を抜く。

刀が地面に落ちると同時に、へたり込む子もいた。

大きく深呼吸する子までいる。

子供たちも緊張が解けたようで良かった。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

騎士たちが子供たちに近付いて、手を伸ばす。

しかし誰もその手をとらない。

私の様子を確認する。

困惑した騎士たちもこちらを見る。

こっちはこっちで両手を上げて降参した情けない姿で立っているので、できれば注目しないで欲しい。

何とも情けない膠着状態が続いたので、大きなため息をついて両手を降ろす。

一番近くにいたアリの手をとる。


「行こうか」


優しく伝えて歩き出すと、それに続いて子供たちも歩き出してくれた。

騎士に手を差し出された子は、それを無視してこちらに駆け寄ってくる。

数人の騎士がさりげなく、アルクとディオの周りを固める。

騎士団長の傍まで近付くと、


「ありがとう。付いて来てくれ」


と言われ微笑まれた。

さっきまでの表情でもイケメンではあったが、微笑まれると多くの女性を虜にしそうな色気が溢れる。

無自覚に振りまくこの色気に、昔姉様が『耳が妊娠する』と意味不明な事を言っていた記憶を呼び起こす。

今ならその意味が分かりそうだったが、顔を左右に思いっきり振り追い出す。


「なにか、都合が悪いのか?」

「いえ、問題ありません」

「……そうか」


記憶を追い出すための動きを違う意図で受け取られ、慌てて否定する。

私の返答に少し納得はしていないようだが、歩き始めてくれたのでその後ろをついていく。

私たちを囲むように騎士たちも隊列を組んで歩き出す。

護衛の意味もあるのだろうが、監視や逃げ道を塞ごうとしているようで不快な気分になる。

一度屋敷に入る。

真っすぐ向かうその方角的にエントランスを目指しているようだった。

外をぐるりと回るより、屋敷の中を進む方が近道であると知っているということは、下調べもばっちりのようだ。


「慕われているんですね」

「え?」


急に隣を歩く騎士に声を掛けられて返答に困る。

そばかすの特徴的な顔には屈託のない笑みが浮かんでいる。


「どこがですか?」

「子供たちがあなたにくっついて離れようとしないので。歩きにくいでしょう?」

「私を慕っているからくっついているのはなく、初めて見る騎士様方に怯えているだけです。少しでも安心できるように私にくっついているだけですよ」

「ご謙遜を」


謙遜をしているつもりはないのだが、話をしたい相手でもないので勘違いしていても無視する。

子供たちと目が合った騎士は手を振ったりしているが、完全に怖がられている。

笑顔で手を振っただけで悲鳴を上げられて、落ち込んでいる騎士が同僚に慰められている。

騎士が近くにいた子に話しかけると、「そうですね」と会話になっていない返答で会話は強制終了。

子供たちからは助けを求める様な視線を向けられるが、どうしようもできないので一応落ち着かせるために微笑む。

監視のように周りを囲んで歩かれているが、なんとも緩い空気感に、緊張の糸がほどけそう。


「どうしたら、子供たちと仲良くなれますかね」

「さぁ……。頑張るしかないのでは?」

「コツとかないのでしょうか?」

「そんなものがあれば、私も今すぐお教えしますよ」

「では、教えてください」


屈託のない笑顔と優しい声色と会話していると、殴りたくなってきた。

いや、いまなら殴るより回し蹴りのほうが、相手に入る確率が高い気がする。

真剣にそんな事を悩んでいると、エントランスに着いた。

エントランスにはすでに、この屋敷にいるほぼ全員がすでに集まっていた。

私に気付いた子供たちが順番に駆け寄ってきた。

私を中心に子供たちの円ができる。

大人たちの顔からは覚悟と安堵が見える。

私が到着して少ししてご主人様も現れた。

大人たちとは違いわざとらしく作られた緊張の顔には余裕が見える。

ご主人様が到着してしばらくして騎士たちが動く。

腰に下げていた剣を鞘ごと抜き、床にまっすぐに突き刺すように立てる。

一斉に床と鞘の先端が当たる音が鳴る。

柄頭に両手を添えて背筋を伸ばしてまっすぐ立つ。

静寂の中、一つの靴音が聞こえてきた。

日差しが反射してまるで輝いているような綺麗な金髪の青年が入ってくる。

騎士たちの数段上質な布は、上等な宝飾や綺麗な刺繍が施され着ている者を引き立てている。

服だけみると豪華絢爛と表現できそうだが、完璧に着こなされている為か、腹が立ちそうなほど似合っている。

見たことは無いが、漂う空気から考えても、第一皇子のリーウィン・デ・ハイランデルだと想像できる。

皇子の周りの空気が凍てつくように冷たく感じる。

威嚇しながら近付いてくる肉食獣のようで、子供たちが怯えているのが視界の隅でハッキリ見えている。

大人たちは両手を胸の前で組み、頭を下げる。

ご主人様は右手は胸の前で拳を作り、左手を腰に回して拳を作り、左足を立てお辞儀をする。

私はただそのまま様子を伺う。

そんな周りには目もくれず、まっすぐアルクとディオの前に進み目線を合わせるように屈む。

さっきまでとはうって変わって、優しい笑顔で2人を見る。

それでもまだ少し、纏う空気は冷たい。


――これは、もしかして威嚇ではなく、緊張……?


青年は2人に手を差し伸べる。


「初めまして、愛しい弟たち」


アルクとディオはその手から逃げるように私に駆け寄って背中に隠れる。

皇子は私の顔を見ると一瞬表情が変わった気がするが、微々たる変化に本当に変わったのか判断ができない。

だが一つだけ分かる。

私に敵意を向けた。

強い警戒心を瞳に宿している相手へ、こちらも一応微笑んでおく。

表情と纏う空気が一致しない2人が向かいあった状態になってしまったが、今更引けないので引く気はない。

どうしてやろうかと考えていると、


「リーウィン・デ・ハイランデル皇子殿下にご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか」


ご主人様が声を発する。

視線をご主人様に移した皇子の顔から微笑みは消え、一瞬にして冷酷な射殺すような表情に変わる。

表情がはっきり見える位置にいた子供たちから小さな悲鳴が上がる。


「不快だ」


殺気の籠った声に、子供たちから悲鳴が上がり、騎士たちの緊張が増した。

子供たちはできるだけ体を小さくして顔を下げて体を震わせる。

皇子は僅かな動きで近衛騎士に大人たちを連れて行くように指示を出す。

その動きを見逃すことなく近衛騎士は無駄な動き無く、大人たちを連れていく。

再度こちらに向き直った皇子の表情は優しい微笑みだったが、子供たちは下を向いたまま怖がっている。


「怖がらせてしまったかな。すまない」


誰も反応しない。

ここまで怖がってしまったら、今すぐにはどうしようもできないだろう。

皇子は諦めて私に視線を移す。

皇子の私を見る視線が鋭く変わる。

私を非難するような視線。


「この屋敷の住人はみな王都に来てもらう。子供たちはこれからの生活が安定するまで面倒を見るつもりだ。しばらくは衣食住の心配はしなくてもいい。」


視線が更に鋭くなる。

そして、指すような殺気も感じる。


「罪人には相応の処罰をするがな」

「左様ですか」

「随分余裕だな」

「そう見えますか?」


私の返答に苛立ちを見せる。

皇子には逃げられると高をくくっているように聞こえたのかもしれない。

私は私の処罰に興味がないだけなのに。

それよりも皇子の剣術の腕に興味がある。

今の私の実力でも勝機はある気がする。

皇子の隙を付ければあるいはとも思うが、これが私への挑発やお試しの可能性も捨てきれない。

できればお手合わせ頂きたいが、まあ無理だろう。

とても残念。


「馬車を用意している。すぐに出発したいのだが……」


子供たちの様子を見て、皇子は困っている。

騎士や皇子を怖がってこのままではすぐに動けそうにない。

ため息をつきたい気持ちを抑えて、子供たちの目線の高さに屈む。


「今日から新しい場所で生活することになったから、移動の為に馬車に乗って欲しいんだって」


出来るだけ、優しい声色で話す。

笑顔で、1人1人頭を撫でてあげる。

子供だちが顔を上げ始めたのを確認して立ち上がる。


「行こうか」


私の声に、先頭の子からおずおずと歩き始める。

屋敷から出てすぐの場所に馬車が9台用意してあった。

1つはどう見ても皇子のための馬車だと分かる華やかな装飾が施されている。

派手ではないが、誰がどう見ても分かる。

一つにはすでに大人たちが乗っている。

ご主人様以外の大人からは、不安と恐怖の他に安堵が見える。

ご主人様からも恐怖が見えるが、それでも少しの余裕が見て取れる。

他の馬車にはそばに騎士たちが立っている。

残り1台は荷馬車のようで、すでに荷物が乗っているが、屋敷から運び出されている書類などが追加で運び込まれている。

一番近くの馬車に近づき、子供たちに乗るように促す。

自力で乗れないだろう小さい子供たちに騎士たちが手を差し伸べてくれているが、誰一人としてその手を取らない。

困ったように見上げる子供たちに、一番馬車に近い子から、差し伸ばされた手を取るように促す。

私に促されておずおずと手を取ろうと手を伸ばした時、


「おはよう~~」


今一番合いたくない人間の声が聞こえた。

精霊師を自称する、胡散臭い男。

胡散臭い男が騎士たちに挨拶をしながら近づいてきやがったせいで、伸ばした手を引っ込め一歩下がってしまった。


「おはよう~~」

「おはようございます。なぜここにいらっしゃるのですか?」

「僕もこれから王都に帰るから、ご一緒させてもらうんだ~~」

「迷惑なので、ご遠慮ください」

「皇子には許可貰ってるよ~~」

「左様ですか。残念です」

「楽しい旅になりそうだね~~」


本気で思ってそうなところが腹が立つ。

どうせならいままでの恨みを込めて、殴っておくのも良いかもしれない。

ニコニコ笑いながら、人の頭をポンポンと叩く。

毎回殺意を湧かせられるのは一種の才能かもしれない。


「王都までは馬車で3週間ほどかかるんだよ~~。景色が綺麗な場所も通るから楽しみにしててよ~~」


嫌味で言っているのか、本心で言っているのか分からない。

よし殴ろうと決心し、拳を固く握ったが、拳を振りかざす前に、にっこり笑って、皇子のもとに去っていった。

結局、邪魔しかしなかったあの男のせいで、自力で登れない子供たちは私が乗せることになってしまった。

馬車が6台の為、それぞれにミー・イータ・アリ・ライナ・シーマ・タウを1人ずつ乗ってもらった。

普段から客人の相手をすることが多い子たちなので状況判断能力が高いし、面倒見も良い子たちだ。

責任感もある子たちなので、1人ずつに子供たちの事をお願いする。

今は騎士たちを怖がってはいても、うまく立ち回ってくれるだろう。

不安がる子供たちを流れ作業のように馬車に乗せる。

みんな怖がっているので、人一人に声をかけたいが、時間がかかるし何よりこちらを見ている騎士たちの視線が辛い。

申し訳なさそうにこちらを見ているが、この状況の戦犯はあの自称精霊師の男だ。

あいつが全身全霊をもって騎士たちに謝ってほしい。

子供たちの大半を乗せ終わった所で、チコとハルがいない事に気付いた。

チコは今日も体調が悪いと言っていたので、部屋で休んでいたはず。

ハルもあのまま医務室のベッドで寝ているはず。

2人を気にしながらも、子供たちを乗せ続ける。

丁度子供たちを乗せ終えた頃に。チコとハルを抱えた2人の騎士が屋敷から出てくる。

2人に近づくと、ハルが手を伸ばしてきたので、掴む。


「アルファ姉……」


弱弱しい声で囁くように名前を呼ばれる。

朝より、体調が悪そうなハル。

チコは騎士から逃れようと、弱弱しくも体を捩りながら抵抗している。

ハルの頭を左手で軽く撫でてあげてから、つないだ手を離し、ハルを騎士から受け取り抱える。

どちらかと言えば、奪い取るように強引だった気がするが、ハルが私に抱えられて安心したような表情になったので何も言ってこなかった。

しっかりハルを抱えると力強く抱きついてきた。

馬車の方に戻ったが、馬車に乗せようにも強く抱きついたまま離れない。


「お屋敷にあった毛布をお持ちしました」


振り向くと屋敷の中でも良い方の布団を複数枚持った若い騎士が立っていた。

やや灰みの黄緑の髪に灰みの青紫の瞳の騎士が屈託のない笑顔でまっすぐに見つめてくる。

疲れが吹き飛ぶような、純粋な笑顔。

印象は私より少し年上のようだが、特徴的なそばかすが幼さを引き立てているようにも見える。

廊下で話しかけてきた騎士と似ているが、こちらの騎士の方が幼く見える。


「ありがとうございます」


気が利くのか、先輩に言われたのか知らないが、好意は有難くいただくことにしよう。

騎士は布団を持ったまま軽々と馬車に乗り込み、寝かせられるように。中で広げてくれる。

騎士が下りてから乗り込み、引いてくれた布団に寝かせようとしてもハルは離れようとしない。

ポケットに入れていたガルドからの置き土産を取り出す。

ハルの目の前で、手のひらに乗せて、見えるようにする。


「ハル」


優しく呼ぶとハルは顔を上げる。

虹色に輝くルアデル宝石のネックレス。

中央には蝶のように見える影が数匹。

ルアデル宝石は最近見つかった珍しい宝石で、かなり高価な代物。

宝石自体の美しさもだが、宝石の中に生き物のような影があるのも人気の一つ。

そんな高価な物を見たことない子供たちは、ネックレスにくぎ付けになった。


「これをハルに貸してあげる」

「いいの……?」

「良いよ」


困惑するハルにネックレスを付けてあげる。

もう一つのポケットに入れていた赤色に輝くネックレスを取り出し、私も付ける。

ハルに見えやすいように少し掲げる。


「お揃いだね」


ハルは力なく嬉しそうに微笑む。

周りの子供たちから不満の声がもれる。


「体調が悪い子の特権だよ。ハルが元気になったら、みんなにも交代に付けてあげるね」


無理やり納得させる。


「ライナ。ハルの事ちゃんと見ててあげてね」

「分かった」

「何かあったら騎士の人たちにすぐ相談してね」

「うん」


一応ライナに声だけかけて、馬車から降りる。

チコの元に戻る。

チコも受け取り、今度は先程と違う馬車に同じように寝かせる。

体調は悪そうだけど、ハルよりは心配なさそうで少し安心した。

チコの事も一応イータにお願いしてから馬車を降りる。


「やっと出発できそうだな」

「お待たせいたしました」


皇子はすぐに踵を返して豪華な馬車に乗り込む。

先程までとは比べ物にならない敵意と怒りが伝わってきた。

ディオとアルクに同じ馬車に乗るのを断られてご立腹なのだろう。

子供たちを乗せ終わる頃に2人が駆け寄ってきて、近くの馬車に飛び乗ったのを視界の端で見ていた。

一応2人には声を掛けたけど、嫌がったので無理強いはせずそのままにした。

ので、恨まれる筋合いはないのだけど、感情と理屈は結び付かないらしい。


「あなたはこちらに」


いつのまにか後ろに立っていた騎士団長に促されて、大人たちが乗っている馬車に案内される。

ご主人様以外からは何か言いたそうな表情で見られたが、私が罪人として扱われるのはしかたないことである。

この馬車に乗せられるのは何にも不思議はない。

私が乗り込むと、5人の騎士が続けざまに乗り込む。

それなりの手練れであろう5人の騎士は見張りなのだろう。

有難いことに私は拘束されていないので、不意を突いて剣を奪えれば逃げられそうではある。

近衛騎士団の第一印象では、一対一の対決なら勝てそうなのが大半。

近衛騎士は全員で25人だけど、タイミングさえ間違えなければ逃げられる可能性はかなり高い。

騎士団長が乗る馬は立派だし、他の騎士が乗る馬でもすぐ追いつかれる可能性が高い。

でも、ここら辺の地形は把握しているので問題なく逃走できるイメージができる。

でも今は逃げる予定はないので、動き出した馬車の揺れに体を委ねて馬車の旅を楽しむことにした。

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